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―――懐かしい夢を見たんだ 

『なぁ、お前星魔法が使えるんだって?ちょっとでいいから見せてくれよ!』 

太陽みたいな金の髪に同じ色の瞳。 
相手は入学してきたばかりで同じ科だったけれど一度も話したことはなかったから、いきなり何を言ってるんだこいつは……と、当時の僕は思った。 

『ヤダよ』 
『即答!?』 
『なんでいきなり初対面の君に見せなきゃいけない訳?』 
『それは!俺が!星が!好きだからー!!』 
『…………』 

変人だ。それが第一印象だった。 

『そんなジト眼で見ないで!俺怪しいものじゃないよ!?名前はルス!そんでこっちのちっこいのは 
 クローシア!よろしくな、ステイリー!』 

それがルスとの出会いだった。 
ルスはとにかく太陽のように明るくて空の下が良く似合う、そんな奴だった。 
だけど今は――― 

「眼を……、眼を開けてくれよ………ルス――…!」 

真っ白な病室に響くのは、そんな僕の声だけだった。 



【1】side ステイリー 



出会ってから数年後のことだ。 
その日、僕とルスはいつものように夜に寮を抜け出していつものように馬鹿な話をしながら星を見ていた。 
だけどその日はいつもとは少し違っていて……僕の心は穏やかじゃなかった……。それが魔法の暴走を引き起こしてしまったんだ。暴走した魔法は強大で、強力で、自分では止めることは出来なくて、ルスが魔法を使ってそれを止めようとした。 

―ルスは重力魔法の使い手だった。基本的な重力操作はもちろんのこと、魔法をブラックホールのような穴で吸い込み、吸収することが出来た― 

なんとかルスは僕の暴走した魔法を吸収し周囲の被害を最小限に抑えたものの、自身への代償は大きく、受け止めきれなかった欠片がルスの体を傷つけ、強大な魔法を取り込んだ負荷がその体に追い打ちをかけた。 
その頃攻撃魔法科に属していた僕たちは治癒魔法なんかに興味はなく、先生を呼んできてなんとか事なきを得た。その後こっぴどく叱られたのは言うまでもないけれど……。 

そして次の日、それは起こった。 
魔法の実技演習の最中だった。ルスが、いきなり倒れた。 
治癒魔法をかけても症状は改善せず、むしろ酷く苦しんで容態は悪くなるばかりだった。 

運ばれた病院で医師が発したのは魔力に拒否反応を起こす原因不明の病という言葉だった。 

治癒魔法や検査魔法の類も大きなリスクとなり使用できず、それどころか自分の内在する魔力にもあてられ、魔力抑制剤を使用していないと常に苦しそうにしていた。 

“僕のせいかもしれない〟 

昨日の今日だ、そう思うのに時間はかからなかった。 
でもルスは何も言わなかった。 


『俺はステイリーを信じるよ』 
……そうだ、あの時も。 


数日前の事。病室には主治医の他に馴染みのない顔がいた。 
変身魔法科のヤマト先生と教育実習生として干渉魔法を教えているヒビキだ。機会があって二人にそれぞれルスの話をしたのが切欠となった。 

話を聞くとヤマト先生は古いレポートを取り出し、自身の魔力容量を超える魔力飽和状態になると体調を崩す者がいるという事例があることを教えてくれた。つまり僕の魔法を吸収した際にその状態になってしまったのではないかと言う可能性が出てきたけれど、それを治すにはルスが魔法を使う必要があるらしくリスクが伴う。それにもし原因が違っていたら苦しみ損だ。 
そんな中ヒビキは魔法を使わずに影響を与えている状態を見ることが出来るという話になり、こうして協力を依頼することになった。 

ヒビキはしばらくルスを見つめた後口を開く。 

「……あれ、ステイリーの魔法の残骸……かな?魔力飽和状態であるのは間違いないね。それでルス 
 の性質も影響してるのかな、その魔力が中心に向かって渦を巻いてる感じなんだけどその奥に…例 
 えるならブラックホールに閉じ込められた星、というところ?ステイリーの暴走魔法の欠片が残っ 
 てる。ブラックホールは星の光も逃がさないというからね、これ検査魔法でもわからないんじゃな 
 いかな」 

