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いい加減目をそらせない現実として、認識しなくてはいけない事がある 
こう言うと自惚れ野郎と思われてしまいそうだが、ぼくはレティに好かれてるんだろう 
幼馴染以上の情で 

今まで現実逃避かねて見ないふりをしてきた。けどそろそろ知らない振りも限界にきそうになってきてる 
だってぼくも、彼女が好きなんだから。単純に考えたら嬉しい。そんなのは当然だ 

けどそれを叶えるわけにはいかない。今のぼくには彼女と釣り合うものがない。身分差はそう優しくも甘くもない。どうしたものだか迷って結局中途半端な関係のままで過ごす日々 

それが唐突に終わりを迎えた 






どうも最近喉の調子がおかしい 
魔法を使うのに歌うのが必須の自分に喉の痛みは致命的だ。勿論病院でも診てもらった 
一応喉の薬をもらって来たけど使ってもなかなか治らない。困ったものだ。 


「何なんですの!これは!!どういう事ですの!?!?」 

そんな事を考えていたら我が主レティはドン!と良い音をたてながら机をたたき手紙を持ってメイドに詰め寄る 
「お嬢様、興奮しすぎ。仮にも姫なんだから何があってもちゃんとおしとやかに」 
お目付け役というのはここまで言うべきなのかはたまに考えるが、そこは長い付き合いで今更だ 
将来小舅になったらイヤだなぁ 
「こーれーがー落ち着いていられますか!!」 
レティは本当に落ち着きなくイヤイヤと首を振りながらじたばた暴れる 
「何があったの?あのあほ…ごほん。王子様に何かあったの?」 
「お兄様はあほではありませんわ!って、そうじゃなくてそうじゃなくてー!!……うぅ…」 
言いにくそうに手紙をもって俯く 
本当何なんだ? 
困ったぼく達を見かねてメイドさんが教えてくれた 

「実は…お嬢様にお見合いのお話が来ているのです…」 




衝撃の事実から数日後 
学院を少し休んでぼく達はフェステリアに帰って来ていた 

彼女のお付きで城に入った事なら何度もある。従者として顔を合わせた事も声をかけられたことだってある 
けどぼくは結局のところしがない一市民でしかない。貴族ですらない 
…なのにどうしてぼくは、王様がいる謁見の間にいるのだろうか…?しかもレティはぼくの後ろに隠れてる状態で… 
あぁ、そうだ。国に帰るなりレティが彼女の父親に直談判して王命だと説明されたらこうなったんだ… 

「わ、私は異議を申し立てに参りましたのですわ! 結婚する相手は自分で決めます!」 
現実逃避に意識を飛ばしていたらレティは親類の気安さもあるのか堂々と文句を言い始めた 
待て。こういうのはもう少し根回ししてからちゃんと…ってもう遅い! 彼女の暴走を止めれずここまで来てしまった時点で積んでる! 
「結婚は貴族の義務だ。それくらい分かってんだろ?」 
と王様は周りを圧倒するような、有無を言わさないような雰囲気で言い切った 
「で、ですから…相手は…」 
「それは国の為になる奴なのか?」 
そう言われてぐっと言葉につまる。彼女が言ってるのはぼくだ。でもぼくには相応の身分も手柄もない 
「で、でもでも…私はそれでも…」 
何を発言すればいいのか分からない。口の中がからからに乾いて威圧感にただ耐える 
迂闊な事を言えば彼女の立場がより危うくなる。理解と感情が追いつかない内にここまで引っ張りこまれているけど、このままなのはぼくだって嫌だ 
「なぁ、そこの従者。てめぇもそう思うだろう?」 

急に話を振られた 
背筋が凍った気がした。どうする?どう答えるのが正解? 
「姫は相応の立場の奴を婚姻して国を繁栄により導く。それが正しいよなァ?」 
…背中のレティが縋った気がした。 

けど 
「…確かに、それが正しいです」 

従者の立場でそれ以上の言葉を出す事は許されない 
当たり前だ。結婚は契約で、身分が上になればなるほどそこに恋愛感情があるかどうかなんて二の次。それが立場あるものの義務なんだから 

