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※アテンション
​このお話には大人向けの表現があります。苦手な方はバックして下さい。ご理解の上で拝読頂けると嬉しいです

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学院はもうすぐ夏休みを迎えようとしていた 
夏の間は帰省するつもりで荷造りの準備をする。本や薬、それにこっちの美味しいお菓子もつめるのでなかなか一荷物だ 
その中で特に丁寧に扱う一つの鍵。実家の鍵でもここの部屋の鍵でもない。…これは…ステイリーさんが出発前にくれた…鍵 


あれは桜の季節。出発の直前だった…… 


「ルリアさん、これどうぞ」 
もう荷造りも何もかも終わっていて彼は最後の時間を私にさいてくれた。いつものように私の部屋で一緒に居た時だった 
私の手に鍵が一つ落とされた 
「…? どこの鍵でしょうか?」 
「僕の留学先の部屋の鍵です」 
…なんで渡されたんだろう? 
「あの…? 私そっちに行くわけではないですよね…?」 
「いつ来てもいいですよって事です。留学中ずっと会わないのも…その、やはり寂しいですし…」 
…思いつかなかった…。一回行ったらずっと帰るまで会えないと思い込んでた 
そうじゃないんだ… 
「なので渡しておきます。浮気を疑われても困りますし」 
「うわっ!?」 
「しませんからね?」 
「わ、私も絶対しないです…! …それにステイリーさんが他の誰かを選ぶなら…それは浮気でなく本気って事でしょうし…」 
あ、自分で言っててへこんだ 
「ルリアさん以外選びませんから。ルリアさんはすぐそうやってへこんだりしそうなので大丈夫ですよ、と言いたいんです」 
「…有難うございます…」 
うう…すぐ勝手にへこむのは否定しきれない… 
「本当にいつ来てもいいので」 
「は、はい…!」 
いつでも会いにいける…。自分で行ってほしいって言っておいて内心の寂しさを誤魔化しきれてない自分には凄く嬉しい言葉だ。いつでも会いに行ける… 
「えと…その。それと…ですね…」 
「はい」 
「…少し目を閉じて下さい」 
「はい!」 
躊躇いなくぎゅっと閉じたらちょっとため息が聞こえた気がした…。何か間違ったのかな…? 
そして少し何か物音が聞こえてそっと片手をとられる。そして指に冷たい感覚 
もしかしてこれって… 
「もう良いですよ」 

思った通り、それは指輪だった 
宝石とかはないけど可愛い… 
しかもこれ…つけて貰えたのは…左手の薬指… 

「…す、ステイリー…さん…これ…」 
「…虫よけ用…です。ルリアさんはどうにも無防備ですから…その…誰が見ても相手がいると分かるように…」 
か、顔が…熱い… 
「…嬉しいです…。これ、ステイリーさんの恋人という証なのですね…。嬉しいです…!」 
「デザインとか大丈夫ですか? クローシアにも聞いてみたのですが自分でちゃんと選べと言われてしまいまして…」 
「大丈夫です。嬉しいです…! とっても綺麗で…好きです。ちゃんと」 
ステイリーさんが選んでくれたものなら何でも嬉しい。凄く嬉しい。そっと指でなぞってぎゅっと握りしめた 
「それなら良かったです」 
愛おしそうに見つめられて息がつまった 
反射的に俯いてしまう。鼓動が苦しい 

ふと頭に柔らかい感覚。髪をなでられている… 
大事そうに触れられる。優しく、暖かい… 
「…離れても…ずっと、ちゃんと好きです…。私…」 
「僕もです」 
「はい…」 
寂しい気持ちが拭いきれるわけじゃない。けどそれでも 
繋がる気持ちはちゃんとある。だから離れても信じられる 


出発の日は少し泣いた。けどちゃんと笑顔で行ってらっしゃいって言えたと思う 


そして今。ずっと手紙でやりとりしていて夏休みに少し来ないか、と誘いがあった 
一にも二にもなく飛びついてまずは実家に帰省。その期間をいつもより短めにして会いに行く予定なのである 
向こうに着いたら使う機会もあるかもしれない大事な鍵をなくさないように大事に荷物に入れたのだった 


お父さんとは前の時、ちょっと喧嘩みたいな感じで別れてしまった 
互いに会ってもやっぱり確信に触れる事は何も言えない。少しぎくしゃくする 
ただ、私卒業したらここに帰るって言ってみたらよく考えて卒業の時決めればいいって返って来た 
拒否されなかっただけでも良いって前向きになっておこう… 

ステイリーさんに会いに行くって言っておいたらまた震えていた。口では好きにしていいって言っててもやっぱり一度話したことあるだけの人って認めにくいのかも… 
いつかちゃんといい人って分かって貰わないと! 


そして列車を乗り継ぎ今、私はステイリーさんのいる場所に向かってる 
少しずつ空が暗くなっていく。そこは一年を通して寒くて夜が長めって話。星魔法至上主義ってルスさんは言ってたけど…どんな場所なのかな… 
段々と近づいてきた街は柔らかく優しい光を纏い、周りを囲む湖には星空が映し出され、まるで星空の中に浮かぶ島の様だった。 


緊張しつつ駅に降り立つ。まず真っ先に感じた事は… 
「さ、寒い…!?」 
ステイリーさんから手紙で聞いていたけど思っていた以上に寒かった。上着は一応用意して着ておいたのにそれでも寒い 
今まで夏の気温の中にいたから余計こたえる 
震えながら駅から外に出る。田舎から出るのに馬車も使うから遅れるとかよくある。だからいつの列車と具体的に決めれなかった為出迎えは断った。地図はちゃんと貰ってあるからそれを手に歩きだす。 

商店の中からきらきらと光が零れる通りを体を温める為急ぎ足で歩く。夏休みで閑散としてるのかと思いきや人はそれなりにいる。 
急いでるだからってだけじゃなくてすごくドキドキしてきた。やっと会える。早く会いたいと気が急く 
周りから歓声があがって空を見上げたら、大きな流れ星が落ちていた。空をちゃんと見ると空気が澄んでいるのかとても綺麗でそんな遅くないのにもう暗くて綺麗に星が見える 
キラキラとまるで幻想の世界みたいに。 
思わず見とれる。田舎でも空は綺麗に見えるけどなんだか…迫力が違う気がして少し怖いくらいだ 