…あの時吸い込んだ暴走魔法の魔力が膨大で一部が消えることなくルスの中に残ってしまった、ということらしい。 
光属性を持つ僕の魔法と闇属性を持つルス、それが反発を起こし、拒絶反応を引き起こしていた可能性が高い。ヒビキは続ける。 

「俺の干渉魔法ならばステイリーのあの魔法の残骸……そうだね、星の欠片とでも言おうか、それを 
 打ち消すことも出来る。ただそれには魔法をルスに使わなければいけないし、ステイリーの暴走魔 
 法だからすぐに打ち消せるかどうかわからない。それよりも本人が解除する方が確実だと思うんだ 
 けど……、どうする?」 

そう言ってヒビキは僕を見る。冷や汗が流れた。魔法をルスに使うという事は拒絶反応が出るという事だ。苦しむルスを前に魔法を解除出来る自信がなかった。 
それにもしルスの身に何かあったら――― 

「俺はステイリーを信じるよ」 

凛としたその言葉が耳に届く。 
「ステイリーがやってくれるんなら俺、頑張れる」 
「ルス……」 
正直投げだしてヒビキに任せたかった。恐かったんだ。 
……でもルスが余りにも真っ直ぐに僕を見つめるから。 

「………わかったよ」 
この数年間、ルスを苦しめてきたのは僕のせいだとはっきりとわかったのに、どうして責めないんだろう。どうしてそんな言葉が出てくるんだろう。ただ、そう思った。 


僕らの体調を考慮して魔法の解除を決行することになったその日。十分な管理体制も取られピリピリとした空気の中、僕とは違いルスは平然とした顔だった。 

「ステイリー」 
「……ん?」 
「終わったらさ、プラネタリウム見せてくれよ。一度見せてもらったけど体調悪くなって途中までだ 
 っただろ?」 
「治ったら本物を見ればいいだろ?」 
「俺はステイリーの魔法が好きなの」 
「……わかったよ」 

――その魔法が原因なのに? 

「あーそれから……いや、やっぱこれも終わったら言うわ」 
そう言ってルスは笑う。 

「俺はステイリーを信じてる」 

それが最後の言葉だった。 
それからずっと、ルスは目を覚まさない。 


―――昔僕は自分の魔法が嫌いだった 

炎や雷みたいにカッコよくないし、水や風のように優雅でもないから。 
見栄えを気にする子どもだったんだ。それを話すとルスは吃驚した顔をして熱く語り始めた。 

『何言ってんだ!星は男のロマンだぞ!?俺の国じゃ星魔法使えるやつが一番偉いんだぞ!炎や雷な 
 んて魔法じゃなくても人は生み出せる。けど星を生み出すなんて神様みたいじゃん!』 

最初は何熱くなってんだこいつ、なんて思ってたけど横でずっと喋り続けるものだからよく覚えている。 

『俺んち星魔法使う家系なんだけどさー、俺使えないんだよ。星魔法使えないと家を継ぐ資格ないし 
 ?厄介払いでここに来たってわけ。だからお前が羨ましいの!わかる?この気持ち。だからお前が 
 星魔法嫌いなんて俺が許さないよ!』 
『~~~わかったよ!見せればいいんだろ!?見せれば!!』 

すっかり辺りは暗くなっていて、鬱陶しくて早くどこかに行ってほしくて、渋々星魔法を見せた。 
キラキラと輝く星が周りを照らす。 



『おぉ!すげー!すげーよ!なっ!クローシア!綺麗だな!ステイリーの魔法は!』 
でもそう眼を輝かせて言ってくれたから僕は、自分の魔法が好きになったんだ。 
だけど――― 

「魔法なんて……大嫌いだ……!!!」 

僕はまた、自分の魔法が嫌いになった。 



【2】side 璃王 



『ステイリーのこと、大事に思ってるんだな』 

それはキミだって同じじゃないのか? 
ならば――― 


…もうあれから何日くらい経っただろうか。病室の中の景色は相変わらずで、カーテンだけが風に揺られてなびき、時計だけが規則的な音を立てる。 

魔法の解除は成功した。ただルスの意識だけが戻らない。ルスの魔力と星の欠片が融合していて解除に時間がかかってしまったのが原因らしい。だけど解除が出来たおかげかその後受けた魔法治療に対して拒絶反応は出なかったと聞いている。 
普通ならば喜ばしいところだけどステイリーの魔法が原因だったということが決定的となってしてしまった上に、このまま眼を覚まさずもし最悪な方向へ行けば……その先もずっとステイリーは自分を責め続けていくだろう。 