ただ、感情がそれを認めるかが別なだけで 




謁見の間から出るなりレティに睨まれた 
結局会うだけでもという事になったのだ 

「アズサ! どういう事ですの!?」 
目は涙で潤み、顔は怒り心頭だからか赤らんでいる。 
「…どうもこうも…だってそれが現実じゃないですか!お嬢様はお姫様で、相応の相手じゃないと釣り合わないのが…現実だよ…」 
紡ぎだす言葉は掠れて、じくじくと喉が痛む。 
しょうがないじゃないか。 
どうしようもないんだ、僕にも、レティにも。 

「そうかもしれないけれど、でも貴方の気持ちは!?わたくしの気持ちは!?それでアズサはいいんですの!?」 
「………」 
目を見れずに俯いたまま言葉は喉で止まって声にならない。 
乾いた音と共に頬に痛みが走った。 

「……バカ!!!」 

逃げるように走り去る背中さえ追えない。納得なんて…ぼくだってしてない。けど、でも…ぼくにはこの差を埋める方法なんて… 
彼女は生粋のお姫様だ。その立場を捨てて恋を叶えること自体あり得ない。だったらいつかはこうなるのが現実で… 


軽く咳をして俯く。追いかける事も出来ないのが自分の現状だ 
「僕だってほんとはーーー」 

「よぉ、随分盛大に叩かれたな」 
そう言って頬を抑えるぼくの前にヴェルノせんぱい…というかここじゃ王子様か。が現れた 
あいかわらず自信にあふれていていつも以上に憎らしく感じてしまう。 
「…どうせ情けないですよ」 
癖なのかもう性分なのかついつい棘のある態度をとってしまう。 
王子様は全く気にしていない様子でじっと僕の顔を見つめた。 
「いやいや。お前の立場で強く出れないのは仕方ないだろう?あの場で下手なことを言えばレティはさらに声を荒げ、生意気だと2人とも罰を受けるところだった。お前は『従者』として、正しいことをしたさ。」 
「…」 
言葉を返せずに少し沈黙する。 
『従者』として…か。 

そんな僕を見て王子様は肩をすくめた。 
「ふぅ、父上は強引だからな。あの方の決めたことを覆すなんて火山に身を投げることと同じくらい危険で難しいことだ。だがこのままにしておきたくないのなら、止めたいのなら、お前が動かないとこの現実は変えられないぞ。」 
「…だからって…どうしたって止める正当な理由がない…」 
ぼくがそこに収まれる方法なんてもっとない 
「…なぁ、アズサ…」 
ヴェルノ王子様が何かを言おうとしたその時 


「火事だーーーー!!」 

警告音と共に大きな声が城中に響き渡った 



騒めく城内。 
何処かからか聞こえる悲鳴。 
ヴェルノ王子様は即近くの伝令を一人捕まえた 
「何があった?」 
「はっ。侵入者があった模様です。狙いはおそらく我が国の結界。または技術。火災発生元はその維持装置からとなってます」 
血の気が引いた音がした 
そこは、ぼくの両親の職場だ… 
「とにかく王子とそこの者はすぐに避難を…」 
「ねぇ!そこで働いてる人たちは!?無事なの!?」 
喉の痛みなんて忘れて兵士に詰め寄った 
「え?いや、私はそこまでは…」 
侵入者があったとして、両親がそう簡単に逃げる予感はなかった。この隙に機密情報を盗られないよう、結界を消さないよう相応の処置を必ずする 
「ゴメン! 王子様は逃げて! レティも近くにいると思うから宜しく! ぼくは父さんと母さんを迎えに行くから!」 
兵士にとめられる前に歌い自分の周りに水を巡らせ身を守る準備をする。調子が悪いなんて言ってる場合じゃない 
「何を考えている!?」 
そう言って僕を連れ戻そうと手を伸ばす王子様を振り返り見て『行って!』と手振りをしてぼくは走り出した 
僕を呼ぶ声がする。 
それも無視して僕は夢中で走り続けた。 









