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 海の見える街のサーカスから、父が仕事で特殊な道具を取引した関連でチケットを貰ったという。私は仕事で行けないお父さんからそれを受け取って一人、再びまたあの町に降り立っていた。
 サーカス前は途中からになっちゃったし、最初からちゃんと見れるの楽しみだな。


 街を歩いて行く。思い出にちょっと照れながら浸りつつ。
 サーカスには折角なので大きなお花をヒルトンの名前で差し入れておいた。そうしたら、団長さんが私に気付いて近づいて来てくれた。

「どうもごきげんよう。団長殿。この度はチケット有難うございましたわ。公演楽しみにしてますわ。頑張ってくださいまし」
 いつも通りの綺麗にカーテシーを。
「ああ、時折世話になってる貿易商のお嬢さん? 普段は人を通して仕入れるから直接お会いする機会はないでしょうが、今後ともどうぞ宜しくと御父上にご伝達ください」
 相手も私に丁寧にお辞儀をした。
 うん、いい感じの雰囲気の人だね。
「えぇ、宜しく伝えておきますわ」

 出会いはこんな。ありきたりで普通で、数日たったら記憶が薄れそうな平凡な挨拶だけの関係。


 
 最初から最後まできちんと眺めれたサーカスは、やはりとても楽しかった。
 ドキドキして、ハラハラして。おまけにVIP席と言わんかごとくのいい場所だったし見やすかったわ。お嬢様として入ると本当こういう時優遇されるよなぁ。便利。


 公演が終わった。私はもみくちゃになるのが嫌で、周りの人がはけてからゆったり出て行った。
 んー、これからどうしようかなー。即帰るのは味気ないからなし!

 ふと、なぁ~という声が耳に届いた。
 なんだ? と思って探しても人は見えない。いや、この声の感じはきっと猫だ!
「猫さーん? いますの?」
 ちょっとした好奇心と猫をもふりたい気持ちで、周りを探しつつ声の方に歩いて行く。
 声はなぁーなぁーと大きく鳴く。どうも上から聞こえて来るなぁ。木を見上げたらようやく発見出来た。
 お、灰色の猫だ。可愛いぞ。
「猫さんーおいでおいでー」
 手を差し出してみる。来てもらうのは無理があるかな? お願いもふらせてー。
 しかし猫はなーなー鳴くだけ。おい、待て。まさかお前……
「猫さん、もしや降りれないのですの?」
 猫が答える訳もなく、身じろぎ出来ずに何かを訴えるようひたすらなぁーなぁー繰り返す。
 お前、もしや正解だな?

「仕方ないなぁ」
 周りを見渡す。公演終了後で人気も引いている。しかもここバックヤード側なのかな? 賑やかな方じゃないから人も寄り付いてない。
 よし。
「よっと」
 長めのスカートでやるとちょっと面倒くさいんだけどねー。
 私は木に足を引っかけてよじ登り始めた。
「猫ちゃん、今行くから大人しく待ってな―」
 暫くやってなかったけど勘は忘れてない。ひょいひょいお嬢様とは思えぬスピードで登っていく。
 よし、あとちょっと。
「猫ちゃん、こっちおいで」
 手が触れるかどうか、というとこで猫がビックリしたのか何なのか。助けを呼んでおいて枝の端の方に伝ってそのまま近くの建物の屋根に行ってしまった。
 おい、お前。

「あー! こら猫ちゃん! こっち来なさーい! 危ないでしょうがー!」
 無論私は屋根まで追いかける。猫はビビったようにこっちを見たりして逃げて、止まってを繰り返す。
「こら、逃げるな!」
 私は猫を追いかけた。……その場に人が来たことに気付かないまま……。



―――――――――――――――――――――――

「……今何か見覚えのある女性が『上』を横切ったような……」
 サーカスの団長こと、トルディの視界の端に映ったのはお嬢様ドレス。まさかなと思いながら屋根を見上げ―― 毛を逆立てる見慣れたにゃんこと、先ほど知り合ったご令嬢が屋根の上を走るのを半ば幻でも見るかのような顔で眺めたのだった。


