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どうしてこうなった… 

時はすっかりクリスマス気分も抜けた冬季休暇の最中。 
僕は今…ルリアさんのお父さんと向き合っている―――…… 



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『三者面談』 


事の始まりは1週間ほど前。 
締め切り間近のレポートと論文を無事提出し終わり、軽食をラウンジでとっていた時だった。 
何かを呟きながら一人ラウンジに入ってきたルリアさんと眼が合うと、こちらへと近づいて来て開口一番に彼女はこう言った。 

「…!ステイリーさん…そ、その…お願いが…。えと…その…大変申し訳ないですが… 
 わ、私のお父さんに会ってくれませんか!!!??」 

一瞬思考が停止してサンドイッチが喉に詰まりかける。 

「!!?? い、いきなり何を言い出すんですかルリアさん…!!」 

「い、いえ…その…今度お父さんが薬と本を買いに近くまで来ると言ってまして… 
 それでその時会う約束したのですが…友達を紹介して欲しい、と…。エリザさんもリュンヌさんもクローシアさんも今忙しそうで頼みにくくて…それで…と 
 …駄目…です…よね…」 

あきらかにしょぼんとするルリアさん。 

「そ、そういうことですか…。僕で良いのでしたら別に構いませんが…。 
 丁度レポートも論文も終わったところですし」 

「本当ですか…!?ではお願いします…!来週末に学外で悪いのですが出てすぐの商店街で待ち合わせで 大丈夫ですか…!?私先にお父さん迎えに行くので…!宜しくお願いしますね…!」 

「わ、わかりました…」 

…まずい…理由に安堵してしまって安請け合いをしすぎた。 
お父さんもまさか男を紹介されるとは想定していないだろうし。 

「あの、本当に僕でいいんですか…?」 

心配になり尋ねてみる。 

「は、はい…!大丈夫です…!友達としてステイリーさんの事も手紙に割と書いてますし…!」 

いや、うん、そういう問題ではなくてですね。 
というか手紙に書かれているのかと気恥ずかしい気持ちになる。 

「…あ…あの…お父さんその…無口な方と言いましょうか…。仕事以外の会話が苦手な方でして…。か、会話…うまく…続かなくても気にしないで大丈夫ですので…!…す、すみません…」 

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そうして今現在に至るのである。 

お互いお堅い自己紹介を済まし席について飲み物を注文する。 
店員が去ってからしばしの間店内のBGMだけが流れていた。 

胃が痛い… 
思いっきり普段着で来てしまったけれどもう少しちゃんとした服を着てくるべきだっただろうか… 

いやいや、別に挨拶をしにきた訳ではないんだし…!うん…!! 
変に畏まってたらいらぬ誤解をさせてしまう…! 

「…えと…娘と親しくして頂いて…有難うございます…」 

きっちりした姿勢で頭を下げる姿はルリアさんの話に聞く頼りにされる医者を思わせた。 

表情を一言で表現するなら仏頂面、が適切だろうか。 
会話が苦手とは言っていたけどいつもこんな感じなのか、それとも機嫌が悪いのかわからない… 
とにかく会話を続けなければ…! 

「あぁ、いえ、こちらこそ…友人が病院に入院しているんですけど、その友人がいつもルリアさんにお世話になっていて…。ルリアさんと知り合ったのもその友人の病室なんです…」 

「…そうなのですか。ご友人の回復をお祈りします…」 

「ありがとうございます…」 

……やはり会話が続かない。 
この空気…気まずい、帰りたい。 

空気を察したルリアさんが慌てたようにお父さんに話しかける。 

「あ、あのね!手紙にも書いたけどステイリーさんの魔法凄いんだよ!私も少しは出来るようなったし…あ、見る…!?ちょっとした映像出せるよ?」 

「いや、いい」 

「…そう…」 

「…学園生活…ルリアはどうです…上手くやってますか…?」 

…ルリアさんに対していつもこんなつっけんどんな態度なのか…? 
断るにしてももう少し何かかける言葉はないのだろうか 

「…え、あ、そう、ですね。学科も所属寮も違うので授業や寮での事はあまりわかりませんが… 
 薬学も医学も頑張っているようですし魔法も前よりも使えるようになりましたし…」 

いや、これじゃあ三者面談じゃないか 
もっと勉強以外の事を… 

「あと本の貸し出しとかもやってて結構評判なんですよ。親しい友人も出来ましたし… 
 最近は料理も先生に教わったりしていて腕をあげて―――」 

…まずい。これではルリアさんの作った料理を食べていると言っているようなものじゃないか…! 
実際食べてはいるんだけれども…! 

