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【登場人物】 

<シュトロイゼル> 
エリュテイア魔導学院薬学科に所属する少女。 
目が見えず、医療用魔法道具を頼りに生活している。 
人見知りではないものの、目のことがあって相手に踏み込もうとしない為、親しい人は兄しかいない。 

<ヘリオ> 
エリュテイア魔導学院魔法戦闘科に所属する少年。 
別の世界からやって来た。行方不明の姉を探す為、探索魔法も学んでいる。 
紳士的で礼儀正しく真面目。レディーファーストを忘れず、女性に対して気障な言葉をよく使うが、 下心はない。 

<グラッセン> 
シュトロイゼルの兄。目の見えない妹を誰よりも心配している。

<ルリア> 
薬学科の気弱な少女。ヘリオの友人。 

<ポクロ> 
錬金術科の小人。はた迷惑な実験をよくよく繰り返す。 

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此処は魔導を志す者達が集うエリュテイア魔導学院。 
三限の終わりを告げる鐘の音が鳴り響き、生徒達は次の教室へと移動している最中であった。 
一月の下旬ながらも春のような陽気に包まれる中庭に二つの影が仲睦まじく並んで歩いている。 

「あっ……」 

「兄様、どう致しましたか?」 

「すまない、教室にノート置いてきたみたい。すぐに戻ってくるからそこで待ってて」 

「はい、かしこまりました」 

(暖かい……良い天気ですね) 

ドオオオォォォオオン!! 

「きゃ……!?」 

平穏な中庭に突如爆発音が響く。 
少女は爆発音に驚いて転んでしまった。 
残響がようやく収まった頃、上の方から可愛らしい若い女性の声が降りかかった。 

「うーむ、失敗してしまったのぅ……」 

「まぁ、失敗は何事にもつきものじゃ! ひょっひょっひょ」 

「さて、片付けするかのぅ。怪我人はおらぬかー? 大丈夫かえー?」 

降りかかる声は物音を立てながら遠のいていった。 
全く状況が理解出来ない少女は恐怖で身を竦ませる。 
震える指先を自然と左腕に伸ばし、周囲を確認しようとした。 

(何……? 何が起こったのでしょうか……?) 

(あれ……鈴がない……!? ど、どこ!? あれがないと何も視えない……!!) 

彼女は目が見えない少女であった。しかし、少女は杖の類を使っていない。 
いつも左手首につけている鈴。これは広範囲に渡り特殊な音波を響かせる魔法道具の一つであった。 
元は周囲の地形や敵の居場所を知らせる為の某国軍用道具だったらしいが、エリュテイアでは医療道具へと改造され普及している。少女もこの鈴を使う一人で、周囲のものに跳ね返る音波頼りに周りの状況を把握していた。 
しかし、それが転んだ拍子に腕から抜け落ちてしまったらしい。 

(ない、ない、どうしよう。こわい、みえない……兄様……!) 

「……あの?どうしました? 何か落としたのですか? 良ければ私も探しますが何をお探しですか?」 

「……!」 

少女は声の方へと顔を上げる。 
しかし、鈴がない今、ちゃんと正しい方向を向いているのかすら分からない。 
ただ、静かにポロポロと涙を流すことしか出来なかった。 

(あ、可愛い……じゃなくて……)

「もしかして今の爆発で怪我でもしたのですか? あいにく私は回復魔法は出来ないので、それなら医務室にお連れしますが……」 

「ち、ちが……す、すず、鈴がないと、何も視えない……!」

「鈴? それがあなたの落とし物ですね? 分かりました。ではそこでじっとしててください。私が探しますので」 

("見えない"とは言葉通りの意味だろうか……?) 

