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 夏休み。私は恋人のステイリーさんと長めの休暇をとって二人で一緒に移動している
 旅行ではない。かねてからのお願いで私の田舎を見てもらうのと、お父さんへの挨拶をして貰いに帰省に付き合って貰っているのであった

「…この馬車で最後ですが…大丈夫ですか? 疲れてませんか…?」
 田舎に向かう最後の乗り物、揺れる馬車に身を預けつつ慣れてない相手が心配になって声をかける
「…ん、大丈夫ですよ」
「そ、そうですか…。あの、あれなら魔法かけるのでご無理はなさらずに…」
 少々疲れが見える気がする相手がやはり心配になりつつおろおろしてしまう。
「あ、あれなら寄りかかっていいので!」
 ドーン! と手を広げて来るならどうぞ! と構えた
「そうですか?では遠慮なく…」
「は、はい…!!!?」
 まさか本当に来ると思ってなかった。
 体に重みがかかる。な、なんかくすぐったい。心臓がドクンといって体温が知らず上がった
 
(頼って貰えたならしっかりしないと…!)
 と気合いをいれて体重を支えるべく姿勢を正して体に力を入れるのだった

 


 そしてやっとでたどり着いた私の故郷。相変わらず田舎でのんびりしてる空気が流れている
「え、えとまずはでは私の家に行きましょうか…!」

 あ、なんか私緊張している。これからお父さんとどういうお話になるのかやっぱり不安があるのかも。でもそれをなるべく出さないよう努めて明るく声をだす

 移動しようとした矢先に村のおばちゃんの一人が私に駆け寄ってくる。

「あらま―! ルリアちゃん帰って来たの? お帰りー。…その人は患者さんかい?」
 
 この村には外部からの人がたまに来る。お父さんのお客として。そういう人かと思われたらしい

「い、いえ…その…」

 あ、あれ、こういうのなんていえば良いんだろう? 正直に言えばいいのかな?
 迷って言葉につまっていたらおばちゃんは何かを悟ったようにポンと手を打った

「あら、もしかしてルリアちゃんのいい人!? あらまー、そんな年になったのねルリアちゃんもー。あらやだ、ちょっとルリアちゃんってばお母さんと同じことしちゃってー。
そうそう、ルリアちゃんは知ってる? シリアちゃんもねー、ある日突然グレイさん連れてきてねー結婚するって言いだして…あらやだ、そうなるとお二人これから結婚するのかしら? あらやだー。これは大ニュースねー」

「え!? あ、いえその…えと母がそうだったとは聞いてますが…」
 悪い人ではないけどうわさ好きのおばちゃんは大きな声でまくしたてる。
「そうなのよー。当時は今よりもっとこの村閉鎖的だったからグレイさんも苦労してねー」
 
 は、しまった。これは長話が始まるフラグだ…!
「あ、あの…移動してきたばっかりで疲れているので…その…失礼します…!! すみません…!!」

 私は急いでステイリーさんの手を引いて移動をするのであった…

「…す、すみませんでしたいきなり…」
 田舎の噂が広まるのは早い…。うう…きっとちょっと後には皆話しだすんだろうな…は、恥ずかしい…!!
「いえ、どこもそんなものですよ」
「そ、そうかもですけど…」
 でもやっぱり小さな頃から知ってる相手にというのは恥ずかしい…!!
 葛藤でもじもじしたあと首を振ってとりあえず前を向いた
「か、隠す事はないですし‥ね。はい…!い、行きましょう…! すぐそこです」
 私が指さした先にある村の中でも大き目の建物。そこが私の家だった

 

「今は多分仕事中だと思うのですぐ挨拶にはなれないとは思うのですが…」
 邪魔にならないようそうっとお客さんが入る入口とは逆に作ってある家の入り口から入る。

「た、ただ今ー…」
 そうっと入ってみると少し待って昔からよくお手伝いに来てくれているおばちゃんが来てくれた
「あらー、ルリアちゃん! お帰りなさい! ちょっと待っててねー。グレイさーん! せんせー!」
 大丈夫かな? と心配してちょっと相手を見上げる
 ステイリーさんは緊張気味にしている。ちょっとはねている癖っ毛が目についた
「ちょっといいですか?」
「どうしました?」
 手招きでかがんで貰ってその癖を軽く直す
「よし、です。大丈夫ですよ、きっと。初対面でもないですし」
「…有難うございます」
 少し気を緩めてくれたのか笑ってくれたのが嬉しかった

 
 そんなことしていたら奥からお父さんが出てきた
「…………どうも、いらっしゃいませ」
 そう言ってステイリーさんにお辞儀した
「……お久しぶりです。その節はお世話になりました。お忙しい中お時間いただいてすみません。数日間ですがお世話になります」
「いえ…。此方こそ遠路はるばるお疲れ様です。何もない場所ですが…どうぞごゆるりと」

 二人して緊張気味に頭を下げる
「お父さん、え、えと今日仕事は? 早く終われそう…?」
 やっとでお父さんは私の方を見た
「……いや、今日は…混んでいるから多分遅くなる…。二人とも疲れているだろうから今日はゆっくり休んでいてください…。ルリア、ステイリーさんの寝床は本の部屋に用意してあるから」
「あ、うん…」
「では、まだ患者が待っているので申し訳ありませんが…失礼します」
 お手伝いのおばちゃんもごめんねって言う顔をして立ち去った


「……え、えと…すみません来て頂いたのに…えと…慌ただしくて…」
「いえ、それだけ頼りにされてるということでしょうし」
「えと、まずはでは荷物おきましょうか。部屋ご案内しますね」
 とりあえずお部屋に案内して、お互い荷物を置いてちょっとした一休憩。それからリビングに誘ってお茶をいれた

 

「え、えと…どうです? 本当田舎で吃驚してますか…?」
 エリュテイアみたいな華やかな場所とここでは色々雰囲気や人の密度や賑やかさが違う
 空気の違いに戸惑ってないか不安になってきた…。
「エリュテイアも端の方に行けば田舎がないわけではないですし。長閑で優しい雰囲気の場所だと思いますよ」
 ステイリーさんは窓の外を少し眺めた
「ここでルリアさんが育ってきたんだと思うと…なんだか不思議な気分ですね」
「不思議…ですか?」
 私も窓の外の眺めてみてきょとんとなった。あれ? 私っぽい感じじゃなかったかな…?
「僕の知らないルリアさんが過ごしてきた場所に、僕が立ってるんだなって思うと」
「……そうですか」 