ルスは意識が戻らない以外に異常がない為特殊病棟から一般病棟へ移されていた。それから毎日ステイリーは面会時間いっぱい何をするでもなくただ傍でじっと座り続けた。ルスが目覚めるのを待っているのか、それとも絶望に伏しているのか……。ヤマト先生やクローシアが声をかけても薄い反応しか返って来なかった。 

そこへ一人の少女が少し躊躇うようにして傍らに立つ。一度少しだけ俯いて決意したように顔をあげるとその重い口を開いた。 
「………ステイリーさん」 
思った通りステイリーはすぐに反応を示した。 
「……………どうして……貴方がここにいるんですか……。帰って下さい……」 
視線は床に落としたままゆっくりと、けれどもはっきりとそう告げた。 

何があったのかは詳しくは知らない。けれどステイリーとルリアは随分と前に離れることを選択していた。ステイリーの魔法がかかった星飾りを髪から外すようになったこともそれを暗に示している。 
どうしようか迷ったけれど、ルリア以外もう誰もステイリーをどうにかすることは出来ないと思った。だから経緯を全て話して、ここに連れてきた。 

「……嫌です。今はルリアとしてではなく、医者としてここにいます。食事も睡眠もろくにとってな 
 いと聞きました。これではステイリーさんまで倒れてしまいます。……お願いですから一口で良い 
 ので何か食べて下さい……」 
わざわざ作って来たらしいお弁当を差し出す。 

「………やめてください。僕に、構わないでください……!ここにいるってことはもう全て聞いたん 
 でしょう……?僕は……、ルスを……」 
「……ルスさんを……治したのでしょう……?」 
「……違います……、違います……!僕は、ルスを、ずっと苦しませ続けて、幸せを奪って、自由を 
 奪って、そして何もかもを奪ってしまったんです!!」 

本当に、バカだなキミは。 
どれだけ自分を責めれば気が済むんだ。 

「……魔法なんか……使えなければ良かったのに……」 

「……っそんなこと言わないでください……!」 
ステイリーのその言葉に今度はルリアが叫んだ。そして、ステイリーを抱きしめた。 
「………!」 
ステイリーは少し抵抗したけど彼女は構わず言葉を続けた。 

「ルスさんも私も……ステイリーさんの魔法が大好きなんですよ……!ルスさん言ってました!今ま 
 で見た星魔法の中で一番ステイリーさんの魔法が綺麗だったって!……私もそう思います。だから 
 ……ステイリーさんがそんなこと言わないでください……!」 

そう訴えるルリアの言葉を聞くと、空ろだった目から涙が溢れていた。 

……きっと今まで誰にも甘えることなどなかったのだろう。背負ってきた思いに潰されそうになりながら一人で耐えて、耐え続けて、いつの間にか支えてくれる人が出来た。ただそれさえもステイリーには甘えで、救いで、幸せで……だから遠ざけた。 

「……以前リュンヌさんが言ってたんです。ステイリーさんの頭の上にタロットの〝星〟のカードが。 
 私の頭の上に〝審判〟のカードが一瞬視えたって。これは未来の二人に奇跡が起きるっていう〝兆 
 し〟だって。リュンヌさんの兆しの力は凄いんですよ……!だから、きっと大丈夫です……。それ 
 にルスさんは友達想いな人ですから……ステイリーさんを悲しませるようなことは絶対しないです 
 よ……。だから信じましょう……?」 
頭を優しく撫でながら穏やかにそう話しかける。ステイリーは何かがほどけたようにしばらくその腕の中で泣き続けていた。 


暫くして静かになった病室に足を踏み入れる。 
「……寝た?」 
「あ……はい」 
ステイリーを見ると泣きつかれた子どものように静かに寝息を立てていた。 

「そう、良かった。ルリアでもどうにも出来なかったらまた魔法で睡眠だけでも取らせていたところ 
 だったよ。……まったく、世話の焼ける友人だよね」 
「傍に……居てくれたのですね」 
ルリアは少し安心したようにボクに笑いかけた。 
「誰かさんに頼まれたから、ね。……でもやっぱりステイリーにはルリアがついていないと」 
「……それは……」 
辛そうに目を反らすルリアの様子を見て嘆息を漏らす。 
そして寝たままのステイリーの友人を見つめた。 