「…そうなのですか………」 

いや、でもこれならまだ人伝いに聞いたということに出来――― 

「あ、そうそう。食べて貰ってる一人がステイリーさんなんだ…!」 

「…そ、そう…か…」 

ルリアさんー!!お父さん動揺してるじゃないですかー!! 
地雷は踏むものと言わんばかりの見事な踏みっぷりに心の中で叫ぶしかなかった。 

「…ちょっと、すみません…!」 

そう言ってルリアさんが席を立つ。 
しかし申し訳なさそうな顔をしながらすぐに戻って来た。 

「御免、お手洗いこのお店の故障してるって…!ちょっと先のお店行って来て…いい…?」 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二人きり・・・・・・・・・か・・・・・・ 

「…あぁ。我慢しないで行ってきなさい」 

「うん…!ステイリーさん済みません…!」 

ぱたぱたと走り去るルリアさんを見送る。 

仕方ないとはいえまさかの二人っきり。 
いや、ここは友達として来ているわけだし普通にすればいいんだ、普通に…! 

「……………ステイリーさんは…ルリアと…その…本当に親しいのですね… 
 その…其方から見たルリアの印象を…教えて頂けない…ですか…?」 

「………い、印象ですか…?印象…」 

印象ってなんだ…!友達に聞くことなのか…?! 

「…一所懸命で優しい人、ですかね。そして少し不器用で、放っておけない人…です」 

「…そうですか…」 

最後の一言は余計だったか…?!いや、でも友達でも普通にそういう感情を持つ人もいる、な…うん! 
駄目だ、なんかもう緊張しすぎて友達の境がよくわからない! 

そんな心配を余所に向こうは頭を下げ、言葉をゆっくりと紡ぎ始める。 

「…有難うございます… 
 あの子からどう聞いているかわかりませんが…お恥ずかしながら…私は親としての務めを果たせていないので…。見守って下さる存在が…居るというのはありがたいです…。友達と遊ばせてもいなかったので…ちゃんと浮かずに…いれるのか心配でして… 
 …最初は…淡々と講義の内容についてしか報告してこなったのです…。それが貴方の名前が出るようなったら…少し明るい雰囲気になって…エリザさんと璃王さんの名前が出るようなったらもっと明るくなって…。…娘は貴方のおかげと言ってました…。本当に…有難うございます…」 

……ここに来て初めて柔らかい表情を見た気がする。 
やっぱり親は親、だよな。ちゃんとルリアさんのことを心配しているじゃないか 

「そうだったんですね…。僕はただ、切欠を与えただけです。ルリアさんが変わったのはルリアさんの努力があってこそですから。病院でも慕われてますし、学院でも友だちを増やしていってますし…私も助けられてばかりです」 

心の内を見せてくれたことに安堵を覚え、同時に先ほどのルリアさんに対する態度を思い出す。 
ぽつりぽつりとではあるけれどもこれだけ喋ってくれるのに… 
後悔や後ろめたさからルリアさんとは上手く喋れないのだろうか…? 

「あと…こんなことを言うのは不躾かもしれませんが、手紙ではなく友だちにでもなく、ルリアさんに直接聞いてみてはどうでしょうか。…親としての勤めを果たすのは、今からでも遅くないはずです」 

「…それは…なかなか難しいのですよ…。…ルリアには長年放ってしまった負い目もありますし…あの子は…亡くなった彼女に… 
 …いえ、何でもありません… 
 出来うる範囲では…娘も歩み寄ろうとしてくれてますし…努力はします…。有難うございます…。しかし私はあの子の事…知らな過ぎるのです… 
 …誕生日に何を贈れば喜ぶのかも分からず何も出来ない情けない親でして…ね」 