「…遠い…」 
当たり前だけど手をのばしても届かない星。だから人は焦がれるのだろうか? 
自分の側に輝く星はもう流石に輝きをなくしてしまって飾りは大事に持ち歩いている 
空の星は圧倒的で美しい。けど…やっぱり自分は… 

「――なら、これならどうですか?」 

そっと、優しく自分の隣に星が灯った 
すぐわかる。優しくて暖かいその光。その声。近くにいるだけでこんなにも高鳴る鼓動 
全てが私に教えてくれる 
そっとその星を手にとる 
「…あったかいです…」 
顔をあげるとやっぱりそこにいたのは… 

「そんな薄着でいたら風邪ひきますよ?」 
「…ここまでと思わなくて…」 
二人で見つめあって微笑みあう 
「「…お久しぶりです…」」 
私は数か月ぶりに愛しい恋人に再会したのだった 


相手の部屋に入れてもらい部屋着用の上着を貸してもらいつつコーヒーを飲む 
温まる… 
「ほっとします…」 
私好みに甘くいれてもらったそれは前と変わらない味がする 
「そんな恰好で立っているから吃驚しましたよ」 
「す、すみません…。空が凄くてつい…」 
「そうですね。僕も最初は圧倒されました」 
「そうなのですか…」 
何となく沈黙。隣同士にいるのにちょっとした隙間。どうやって埋めようかと考えてそわそわしてしまう 

「そう言えばどうして外にいたのですか?ご用事があるなら行ってきて大丈夫ですよ?」 
「…用事はもう済みましたよ」 
あれ?なんで赤くなってるんだろう? 
「そうですか…。鍵は持ってても…すれ違わなくてよかったです」 
「そうですね。…探しに行って見つけられなかったら流石に…」 
………え…? 
「な、何時か分からなかったのに…探しに来てくれていたのですか!?」 
「…来ると思うと落ち着かなくて…。ただ列車時刻毎度では流石になかったので会えたのは…偶々ですが」 
…嬉しい…。偶然でもなんでも、探してくれていたとか…それで会えたとか…。なんだか運命みたいで…くすぐったい 
「…ありがとうございます…。嬉しいです…」 
ちょっとだけ戸惑う空気は消えて、ちょっとした隙間を埋めるように相手に寄りかかった 

「髪の星…やはり切れてしまったのですね…」 
髪を指ですかれてドキッとする。長く持ってくれるよう念入りに魔法をかけてくれていたけど限界はあった 
「は、はい…。夏休み前くらいに…」 
「持ってきていますか?」 
「あ、はい…!勿論です…!ここに…!」 
髪飾りが入っている袋を手渡す。あ、髪につけておけばよかった…。そうしたら…触れて貰えたのに… 
「…失礼しますね」 
「え?」 
ステイリーさんは私の髪に星を付けながら魔法をかけていく。く、くすぐったい… 
髪に一つ一つ増えていく星 
「ここの空もすごいですけど…やっぱり私は…この星が一番です」 
自分の為だけに輝く星。好きな人が与えてくれるもの。自分だけの特別が何より愛おしい 

ぎゅっと抱きしめられる 
ちょっと吃驚してから私も抱き締める 
「変わりないようでなによりです」 
「…ステイリーさんも…」 
唇が重なる。久々なんて思わせない程自然に 
「…どれくらい滞在する予定なのですか?」 
「…あまり考えてなかったです。夏休み終わる前には帰りますけど…お金もそう多くは持ってきてないですし…」 
日付には念の為余裕をもってきた。新学期の準備もあるし 
…あまりいると迷惑になるかも… 
「いれるだけいて下さって構いません。折角なのですし」 
「…はい…」 
そして暫く抱きしめあう 
会えなかった分の寂しさを少しでも埋めるように 

離れ難くて暫く身を寄せ合っている内に自然にキスをする。温かで優しくて軽いキス 
でもそれだけじゃなんだかステイリーさんが足りなく感じてしまって、相手の首筋に顔をうずめて甘えるようにすり寄る 
後ろ頭を撫でられ心地よさに身を任せると高鳴る鼓動で自然と頭がほうけてくる 
無意識に首に唇を落とした 
「……っ!?」 
ステイリーさんは顔を真っ赤にして反射的に身を引いた 
「あ、す、すみません…! つ、つい…」 
む、無意識でなにやってるんだろう… 
「い、いえ…吃驚しただけなので…」 
「…すみません…何だか…無意識で…。会えてはしゃいでいるのかもしれないです…」 
「いえ、大丈夫です。…嫌では決してないので…」 
真っ赤になって目をそらして慌てる仕草がなんだか珍しくて…嬉しい 
私が相手にあんな顔させているんだ…。愛しい。可愛い 
「離れていたのに…気持ちが膨れていたように感じます…」 
胸に飛びこんでまたすり寄る 
「大好きが一杯大きくなって…嬉しいのですが…苦しいくらいで…」 
ぎゅっと少しきつく抱きしめられる 
「…僕もです」 
今度はさっきより深くキスされた 
いつもより余裕がない感じがなんだか嬉しい 
何度も繰り返されるキス。離れる頃には息があがる。熱に浮かされる 
「ルリアさん…」 
指を絡められる。また目を閉じようとしたら… 

お腹が盛大になってしまった… 


我にかえってくっつく時間は終わった 
そう言えば移動の時急いでいたせいかご飯ちゃんとしたの買えていなかったんだ… 
食材用意もあまりないとかでお弁当を買って一緒に食べた。美味しかった 


そして夜…。私は緊張の渦の中で…お風呂に入っていた… 

…彼氏のお部屋にお泊り…。お泊り…泊まり… 
と、都会の人ってやっぱりこういう時って…その…恋人の階段を上るのだろうか…?  
さっきはちょっとなんだかいい雰囲気だったけど… 
ステイリーさんはよく私が嫌がる事はしないって言ってる 
私は? 嫌なのかな? …田舎では結婚するまではしちゃいけないとかそういう風に言われていたけど… 
…でも結局会いたくて我慢出来なくて来ちゃって…泊まる以上はやっぱり…やっぱり… 
「ルリアさん? 大丈夫ですか?」 
「は、はい!」 
しまった。考えすぎて長湯になっちゃった。一回出よう… 

こ、こうなったら…女は度胸!覚悟を決めて…いざ…! 