 息が詰まる。心臓の音がうるさい。こんな遠い場所にまで来てくれて、私が育って来た場所にステイリーさんがいてくれる…
 なんだかそう思ったら途端に凄い事だなって感じて改めて嬉しくなった。上手く言葉に出来なくてそっと相手に寄り添う。
 私はそうか、この人がいてくれてこんなにも嬉しいんだ…。そして嬉しいとか、幸せとか、感じれるのが嬉しい
「ルリアさんがいなかったら、きっと来ることはなかったでしょうしね」

「…そうですね。私もなんだか不思議な感じがしてきました」
 お茶をテーブルに互いに置いて手を重ねてそのまま指を絡める。今度はこっちから寄りかかって甘えるようにすり寄る。
「‥‥え、えと…村とか見てみます…? それとももう少し休憩しますか‥?」
「そうですね…ルリアさんが大丈夫でしたら村も、少し見てみたいです」
「は、はい…! で、では私のとっておきの場所に招待します‥!」

 そう言ってステイリーさんを連れていったのはちょっとはずれの方にある小さな湖
 手入れはされているのか草がぼうぼうになってる事はない。湖面が光を反射してキラキラしている
「あのですね、ここは…私が初めて学院に行った場所なのです」
 あの時の事は…忘れたくても忘れられない…
「驚きましたよ、湖眺めていたらいきなり場所が変わるのですから。そこで入学許可された証を貰わなかったらただの白昼夢だと思ったでしょうね…」
 そしてここでそのことがなかったら私は今こうして大事な人と一緒にいない。あの時は…お父さんにお母さんに似てるから辛いって言われた後で…苦しくてどうしようもなくて…藁にも縋る思いで入学を決意した。けど本当に私の運命はここから変わっていたんだな…今にして思えば…
「へぇ、ここから…。それはさぞ吃驚したでしょうね。凄く…落ち着く場所です」
「そりゃあもう…驚くなんてものじゃなかったですよ。暫く信じれなかったですし」
 その時の事を思い出してみて、少し遠くを見つめる。あの時の傷は大分楽になってこうして少しでも口に出来るようなっただけ進歩している


「え、えと落ち着いてくれたなら嬉しいです! ここは…まだお母さんが生きていた頃家族で来た事があったりした…思い出の場所なので」
 空気を変えるように明るめに声を出した。おぼろげだけど何となく覚えている。お母さんがいて、お父さんがいて…二人に抱っこして貰っていたあの頃
「…そうでしたか。そんな大切な場所に連れてきてくれて、ありがとうございます」
「いえ。折角なので…ステイリーさんにもこの場所を知って欲しかったのです」
 私の特別な場所だから。
 それでも心の奥底に隠したあの日の事は言えないまま
「では次は村を回ってみましょうか」
 そう言って歩きだす。


 村の中でお喋りなおばちゃんたちに捕まってあれこれ聞かれたあげくお祝いと称してなんか食べ物を貰ってしまうのだった…


 夜。ステイリーさんがお手伝いしてくれて一緒に夕飯を作った
 なんか、私の家でこうやって一緒にいるのって…凄く不思議で凄く嬉しい
 もっと遅くなるかと思ったんだけど、出来た頃お父さんが部屋に入って来た
「あれ、早かったね。お疲れ様…」
「あぁ…。なんか…周りが気をつかって早くあがれるよう帰ってくれた…」
 う、噂の効果おそるべし…
「え、えとご飯! 出来たから食べよう?」
「あぁ…」
 な、なんだろう…この気まずさ…

 とりあえず食器を並べて食事の用意をする

「で、では頂きます」

「頂きます」
「頂きます」
 皆で挨拶をして食事に手をつける。うん、美味しく出来た。具だくさんに出来たのもうれしいなぁ
「え、えと…お父さん、今日は村の人が色々くれたから豪華になったんだ」
「そうか…。よかったな」
「う、うん…!」
 お父さんも緊張しているのかどうなのか。何時もよりちょっと言葉が多めだ…
「ど、どうですか? ステイリーさん。お味の方は…」
「美味しいですよ、とても」
「よ、よかったです…!」
 一緒に作ったとは言え味付けは自分。嬉しくてついいつもみたく気を緩めてふにゃっとしてしまう。そんな私をお父さんが見ていたのに気付いてなんだか恥ずかしくて慌てて気を取り直した
 ぽつぽつちょっとした学院でのお話をしたり村の事を話して食事は終わった


 片付けまでしてお茶を用意して改めて向かい合って座る
 緊張気味の空気の中、ステイリーさんは姿勢を正し、お父さんと向き合った
「……改めて、自己紹介をさせてください。ルリアさんとお付き合いをさせていただいてます、ステイリー・ニグットと申します
 ルリアさんからもう聞いていらっしゃると思いますが…、結婚の約束を…させていただいてます」
 ステイリーさんの挨拶を聞いてお父さんも姿勢を正した
「改めまして今晩は。ルリアの父のグレイ=ブックスと申します。宜しくお願いいたします。ルリアから話は聞いております。遠路はるばる挨拶に来て頂き有難うございました」
 

 そう言ってお父さんもお辞儀をする
「え、えとお父さん。改めて…私この人と結婚したいと…思っています」
「…あぁ…
 ステイリーさん…貴方のご家族は?どう仰っているのですか?」
「歓迎してくれています。ルリアさんのことも気に入っていますし。……僕がこちらに来ることも同意してくれています」
「…そうなのですか…」
 お父さんは確認するように私を見た。頷いてそれに返す
「うん、挨拶もさせてもらったけどよくして貰った」
「……そうか」
 お父さんはまた少し考え込む
「其方の家族構成と…ご家族のご職業は?」
 ……なんだか面接っぽくなってきている…? き、気のせい…かな?うん
「えぇっと…、父と母と妹が一人…。父は学芸員で母は学院で事務をやってます」
「そうですか…。長男のようですが…お家の方は本当に大丈夫なのですか?」
「最初は吃驚してましたけど、まぁ特に何か継ぐものもないですし、妹もいますし、話せば理解してくれましたので」
「そうですか…。星魔法を勉強なさっていたと聞き及んでいますが…それに関しては? こちらでは…言いにくいですがきっと役にたてれる機会もないと思われますが…」
「そうですね、正直なところ、こちらで自分に何が出来るのか全くわからない、というのが本音です。最初はお世話になってばかりかもしれません。それでもここで、何か出来ることを見つけようと思ってます。甘いことを言ってるのは…重々承知ですが、それでも…」
「……そうですか」