『―――残念だけど、キミに魔法はかけられないね。自力で頑張って』 
魔法を解除する日の前夜。ステイリーは特別に許可を取ってルスの病室に泊まっていた。二人とも寝つけずにずっと喋っているものだから明日に支障をきたすと思い、ステイリーを魔法で強制的に眠らせた。懐かしい夢を特別にプレゼントして。 

ルスは吃驚した顔でステイリーの友人かと問いかけてくる。 

『友人なのか、と言われると――……』 
ステイリー本人には言うなよ、と前置きをして。 
『いつからだったか気付いたらいつの間にか傍にいた。当然のような顔をして。油断できない部分も 
 あるけれど、今のボクにとって、唯一友人……と言えるヤツ、なんだと思う』 

『お節介だし。研究バカだし。……自身を顧みなさすぎるのもたまにキズだ。他人には寛容なクセし 
 て、自分には厳しすぎる。もっと自分を甘やかしてもいいのに、と歯がゆく思う事はあるよ。自由 
 に、思うままに行動すればいい。アイツは、色々、自分を縛り過ぎだ。心配する側の身にもなって 
 みろ、……なんてね』 

『ボクには、縛り付けるものをほどくことは出来そうにないけれど――』 

――キミならば 


呑気に眠っているルスに眼をやる。 
「……何の為にあの時話したと思ってるんだ」 

後で話すと言ったのならさっさと眼を覚ませ。 

「……えと……?」 
意味が通じないルリアは戸惑う表情をした。 
「何でもない。…ステイリーは任せたよ」 
ルリアは一瞬迷うように考えた。けど 
「……今は、ステイリーさんを……一人にしません……」 
静かにそう言ったのだった。 



【3】side ステイリー 



――やってしまった 
眼が覚めると備え付けのソファーベッドに寝かされていた。空は橙色にすっかり染まっていてその間ルリアさんはずっと付いていてくれていたらしい。 
面会時間も過ぎ、寮への帰り道やたら強気で弁当を押しつけられた。食べ物を粗末にすることも出来ず仕方なく食べると彼女の味が口の中に広がる。久々に彼女の料理を食べたせいなのか、泣いた分気持ちが緩くなってしまったのか、何だかまた涙が出そうになった。 

自分は幸せになる権利も救われる権利もないのに。ルスを救うどころか起きる事さえ出来なくさせてしまったのに。ルリアさんの温もりについ気を緩めてしまった。 
離れることを切りだしたのは僕の方だというのに、一体僕は何をやっているのだろうか―― 

「ステイリーさん、俯いてないで話しかけてあげるとか手を握ってあげるとかどうです?」 
そんなルリアさんの言葉で思考迷路から意識が戻る。 

今日も病室に彼女が来た。苦い顔をしたら『私もお見舞いです』と言われ『ステイリーさんだけがお見舞いする訳じゃないです』と言いきられ何も言えなくなってしまっていた。 
そして今日もまた彼女はこうして隣に座っている。 

「……そんなの……」 
「届きますよ、ちゃんと」 
目をそらし続ける僕に届けるように、言葉を続ける。 
「寝たままでも、動けなくても……意味がない事はないんです。患者さんにとって一番の薬は……大 
 事な人の存在です。ちゃんと、届きます」 
しばしの沈黙。ルスに届くなら、それで目が覚めてくれるならどれだけ……。 

「……星はどうです?言葉に迷うなら、ルスさんもステイリーさんの星が一番好きなんですから」 
沈黙を話す内容の長考と捕えたのか彼女から新しく提案された。 
「……星……」 
あぁそういえば、終わったらプラネタリウムを催促されていたんだっけ……。 
こんな状況になってしまってすっかり忘れていた。 

「……少し、練習してきます」 
ようやく返した一言に、彼女は安堵したように笑ってくれた。 
それがくすぐったかった。 


寮の自室に戻り一息つくと魔法を発動する。 
プラネタリウムはほぼ完成していた。だけどまだ何かが足りない。ルスに一度見せた時も同じようなことを言われた。どうせ見せるのならしっかりと完成させておきたかった。 