亡くなった彼女…?母親のこと…かな。確かルリアさんが幼いころに亡くなったって聞いたけれど。 
言いかけた言葉の続きをなんとなく察しつつそれでも、と言葉を続けた。 

ルリアさんから聞く父親の姿は仕事の姿ばかりだった。 
愛情不足で人と深く関われず一人で過ごしていた時期を知っているから、そんな関係を…気持ちのすれ違いをこれからも続けて欲しくなんてなかった。 

「ならばそれを聞けばいいんです。好きな食べ物、好きな本、好きな場所…最初はそういうことでいいんです。会話をしなければ、相手を知ることなんて出来ないんですよ?彼女が今まで何を思って生きてきたのかも、親ならば聴いてあげて、受け止めてあげるべきです。お父さんにはお父さんの抱えている想いがあるんでしょうが…、ルリアさんはルリアさんなんです。少しずつでいいのでちゃんと…見てあげて下さい」 

かなり偉そうに言ってしまった… 
……というか勢いでお父さんなんて言ってしまった気がする。 
べ、別にお義父さんという意味で言ったわけではないし…って今はそんなこと気にしてる時じゃないか 

「…ステイリーさんは…ルリアを好いて下さっているのですね… 
 …聞く…ですか…。そういうのも…今更と…ルリアに言われてしまいそうですね… 
 子供の成長は…速いものですね…。いつの間にか…特別な相手を作ってしまう…」 

「す…?!い、いや、えっと…!」 

何故そういう方向になった…! 
ダメだ、なんか完全に誤解されてる…?!いや、半分くらいは誤解ではないけれども! 

「あの、違いますからね…?!ルリアさんとはお付き合いしてるとかそういう関係では…!」 

「…そうですか…。いえ、人としてという意味でしたが…」 

う、人としてだったのか。そういうニュアンスには聞こえなかったけど… 
するとおじさんは急にソーサーにおかれたカップをカチカチと言わせ始める。 

「…その…ルリアにはでは…別に恋人とか…それに近い存在が…いたりは… 
 いえ、その…ステイリーさんに聞くことでないのは分かっています…!いますが…例えば…その…璃王さんとか…ヴェルノ王子殿下とか…」 

「こ、恋人ですか…?!えと…少なくとも璃王…君は私の友人でもあるんですが、最近以前から好きだった方と付き合いだしましたし、ヴェルノ君は同郷ということでルリアさんと親しくしてるみたいですが、彼はフローリアさんという方を好きだと言ってました、はい…」 

年頃の娘だしそういうことも気になるんだろうな。特にヴェルノは自国の王子なわけだし 
玉の輿を期待…している風には見えないことに知らずどこかで安心する。 

「…そうですか…」 

すみません、目の前の男が限りなく近い存在ではあるんですけど今大事な娘さんをキープしてるような状態です。 
息を吐いて安堵した様子のおじさんを見て心の中で密かに謝罪した。 

しばらく二人無言でいるとルリアさんが戻ってくる。 

「お待たせしました…!…え、えと…すみません遅くなって…」 

「いや、別に…」 

おじさんはルリアさんに対して相変わらずの仏頂面だったが何か思案し、メニューを手渡した。 

「ルリア、好きなの頼みなさい」 

「…?何で?」 

「…別に…。代金は払うから…」 

「え!?い、良いよ!そんなの!ここまで来るのにお金使ってるでしょ!?それより薬代とか…必要なのに使ってよ…!」 

「…そうか…」 

あ、なんかしょぼんとしてるように見える。 
遠まわしだけど好きなものを探ろうとした…のかな?うん、ルリアさんはそういう反応ですよね… 
普段でもそういうことには厳しいというか。 
それにしても……不器用な親子だな… 

「あ…ステイリーさんは好きなの頼んで良いですよ!?きて貰ったお礼に何でもおごりますから…!」 

「いえ、僕も大丈夫です。自分で払いますから」 

ルリアさんの好きなものか…。そういえばこの間苺が好きだと言ってたっけ。 

「あぁ、そういえばここ、苺のロールケーキが有名らしくて友人に買ってきてくれと頼まれたんですが…せっかくなので食べませんか?」 

「いえ、其方の会計は私が持ちますから。ルリア、頼むなら…」 

「え、えと…うん。じゃあ…食べる…!で、でも自分で私は出すから…!」 

「…それ位は出せる。良いから食べなさい… 
 苺のロールケーキ二つとお土産に…一つで良いのですか…?」 

「え、いや、本当に…!」 

いや、ここは顔を立ててお言葉に甘えるべきなのか? 