息切れを起こさないよう気を付けながら、でも急いで走った 
声が途切れたら魔法も即切れるネックが辛い。けど泣き言を言っても始まらない 
装置のある機密の入口は炎にまかれていて脱出は困難に見えた。犯人がいるかもとか考える余裕もなく扉に水の塊を投げつけ熱を引かせ何とか扉を開く 

扉の向こうは広い空間だ。中に入ってもどこに両親がいるか分からずあてずっぽうにならないよう必死で頭を使った。 
集中して複数の魔法を展開するよう唄を歌う 
自分の周りの水は絶対に切らさないよう、音を広めた。『アズサです。どこにいますか?』と 
何か不自然な音が響いた方向から音を今度は拾う『奥の避難用部屋にいる。他の職員も一緒だ』と 
方角は分かった。 
後はそっちに向かって道を作るよう水を使った 

両親はぼくを信じてくれて扉を開いて中にいた職員皆を優先的に逃がす。僕は必死で水を切らさないよう歌い続け無理をしてでも集中をする 

最後に両親が何かの魔法を使い部屋を閉ざして扉から出た 
ぼく達は目を合わせ頷き急ぎ足でその場を後にしたのだった 



城から出てようやく魔法を解除出来た。咳がようやく出来て、苦しい。痛みを誤魔化しきれた… 
疲れで力が抜けそうになるのを母親が抱きしめてくれた 
「よく頑張ったわね…。有難う…!」 
父もぼく達を抱きしめる 
良かった…。あの場の人達を救う事は出来たんだ… 

ふぅ、と息をついてレティと王子様がちゃんと外にいるのか周りを見渡す 
あの場から遠くなかったと思えば最悪でもあの場にいた兵士か誰かが見つけて外に連れ出してるとは思うけど… 
と思ったら今にもこっちに駆け寄りそうで、でもすこしおろおろしてる状態の彼レティが目にうつった 
両親に抱きしめられてる姿だからなのか、一応空気を読んでくれてるらしい。珍しいの 
溢れそうな涙をこらえてでも安心した表情で『バカ』と口パクで伝えてきた。 
今日は言い返さずに受け入れてやろう。 



一安心して消火でも手伝おうと思ったら 
「おい!誰か!猫を見てないか!?」 
兵士が慌ててぼく達に駆け寄ってきた。両親は抱擁を緩めた 
「いいえ、私は…皆は?」 
父さんが皆を代表して周りに聞くけど全員首を振った 
「…そうか…」 
「どうしたのですか?」 
「…その…」 
その兵士は言いよどんだけど、周りに声が響く 

王はどこだ? 猫を探しに行ったっきりだ 探せ と 

猫…? 猫って…王様が飼ってる大事にしてる存在って聞いてたけど… 
まさか、まだ… 

「父さん、母さん、ごめん!」 

二人から急いで離れてまだ入れそうな入り口に向かった 
きっと、いや間違いなくあの炎の中だ。 
助けに行かないと…! 

「アズサ!?」 

レティの大きな声が響いた 
自分の身を押さえている兵士を振り払う勢いで暴れて必死に叫ぶ彼女の声が。 

ごめん。心の中だけで謝ってぼくはまた、火の中に飛び込んだ 

「いや、待って!ダメ!!アズサー!!」 

遠くに響いた声をぼくは振り切って走った 





この国の人達の特徴として総じて水魔法が苦手な人達ばかりしかいない 
ぼくが本当に特例なだけだ 
この火事は簡単に消しきれない。炎を操れてもそれは消すわけじゃないんだから 
ただ操れるという事は身を守る程度の事は出来るという事だ。だからきっと王様はどこかで無事でいる。それを信じてただ探し回る 
炎の中には王を探してまだいる兵士達。段々道がなくなっていて撤退を始めてる。ぼくは逃げ遅れた兵士を見つけては魔法で道を開くのを何度か繰り返した。しかし王様も、猫の情報も入らない。 


息が切れてくると魔法の集中も危うくなってくる。炎と煙のせいもあり、喉が焼けるように痛んでくる 
熱さに耐えるのがそろそろきつい 
なんでぼくはここに戻ってしまったのだろう?死にたくない。逃げたい。けど…それじゃあダメなんだ 