「お、お、お待たせ…しまし…た…」 
「…何を隠れているのですか?」 
「そ、その…えと…恥ずかしくて…その…」 
そろっと出る。人に見せる前提じゃないネグリジェは趣味全開のピンク色。いや、最近はピンクの服も着るようなったけど… 
「…寒くないですか?」 
流石に厚手のは持ってきてないから半袖にひざ下丈で…ちょっと寒い 
「ちょっと…。こ、子供っぽかったらすみません…なんか…」 
同じネグリジェでも恋人に見せるならもっと大人っぽいとかセクシーとか…そういうのを用意すればよかった…! 
「い、いえ。可愛らしくてお似合いですよ」 
「そ、そうですか…」 
「…お風呂いってきますね…」 
「はい…」 
なんだか変に意識してぎくしゃくしてしまった… 

冷えるから先に布団に入ってて良いと言われステイリーさんがお風呂から出てくるのを待つ 
彼の部屋で寝るだけでも緊張するのにお布団まで…と更にドキドキしている 
一緒に一晩って…恋人になったらダメになっちゃったから…凄く久しぶり… 
ステイリーさんって…恋人じゃない人となら一緒に過ごしたりするのかな…。それは…いやだな… 
自分はやってたくせに他の人は嫌なんて…我儘だなぁ… 
何度も寝返りをうちながら相手を待つ。段々疲れが出てきて目が閉じてくる。出てくるまで少しだけ、ちょっとだけ…疲れをとっておこう。そう思って目を閉じた 



------- side ステイリー ------------------------ 

期待しなかった、と言えばウソになる。いくらルリアさんでも、一人暮らしの恋人の部屋に泊まるからにはそれなりの覚悟をしているだろうと 
勿論彼女が少しでも嫌がるなら無理強いするつもりはない。それを抜きにしても、会いたい気持ちが勝ってここに誘ったんだから 

まぁ結果としては…彼女は疲れが出たのかぐっすり眠っているわけで… 
少し肩を落としつつ、長距離を移動してでも会いに来てくれたことに感謝をする 


慣れない土地、慣れない環境、慌ただしい日々に忙殺されながらもふとした時、彼女の声が聞きたくなって魔道具に触れる 
でもここは国外への通信が制限されていて、魔力を込めてもやはり反応はない 
話したいことが沢山あった。ここの星空のこと、今日学んだこと、ここの料理、人、街並み… 
彼女が傍にいたらどんな反応をするだろう 
彼女の顔が見たい、声が聞きたい 
そう何度も願っては、白くなった息とともに儚くかき消えた 


顔を覗き込むように傍らに座る。髪をそっと撫でてみると、癖のない柔らかい髪は指からサラサラと零れていく 
起こさないよう気をつけながら愛おしくて何度か繰り返す。ちょっと身じろぎされて手を止めたらうずくまるように丸まった 
自分を抱きしめるよう眠る姿はまるで小動物のようで、何となく頭をなでてみたら少しずつ小さくなってた姿がのびてきた 

今、間違いなくここに彼女がいる 
確かめるように額にキスを落とす 
「ん…」 
彼女はくすぐったそうに身じろぎして、寝ながらふみゃっと笑った。最近良く見せる嬉しそうな時にする表情 
今は幸せな夢でも見ているのだろう。自分には璃王みたいな魔法は使えないけど表情でなんとなくわかる 
その幸せそうな顔を満足するまで暫く眺め、最後にもう一度だけ頭に唇を落としてマットの上に横になった 

まだ一緒にいれる。明日はここの案内をしてあげよう。そう思いながら目を閉じた 


僕の方は緊張でなかなか寝付けなかった… 





朝日が窓から零れてくる 
朝は気だるくて苦手だ。瞼の裏が眩しくて、まだ眠りこもうと光から逃げるように寝がえりをうつと、鼻腔を擽る良い匂いとトントンという軽快な音が聞こえる 

(母、さん…?) 
薄く目を開け、寝ぼけた頭で音の方角を見ると、そこにはエプロンをつけて台所に立つ小柄な彼女の背中 
ちょっと鼻歌も聞こえてくる。手際よく料理を作りお皿を出したりと小動物のようにちまちま動く 

夢か現実か区別が上手くつかない 
けど何となくいいな…と感じた 

(結婚したら…きっとこんな感じなんだろうな…) 
朝ごはんを嬉しそうに作ってくれて、幸せそうに笑ってくれて…いつかは家族が増えたりして… 

そんな事を思いながらまだ睡眠を欲する体は、薄く開いた瞼をゆっくり重くしてくる 
抵抗することなく、また静かに眠りに落ちていくのだった 




------- side ルリア ------------------------ 

完成した朝ごはんに笑みがこぼれた 

卵はオムレツに。あった野菜をとにかくいれて牛乳も含めてふっくらさせる 
インスタントのスープはパンと卵、偶々あったチーズを使って簡単グラタンに 
ミルクを温めて砂糖を入れておく。 
サラダが作れなかったのはちょっと心残りだったけどオムレツに野菜はタップリ入れたし栄養はばっちり。よし! 

マットの上で寝てるステイリーさんの寝顔を座って眺めてみた 
…寝てる姿って無防備で…ちょっと可愛いかも… 
癖っ毛の頭はぼうぼうになっててセットが大変そう。そうだ、後でおしぼりでも作ってあげよう 
もう少し眺めていたいけどごはんが冷めるから優しくゆする 
「ステイリーさん、朝ご飯出来ましたよ」 
…なんだろう、これ…奥さんみたい… 
い、いや、だって!ねぇ! …ど、どうしよう、嬉しい。恥ずかしい。でも起こさないと…! 
「す、ステイリーさん…?」 
ゆさゆさ 
「…ん…?」 
「朝ですよ。ご飯作りましたから食べませんか?」 
「………………はい…」 
あ、眠そう。ノロノロ起き上がって目をこすってる 
「着替えは後ででもいいので先冷める前にどうぞ?」 
「…はい……」 
ふらふら~と歩く。うーん、知ってたけど朝本当弱いなぁ…。でもこういう面を見るといつもより身近に感じて嬉しい 
「…ご飯…」 
「あ、はい。頑張って作りました…!」 
「…………! あ…そうだ、ルリアさんいるんだった…」 
ようやく目がちゃんと覚めたみたい 
「…えと、おはようございます。ステイリーさん」 
「……おはようございます」 
何だかすごくすぐったくて二人でもじもじしてしまう 
「朝ごはん…食べませんか?」 
「……顔だけ先に洗ってきます」 
「はい」 
そう言って背中から見えた耳が真っ赤だった。私も手をそえてみるととても熱くてお揃いだった 