 お父さんはその言葉を受けて少し考えるように沈黙した。そしてまた顔を上げた
「…本人の前で言いにくいのならば席を外させますが…ルリアを選んだ理由は…どうなのでしょうか?」
「そう、ですね…端的に言えばルリアさんと一緒にいることが幸せだったから…でしょうか。今まで、いろんなことがありました。悲しませたこともありました。それでもこうやって、隣にいてくれたルリアさんとこれからも一緒にいたいと、思っています」
 ステイリーさんは真っ直ぐにお父さんを見て答え、最後に少し、こちらを見て微笑んでくれた
 か、顔が熱い…
「……以前お会いした時にはやはり既にルリアと…?」
「あ、いえ、あの時はまだ付き合ってはなかったです、本当に」
「そうなのですか…
 …とりあえずお疲れでしょうし今日はこの辺にしましょう。何か質問はありますか?」
「……差支えなければ、結婚についてどう思っておられるのか聞いてもよろしいですか?」
 あ、長考しだした

「………別段…反対する気はないですね…。ルリアももう良い年ごろですし…きちんとした相手であるのなら…それで。ただ…」
 お父さんはちらりと私を見た
「…何?」
「…いや……。もう貴方がたは大人と呼べる年ですし、大きな問題さえ抱えていないのであれば…とやかく言う事はないです。これでお答えになっているでしょうか?」
「……はい。ありがとうございます」
「では、今日はもうお休みください。また明日…今度は飲めるのでしたらお酒でも。では」
 お父さんはそう言うなりさっと出て行ってしまった…。

 

「え、えと…ステイリーさん大丈夫ですか…? お疲れ様でした…」
「はは、なんだか面接みたいでしたね。今までで一番緊張した気がします…」
 あ、ステイリーさんも面接みたいって思ったんだ…
「私もステイリーさんのご両親にお会いする時緊張したのでちょっと分かります…。え、えとお疲れ様です…」

 そう言って側に座りなおして相手に抱き着いた
「お疲れ様でした」
 そう言ってステイリーさんは少しだけ寄りかかってくる
 お父さんがまだ何か言いたげな感じがちょっと気になる。けどやっぱり反対はされないことに少し安堵を覚えた。それと同時にちょっと寂しい気もした…。反対してほしい訳じゃないけど…放置されているような気持に少しだけなったのかもしれない。お話だってしていたし全くの放任じゃないのに…。これはやっぱり我儘な感情なんだろうなってそっと心の奥に閉じ込める

「もう少しだけ…このままでいいですか…?」
 心の奥のちょっとした引っかかりを押し込めて、相手に甘えてみる
「…もちろん」
「有難うございます…」

 そのまま少しだけ甘えさせて貰って、その日は終わった

 

 翌日。今日も仕事のお父さんの為に朝早くから掃除をしたり洗濯をしたりとやっておく。ステイリーさんは疲れているだろうし、とそのまま起こさないようして寝て貰っている

 そろそろお父さんが起きる時間。それを見計らって朝ごはんに卵を焼いておく
「…おはよう」
「あ、おはよう。今焼けるから座ってて」
「あぁ…」
 二人になるとやっぱりちょっと沈黙気味になる。朝ごはんをお父さんに出す
「どうぞ」
「頂きます」
「うん」

「…今日もまた仕事だから」
「知ってるよ。今日は手伝うつもり…」
「ステイリーさんは?」
「…えと、村でも見ていてもらうとか…」
「無理しなくていい」
「…うん…。けど病院内の様子も見て貰いたいし…」
「…そうか」
「…患者さんどう?多い?」
「いつも通りで…熱中症患者が多少いる」
「そう…」
「‥‥じゃあ私は準備があるから」
「うん…」
 なんだろう、人生の一大事をお話しに来ているのにな…。なんかいつも通り。なんとなくしょんぼりしてそのままステイリーさんの様子を見に部屋にいくのであった


 ステイリーさんが起きてからまた卵を焼いて彼が食事をとるのを眺める
「今日はその…私も少し家の手伝いしたいのですが…す、すみません。ステイリーさんはその休んでいていいので! たまに様子見にきますし…その…放っておく事も…その…」
「いえ、大丈夫ですよ。お手伝い行ってきてください。お忙しそうですしね」
「すみません…。あ、あの…時間、ありましたら良ければ仕事の様子…お父さんの見て貰えると嬉しいです」
「えぇ、お邪魔でないなら見に行かせてもらいます」
「は、はい‥! はい…、是非…! お手伝いに来てくれている近所のおばさん…昨日もいたあの方にお話しておきますので…! 他の時間は本…は医学のが多いですが…見るなり村を眺めるなりお好きにして頂いて構いませんので…! あ、ご飯はまた私が作るのでご心配なくです」
 ちょっと沈んだ気持ちも一気に浮上する。私はやっぱり単純なんだな…。
ご飯を食べたら片づけをして、おばさんにステイリーさんを紹介しておいて私はお父さんの手伝いに入る事にした

 

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side ステイリー

 二人っきりになるとおばさんはにこやかに笑顔を向けてくれる
「えーと? ステイリー君? よろしくね。ここは本当忙しいから構えない時は構えないかもだけどね」
「よろしくお願いします。なんてお呼びしたらいいでしょうか」
「おばちゃんとかで大丈夫だよ。まぁ、パメラって名前はあるけどね」
「ではパメラさんとお呼びしますね。何か手伝えることがあったらなんでも言ってください」
「そうかい? ルリアちゃんは見学だけで大丈夫って言っていたけど…若いんだしそうだね。いつかこのお家に入るなら経験だね。じゃあまずはカルテの出し入れの仕方の説明するからこっちおいで」