出火原因の場所が場所だけに炎が一気に溢れたのか…それとも引火しやすいよう工夫されていたのかやたら広い範囲に炎が回ってる 
ようやく頭が回って来た。そうだ、さっきやった方法が有効じゃないか。頭を思わずかきむしる 
まだ火の回りに余裕がありそうなのを確認して歌魔法に専念する 

出来るだけ遠くに響かせるように 
音を拾う為に歌った 

些細な声を聞き逃さないように神経を研ぎ澄ます 


そして聞こえた 
小さな猫の鳴き声が。人の荒い息遣いを 

音を伝える魔法で大体の位置を誰かが聞くのを期待して伝達しておく 
それから即水魔法に切り替えてその方角に急いだ。もう途切れ途切れになってきてるけどあと少しと自分を騙す 
急がないと手遅れになる。状況はそれを如実に伝えてくれる 

ーーこの辺か? 

音のした場所へたどり着き、辺りを見回す。 
其処は建物自体も少し崩れていてかなり危ない場所だった 

「ねぇ!猫!いるんで…げほげほ…!!!」 

まずった。魔法を使ってない状態だと煙も自分の声を出す邪魔をしてくる 
医者にもらったのど飴を口に放り込む。ここさえ乗り切れれば後はどうにでもなるんだ。今魔法が使えなくなるわけにいかない 

「そこに誰かいるんだな?」 

低く響く声がした。 
聞き覚えのあるあの国王の声。 
体がビクッとなった 
もう条件反射みたいなものなんだろう 
「い、いま……」 
最後まで言う事すら出来ない。辛い 
物陰から思った通り、王様が猫を抱えて出てきた 
うまく炎を避けていたようでひどい外傷はなさそうだ。 

「…てめぇは…。まさかてめぇが来るとはな、まぁいい。残ってる道はどっちだ?」 

「あっちです」と指をさして道を示し、急いで出口へ向かって動き出す 
炎は勢いを増していく。 
急いで外へ行かなきゃ! 


ゾクッ 

ふと、嫌な感じがした。 

「チッ」 

その次の瞬間王様に首根っこ掴まれて後ろに投げられる 
何?と聞く間もなく目の前の道に炎が盛大に通った 

「危機一髪ってとこか」 

…あれに飲まれたら終わりだった… 
安心する間もなくその炎はぼく達を囲む。王様が魔法を使っているのかぼく達には届かない 

魔法を使って道を作らなくちゃ。そう思って周りを見た瞬間…天井が崩れてきた 

「!」 

王様はとっさに猫をかばうよう抱きしめる 

「な……っ?」 

でも瓦礫も炎もぼく達には届かない 
ぼくが歌って水で囲い、周りのありとあらゆる危険から守ったからだ 

「お前…」 

苦しい。痛い。でも歌を止めらた多分ダメだ。お願いだから、あと少し力がもって欲しい 
道を作らないと。それはぼくにしか出来ない 

ふと声が聞こえた気がした 
誰かいる 
濡らしたらゴメン。でも熱いからいいって事で。と心の中で謝って、そっちに向かって道を作るように気力を振り絞って水を生み出し豪雨のように水を降らせた 

「よぉ、水もしたたるいい男になってしまったじゃないか。まぁいい。よくやったな、アズサ」 

よく知る聞き覚えのある声。 
…なんでそこにいるのが王子様なのか側にいる兵士達に小一時間問い詰めたい 
あーぁ、後ろについてる人達ほら、早く逃げましょうよって体勢だし…。お互い我儘で突っ切る主人を持つと大変だね。お疲れ様 

「ヴェルノか」 
「はい。ご無事で何よりでございます父上。後は私にお任せ下さい。総員!脱出するぞ!我に続け!」 
ヴェルノ王子様は王様に肩を貸そうとして、それを拒まれ苦笑いした 

「歩けるか?行くぞ」 

もう声が出る気がしなくって、ぼくは頷いて応えたのだった 



どうやら知らぬ間にコントロールできるレベルまで炎がおさまってきていたらしく王子様の魔法で炎にどいて貰いつつ、建物崩れてるから今更だろうと多少破壊もしつつ(いいのかどうかは知らないけどまぁ背に腹は代えれないだろう)ぼく達は外に出るのに成功した 