ともあれ、泣いている女の子を放っておくことは出来ない。 
どうも彼女は怯えて動けないようだし、自分が彼女の落し物を探してあげるべきだろう。 
目先の芝生を掻き分ける。すると、綺麗な金色の鈴が転がっていた。 

「鈴ありましたよ。これですか?」 

おそるおそる少女は手探りで指を伸ばす。指先に小さな冷たいものが当たった。 
それをそっと受け取り、震えながら左手首に慎重に付ける。 
発せられた魔法の音波は周囲の建物などに跳ね返って、彼女に周りの情報を伝えた。 

「す、鈴……! 良かった……!」

「これで良かったのですね。見つかって良かったです。……立てますか?」 

「も、問題ございません……立てます……」

「そうですか? 無理しないで下さいね」 

(……うん、可愛い……じゃなくて) 

「あ、あの……」 

「何をしているのでしょうか?」 

「兄様……!」 

ノートを取りに行っていた兄が戻ってきた。 
何故か涙目になっている自分の妹と、その目の前には見知らぬ男。 
この男が妹を泣かせたと勘違いするには十分だった。 

「貴方……妹に何を致しましたか?」 

「兄様、私が転んで鈴を落としたのです……! この人は鈴を見つけて助けてくれたのでございます……!」 

「そういう事です。勘違いさせて申し訳ありませんでした。誓って妹さんには指一本触れておりま 
 せん。ご安心下さいませ。……お兄さんも来たようですし、私はこれで失礼しますね。それでは」 

「本当に、何もなかったのかい?」 

「ええ、本当に問題ございません。ごめんなさい……私が勝手に動き回ったから……」

「シュシュは悪くないよ。一人にしてすまなかったね」

「にしても、さっきの彼に悪いことしてしまったな」 

「あ……さっきの人にお礼を言いそびれて……」 

「あ……あの……シュトロイゼルさんにグラッセンさん……こ、こんにちは……!」 

突然、後から声をかけられた。 
桃色の髪色に星の髪飾りをしているのが印象的な少女。 
彼女はシュトロイゼルと呼ばれた少女と同じ薬学部のルリアだ。 

「……先ほどは……ヘリオさんとどうかしたのですか……? なんだか雰囲気が……ちょっと心配だったのですが……」 

「その声はブックス様でございますか……?」 

「あ、は、はい……! ルリアです……。いきなりすみません……!」 

「いえ……あの、さっき方はヘリオ様と仰るのですか?」

「あ、は、はい……! そうですけど……何かあったのですか……?」

「いえ……困っている所を助けて頂いたのです」 

「そうだったのですか……。ヘリオさん良い人ですしね。何があったか分からないですが、助かって良かったですね」 

「あの、ヘリオ様は何処の寮の方かご存知ですか?」 

「あ、えと寮は……確か獅子寮に入ったと聞きました……」

「左様でございますか……ありがとうございます」 

「もう少しで鐘が鳴ります。シュシュ、ブックスさんも急ぎますよ」 


      ♘    ♞    ♘    ♞    ♘ 

後日。今日は授業が無く、生徒達は各々休日を楽しんでいる。 
そんな中、シュトロイゼルは獅子寮の玄関でぽつんと立っていた。 
その手には何やら可愛らしいラッピングがされた小包が大事そうに握られている。 

(どう致しましょう……来たのは良いけれど、お忙しいかもしれない……) 

「……えと、この前の方ですよね? こんにちは。今日はどうしたのですか? また何か探してるのですか?」 

「……! あ、あの、貴方に御用が……この前のお礼に参りました……!」 

「この前は本当にありがとうございます。兄も悪いことをしたと言ってました」 

「おや、わざわざ有難うございます。困ってる人を助けるのは当たり前ですし、あの状況では誤解されても仕方ないから気にしてませんよ」 

ヘリオはそう言って微笑んだ。シュトロイゼルにはその表情が見えないが、目が見えなくなってからは音に鋭くなり、鈴から得られる情報以外からも周りを読み取っていた。声の様子から怒っていないヘリオにシュトロイゼルはホッと一安心する。 
シュトロイゼルは勇気を出して、手にあった小包をヘリオに差し出した。 