目指すのは本物以上の星空。偽物だと感じさせない煌めき。 
大気が作りだす瞬き。温度で異なる微妙な色合い。 
流星、彗星、天の川、星雲、星団……宇宙の奇跡 
星々を繋ぎ、星空のキャンバスに古の物語を描き、人々が星に託した思いを紡ぐ。 

部屋が星で埋め尽くされる。だけど何が足りないのかわからない。 
一つだけわかるのは、いつか見た星空はこんな哀しい気持ちにはならなかったということだけだった。 

巡る天体の下、術式を空に書き出してみる。やはり特に弄るようなところは見当たらない。 

ふと眼の端に星の光ではない何か別の光が映った。眼を向けると机の上に飾っておいた一枚の純白の羽が優しく光を放っていた。 
それは去年のハロウィンの日、夜風に舞って飛んできた一片。 
今まで微かに光ってはいたもののいつもよりもその光は増している気がして、ガラスドームを外しそれを手に取ってみると羽は光を放って幻のように溶け消えた。 

『―――あの星は俺なんだ』 

同時にルスの声がどこからともなく聞こえた。 


いつかの日の夜、草の上に寝転びながら星を見上げていた時に橙色に光る一つの星を指し示しながらぽつりとルスが呟いた。 
『アルファルド…二等星の星だけどとりわけ明るい訳じゃない。でも周りが暗い星ばかりだから〝孤 
 独なもの〟と名付けられた星。ずっと俺みたいだなーって思って見ていたんだ』 

星魔法を使えず親類たちから疎まれながら幼少期を過ごしてきたルスはその孤独の星と自分を重ねていた。ルスしか子に恵まれなかったルスの両親は星魔法に才のある養子を貰い、そちらばかりに目をかけルスには見向きもしなかったという。 

『ま、俺にはじーちゃんがいるからまだアルファルドより孤独じゃないけどな!』 
その中で唯一ルスの味方だったのが祖父だったらしい。一度会ったことがあるがとても穏やかで立派な人だった。……その祖父ももう二年ほど前に亡くなったと聞いたけれど。 

それを聞いた僕は青く光る小さな星を一つ、空に浮かべる。アルファルドの傍で光るように。 
『じゃあ僕はあれね』 
『クローシアもー!』 
『あぁ、そうだね』 
くすりと笑いながらもう一つ、赤い星を傍らに浮かべた。僕たちから見てではあるけれど、暗い空の中、孤独な星に寄り添いながら三つの光が瞬く。 

『もう独りじゃないだろ?』 
『……あぁ!』 
ルスもクローシアも嬉しそうに笑っていた。 

――あぁ、そうか 
そっと術式を付け足し組みかえると橙色の星の近くに青と赤の星が輝き始めた。 
――これが僕らにとっての、本物以上の星空だった 

自分にとっては苦い思い出ばかりの星の魔法。だけど、誰かが喜んでくれるのが嬉しかった。好きだと言ってくれるのが嬉しかった。それだけで僕はどれだけ救われただろう。 
だから好きだと言って笑ってくれた彼女にも見せたいとプラネタリウムを見ながら一人、そう思った。 


翌日、ルリアさんはまた病室にやってきた。 
「お待ちしてました、ルリアさん」 
「え?えと……」 
昨日と同じように苦い顔をされると思っていたのだろう。彼女は明らかに戸惑いの表情を見せる。 
「すみません、どうしても貴方にも……魔法を見て欲しくて」 
「い、いいのですか……?は、はい……!ステイリーさんがいいのなら是非……!!」 
貴方には沢山救ってもらった、支えてもらった。十分すぎるほどの愛も貰った。だからせめて、最後に貴方にも星を。 

これが終わったら、ルリアさんに縋るのは今度こそやめにしよう――そう心に決めて。 

「では、いきます」 
カーテンを閉め、一つ一つ丁寧に言葉を紡いだ。 
「わあ……!!!」 
部屋いっぱいに星が広がる。天井だけでなく、空間全体にも星をちりばめ、まるで空の中にいるような視覚効果を期待した。 
成果は上々なようで彼女は星にそっと手をかざしたりしていた。 