 説明を受けていたら患者が入りだす時間になったようだ。人の声が聞こえた
「受付とかは私の見て出来そうならやってくれればいいからね」
 そう言ってパメラさんは出て行くと見事な人捌きで順番を作っていった
「はい、ステイリー君。この順番でカルテ出していってね」
「わかりました」

 いざ仕事が始まってみると中はめまぐるしく動いていく。パメラさんは受付をしつつ具合が悪そうな人の様子をみたり、先生にカルテを渡しに行ったり返却を受け取ったり何かをもっていったり。カルテの出し入れだけでも少々慌ただしい。
僕も僕で見かけない顔に誰?という好奇の目線が多く、その度に手伝いだと説明されたり
 おじさんが診察室から出てきた時、もの言いたげに見ていたけどそのまますぐ奥に引っこんだ。


 お昼前。休憩を挟む時間だと皆わかっているので少し人がまばらになる
「悪いね。結局使っちゃって」
「いいえ、何もしないでいるのも居心地悪いですし、使っていただけて有難いです」
「そうかい?お客も落ち着いたし座っていいよ」
 そう言ってぽんぽんと椅子をたたく。遠慮なく座る事にした
「…ステイリー君はあの親子についてどこまで知っているんだい?」
「どこまで…、そんなに詳しくは…。小さいころお母さんが亡くなって…それからおじさんは仕事ばかりだったとは聞きましたけど…」
「そうだねぇ…」

 彼女はそう言って午前の最後の患者が診察室に入ったのを見て言葉を続けた

 

「私はシリアちゃん…ルリアちゃんのお母さんと仲良かったんだよ。凄くね。

 あの子は元気で前向きで行動派で…無鉄砲で憎めない子だったわ…。ある時村で伝染病が流行って…この村にも先の村にも医者がいなくてね…皆が辛い思いしたのを見て医者になる! って言ってシリアちゃんが村を出て行った時には心配したよ…。

 で、一年くらいしたらひょっこりグレイさんを連れて帰ってきてね‥医者になれなかったけど彼が医者で私と結婚してこの村に骨を埋めてくれるって! って言った時は…唖然としたわ。人を騙すような子じゃなかったとは言えグレイさんに思わず大丈夫か聞いちゃったもの。

 でもあの二人は正真正銘愛し合っていたわ。今ほどよそ者を受け入れる土壌がなかった村だからグレイさんも苦労してねぇ…。まぁ結局グレイさんは村に受け入れられてね、当然よね。優秀なお医者さんだったのだから。

 ルリアちゃんが生まれて…幸せそうだったわ…。なのにシリアちゃんが亡くなった…

 あの時のグレイさんは本当に目が死んでいたわ…。皆に求められたから医者をやって…でも家の事なんて出来なくて…。私も子供が小さかったから四六時中見てあげれなくてね…。
 グレイさんも私以外は家の手伝いに入れるのを拒絶していたしで…ルリアちゃんにしわ寄せがいっちゃったのよね

 なんとかお料理やお洗濯を教えて…あの子は子供ながらに家の手伝い全部をやる事になっちゃって…。グレイさんもシリアさんがなくなって以来ずっとふさいだままで…周りも皆ルリアちゃんにお家のお手伝いしなきゃだめよって言っていたみたいでね…。
 子供でも家の手伝いは必要だけど…甘えれる存在がいない中でどれだけ苦労したのやら…。昔はもっとはつらつとした子だったんだけど気付いたら大人しい子になっちゃっていて…」

 そう言って彼女は一息ついた。僕の知らないルリアさんの時間…。彼女が人付き合いに不器用だった最初の頃…あれはこういう経緯から来たのか…


「ね、貴方はルリアちゃんの大事な人なんでしょう? 貴方だけは、ルリアちゃんの味方になってあげてね」
 そう言って優しく微笑んだ
「それは…もちろんです」
「よかったわ」
 パメラさんがそう言った時、最後の患者が出てきてルリアさんがご飯にしようと声をかけてきた


 その日は結局手伝いで一日が終わったのだった

 

 そして夜。食事の後でおじさんがお酒でも、と誘ってきたのでそれを了承した

「ルリアは寝なさい」
 ルリアさんにはそう一言告げる。昨日も何かいいたそうにしていたし、二人っきりの方がいいのだろうか。
「ルリアさんはお疲れでしょうし、休んでください。お酒は僕が付き合いますので」
「‥‥…でも………いえ…分かりました…」
「すみません、男同士で話したいこともあるんです」
「…分かりました。飲み過ぎないようしてくださいね」
 ルリアさんはちょっとだけ寂しそうにしてそう言ってくれた
「えぇ、気をつけますので。おやすみなさい、ルリアさん」
「はい。お休みなさい、ステイリーさん」
 そう言ってルリアさんは立ち去った


 扉のしまる音と共に、おじさんが口火を切る
「…すみません。ステイリーさん」
「いいえ、気にしないでください」
 用意してもらった二つのグラスにお酒が注がれる
「…はい。ではまずは乾杯」
 グラスを共にもちあげ軽く乾杯をして一口
 高いお酒なのかまろやかな味がする。

 おじさんはというと、一気に一杯飲みきって意を決するようにグラスを置いた。
「‥‥こんな場所まで来るからには本気なのは分かりますがね…ステイリーさん…。いや、本気でないと困るのですが…」
 …なんだかテンションが早々に変わってないか…?この親子まさか…酒の弱さが似ていたりするのだろうか…
「夏の時ルリアが泊りに行ったそうで…?」
 唐突な話題にお酒を少し喉に詰まらせる

「…えぇ、そうですね」
「…いい年な二人ですし…? 私だってシリアに結婚前から手を出したからとやかく言いませんがね…。ルリアは今研修で大事な時期なのでできないようにはして貰わないと…」
 ……お酒弱いんですね、わかりました。

 

 笑顔を少し引きつらせつつ、グラスを静かに机に置いた。ここは誤魔化しても無駄だろう。
「…えぇ、そこは気をつけてますので、ご心配なさらないでください」
「………そうして下さいよ、本当に…。まぁとやかく言いませんがね…」
 …言いたいのだろうか。それも仕方ないけど…。
 おじさんはまた酒をあおる。これ以上飲まして大丈夫だろうかと少し心配になる