「あの、これお礼です。甘いものはお好きでしょうか……?」 

「甘いのですか。ええ、普通に好きですよ。これ……ひょっとして作ってくれたのですか……?」 

「ええ……あ、申し訳ございません。手作りが苦手でしたら……」 

「いえ、嬉しいです。わざわざ手作りなんてして頂けるなんて……! ……あ、すみません。嬉しくてつい大きな声を……」 

「あ、そうだ。お時間ありましたら良かったらここの寮の食堂寄っていきませんか? お礼にお茶、奢りますよ?」 

突然の誘いにシュトロイゼルは戸惑った。人見知りではないとはいえ、目のことがあって親しい人は兄以外存在しない。スクールメイトにお茶に誘われるのは初めてであった。 
ヘリオが自分に対して気遣っているのは分かる。しかし、下手に誘いを断ってしまうのは相手に悪いかもしれない。シュトロイゼルはしばし考えた。 

「では、お時間があるなら……」 

「はい、私は今日は予定なかったので大丈夫ですよ。では、こちらにどうぞ」 

ヘリオは食堂の扉を開けて、シュトロイゼルをエスコートした。 
そういえば、彼女は目が見えていないのだろうか……とヘリオはふと思い出す。しかし、それを本人に聞くのは失礼な気がして、じっと彼女の様子を見つめた。 
そんなヘリオの気も知らず、シュトロイゼルはリンと鈴を鳴らして軽々と食堂の中へと入っていく。 

ヘリオは軽快に鳴る鈴へ目を落とした。鈴がないと分からないと言っていたし、あれは何か周りの状況を知らせてくれる魔法道具なのかもしれない。 
しかし、それ以上詮索するようなことはしなかった。ヘリオは一旦考えるのは止め、食堂の空いている席を探す。開いている席を見つけ、彼女が座る椅子を引いた。 

「どうぞ、マドモアゼル」 

「ありがとうございます。申し訳ございません、私がお礼をしに来たのにお茶を頂いて……」 

「いいえ。女性が手作りで甘いものを用意して寒い中待っててくれてたのですから、此方もお礼をするのは男として当然です」

「えと……メニュー……大丈夫ですか……? えとその……」 

流石に「見えますか?」と聞くのは不躾だろう。彼女が戸惑うようなら読み上げるべきか。 
とりあえず、ヘリオはメニュー表を彼女に差し出し反応を待ってみる。 
彼女はヘリオが言い淀む理由を察したのか、何処にでもありそうな選択をした。

「あ、えっと……ミルクティーでお願い致します」 

「あ、はい。了解です」 

メニュー表を元の場所に戻し、ヘリオは席を立った。 
湯気の立つ紅茶とミルクティーをトレイに乗せて、すぐに彼女の元へと戻ってくる。 
互いが注文したものとスティックシュガーをテーブルに置き、スッと手を差し出す。

「どうぞ。熱いので気を付けて下さいね」 

「はい、あの、ありがとうございます」 

「いえいえ。あ、そうだ。これ頂いて宜しいでしょうか?」 

「ええ、どうぞつまらないものですが」 

「有難うございます」 

ヘリオは可愛らしいラッピングをした小包を丁重に開ける。 
そこには一見シンプルに見えるが、手作りとは思えない程の上品なチョコレートタルトがあった。 
ふわりとお菓子特有の甘い良い香りが鼻孔をくすぐる。 

「……料理お上手なのですね……!凄いです! ……あ、そういえばまだ名乗ってもいませんでした 
 ね。レディーを前に申し訳なかったです」 

「改めまして初めまして。私はヘリオと申します。魔法戦闘科に所属している新入生です。よろしくお願いします」 

「こちらこそ申し遅れました。薬学科のシュトロイゼル・シャンテリーゼと申します。学院には10年 
 近くおります。……よろしくお願い致します」 

「10年……! 長い人は長いんですね……。薬学科って言ったらルリアさんの学科か……。ルリアさん知ってますか?