いくつもの歓声に迎えられ、気が抜けて倒れそうになる 
「おっと、気を抜くのは早いぞ?アズサ」 
にししっと笑う王子様の意図は、泣きながら突進してきたお姫様が教えてくれた 
勿論支えきれずに倒れこんだとも…。情けないと言わないで欲しい 
「アーズーサー!!!アズサアズサアズサアズサ!!!もう!バカ!バカバカバカバカバカバカ!!!!私心配したのですわよ!!!」 
あーぁ…なきじゃくって…まったく… 
ごめん、の一言の代わりに頭をぽんぽんっと叩いた 
「うぅぅ…無事でよかった…よかったですわ…。あのままお別れになったら…私…」 
人前で従者とお姫様がこんなラブコメやるのはまずいと頭の隅で警告がなったけど無視した 
命がかかってたんだ。今位は許してほしいと願い 
ぼくは彼女が泣き止むまでぎゅっと抱きしめ続けるのだった 

そしてその行為を、誰も咎めなかった 

数日後 
ようやく普通に喋れるくらい喉が復活した。けど何というか…まだ風邪が残ってるのか喉に負担をかけ過ぎたせいなのか声が前と違う気がして違和感がある 
「んー…んー…」 
「どうした? まだ痛むのか?」 
…この王子様は何を考えたのか城の復旧中の間レティの家に来てやがる。離宮とか無事だった場所は絶対あるのに…。まぁいいけどさ 

「声に違和感があって」 
「あー…前よりちょっと低くなったか? それはめでたいじゃないか」 
どうして? と聞く前にようやくピンときた 
「…変声期?」 
そう言えば前にもあったな…。もうないかと思ってたけど、また少し声が低くなったって事はそうなのかもしれない 
「無理がたたって変わってしまったって事ではなくて?」 
レティはあの後喋れなくなってた事に気付くや否やすぐに医者を捕まえていいから治しなさい!と無茶ぶりしてた 
唄が聞けなくなるのは嫌なの!と。とんだ我儘姫に育ったものだ 
「その前から喉の調子悪かったし変声期で間違いないよ」 
「そうですの。なら…うん、よかったですわ」 

ちょっとしんみりした空気が流れる。なる音は紙がこすれる音とペンが動く音 


「ところでさ、なんかおかしくない?」 
「ん?どこか間違ってる場所があったのか?」 
「いや、この状況がね」 
「それこそ今更じゃありませんの?」 
「今更言わない!」 
「ほら、次これの資料」 
「だーかーら!どうしてぼくが王子様の補佐をやってるわけ!?おかしくない!?これ機密入ってるよね?見るだけでやばいって分かるんだけど!?」 
「あぁ、今は人手が足りないからな」 

さらりとこの人は…! 
ニヤリと笑う顔にはどこか裏がありそうな気がして顔が引きつる。 
一体何を考えているのか… 
「…後で何か言われたら処刑されないよね…?ぼく…」 
「そこは大丈夫だ。なんだ、信頼ないのか?」 
「あると思える神経がすごい」 
僕らのやりとりにあははっと笑いだすレティ。 
いや、笑い事じゃないから。 
まったく…こんなのんびりとしちゃってそろそろ学院に帰らないと、とかあるのに…。 

結局ぼくは暫くこの状況に流されてしまっていたのだった… 




そんなこんなで 
魔法で全力で復旧を果たした王城に王子様が戻る事になった 
ぼく達もじゃあ帰ろうか、という流れになる 
肝心のレティの問題が片付いてないのはもう今はどうしようもない。 
暫く向こうも忙しいだろうし 

ぼくも…彼女の婚約が正式に決まったら…流石に一緒にはいれなくなるだろうな… 
僕の隣には知らない女性が、レティの隣にも僕以外の誰かが。 
同じ道を歩くことなく、今までずっと繋いでいた手を離して歩くことになるのか。 