「…よくあれだけの食材でこれだけ…。すごいですね」 
「長年主婦業やってませんから。…でも褒めて貰えると嬉しいです」 
「…美味しいです」 
「よかった」 
向かいあって座っているからふと目があう。何だか気恥ずかしくてすぐ俯いてしまった 
「…あの…昨日は…その…」 
「な、何もしてませんからね? 大丈夫ですよ?」 
ステイリーさんは慌てたように赤い顔で聞いてない事を言う。別にそこは疑ってないけどなぁ 
「はい。そ、そうじゃなくて…その…すみませんでした…。ベッド占領して…」 
「い、いえ。それはいいんです…」 
「…それに…先に寝ちゃって…」 
「いえ…。お疲れだったのでしょう? 大丈夫ですよ」 
そう言って優しく笑ってくれる。あぁ…。本当にこの人はいい人だなぁ… 
「それより今日はどうしましょうか。街中観光でもしますか?」 
空気を変えるように話題が移された。私もそれに乗っかる 
「そうですね…。色々見てみたいです。それに食材も買わないと。折角なので…ちゃんと作りたいですし…」 
「無理しないでいいですからね?」 
「…私のご飯…食べて欲しいんです…」 
「…そうですか」 
「え、えと! で、ですから…その…買い物、行きましょう。観光も」 
「はい。了解です」 

その日は二人で観光をした 
まずは円錐状に構成されている街を上から見下ろす 
建物の屋根は深い紺色で統一されていて、湖や空の青と合わさってとても綺麗な景色だった 
昨日じっくり見れなかった商店街では星の光のランプが沢山売っていて、何軒もはしごして一番いいのを選んで買ってみたり 
行き交う人々の様子を眺めたり 
お昼は流石に外で食べた。エリュティアとはまた違った雰囲気で美味しかった 

夕方前には食材をどっさり買って帰って一緒に夜ご飯の支度をした 
一緒に作るって初めてで、家族になったみたいで内心物凄くくすぐたかった 
ついでに暫く分の副菜を作っておいてあげたりしておいた。色々作ったのをちょっとずつ食べるのは美味しかった 

そしてまったりしてまた来た夜… 


私はやはり布団の中で、今度は寝れずに待っていた 
今日こそは相手を床に寝かさない!という意思の元一回ベッドにもぐった後床のマットに移動している 
心臓がドクドク早鐘を打つ。昨日は疲れでうやむやになったけど…今日は…今夜は… 
想像するだけで体温が上がる。期待と不安。い、痛いのかな?やっぱり… 
震える手を必死で握りしめる 
「お待たせしました…ってルリアさんはベッド使って下さい」 
ビクッとなって慌てて起き上がってわたわたする 
「い、いえいえいえいえ! 私が部屋の主を押しのけてベッド占領なんて出来ないです…! 昨日はうっかり寝てしまったので今日こそは…!」 
「ダメです。寒いでしょう? 床は冷えますから」 
「だったらステイリーさんだって…寒いじゃないですか…! だ、ダメですよ…!」 
「僕はこの気温に適応してますから大丈夫です。ルリアさんは寝間着も薄いですし」 
「い、いえいえいえ! だ、ダメ…です…。私が今日は…こっちです…」 
「いいえ。こればかりは譲りません」 
「私だって…いやです…」 
二人して沈黙。私は布団を握りしめて俯く。何意固地になってるのか自分でも分からない 
「失礼します」 
「ひゃ!?」 
急に抱き上げられてベッドに下された 
「ちゃんと布団に入らないと、ほら」 
掛け布団をそのままかけられそうになる 
「い、いえ! でも…でも…。そ、それなら一緒にベッドを使うとか…」 
相手の袖口をとっさに掴んで見上げる 

ふと、距離が近いのに気づいた 
心臓がバクバク言い出す。沈黙が少し怖い 
軽くキスされた。動けなかった 
「…それ、分かって言ってますか?」 
いつもと違った声に聞こえたのはどうしてだろう? 
「…それとも…」 
ゆっくり、丁寧に押し倒される。まるで別世界の出来事のように遠い 
指を絡めあって、見つめあう。動けない。どうしよう 

唇が重なって顔を上げた後、相手が少し吃驚した顔をしていたのが印象的だった 



翌朝…。良く寝れなかった私たちは酷い顔をしていた… 
結局、何もされなかった…。私はどうやら泣いてしまったらしく、すみませんと言われてそのまま離れられてしまった 


なんだか気まずいまま昼近くだったので朝昼ご飯を一緒に食べたのだった 


「今日は…どうします?」 
「はぇ!? あ、え、えと…どうしましょうか…」 
帰るという選択肢もあるのだろうけど…こんな気持ちのまま離れたくはなかった 
「と、とりあえず洗濯して…それから…あ、そうです! 学校! 学校…見れます…?」 
「…まぁ見学くらいは平気だと思いますが…」 
ちょっと渋い顔。なんでだろう?でも他に思い浮かばないし平気なら見てみたい 
「で、では学校見学しましょう…か」 
「…そうですね」 
そう言って席を立つ。二人で並ぶキッチン。洗い物を拭く為隣で待つ 
「…その…えと…昨日は…」 
「気にしないで下さい。…ちゃんと待ちますから」 
「でも私…」 
「大丈夫ですから。…嫌な思いをさせてしまってすみません」 
「…嫌では…ないんです…」 
…気を使わせちゃったなぁ…。思いきれない自分がなんとも言えない… 
私は確かにこの人が好き。大好き。 
あの時は…息がつまって…苦しいくらいで…いやじゃなかった。期待だってした…。ただ、少し怖かっただけ 
大事にして貰ってるのが嬉しくもあり、このあとちょっとの距離がもどかしくもあった 



街の中心部にある塔、その敷地に学校はあった 
学校内を二人で歩き回る。どこか荘厳な雰囲気が漂う空間 
講堂、研究室、ラウンジ、食堂 
ここが…今ステイリーさんがいる場所なんだ…。そう思うとドキドキしてくる 
「そしてここが図書館ですね」 
「図書館…」 
どんな本があるのか興味がある。すごくある。けどやはり私は部外者。ぐっと我慢をして外から眺めるだけにとどめる