「そう言えば二年前の夏だったか…あの子は物凄く沈んだ様子で帰ってきたこともありましてねぇ…」
 …記憶を掘り返したら丁度ルリアさんと離れていた時期だったと思いいたった
「学院に行って…貴方のお名前が手紙に出るようなってから…ずっと楽しそうで…。ですけどその前後の暫くは本当に昔に戻ったみたいで…貴方の話なんて一切しなくて…。何があったかまでは知りませんし聞きませんがね…今後もそんなような事になったりしないでしょうね…?」
「…お察しの通り、ルリアさんがふさぎ込んでしまった原因は全て僕にあります。あんな思いは…もう二度とさせませんので。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「……そうですか…」

 

 そう言っておじさんはグラスに新しく酒をいれる
「…人生…特に恋愛には色々あるので…泣かすなとまでは言いませんが…ね」
「…おじさんも色々あったんですか?」
 パメラさんから聞いた情報だけでも色々あったんだろうな、と想像出来た
 シリアさんの話題はタブーかな?と思いながら話を振ってみる
「…………まぁ…かなり色々…。規格外の人でしたしね…」
 おじさんはどこか懐かしそうに、愛おしそうに目を細めた

「パメラさんに、医者になるっていって村を飛びだしたって聞きました。行動力のある人だったんですね」
「……そうですね。行動力の塊だったと言いましょうか…。色々な意味で逞しくて強い妻ですよ…。ある日突然診察室に医者になりたいから弟子にしてほしいなんて突撃してくるのですから…」
「弟子ですか…それは吃驚したでしょうね。それでどうされたのです?」
「…そりゃあ勿論最初は何を言ってるんだ? と思って追い返しましたよ…。でも彼女は諦めなくて…病院内のありとあらゆる職員捕まえてどうすれば弟子になれるんだ? って聞きまわって…しょうがないので話を聞いたんです。
 何も知らない、学もろくになかったのなら無理だって諭したのですが…生きている間になれればいい。諦めないって頑として譲らなくて…結局うちの病院で受付の仕事させながら勉強をみてあげる事になって…
 まぁ端折りますが結果落とされてこのざまですよ…」
「へぇ、そうだったんですか…」
 おじさんの口から聞く慣れ染めに顔がほころぶ

 

「…まぁ。私も若かったのでね、当時は…
 私よりステイリーさんはどうなのですか? ルリアからの話は聞いてますが…ステイリーさんはルリアのどこを好いたのですか?」
「どこを……うーん、難しい質問ですね。最初はただ…いつも一人でいるルリアさんを放っておけなくて…一緒に過ごすうちにいつの間にか、というのが正しいでしょうか。彼女に告白されるまで気づかなかったくらいですから…」
 そういって苦笑いを浮かべながら、グラスの中の氷を転がして透明な音色をたてる。
「あえていうなら全部、でしょうかね。彼女のどんな表情も、仕草も、声も言葉も、優しいところも、弱いところも、一生懸命なところも、ちょっと抜けているところも…全部、好きです」
「……若いですね…。一生を共に過ごすとなると相手の嫌な部分とか嫌でも見えるようなってきますよ? 生活習慣の違いとか…味の好みの差とか…。どうしても相いれない部分が出た場合はどうするおつもりですか?」
「許容できる出来る範囲なら許容しますし、改善できることなら話しあいますよ。…おじさんだってそうしてきたんじゃないですか?他人同士が一緒になるんですから…それくらいは覚悟してますよ」
 お酒を一口口に含んだ後、思い出したようにそういえば、と付け加える。
「同棲を…しようかという話をしているんです。二人とも忙しくてなかなか会う時間が取れないので…」
 おじさんはむせた。あわてて背をさする

 

「…だ、大丈夫です……」
 むせるのが収まるのを待ちつつおじさんは俯いて頭を抱えた。…いきなり過ぎただろうか
「……まぁありといえばありですが…。それより結婚費用を溜めた方が堅実的な気はしますが…ルリアの研修もあと一年半と少しで…。いや、でもだからこそ慣れておいた方がいいのか…? いや…」
 おじさんは暫くブツブツ考えこんだかと思ったら気をとり直したのかいつも通りの感じで顔をあげた
「…二人にお任せしますがやることを疎かにしないように…」
「はい。費用もちゃんと貯めますので…」
「なら…いいのですが…」
 

 少しの沈黙。グラスに氷があたる音がまた軽く響いた
「……ステイリーさん…。私の過去を少しでも聞いたならご存じでしょうが…私はもともと都会に住んでいたのです。そして‥こちらに来ました。愛した人の為だけに。だから貴方がこっちに来ようとする気持ちも分からないではないのです…。ですが…」
 迷うように言いよどむ。相手の言葉をじっと待ってみた

「やはりここの生活は不便でした。最初は…慣れるまではかなりきつかったですし…昔は今よりもっと閉塞的で…なかなか受け入れられなかったりと苦労もしました。それでも私は…魔法が使えないので都会に…家に居づらかったのもあったので何とか適応しました。
 ですが…ステイリーさんはそこまでしなくても…ルリアに学院に残ってもらう選択肢があります」
「それは…僕のために言ってくれているのですか?」
「…どちらかと言うとルリアの為でしょうか…。あの子は…何の疑いもなくこの村で医者をやると言ってくれてますが…それはこの村の周りの大人がルリアにそうなるよう言ってきて誘導されたからにすぎないのです。あの子自身自覚はないでしょうが…。私は妻の為にここで医者をやります。けれど…あの子までそれに縛られる必要はないのです…」
「誘導されたから…でしょうか。確かにルリアさんは優しい人です。でもそれだけで医者を目指せるとは思えません。おじさんの背を見て、村の現状を見て、自身の考えで決めたことではないですか?」
「……そうでしょうか。ルリアは…あの子がいったはっきりした言葉は…小さな頃母親に会いたいと……医者になるという事。小さな頃に決めた事なのです。他の人生をみる前から決めていたのです。手に職がつくなら、と最後は折れましたが…あの子はもっと広い世界でだって生きていけるのです。こんな…小さな場所の必要はないのです…。そう思いませんか?」
「だからここに戻るのではなく、エリュテイアに残ってほしい、ということですか?」