「にゃんこちゃーん、ほらほら、こっちこっち! それ以上は落ちちゃうから―! あ、飛び移った!」
 ひらひらの服を着たご令嬢は姿に似合わぬ軽快な動作で、猫を追いかけ屋根を飛び移った。
「っと。よし、案外勘は忘れてないわね。って、ととと!?」
 だが無理があったのか彼女は態勢を崩しかける。とっさに体が動きかける、が
「よっと」
 彼女は近くの木に飛び移って事なきを得た。
「ふぅ、危なかった危なかった」

「………、………………………………………………うちの団にスカウトしようかな?」

 心配の必要がなさすぎて、そんな言葉が口をついたのであった。


―――――――――――――――――――――――

「よし、猫きゃっち! もー。危ないじゃない」
 やっとで捕まえた猫をなでなでする。うん、いいもふだ。
「よし、下りるか―………」
 そう言って下を見たら…人と目があった。その相手は公演前に挨拶した団長さん………。

 あ、やっば。
「…………どうもごきげんよう、団長殿」
 屋根の上からしゃなり、とご挨拶してみた。若干の現実逃避だ。悪いか?
「どうも、モニカ嬢。 ……今日は空の上から女の子が降りてくる日、かな?」
「あらあら、それは空飛ぶ石が必要になりそうですわね」
「石なんてなくっても、華麗に着地してくれそうだ。ダリアさんを助けてくれてありがとう。……えっと、裾、汚れてしまってないかい?」

「いや、突っ込みどころ他にないんかい!!!」

 あ、やっべ。思わず素が出たわ! いや、だって団長さん!? 貴方お嬢様でなかったとしてもだ。いい年した大人が人が屋根に登っていていて、叱ったり突っ込まないのは当たり前なのか!? ロボスさんも一緒にやろうだったしなぁ!
 今はそれが当たり前なの!?
 それともこの人も単に天然なのか!?

「いや、えっ……、そっちが素!?」
 突っ込みどころはそっちかーい!!! いや、それも間違ってないんだろうけどさ!
「……あら、なんのことでしょう、おほほほ………」
 …ダメだ。おほほなんて私のキャラに合わない。
「うん、まぁ、うん、無理あるね。うん………」
 あかん。ダメだ。屋根まで猫追いかけてるの見られた上でとっさに地が出た以上もう無理だ。
「………お嬢様だと思っていたけど、いや、うん、活発なお嬢様だっているよな。まぁ正直少し驚いた。けど、気負う必要なさそうなのにはほっとした。とりあえず、その屋根から降りよう?」
 団長さんは地面と屋根を繋ぐ積み機材を指差した。
「…えと、私は特殊ですので、あまり一概にこういうお嬢様がいると思わないほうがよろしいかと…」
 何となく気まずくて若干目をそらす。そして積み機材を眺める。うん、あれ使っていいなら降りやすそう。
「まぁ、私に気負う必要はないですけどね。今おりますよーっと」
 私は相手が手を差し出してくれているのを気にせず、てってってっと降り立った。
「特殊なの? それは逆に興味があるな…君に。それに、その運動神経、お父上お母上は許さないだろうけど、うちに欲しいくらいだよ。」
 ……。びっくりした。いや、今のはだって言い回し的に驚くでしょ? 単なるスカウトかい! ややこしい!
 相手は私を感心したように眺める。
「いや、待った待った。興味ってさぁ。こんなご令嬢イヤじゃないですか! ご令嬢という男のロマンがつまった属性のお嬢様がよ! こんな屋根まで猫追いかけているとか……ないわー…。
 え、つーかうちにってサーカスにです? ……わ、ちょっと興味があったわ私。でも確かに両親はダメって言いますね。すみません」
「ああ、まあ確かに、令嬢ってステータスに夢や希望を詰め込む人は多いよね。でも、大丈夫だよ、ないわーなんて思わないし、むしろ世間を知らないよりは付き合いやすい。 ははっ、うん、言ってみただけだから。でも興味持ってくれるなら、いつでも見学に来てくれよ」
 団長さんは飾らない仕草で思わずといった風に笑みを浮かべながら、言った。
 う、ちょっと嬉しいぞ……。
「ありがとう…ございます」