「…魔導学院とはまた雰囲気違いますね」 
「あそこは物凄く広いですしね」 
「そうですね…。本…やはり星のが多いのですか?」 
「そうですね、いろんな世界の星やその伝承、古代の星魔法の本なんかもありますね」 
専門学校なんだしやはりそうなんだろうな…。星の魔法は何度か挑戦したけどやはり私には使えない 
あの中の一冊に使えるようになるヒントの本でもあればいいのになぁ 
「興味ありますか?」 
「あ、ま、まぁ…。ですがやはり私は部外者なので…。次に行きましょう」 
「そうですか。では次は…」 
「――やぁ、ステイリー。 君も本を借りに来たのですか?」 
「あ、本当だ。あれ? 珍しい、女の子と一緒なんだ?」 
まさに離れようとした矢先に男の人達から声がかかる。 
「いや…、今日は人を案内してるんだ。御免」 
私は慌てて頭を下げる 
「す、すみません。あの…お話して平気ですよ?」 
「いえ、大丈夫です」 
…相手と仲良くないのかな?とちょっと心配になる。なんだかステイリーさんはあまり嬉しそうじゃない 
「あぁ、そうなのですか…もしかしてその子が例の彼女だったりするんです?」 
好奇心の目線が私に向かう。複数の目線の中によくない感情も感じてちょっと身をすくめた 
ステイリーさんは私をかばうように立つ 
「…そうだよ。そういう訳だから」 
「あぁ、またね」 
手を引かれて少し強引に移動になるのだった 



「…あの…私何かしたでしょうか…? もしかして部外者はやはり校舎にいたらダメでしたか…?」 
「いえ…。ここの人たちは少し独特な価値観を持ってまして……あまり会わせたくなかったんです」 
「独特…ですか…」 
「…星魔法至上主義って知ってましたっけ?」 
「一応…」 
「そういう事なんです。使えない人にはああなだけなんです。すみません、うっかりこぼしてしまって」 
「あ、い、いえ…!」 
ステイリーさんは悪くない。だったら私は守って貰った事になる 
「…有難うございました。彼女って言ってくれて嬉しかったです」 
安心させるように笑いかけると少し安心したような顔をしてくれた 


少し歩いてから私はちょっと用を足しに相手と離れた 
手を洗いつつ少し休憩を入れようかどうかと考えていると少し離れた場所から会話が響く。思わず少し隠れる。その声は、さっき会った人達に似ていた 

「――あれだよね、ステイリーって面食いだったんだね?」 
「確かに可愛かったですね。他の女子に目もいかない訳です」 
「でも星魔法使えない子なんでしょ? 勿体ないよね…ステイリーは凄いのにさ」 
「エリュティアは色々な魔法を教えているところですしね。 あちらでは星魔法も他の魔法と変わらない扱いだと聞きますし、しょうがないですよ」 
「でもあいつ卒業したらこっちに来てほしいって言われてるんでしょ? その時になったら星魔法が使えない彼女がいると上も良い顔しないんじゃない?」 
「そうですね、私なら別れますね。出世したいですし」 

声は笑いながら遠ざかって届かなくなる 
卒業したら…。そんな話が出てたんだ…。それは普通に考えたらきっとすごい事 
でも、私の胸には重い鉛が沈んだみたいになっていく… 


のろのろと足を引きずってステイリーさんが待つ場所に戻ろうとしたら、彼は先生と思わしき人と話していて少し足を止めた 
「——この前の話は考え直す気はないかね?」 
心臓がドクンとなった。嫌でもさっきの話題を思い出す 
「……申し訳ないですが私の返答は変わりませんので」 
「残念だねぇ、君なら高待遇で迎えられるだろうに。まぁ時間はまだたっぷりある。心境が変わったらいつでも相談してくれればいい。私も上に推薦するし、君の将来は約束しよう」 
将来、約束。そんな言葉に胸の重みが増していく 
「教授が私を評価してくれているのは嬉しいです、ありがとうございます。……続きがありましたらまた今度でもよろしいですか? 今は人を待っているので」 
「そうか、わかった、今度にしよう。しかしステイリー君、少し小耳に挟んだのだが、星魔法を使えない者と付き合うのはほどほどにしておいた方がいいと私は思うよ。折角素晴らしい力を持っているのだから」 
…限界だった 

思わず私はその場から離れてしまった 
 

 

暫く無意識に歩き回る 
気付いたら雨がふっていた 

私は…今何を思っているのかよくわからない。戻らないと、きっと心配してる 
分かってるのに笑いかけれる自信がなくて俯いて足がとまる 
前の時と同じだ。留学に行くか行かないかの時 
今回は…また少し話が違う。いって欲しいなんて私はきっと……言えない… 

「どこへ行ったのかと思いました。こんな場所でどうしたのです? 中に入らないと風邪をひいて…」 
肩を大きく震わせて、ゆっくり振り返った顔は…やっぱり上手く笑えてなかったみたいだ 
「すみません…」 
「…もしかして聞いて、しまいましたか…?」 
ゆっくり頷く 
「…すみません」 
今度はしっかり首を振る 
「…戻りましょう?」 
差し出された手。それを私は拒めずそっととる 
降り続く雨の中、一つ傘を用意して二人で入って帰っていった 


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------- side ステイリー ------------------------ 
 

懸念していたことが起きてしまった 
見学自体に問題はなかった。けど知り合いと会えばこうなるのは分かっていたのに 
教授と出くわすタイミングも最悪だった 
ここの価値観は聞いていた通り少し異常だ。それにルリアさんが傷つく必要なんて何一つない 

まずは冷えた体を温めて貰わないと 
「とりあえずシャワー浴びて下さい。温まらないと風邪ひきますし」 
「ステイリーさんは…?」 
「僕は後で入りますから」 
押し込むように風呂場に入れた。こうでもしないと彼女は僕を優先しようとするだろうから 

シャワーの音が耳に届いたのに一安心しつつ、外に洗濯物を干しっぱなしだったことに気付いて慌てて中にしまう 
もう部屋干しすればいいととりあえずかけておいて自分も温まろうとお湯を沸かして飲み物をいれる 
彼女の分も忘れずに 