 ルリアさんに言い辛そうにしていたのはこれか、と理解した
「……そうですね…。貴方だってそうすれば故郷とも家族とも離れずに済みますし…ルリアだってあちらにいる方がずっと楽しそうにしてました。便利で、楽しく過ごせられる場所があるのなら…そこに行った方がきっと幸せになれます…」
「それは……失礼ですがおじさんの物差しかと思います。あちらが良ければもう選んでいるはずです。それでもルリアさんは…ここで医者をしたいと言ったんです。それがずっと夢だったと。僕はその夢を応援したい。だから、ここに来ることを決めたんです」
「……私の…。そうかもしれませんね…
 二人して…苦労するのに…。この地には何もないのに…本当に…」
「おじさんは…この村が嫌いなんですか…?」
「…………嫌いではないです。卑屈で皮肉しかいえなくて…周りを見返す事しか頭になかった自分を変えてくれたのはこの場所ですし…シリアが愛していた場所ですから…」
「…ルリアさんもこの村を愛しているんです。ここの人たちも、おじさんのことも。だから…受け入れてあげてくださいませんか…?」
「………少なくとも私は愛される事も、その資格もありませんよ。無理ですよ…ルリアの事を正面から見れないのに…そんな親を愛する人なんている訳がない…」

「――正面から見れないというのは何故です…?」
「……それは…あの子が…シリアに…似ているから…。あの子は…本当に似ている…似すぎていて……無理だ…」
 言葉が出なかった。おじさんは今でもルリアさんのお母さんを愛している、それは痛いほど伝わってきた。
「私はシリアを…救えなかった……。私は無力だ…。あの子を見る度…思い出す…。会いたいのに…シリア…」
 
 痛いほどわかる。同じだ。ずっと自分を責め続けていた僕と。
 …この人に何を言えばいいのだろう。僕とは違って…大切な人を失ってしまったこの人に。誰が何を言ったって、おじさんが自分を許せない限り自責の念は晴れないことを…僕は知ってる。
 でも―――

「……ルリアさんは……ルリアさんです。ルリアさんを……ちゃんと、見てあげてください。今まで、保護者としての役目は果たされてきたかもしれません。ですが親として、一度でも愛していると、伝えたことはありますか? 抱きしめたことはありますか? 親からの愛は…僕では埋めれません。一度だけでもいいんです。ちゃんと、ルリアさんに向き合ってあげてください。ルリアさんから……逃げないであげてください」
「………ルリアが大事じゃない訳ではないのです…。けど‥もう…今更ですよそんなの…。ルリアにはもう貴方がいて…もう大人になっているのですから…」
「そうやって…今更と言って向き合おうとしていないじゃないですか。本当に貴方のことが嫌いなら、手紙なんか書きません。自分から頑張って話しかけようとなんてしません。倒れたと聞いて、慌てて帰ったりなんかしません。ここで医者をやって、貴方を助けたいなんて思いません!…愛されてるんですよ。たった一人の家族なんですから。大人になったって、いつまでも貴方の子どもなんです。親に愛されたくない子どもなんて…いるはずないじゃないですか…」
「……愛されたい…のでしょうか……。こんな…家族一人すら救えず…見れていない親なのに…」
「当たり前です」
 きっぱりと言い切る。この人は…どれだけ愛されているのかわかっていない。
「……そうですか………」
 そう言っておじさんは黙った。言い過ぎたか? と思って様子をみたら…顔を真っ赤にして寝ていた。…どうやら潰れてしまったらしい
 少しでも伝わってくれていたらいいのだが…。グラスとお酒を片付けて、苦労しつつなんとかおじさんを部屋に運んだ。

 

 水でも一杯飲んでから寝ようかと思ったら、外から声が聞こえた気がする
 窓からそっと覗いてみたらルリアさんが空を見上げて歌っていた

「まだ起きていたんですね」
「…ほわ!? え、あ、す、ステイリーさん…!? いえ、今のは…その…下手なのは気にしないで頂けると…すみません…」
 慌てるルリアさんの様子にくすりと笑みを零す
「……僕も隣で星を見ても?」
「あ、は、はい…! どうぞ…」
 返事をもらうと少し駆け足で外へ向かう。隣に立って改めて夜空を見上げると、見事な星空がそこにあった。
 民家の明り以外光源のない村の空は、普通なら消されてしまう小さな星も映し出し、一つ、また一つと星を零す。
「……綺麗ですね」
「そうですね…」
 そう言って少しだけ黙って空を見上げた

「…お疲れ様でした。お父さんとは…どうでした…?」
「すみません、少しお酒を飲み過ぎたようで…先程部屋まで運ばせていただきました」
「え、ではお話ろくに出来なかったのですか!? す、すみませんお父さんお酒弱くて…それで…。ううう‥ちゃんと昼間に話した方がよかったかもですね…」
「あぁ、いえ、お話は出来ましたよ。同棲のことも一応了承はもらえました」
「え、そうでしたか…。えと、その…一応って何か言われたりしたのですか…?」
「やるべきことは疎かにしないように、とのことです」
「は、はい…! それは勿論です…!! それ位…ですか? え、えと他に結婚についてとか含めて…その…反対されたり何か…その言われたりとか…」
 さて、どう話したものか…。さすがにあの事は言わない方がいいか…。
「……この村は不便ですしエリュテイアにいた方が幸せになれるんじゃないか、とは言われましたね」
「…………そうですか…」

 そう言って彼女は悲しそうに目を伏せた

「やっぱり…そう言うのですね…お父さんは…」
 やっぱり…ということはルリアさんも言われてはいたのか…
 ルリアさんのことを正面から見れないと零したおじさんの言葉が頭に響く
「おじさんは…ルリアさんのことが嫌いとか、そういうわけではないのですよ。ただ少し…不器用なだけで…」
「……嫌い…とは違うのは分かってますよ。多分…苦手のが正しいんだと思います…。それ位は分かってます…
 …あ、で、ですが…その…えと、それでも少しずつがんばるので…! 私。え、えと…心配しないで下さい。えと、その…同棲許可出たのですよね。これで一緒にいれますね‥! それは嬉しいです…!」
 ルリアさんは無理するように笑顔を見せた
 その笑顔が痛々しくて、思わず手を伸ばして抱きしめる