一つ一つ星座を作り、星の物語を解説していく。 
ルリアさんは一生懸命聞いて素直に反応を返してくれる。 
ルスを見ると相変わらず眼を閉じたままだった。心のどこかで少し期待なんてしてしまったけれど、奇跡なんてそう簡単には起こらない。わかってはいる。わかってはいるけど……。 
少しだけ言葉を詰まらせながらそのまま解説を続けた。 

昔はルスの方が星に詳しくてこんな風によく夜空を見上げながら何時間も話を聞いていたっけ。 
解説が全て終わった後、そんなことを思い出しながらしばし二人で星を見上げる。 

「……私、やっぱりステイリーさんの魔法……好きです」 
「……ありがとうございます」 
「そういえば初めて会った時も病室で魔法を見たんでしたよね……」 
「そうでしたね……」 

出会ってから本当にいろんなことがあった。それを思い出していくには今の状況は少し、辛すぎるものがある。ルリアさんも何かを考えているのかそれ以上会話が続くことはなかった。 

「魔法、解きますね」 
そしてプラネタリウムの魔法を解こうとした時だった 

「……すて……り……?」 

待ち焦がれていた声が、響いた。 
「ルス……さん……?」 
「………ルス!?」 
慌ててベッドに駆け寄るとルスはかすれた声で笑った。 
「……あぁ、あんまり綺麗だから……天国にいるのかと思っちまったよ……」 

涙が溢れて止まらなくなった。その顔で察したのだろう。 
「……寝坊したか?俺……」 
「……大寝坊だ……」 
「あはは、悪い……」 
謝らないといけないのはこっちの方だ。 
「わ、私先生を呼んできます……!」 
そう言ってルリアさんが慌てて医者を呼びに行く。 

「……星の海でじーちゃんに会った」 
ルスは星を遠く見つめ、嬉しそうに笑って言った。 
「……早く起きろって怒られちった……」 
「そうか……」 
きっと目覚める前に夢でも見たのだろう。 

「……おはょ、ステイリー」 
「……あぁ……」 
そしてルリアさんが呼んだ医者が入ってくるまで、プラネタリウムを二人で眺めていた。 



【4】side ルス 



「エリュテイア祭には間に合いそうね♪後夜祭の衣装はばっちり用意しておくから!」 

リハビリテーションにクローシアの明るい声が響く。 
魔法治療と合わせリハビリも開始し、その経過も順調でもうすぐ退院出来るだろうと医者は言っていた。今まで遅れた分を取り戻さなければならないと思うと憂鬱で気が重かったりするが久々の学院生活に対する期待や嬉しさの方が大きい、と思う。多分……。 

「そうだ、クローシア。お前休学費とかそういうのは俺に相談しろよな!」 
「あら、バレちゃったの?まぁいいじゃない♪気にしない気にしない♪」 

数日前実家からの使者が来た。今まで放置だったくせに治ったと知った途端人を寄越すとかふざけるなと思いながら、その時クローシアが家の代わりに休学費を払っていたことを聞いた。もう治らないだろうと見限った親は学院から除籍させようとしていたらしいがクローシアが代わりに払うと突っぱねたらしい。 

「……僕にくらい相談してくれても良かっただろう?」 
ステイリーも初耳だったようで残念そうに眉尻を下げる。 
「その言葉そっくりそのままお返しするわ♡」 
クローシアの言い方からしてクローシアなりにステイリーが背負ってきたものに気付いていたのだろうか。心配させないように負担をかけないように、お互いにお互いのことは黙っていたらしい。 
二人揃って何してんだ、バカ。 

 

「あ、わたしこれから講義あるから!また来るわね~♪」 
「おー」 
話をそれ以上続けないようにかクローシアは笑顔で去っていく。しょうがない奴だな、なんて笑いながら心の中で感謝した。 

「……クローシアともこれでまた付き合えるな」 
クローシアが去った後ぽつりとステイリーがそう呟く。 
ステイリーの言う通りクローシアとは数カ月付き合っていたことがあったけど入院したしばらく後に別れていた。 
「ん?何でだ?」 
と聞いたらまさか聞き返されるとは思わなかったというような顔をされた。 