暫くして彼女はおずおずと出てきた 
…僕のシャツ一枚の姿で… 
「あ、あの…服…お借りしました…」 
もじもじしている湯上り姿は…かなりの破壊力があった 
焦って持っていたコップの中身をこぼしそうになる 
「…っな、なんて格好をして…! あ、そうか、着替え……」 
雨の中佇んでいた彼女の服は完全に濡れていた。干していた洗濯物も雨に濡れてしまってすぐに着れそうもない 
「…今着替えないのです…。ス、ステイリーさんも…お風呂どうぞ…」 
いや、待て…この場合はどうしたら… 
あまりの衝撃に思考停止しかけるけど少し考えてまずは飲み物を相手に渡した 
風呂場にあったのなら使用済みのものだしせめて綺麗なのを渡さないと…。引き出しを開けてシャツを探してそれだけじゃ寒いだろうから長めのセーターも出した 
「……えと、それ一度着たものですので、これと…あとこれも着てください」 
それだけ言って着替えを押し付けて僕は風呂場に直行した 
…危ない。うっかり理性が飛ぶかと思った… 
湯上りの赤く染まった頬、普段は割と隠れている生足…シャツ一枚という格好… 
頭を振って変な事を考えないよう追い出す。落ち着け。昨日泣かせたばっかりだろう? 自分 
無理強いは絶対しない。それに今彼女は落ち込んでいるんだから 
急いで出ようとだけ考えてシャワーをあびるのだった 


風呂からあがるとやはり寒いのか彼女は布団にくるまっていた 
「……お待たせしました」 
「…あ、は、はい…!」 
彼女は勢いよく起き上がる。どうしていいのか迷ってるのか動きがちょこまかしている 
「……あの、えと…えと……」 
「……先程の話しですが、ルリアさんが気にすることではありませんので」 
「……そうなのですか…?」 
「そうですよ。ここに残る気はないので、そんなに心配しないでください。……飲み物のおかわり如何です?」 
「あ、いえ…。ステイリーさんが飲んで下さい…」 
気にさせないよう言い切るのに彼女の表情はやっぱり晴れない 
「僕の分もちゃんとありますから大丈夫ですよ」 
優しく諭すように言うと彼女は目に涙をためた 
いつも彼女には聞かれたくない事を聞かれてしまう。そんな顔をさせたくないのに 

少しの沈黙のあと彼女はゆっくり言葉を紡いでいく 
「…ステイリーさんは優しいですよね…。それにあったかい…」 
「…そうですか?」 
「そうですよ。…私に星を…くれて…友達になってくれて…それからだって…一緒にいてくれて…いっぱいいっぱい…心にキラキラ光る星をもらってます」 
「僕は自分のしたいことをしているだけですよ」 
「それが自然なのが凄いですよ。…地位とか名声とか…優遇して貰える立場とか…普通に考えたらありがたいお話ですよね…。ごく一般的には…」 
…一般的にはそうなのかもしれない。けど自分はそれに心を動かされた事はなかった。それだけだ 

「なんででしょうね…私…そんな優しい人に何も返せない…。それどころか…逆に奪うだけで・・・・何もあげれない…んです…恋人なのに… 長年住み慣れた場所も…家族や、友達も…私は…ステイリーさんから奪おうとしてるんだな…って思った… 
…何より欲しいのは、何より大好きなのはステイリーさんです…。けど…私は奪おうとするくせに自分の事は捨ててない‥‥何も捨てようとしてない…。気持ちしかあげれない… 釣り合うような事をしてあげれない…のが…悲しい… 
 こんなにすきなのに…。貴方が例えばこっちを選んだら…私は一緒にいるってやっぱり即答できない…」 
彼女の夢は彼女の故郷でしか叶えられない。僕はそれを知ってる 
その為に必死に勉強しているのだって知ってる  だからどちらか選べなんて言えるはずもない。切り捨てるなんてことはさせたくない。なら両方求めてくれればいい 
けど、彼女の紡いだ言葉は…僕を考えて、想って… 

「……ルリアさんだって優しいじゃないですか」 
「…そうなのでしょうか…?あまり自分じゃ分からないです…」 
「そうやって僕のことを考えてくれているじゃないですか。……良いんですよ、捨てなくて。貴方が奪うんじゃないんです。僕が、したいことをしているだけなんですから」 
「…私…本当に大したことしてあげれないですよ…? いえ、その…離れるなんて…もう絶対嫌ですけど…」 
彼女は離れるのを嫌がるようにぎゅっと抱きついてきた 
あの日、離れたくないと縋りついた彼女を拒否して突き放した。あれ程傷つけるのはあの時だけでもう、十分すぎる 
「そのまま求めてください。あんな想いはもう二度と、させませんから」 
誓うように頭を優しくなでる 

「…他に…人生ってたくさん選択肢があって…選べるものって少ないですよね…。私は…ステイリーさんに傍に居てほしい…です…。私が好きになるのは…ステイリーさんしか選べないです… 
 これからだってずっと…ずっと、だいすき…」 
微笑んで彼女にゆっくりと唇を重ねる。愛おしい気持ちを伝えるように 
「……奇遇ですね、僕もです」 
「…うれしいです…。私のが我儘ばっかりだって分かってても…嬉しいんです…」 
そんなの我儘じゃない。僕だって彼女と共にある事を願っているんだから 
「ルリアさん、僕はちゃんと貴方から沢山のものを貰ってます。僕にとって地位や名声よりもずっと大切なものを」 
「………? 私何をあげたのでしょうか…?」 
「……幸せですよ。僕はこの手の中の幸せを選ぶ。それだけです」 

彼女は顔を真っ赤にして涙をこぼす。ちゃんと伝わってくれただろうか 


目をこする彼女の頭を優しくなでながら落ち着くのを待つ。暫くして彼女はゆっくり顔を上げた 

彼女は少し恥ずかしそうに目線を泳がせたと思ったら、僕にキスをした 
彼女からの、唇ヘのキス…。頬ならあった事はあるけどこっちは初めてな気がする 
「…う、嬉しいですか…?」 
…可愛いなぁ 
「…少し吃驚しましたけど嬉しいです」 
額をコツンをくっつける 
触れあう距離から伝わる熱が愛おしい 
彼女は恥ずかしいのかチラチラこっちを見たり目をそらしたりした。そしてゆっくり見つめあう。 

少し潤んだ瞳。赤く染まった頬。小さな口から漏れる吐息は少し艶っぽい 

…いつから彼女は自分の中で”女”に変わったのだろうか?最初は妹と年が同じな分少女としか思えなかったのに 
今目の前にいる彼女に心を強く揺さぶられる 

(ダメだ) 