そんな未来が待っているのか。 

チクン、胸が痛い。 
痛くて痛くて心臓が潰れてしまいそうだ。 
なんでこんな…いつの間にこんなすきになっていたんだか。自分がバカみたいでため息を一つこぼした 






王城復活から3日。 
王様からぼくに褒美をとらせるという話がきた 

「良かったな。これで貴様の悩み事は解決できるぞ? 何せ命の恩人だ。多少の我儘は通ると思っていい」 

あの事件、表向きは王子様が王様を助けた事になってる 
当たり前だ。ぼくが走り回っていたのは兵士ならそこそこ知ってる話だけどただの一般市民に近い立場の人間がどうこうしたより王子様が助けた方が政治的にいいに決まってる 
だからこその褒美なのだろう。普通に考えればぼくの望みなんて皆が分かり切ってる事と思われるんだろうな… 
でも 

「…ヴェルノ様、ぼくは…-------」 


ぼくは何を願うつもりか、王子様に話した 
そうしたら、そうかって返って来た 

「だったら…」 



後日、きちんと正装して緊張しつつ謁見の間に入る。流石に調度品が前よりすっきりしてるけど人を通す場として綺麗に作りなおされたんだっていうのは感じた 
臣下の礼をとり頭を下げる。やはり事件が事件にだけに両親も一緒だ 

「頭をあげろ」 

その言葉を合図に顔を上げる。 
あーぁ、猫…王様の膝の上で寝ちゃってるし… 
こっちは緊張しすぎてカッチカチなのにいいご身分だよ。 

「先日の火事では世話になった。てめぇのおかげでこの俺もノーラも無事生きている。礼としててめぇに褒美をやろう。 
なんでも言ってみろ。金でも土地でも用意してやろう。」 
「私は…」 
両親は前もって自分の願いを言って良いと言ってきてくれた。レティの事を知ってるからだろう 
だけど… 

「私の願いは、両親の監督不行き届きについて責任を問わない事を望みます」 

「アズサ!?」 
「今回の事は確かに警備、監督に問題がなかったとは言えないでしょう。けど、結界の再度の展開、維持、全てにおいて私の両親ほど知識を持って正しく復旧させれる存在はいません。我らは王家に忠誠を誓った身。このような問題があったからこそ力になりたいと願います 
彼らを罰し、現場から離れさせる事はこの国の利になると思えません。どうか我が恩赦は彼らに。お願いします」 
ぼくの願いは最初からこれだった 
両親がどういおうと、ぼく自身がどれだけ他の願いをもっていようとも 
ぼくが選ぶのはこの願いだ 
「そうか、わかった」 
  
「お待ちくださいまし!」 

ドーン!と派手な音をたてて乱入者が現れた 
…何してんの?レティ… 
彼女はこの前王様相手にびくついてたのがうそのように淑女らしく歩いて礼をとった 

「突然の事、お許しくださいませ。私から申し上げたい事がございます」 
「レティシアか。はぁ…俺が黙れといったところで黙る女じゃねぇからなぁ、お前は。簡潔に、な。」 
「ありがとうございますですわ、叔父様」 

みんなの視線がレティに集まる。 
一体何を言うつもりなんだ!? 
不安に泳ぐ瞳で大丈夫なのか?と王子様に目線を送る。 
王子様は腕を組んだまま黙って見ていろと口元に指を当てた。 

「さっきのお話、扉の向こうで聞いていました。確かに火事は起きてしまいました。それは事実ですわ。でも、私は知ってます。どれだけこの者たちが今まで国に尽くしてきたかを。 
どれだけ国の平和に尽力してきたかを! 
我々はそれに報いて恩赦と言う形でなく、寛容になるべきではありませんか!?」 
…止めるべきなのかこのままにするべきなのか 
珍しく王族らしい品を携え佇む彼女を止める人はいない 
彼女の声だけが響いて、続く言葉に皆が耳を傾けていた。 

「私の従者は一回外に彼らを救い出し、出てきていました。けど命の危険も顧みず、彼は陛下を救う為炎の中に戻りました。そして成し遂げました。国の為にここまで尽くしてくれた彼らに我々は今まで通りの立場を与えるのは、至極当然のことと申し上げます」 
そう言って彼女は一度頭を下げる。 
再びあげたその表情には強固な意志が感じられた。 