 

「……以前、笑っていて下さいと、ルリアさんに言ったことがありましたね。でも今は、無理して笑わなくていいんですよ。辛いなら辛いと、悲しいなら悲しいと、言ってください。全部、受け止めますから」
 彼女は驚いたのかわずかに体を固くして、でもすぐに僕に身を預けてきた。甘えるように、縋るように身をすりよせる
「……普通に考えれば…悲しい事なんてないはずです…。一緒にいていいって…反対もされず認めて貰えて…。信頼されてるって思うところですよね…。ですから…悲しいことなんて…本当はない筈なんです…」
 彼女はぎゅっと僕に抱き着いて、顔を見せないようにうずめる
「……私はお父さんを一人に出来ない…。お母さんが…いなくなってしまったのを…ずっと悲しんでいる身内を一人に出来ない…です…。私は…お父さんにとって…一緒に居たら苦しくなるだけの存在なのかもしれない…です。けど、それでも…一人にしない意味はあるから‥‥きっと…
 ただ…やっぱり…苦しいです…。私に…離れて欲しいって思われているのが…やっぱり苦しいです…」
 そう言って彼女は泣いた。

 

 もしかして、おじさんがルリアさんを遠ざける理由も知っているのだろうか。ずっと、親に見てもらえない、愛してもらえない、そんな寂しさを抱えているんだと思っていたけれど…それだけじゃなかった。
 おじさんの抱える苦しみも、ルリアさんの抱える苦しみも、僕では拭うことは出来ない。なんて無力なんだろう。
「…ステイリーさん…すみません…。折角うちに来て貰っておいて…。何といいましょうか…えと、変…? というか…上手くいってないままで…その…」
「いいえ、大丈夫ですよ。来れて良かったです」
 少しだけでも、理解することが出来たから。

「…ねぇ、ステイリーさん…。正直に言ってほしいのですが……その…私は…学院に残った方が…お父さんの為になるのでしょうか…? お父さんを一人には…したくないですけど…それでも…」
「ルリアさんが……やろうと思っていることは間違いではないと思います。目に見えなくても、結果的におじさんの為になると……僕は思いますよ」
「……ありがとう…ございます…」
 ルリアさんはそう言ってぎゅっと僕に抱きついてあとはただ、泣いていた
 彼女が泣き止むまで抱き締め続け、落ち着いてから部屋に送ってそれから布団に入った

 どうにか…根本から変えられなくても、あの親子のために僕が出来ることはないだろうか…
 なんのアイデアも浮かばないまま、いつの間にか眠りに落ちていた 

 

 次の日、目が覚めたら日が高く昇っていた…
 慌てて着替えてリビングに向かおうとしたら…頭を抱えて歩いているいかにも寝起きなおじさんとばったり会った…
「ど、どうも…。おはようございます…」
「お、おはようございます…」
「………昨晩はどうも…」
「こちらこそ…。えと、大丈夫ですか? 昨日潰れてしまわれていましたが…」
「……最後の方はあまり覚えていないのですが…とんだ御醜態を…。ま、まぁ…見ての通りの二日酔いですね…」
「そうですか…。今日はお仕事おやすみですか…?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・い、いえそうではないのですが・・・・・・・・・起きれずで・・・・・」

 意味を理解したらちょっと冷や汗が出てきた。その時ぱたぱたと足音と共にルリアさんがやってきた

「あ、二人ともおはようございます。えと、おかゆ、用意してあるから食べれるなら食べて。後で二日酔い楽にする魔法かけるから…まずはまぁ…食べてよ」
「…ルリア、病院はどうした…?」
「患者さんに説明してお休みにさせて貰った。けどどうしても体が痛い人は魔法治癒をしておいたから。あと風邪の症状の人は私じゃ薬出せないから午後からゆったりめに来て下さいって言っておいたからそこは宜しくね」
「あ、あぁ…。すまない…」
「ううん。大丈夫。私も出来る範囲でちゃんとやれるから」
「…そうか」
「…うん」

「えと、ステイリーさんも…食欲あったら食べて下さいね」
「すみません、ありがとうございます…」
「いえいえ。大丈夫ですよ」
 そう言って彼女は昨日泣いたのを感じさせない雰囲気でいつも通り笑った

 

 

 朝(というかもう昼)ご飯を頂いて、少し休んだら今日はもう忙しくないから好きにして大丈夫とのお達しがきた
 折角なのでルリアさんに案内して貰いつつ村の中を回った。狭く、いかにも田舎雰囲気の村はゆっくり回ってもそこまで時間がかからなかった。


「あの、ステイリーさん。すみませんが先に戻って貰って頂いて構いませんか…? 私は寄っていきたい場所があるのです」
「どこに行かれるのです?」
「お母さんに挨拶をして行こうと思いまして」
 お墓参り、か…
「僕も行っては駄目ですか…?」
「え!? だ、ダメではないですが…お花供えるだけですよ?」
「僕もご挨拶したいですから…」
「あ、は、はい…! で、では一緒に行きましょうか…! お花、お花つんでいくのです…! こ、こちらにー!」
「そんなに急ぐと転びますよ」
「え、は、はい!? ってとっとっとっと・・・・」
言ってる傍からよろけて助ける間もなく彼女は見事に転んでしまった。

「だ、大丈夫ですか…?」
「……大丈夫です…」

 彼女は恥ずかしそうにして起き上がった
「い、行きましょう…」
「痛かったら言ってくださいね」
「は、はい…。あれなら自分で回復出来るので」 
 そんな話をしつつ着いた場所でルリアさんの好きな花を摘んでお墓に向かった

 

 