「……ちょっと待て。何?もしかして病気が原因で別れたとかずっと思ってたのか……?いや、俺ち 
 ゃんと言ったよな?付き合ってみたけどやっぱ妹みたいな感じしかしなかったって!クローシアも 
 そうだって笑って言ってたし!」 
ちょっと引いた。璃王って奴に聞いてはいたがそこまでとは。呆れてため息が出る。 

「お前いろいろと自分のせいにしすぎ。それに今クローシアはちゃんと好きな奴がいるみたいだぞ?」 
「そうなのか……?!」 
ステイリーは色恋沙汰にはホント鈍感なんだなぁと改めて思う。 
「んーまぁクローシア自身気付いてるのか微妙だけどな。今度どんな奴なのか会いに行かないとな!」 
本当の兄妹ではないけど兄として見ておく必要があると意気込む。しばらく考え込んでいたステイリーは何か思い当たったように顔を上げた。 
「……アビゲイルさん?」 
……クローシアの話では女の子だと聞いているのだがとりあえず哀れむような笑みだけ返しておいた。 


「……そう言えば……終わってから言うって言ってたのはなんだったんだ?」 
「あ、それな」 
起きてからいろいろバタバタしていて話すタイミングをすっかり逃していた。 

「そうそう、その前にこれ見てくれよ!」 
そう言って手のひらを出し、静かに詠唱してみせた。 
「……!」 
手のひらの上には小さな星がポツンと浮かんでいた。 

「起きた後出来るようになってた。推測だけどステイリーの魔力を少し取り込んじまったんじゃない 
 かな。相性が悪いからかステイリーみたいに綺麗には光ってねーしこれ以上の魔法が使えるかどう 
 かも怪しいけどな。でも俺にはそれで十分だ」 
家を継ぐには星の魔法を使えるのが条件だ。それはステイリーも知っている。 
加えていえばステイリーの魔力を取り込んでいたからステイリーの魔法に呼応して眼が覚めたんじゃないかな、なんて密かに思っている。 

「ほら、病気になって悪いことだけじゃなかったし入院生活も悪いことばっかりじゃなかったんだぜ 
 ?むしろ俺は感謝してるよ。だからこれまでのことは気にすんなって!」 

それでもステイリーは微笑みながらどこか暗い影を落とす。それを見て大きく息を吐いた。 
今までなんとなくそんな気はしていた。ステイリーがずっと俺の病が自分のせいだと思って気に病んでたということに。 
璃王って奴から全部話を聞いてやっぱりクソ真面目でバカな奴だなって思ったよ。 

「……お前さ、全部自分のせいだなんて思うなよ。あの時いつものように外に誘ったのは俺だし、魔 
 法を催促したのも俺だ。それに……俺がクローシアと付き合ってること何カ月も隠してたから不安 
 定になっちまったんだろ?そのせいで暴走して、見舞いに来る度に辛気臭い顔しか見せなくてさ、 
 遊びにも行事にも誘われても行かなくなったって聞いた。俺だってさ……お前から笑顔も幸せも奪 
 っちまったんだよ……」 

真っ直ぐにステイリーを見つめながらこんな真面目な話俺らしくないな、なんて笑みを向ける。 

「俺はお前の枷になんてなりたくないんだよ!俺の青春これからだし心配すんな!だからお前も、ま 
 た前みたいに笑ってくれよ、な!」 
心から本気の言葉をぶつけた。ステイリーは黙って聞いていたけどしばらくして困ったように笑う。 
「……誰かに聞いたのか?」 
「さぁなー」 
否定はせず濁したけど思い当たる節があるようでお節介め……なんて呟いていた。 

……もう一つの懸念事項と言えばルリアちゃんとのことだけれど…… 
眼が覚めた時一緒にいたからきっと仲直りはしたんだよな? 
それを聞く前にステイリーが先に口を開く。 
「そういえばルス、この間魔法使って病院抜け出したんだって?」 
「何故それを……!」 
「……魔力操作基礎学と魔法史学、明日までに読んでおくこと」 
ステイリーは容赦のない笑顔で眼の前に分厚い本を数冊置く。 
「ご勘弁をぉぉぉぉ!!」 
病院内にそんな悲痛な叫びがこだました。 


空は高く澄み、天気は快晴。 
――今日も綺麗な星空が見えそうだ 
 

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▼ステイリーは〝聖天のプラネタリア〟を習得した 
▼ルスは〝星魔法〟を習得した 

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