 彼女は私の友人なのですが」 

「はい、ブックス様でしたら存じ上げております。あまりお話をしたことはございませんが……」 

「そうですか。気が合いそうな気がしますよ? ……と言うか……随分かしこまって話してらっしゃいますが

 普通に話して大丈夫ですよ?」 

「申し訳ございません……でも、ヘリオ様はおいくつでしょうか? 目上の方でしたらやはり……」 

「私は17ですよ。年上だったとしても気にしなくて良いですよ。貴方の方が先輩なのですから」 

「でしたら、私より一つ上でございます。先輩、と言ってもあまり知っていることは多くないですから……」 

「そうでもないですよ? 私が住んでいた場所はここよりずっと魔法レベルが……低くてここの魔法を見るだけ、

 知るだけでもかなり驚くことが多いのですから」 

「ここの常識すら危うい物知らずなのです、これでも。だから私にとっては10年も住んで勉強しているなら十分先輩ですよ」 

「ああ、そうそう。私の身分は……高くないので様も要りません。普通に呼んで頂けると嬉しいです」 

「様付けは……人に仕えていた頃の癖みたいなもので……」 

「そうですか……。まぁ無理にとも言えませんしね。あ、お菓子、頂きますね」 

「美味しい……!これ凄く美味しいです……! 凄いですね、シュトロイゼルさんは」 

ヘリオはお世辞ではなく素直にそう思った。異なる世界に住んでいたヘリオはまだエリュテイアでの食文化に慣れていない。時折口に合わないものもある。 
元よりチョコレートタルトはヘリオの好物であったが、それを贔屓目に見てもこのチョコレートタルトはとても美味しかった。 

「喜んで頂けたのなら何よりです。……あの、名前長いのでお好きにお呼び下さい」 

「そうですか? うーん……シュトロイゼルシュトロイゼル……シューさんとか? あ、でも美味しそうになっちゃいますかね?

 それじゃあ。うーん、呼び名考えるのちょっと苦手で。何か呼ばれたい響きはありませんか?」 

「いえ、特には……兄様は"シュシュ"と呼んでおりますが」 

「お兄さんの呼び方、取るわけにいきませんしね……。呼び方って難しいですね……」 

「兄様はそれぐらいのこと気にされませんよ」 

「そうですか? では、お言葉に甘えてシュシュさんでどうですか?」

「ええ、構いません」

「ではシュシュさん。下心がちょっとあって恐縮ですが、仲良くして頂けると嬉しいです」 

「お菓子、本当に美味しいですから、また欲しいってちょっと欲が出てしまったかもしれません。 
 勿論ご迷惑なら無理にとは言いませんが」 

「誠でございますか? そんなに喜んでもらえたなら嬉しい限りです。お好きなものがあればお作り致しますよ」 

「そうですか? 私はこれ、チョコレートタルトが好きなのです。宜しければ何かの機会の際で結構 
 なのでおこぼれに預かり頂けると嬉しいです。勿論ご縁があればで構いませんが」 

「そうでございますか? では、また作りましたらお持ち致します」 

「嬉しいです。どうも有難うございます、シュシュさん」 

「……はい」 

「……シュシュさんは元から可愛いですけど、笑うともっと可愛いらしいですね」 

「え、えと……」 

「あ、申し訳ありません。私、割とこういうこと言う方なのです。でも、嘘じゃないですよ」 

「……お代わりどうですか?」 

「もう十分です。そろそろ兄様の所に戻らないといけませんし……黙って此処に来ましたので……」 

「お茶、ご馳走様でした。あの、本当に助けて頂き、ありがとうございます」 

「どう致しまして。では、今日はこの辺でお開きですね。寮に帰るのですか? 宜しければ、私がそこまで送ります」 

「いいえ、ご心配には及びません。寮はそんなに遠くありませんので」 

「ごきげんよう。またお会いした時に」 

「あ……えと、また!」

(……なんだか……得した気分だな……。今日という日にこんな良いもの貰えて良かった。 
 ……この世界では誰も知らないけど……誕生日に人から何か貰えたのが……嬉しかった……) 

(本当に、有難う。シュシュさん) 

ヘリオは僅かに微笑んで大切そうに残りのタルトを包み直す。 
同じ学院にいるとはいえ、次はいつ彼女に会えるのか分からない。しかし、彼女が約束を覚えてくれたら嬉しいなと思いながら、

ヘリオも食堂を後にするのだった。

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