 お墓は少し開けた、村を見下ろせる場所にあった。少しばかり掃除をして、摘んだ花を墓石の前に手向ける。
「お母さん、ただ今です…。今日は私の婚約者も一緒ですよ。前にもお話したステイリーさんです」
「初めまして。ステイリーと言います」
「え、えとね…ステイリーさんはね、お父さんに挨拶に今日はここまで来てくれたんだ。お父さんは…相変わらずな感じだけどでも好きにしていいって…
 ス、ステイリーさんは…御覧の通り格好良くて…凄く優しくて…私に星をくれた特別な人、です。私が選んだのはこの人です。お母さん…」
 改めて紹介される。少しくすぐったい。
「……ルリアさんはとても優しくて、一生懸命で…僕にとって大切な存在です。出会わせていただき、ありがとうございます。ルリアさんのことは幸せにしますので…見守って頂けると嬉しいです」
 ルリアさんはまたも顔を真っ赤にして両手で顔を抑えている。
 僕達は暫く黙って冥福を祈った

 

「え、えと…ステイリーさん。ではそろそろ買い物をして戻りますか…?」
「もう大丈夫ですか?じゃあそうしましょうか」
 そういって手を差し出す
「はい…!」
 彼女は嬉しそうに手を重ねてくれた

 


 夕飯の食材をそのまま一緒に買いだして、そして一緒にご飯を作った 三人で囲った食卓は昨日、一昨日ほどもう緊張せずに済んで、二人でおじさんにエリュテイアでの話をした 片付けも一緒にやっていたらなんだかおじさんにじっと見られた気もしたけどなんでもない、と目をそらされた。
 ソファで食休みをしていたおじさんの肩をお疲れでしょう、ともんでみたら遠慮されたけれど随分と凝っていたのでやり通してみた
 そんなこんなで怒涛の昨日がうそのように、今日は平和な一日を過ごした

 ルリアさんがお風呂に入っている間、なんとなく二人でリビングにいた。流石にもうお酒は飲まない

「……ステイリーさん。貴方はお話に聞いていた通り、真面目でお優しい方です」 
「そうですか? ありがとうございます」
「……ルリアもすごく懐いて幸せそうにしています…。だから…娘のことを、宜しくお願いします」
「……えぇ、勿論です。こちらこそよろしくお願いします」
 そういうとおじさんはふっと笑った。…こういう顔も出来る人だったんだな
「ええ。あの子の事を幸せにしてやって下さい」

 

 

 

 翌日、僕達は学院に帰る日。荷物をまとめて後は出るだけになった
「それでは短い間でしたがお世話になりました」
「いえ。道中お気をつけて」
「え、えと…お父さんも体に気を付けて…」

「あぁ…。ルリアも…」

「う、うん…」

 互いに何か言いたそうにそわそわしていて、でも声になっていない

「え、えと…その…」

「…………あぁ…」

 二人して今度は沈黙してしまった

 

 なんだかじれったい
 少し躊躇われたが、後で怒られるのを覚悟でおじさんの背を軽く押した
 おじさんは僕を見る。僕は無言で頷いて言葉を促した
「……ステイリーさんの事は…いい人だと思う」
「…ありがとう」
「…………だから、ちゃんと幸せになりなさい」
 そう言っておじさんはルリアさんの頭をぽん、と撫でた
 彼女の顔が赤くなり、目に涙がたまる

「……うん」
 泣かれたのに慌てるように手を離し僕にどうしたら? と聞くようにおじさんはうろたえる
 なんとなく雰囲気を壊したくなくて、抱きしめるようジェスチャーでおじさんに伝えてみたが全力で首を振られた
 仕方なく頭を撫でるよう伝えてみる
 傍から見たら少し愉快な光景だったかもしれない

 

 おじさんは葛藤するように悩んだがやがてゆっくりルリアさんの頭を撫でた
 ルリアさんはまたぼろぼろ泣き出して、少しだけ体をおじさんに預ける。おじさんはぽんぽん、と軽く彼女の頭をたたいてもう少しだけ撫でた
「…もう馬車の時間だろう?」
「……あ、そ、そうだね…」
「…気を付けて帰りなさい」
「う、うん…御免…え、えと…」
「いや…」
 ルリアさんはあわあわしている。おじさんはまた困ったように僕を見た。
 どこまでも不器用な親子だな、と苦笑してルリアさんの手をとる。

「では行きましょうか、ルリアさん。お義父さん、また来ますね」
「あ、は、はい‥!!」
 ルリアさんはパッと笑顔になって僕の手を握りしめる
「じゃあね…!」
「あ、あぁ…」
 戸惑ったようなお義父さんの顔を横目に二人で堂々と手を繋いで歩いて行った

 


 馬車の中。客はぼく達二人しかいなくてゆったりとした時間が流れる
「……ステイリーさん。色々‥有難うございました」
「いえ、僕はなにも…」
 ルリアさんは首をふるふると振る

「なにか…お話してくれたのでしょう? でなきゃあんなことしないですよ、お父さんは…」
「まぁ少しはしましたけどね…、それが切欠になったなら嬉しいですが」
「…うん。なんというか…小さな頃以来だったので…嬉しかったです…」
 彼女はしんみりとして僕にそっと体を預ける
「…えと、同棲、許可出ましので改めてお返事です。え、えと…私は一緒にいたい…です。なので出来ればしたいと思います…。ステイリーさんはどうですか?」
「僕から言いだしたんですよ?したくないわけないじゃないですか」
「はい…はい…! で、では本当にしましょうか…! へへ、な、なんかすごく嬉しいです…。今私…幸せです…」
本気で幸せそうに笑う彼女。その笑顔がまた愛おしくて、唇をそっと重ねた。

「……僕も幸せです」
 彼女は真っ赤になって照れながらも僕に抱き着いた
「はい…!」
 僕達を乗せた馬車はのんびり、進んでいくのだった

 

 

 

 二人が帰ったあと、グレイは妻、シリアの墓に来ていた 墓には綺麗な花。きっと誰か…多分娘だろう。彼女の趣味らしい花が添えられていた。
「シリア…。君もステイリーさんに会ったか? …君はああいう青年は好きそうだな…。優しい人だったよ。ルリアも幸せそうにしていた」
 そうつぶやいて自身が持っていた花もそっと添える

「小さかったあの子ももう花嫁になるんだ…。月日が早いな…。シリア…」
 何度も願った願いを口にしかけてそれを留める
「あの子の幸せを見届けるから…君もそこで見ててくれ…」
 そう言ってその場にとどまる。暫くしてからようやく動き出した


「…また、会いに来るから」

 家族で飾った花が、優しくふわりと舞うのだった

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