場は静まりかえり、王様の言葉を誰もが待ってる状態だ 
レティの手も小さく震えてる。でも、今は寄り添ってあげる訳にいかない 
一瞬のような、長い間の沈黙はため息でやぶられた 

「…分かった。今までの忠義を買ってやろう」 

ほっとした空気が流れた 
レティも嬉しそうにニコニコしている。 
まったく、無茶するんだから。 
「で、他に願いはあるのか?」 
まぁ分かってるがなという空気がなんとなく流れる 
まさかもう一つ願えるとは…。だったら… 

「でしたら、そこにおられるレティシア・シェーンベルグ様の婚約話を白紙に、願います」 

「アズサ…」 
ぼくの方を振り返ってじっとこちらを見つめるレティ。 
やめてよ、こんなことでなに泣きそうになってるの? 
まったく、ほんとに泣き虫なんだから。 
「白紙、でいいのか?」 
「はい。今は」 
ぼくは立ち上がり彼女の前に膝まづいた

「レティシア・シェーンベルグ様。ぼくはただの従者です。たとえ今願ったところで貴方のお傍はきっと釣り合わない事でしょう」 
表向き、王様を助けたのは王子様だ。だから一般庶民にいきなり彼女をあげる訳にいかないのは分かり切ってる 
「でもこれからもっと国に忠義を尽くし、力を尽くします。そしてその成果が認められるのであれば…その時は」 
顔をあげ、彼女の手をとりその甲に唇を落とす 


「ぼくは、貴方を愛しています。この言葉の返答を聞かせて下さい。そして、貴方は貴方の望む人と結ばれて下さい。それがぼくの願いです。それまで誰のものにもならないで欲しいです」 

「勿論、待ってる。待ってますわ。 
貴方がわたくしを迎えに来てくれる日を。 
ずっとずっと、待ってますわ 

だから、迎えに来てくれたその時は絶対にわたくしをアズサのお嫁さんにしてくださいましね」 


周りから一つ、拍手が聞こえそれが広がる 
…なんだか恥ずかしいんだけど…今は我慢だ… 
ここで引いたら彼女は手に入らない 

「姫様。ぼくはもうしばらく学院で勉強します。今度は国に関わる事についてもっと専門的に 
 そして知識が備わったら、ヴェルノ王子殿下の部下になります」 
これは願いを相手に伝えた時約束済みだ 
今は無理でもそうやって力をつけて功績を残せば無視出来なくなる。細い道でも彼女に繋がるかもしれない、と 
「いつか貴方のお側を離れる事になります。けどお許し願えますか?」 
「ええ、少し寂しくなるけれど、わたくし我慢いたしますわ。」 
「ありがとうございます」 

王様がため息をついた気がするけど気にしない事にした 


ここから先は自分の力次第になるけど、それでも 
彼女への道がつながった気がした



それから暫くして、ぼく達は一緒に学院に帰った
​攻撃魔法は切った。それよりぼくが必要なのは勉学の方だと思ったからだ。ぼくが欲しいのは攻撃的な力じゃない

それからのぼく達と言えば…
「レティ…」
「なんですの?」
「腕」
「腕が何か問題でも?」

「いや、組んで歩くのって問題じゃない…?」

こうやって帰ってきて以来はレティは開き直ったようにぼくにくっついてくる
一応恋人未満なのに…。そしてそれを拒否しきれない自分が大概だ…

「私はアズサが好き!」

「……は!?」

いきなりの言葉に顔が熱くなった

「だから問題ありませんわ」

「……ない訳じゃないんだけどなぁ…はぁ、全く…」

「そう言えばアズサちょっと背が伸びました?前より目線が‥」

そうやって彼女はぼくを見上げる。そう言えばいつの間にかレティの頭の位置が少し下になった気がする

「レティが縮んだんじゃない?」

「失礼な―!そんな事ありませんわよー!」

そうやって今まで通りなようにじゃれついて歩いて行く

でも同じようでも違う。ぼく達は確実に大人に近づいている

いつか、大人に本当になった時きちんと彼女の隣に立てるように

​並んで歩くためにぼく達は今、前に進んでいくのだった

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