大事だから、大切だから傷つけたくない。もう泣かせたくない 
このままくっついていたらまた昨日の二の舞をしそうで理性を働かせてゆっくり離れる 
でも彼女は不安そうに僕の裾を掴んだ 
「…すみません。そんな恰好で近くにいられると…どうも…。僕もその…健康体でして…」 
自分で言ってて恥ずかしくなる。年上としてもっと余裕を持たないと 

「………欲しい…?」 
…………なんか今爆弾発言を聞いた気がした 
「い、いえ……無理はさせたくないので」 
「…無理でも…嫌でもないんです…。本当に…」 
彼女はセーターを脱ぎ捨てた 
心臓が嫌でもバクバク鳴る 
「…私…少し怖いだけです…。けどステイリーさんが…お望みなら…私だって…貴方が欲しいし…あげれるだけの物をちゃんとあげたい…です…」 
潤んだ瞳で告げられた言葉。正直かなり揺れたけど… 
「…ルリアさん。無理しなくていいんです。時間がかかったって」 
彼女はぶんぶんと頭を振る 
「ちゃんとしたのが…欲しいんです…。一生残るのが…欲しい。それは貴方しかいやです」 
彼女は僕に身を寄せた 

「私に、貴方の全部をください…」 

「ルリアさん…」 
長く口づけした。触れる熱が熱い 
「…本当に…大丈夫ですか?」 
彼女はしっかり頷いて笑ってくれた 

 

初めて誰より近くで過ごした夜 
離れたりしないと誓いあった 

 



------- side ルリア ------------------------ 


朝、人が動く気配で目が覚める。シャツの衣擦れの音が響く 
ぎゅっと抱きしめられて心地よさにそのまま身を任せる 
うっすら目を開けると…そこには愛しい人の姿 
「おはようございます、ルリアさん」 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

「ぴっ!?」 
恥ずかしさのあまり布団にもぐる 
段々思い出してきた。わ、私…そうだ…ど、どうしよう恥ずかしい…! 
「顔、見せて下さいよ」 
相手ももぞもぞもぐってくる。思わず顔を手で隠す 
「は、恥ずかしい…です…」 
「…僕もです」 
そっと指の隙間から見た表情はすごく嬉しそうで…愛おしさのあまりぎゅっと抱きつく 
「…おはようございます…」 
そのまま髪を優しくなでられる。しばしその温もりを堪能するのだった 

暫くしたらお腹がくぅっとなった。そう言えば…昨日一食しか食べてなかった事を思い出す 
「お、お腹すきましたね…」 
「そうですね。ちょっと待っててください。何か作りますから」 
「え、いえ! そういうのは私が…」 
起き上がろうとするとそれを押しとどめられた 
「こういう時くらい僕にやらせて下さい」 
こういう時のステイリーさんは結構頑固だったりするんだよね… 
「で、では…お願いします…」 
また軽く横になりつつ音に耳を澄ます。 
…しあわせだなぁ… 
私はステイリーさんが好きで…相手も同じで…私の側にいるのがしたいこと、で… 
勿体ない位の言葉だ。でも望んで貰えているのなら、もう少しその言葉に甘えてみたい 

またちょっとうとうとしていたら呼ばれたのでセーターを着て椅子に座る 
ちょっと焦げたスクランブルエッグにトースト。トマトのサラダにインスタントのスープ 
いかにも普通の朝ごはん 
「すみません…ちょっと焦がしてしまって…」 
「いえ、この程度なら大丈夫ですし美味しそうですよ。頂きます」 
一口卵を口に入れて味を確かめる 
相手は心配そうに私を見る。…そう言えば私もいつも同じように相手の反応を待ってる気がする… 
お揃いの行動がくすぐったい 
「美味しいです」 
「無理…しないでいいですよ?」 
「本当ですよ。美味しいです、とても」 
ケチャップの味付け、ちょっと固めの卵。それでも私の為に作ってくれたと思うとそれだけで特別に感じる 
「なら良かったです」 
二人で笑いあいながら一緒にご飯を食べる 
いいなぁ…こういうの…。結婚したらこんな感じなのかな…て気が早い早い… 

片付けも終えた食後。二人でベッドの上でなんとなくごろごろしつつぎゅーとしたりイチャイチャしていた 
「…そろそろ帰らないと…ですよね…」 
新学期というタイムリミットは確実に近づいている 
「…まだ離したくないです」 
指が絡む 
「私も…まだ離れたくない…です…」 
「今日まで…ダメですか?」 
「……ダメじゃない…」 
「よかった」 
そしてまたじゃれあう。触れたり、おしゃべりしたり、抱きしめあったり 

お昼はステイリーさんが買い出しに行ってくれた 
一緒に行きたかったけど休んでてほしいって丸め込まれて帰ってきたらお帰りなさいって出迎えた 
ぎゅっと抱きしめられた 
夕飯はまた一緒にご飯を作った。料理のコツを色々教えておいた 
そうやって一日中二人でゆっくり過ごしてそして翌日 

 

 

 


駅のホームの椅子で最後にもう一度、髪飾りの魔法をかけてもらっていた 
「今度は消える前にまた、会いましょうね」 
「…そう出来たらいいですね。そこは都合と相談しつつ、ですよ」 
「まぁそうでしょうけど…」 
「無理をしてほしくないだけです。でも、私も会いたい…です」 
二人で近くで見つめあって笑いあう 
魔法がかけ終わっても離れ難くて手を繋いで列車を待った 
「ちゃんとご飯食べて下さいね」 
「其方も。ちゃんと夜は寝て、疲れた時は休んでください」 
…ステイリーさんの目がなくなってうっかり図書館で完徹したのがばれてるのだろうか… 

そんなこんなで列車がやってくる 
名残惜しく手を離して帽子を被った 
「では…」 
「ええ。元気で。また」 
「はい」 
乗り込んですぐ窓を開く 
「ステイリーさん…そのえと…風邪ひかないで下さいね」 
「ええ。ルリアさんも」 
ベルの音がなって扉がしまる音がする 
「……ルリアさん、これは帰ったら言おうと思ってたのですが……」 
「…?」 
少しずつ列車が動き出し、それに合わせて何かを言おうとするステイリーさんも歩き出す。聞き逃さないよう少し窓から身を乗り出して耳をすます 