「…お土産は一つで大丈夫です。すみません、ありがとうございます。…お土産代は自分で出しますので」 

「…そうですか。では…」 

流石にこちらの都合のお土産代まで出させるわけにはいかない。 
おじさんも納得してくれたようで店員に注文を済ませる。 

「え、えと…どんな…お話二人でしてたの…?」 

「…ルリアがちゃんと色々頑張ってると…教わった」 

「そ、そうかな?そうかな?ステイリーさん…有難うございます…!」 

笑顔を向けるルリアさんに何もお礼を言われるようなことは言ってないと首を振る。 

「…私は行きます。…ルリア、あと二日はいるから。…これ宿の場所…」 

「え…?もう良いの?」 

「あぁ…。ではステイリーさん、有難うございました…」 

「あ、はい。こちらこそありがとうございました。お話し出来て良かったです」 

おじさんはレジで会計を済ませ一人その場を後にする。 
ここは空気を読んで自分が帰るべきだっただろうか。 
その背中を見送りながらそう思った。 

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「…気を使わせてしまいましたかね。せっかく久しぶりに会ったというのにすみません。 
 でも心配していたよりも話してくれて良かったです」 

さらに胃が痛くなりそうで一口も飲めず、すっかり冷めてしまった珈琲に口をつける。 

「…話して…!?あ、いえその…あまり…話さないのがいつもで… 
 す、すみません…実はそんなに私達…その…お話しないので…。…ステイリーさんにはお話…してたんですか…?」 

確かに喋り出したのはルリアさんが出ていってからだもんな。 
やっぱり普段からあんな感じなのか。 
表情も、ルリアさんがいない間の方が豊かだったに思う。 

「そうですか。…男同士なので話しやすかったのかもしれませんね。 
 ルリアさんの事、随分と心配しておられましたよ」 

「…心配…ですか…。私…そんなに頼りないですかね…?」 

「頼りないとかではなく子を心配しない親はいないんですよ、ルリアさん。娘なら尚更です。 
 うちの親も妹の心配ばかりしてますし」 

おじさんの想いを自分が勝手に伝えてしまうのは駄目だろうな。 
でも…これくらいは言ってもいいだろうか。 
どれくらい想われているのか、少しだけでも知っていてほしい。 

「…ルリアさんの事を知らなすぎて情けない親だと言っておられましたよ」 

「…心配…ですか…。知らない…そうですね…。私も…お父さんが何を願ってるのか…知らないです… 
 あ、す、すみません…!暗い話題にするつもりでは…!ケ、ケーキ!来ましたし食べましょう!」 

「いえ、大丈夫ですよ。こちらこそ事情をよく知りもしないのにお父さんにずけずけと物を言ってしまって…。またルリアさんからも謝っといてくださいませんか…?」 

「あ、い、いえ…!…伝えて…おきますね…!…頑張って…話してみます…!例え…」 

何か言いかけてルリアさんは一呼吸を置いた。 
わからないけれど他人には踏み込めない深い家庭の事情があるのだろう。 

「…色々言ってくれたみたいで…その…有難うございました…。今日は本当付き合ってくれて…嬉しかったです…!」 

「はい。きっと言葉は少なくとも、その裏にはルリアさんへの気持ちが隠れていると思いますので頑張ってください。お役に立てたようでなによりです」 

「…はい…!頑張ります…!」 

そう笑顔でルリアさんは答えた。 

ルリアさんには重いものを持ってもらっているというのに 
僕は彼女が背負ってきたものをあまり知らない 
……いつか、彼女が話してくれる日が…打ち明けてくれる日が来るだろうか 
話を聞くことぐらいしか僕には出来ないかもしれない 
でも、それでも……僕がそうであったように、彼女の救いになれたなら…… 

そんなことを考えながら一人岐路についた。 

 

 

 


 

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