「――帰ったら、僕と結婚して下さい!」 


その声はしっかり私に届いた 


「……はい…っ…!!」 


私の返事と共に、風に飛ばされてしまった帽子が相手の元へと届く 

「私、待ってます! 待ってますから…!」 

帽子を手に見えなくなるまでステイリーさんは手を振ってくれた 
私もずっと手を振って、見えなくなっても暫く彼の方角を見つめていた 

 


席にちゃんと座って涙をぬぐう 
大丈夫。寂しくなんてない。だってまた会える 
心で繋がってる 

(結婚…) 
クリスマスの時、似たような発言をしていたけど保留した言葉 
それをはっきり言葉にして貰えてうれしくてたまらない。指輪を指でなぞって目を閉じる 
段々熱い日差しが戻ってくる 
私も頑張ろう。一日でも早く夢をかなえて、そして… 

今交わした約束をきっと現実にしよう 
また一つ、新しく叶えたい夢が増えたのだった 

 


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そして月日は流れ、クリスマスイブ。私の誕生日 

私は一人、去年ステイリーさんが待ってくれていたツリーの前に立っていた 
ここも思い出深い場所になったなぁ… 

そっと手袋を外して指輪を指でなぞる 
ステイリーさんは去年どんな思いで待っててくれたんだろう?予定より遅くなった時間を確認して、それでも絶対来てくれると信じてじっと待つ 
手袋を付け直して白い息をはく。魔法のカイロを握りしめると体が温まる 

暫くして暗くなった道のずっと先から急いで駆け寄ってくる姿が見え始めた 
遠くても分かった。私はあの人を見間違えない 

「ステイリーさん…!」 
こっちからも走り寄って勢いのまま抱きついてそのまま一回転してしまう 

「ルリアさん、お待たせしました。遅くなってすみません」 
「いいえ。今年は私が待つ番です」 
「…順番じゃないのですがね…」 
少し困ったように笑う姿が愛おしい 
「次だって、その次だって何度だって待ちます。待てます」 
「もう待たせたりしませんから……。留学は終わりです。あちらにも、戻りません」 
彼はきっぱり言い切った。何度か手紙で本当に後悔しないのか聞いてみたけど決意は固いみたいだ 
だから留学期間はこれで本当に終わり。これからはずっと一緒に居れる… 
「…はい。え、えと改めまして…お帰りなさい、ステイリーさん…」 
「はい。ただ今、ルリアさん。お誕生日、おめでとうございます」 
ぎゅっと抱きしめられる 

「素敵なプレゼント、貰ってしまった気分です…」 
そこで私は思い出した 
「わ、私まだ結婚するには…その…資格が……まだで…」 
約束して以来ずっと勉強を更に励んではいたけどまだ医者の免許は取れていない 
頑張ってもやっぱりどうにもならなかった。当たり前だけど… 
「すぐに結婚は無理だって分かってますよ。だからこれからは、婚約者としてお付き合い、ということでどうでしょうか?」 
「婚約者…」 
「ええ。そしてゆっくり準備していきましょう。だからルリアさんはルリアさんのペースで、無理せず勉強して下さい。今度は僕が待ちます。貴方のすぐ側で」 
「…ステイリーさん…」 
嬉しくて仕方がない。感極まってぎゅっと抱きつく。涙がぽろぽろ溢れてくる 
「……僕はまた泣かせてしまってますね」 
「今回は…嬉しくて泣いてるからいいんです」 
そうして涙を拭って笑顔を向ける 
「そうですね」 
きつく抱きしめあう。隙間を埋めるようにぎゅっと 
この腕の中の幸せを私は、私たちは手放せない 
「……時期が来たらまた改めて、プロポーズさせて下さい」 
「はい…。嬉しいです。私、二度もプロポーズして貰えるのですね」 
互いにお揃い行動で顔を上げて見つめあって笑いあう。なんだかそれが愛おしくて、嬉しくて。そして唇が触れる 
優しくて温かなぬくもり。たった一人、自分だけをずっと見てくれる存在を私は…手に入れれたんだ… 


「そうです、これ」 
暫くして思い出したように彼は荷物から夏の日、相手の手に渡ってそのままだった帽子を取り出して私の頭に被せてくれた 
「ずっと預かったままでしたので」 
「そうでしたね」 
帽子の鍔を手にして深くかぶる 
「あとこれ。誕生日、おめでとうございます」 
そう言って四角形の包みが目の前に 
「…これ本ですか?」 
「よく分かりましたね。向こうで買ったものですが、本と栞です。使って下さい」 
「ありがとうございます…。とても、とても嬉しいです…!」 
包みを受け取ってぎゅっと強く抱きしめる 
「あ!そうです!私からも…え、えと…その…これ…」 
照れくさくてもじもじしながら小さな箱を取り出す 
「有難うございます。見ても大丈夫ですか?」 
「は、はい…!」 
ステイリーさんが箱を開けると、そこには指輪。私が留学前に貰った指輪と似たデザインのを魔法で作って貰って用意した 
「な、何かすみません…!その…お揃いで…持っていたくて…な、なんなら指につけなくても大丈夫ですし…!」 
慌てる私を見てステイリーさんはくすくす笑う 
「有難うございます。大事にしますね」 
「……はい…っ」 
はにかみながら指輪を左手の薬指にしてくれたのが嬉しくて、ぎゅっと抱きつく。二人の吐いた白い息が、重なって空気に溶けていく 

「…これからどうします?外にいたら寒いですし…」 
「…今日はずっと一緒にいたいです。離れたくないです」 
「僕もです」 
二人してちょっと恥ずかしくて顔を真っ赤っかにしつつそれでも互いに離さない 
額に軽くキスされて体が離れた 
「では行きましょうか?」 
差し出された手を躊躇いなくとる 
「はい…!」 
 

何となく、お揃いの行動をして空を見上げたら、星が一筋、空を駆けた 
「わぁ…!流れ星です…!」 
「ええ、幸先いいですね」 
「はい…!私ステイリーさんの幸せ願いますね」 
「では僕はルリアさんの幸せを」 
「そ、それは…ステイリーさんがいてくださったら私はそれで十分なので…」 
くすりと笑われて手がしっかりつながる 
「じゃあ、お互い星に願わなくても良さそうですね」 


私達の距離は星みたいに離れていない 
手を伸ばせば手が届く。寄り添える 

側にいれる奇跡は星からもらったんじゃない。私達が望んだから手に入った 

だからもう二度とはぐれないよう、しっかり手を繋いで歩いて行くのだった 


 

                  そして夢が叶うのはもう少しだけ、後のお話―― 

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