 なんだろうな。最近は、あの海祭りからかな。…こうやって私の素が平気な人が周りに増えた気がする。
 今までのが何だったんだ? ってくらいに。
 いや、引く人が多いのが事実…なんだけどさ。でも、平気な人も…それなりにいたり、してくれるのかな…?
 

 そんな事を考えていたらなぁ、と猫が鳴いた。
 あ、いかんいかん。
「あれだ、この猫知り合いなんです? ダリアさんっていうのです?」
 さっきなんか呼んでいたよね? この人。私は猫を差し出してみた。
 流石に大人しくなった灰猫を、私の手から団長さんは受け取った。
「ああ、その猫はうちの………なんだろう、飼い猫じゃないな、うちにふらっと立ち寄る猫でね。そう、ダリアさんって俺が勝手に呼んでる。ともあれ、ありがとう」
「そっか、ダリアさんよかったね。もうあんな場所行っちゃだめだよ」
 手放した猫を優しくなでり、としたらにゃあって笑顔を向けてくれた気がした。可愛い。


「え、と。このことは私の両親には内密に願います。団長さん」
 お父さんはともかく、お母さんは絶対うるさく言ってくる…。いや、もうねお母さん私のこういうとこ諦めようよ? と思ってかなり経ってるんだけどね。
「大丈夫、『素敵なお嬢さんですね、先日も勇ましく屋根の上から猫を救出してくれましたよ』なんて言いやしないから。 
 …ああでも、前半部分はそのままお伝えしておこうかな?」
 その方が安心かな?別に嘘を言っているわけじゃない。とも言う。おう、やめてくれ。
「……いや、素敵ってエリックさんじゃあるまいし…言わなくていいです」
 思わず前に私をそう評してくれた商人さんの名前を呟いた。白々しいわ。全く。

「ところで、俺、名乗ったかな。遅ればせながら、トルディ・カルクです。…改めて宜しく、モニカ嬢――いや、モニカちゃん?」
 あれ?私名前…あ、そうか。花束かな?
 さっきの私のカーテシーに対するよう、わざとらしく胸に手を当てた格式ばった礼をとり、片目を瞑る相手。
 ……サーカスの団長さんっぽい仕草と言えばいいのか?
 心の中で若干半目になりつつ、それを表に出さないようつとめる。
 そういえば名前聞いてないか? とふと気づいた。
 「そういえば名前知りませんでしたね。トルディ殿?団長?…さん? さんでいいか。トルディさん。私のことはちゃんでも別に大丈夫ですよ」
「じゃ、モニカちゃん」
 さらっと言うあたりに年上の余裕を感じるな。
「またお家宛てにご挨拶のチケットを送るから、都合が合えばまた観に来てね。…そうだな、恋人とでも」
 恋人という単語が不意打ちすぎて思わず赤面する。
「え!? あ、いや、あの人は多分忙しいし…あ、でも見たいとは言いそうかな…会う切欠になるかな……」
 段々小声になっていく。しまった、過剰反応してしまった。…まだこういうのに慣れてないんだい…。
 でも例のロボスさんの身内のピエロの子、見る機会になるよね? 見たいって言ってくれる可能性高いよね? 一緒に、またこの街…来れるかな?
 
 ……そんな想像だけで嬉しくて、それが恥ずかしくて俯くとちょっと笑われた気がした。
 このぅ……。からかわれてるな、これ。まぁいいか…。

「ま、あれですよ。また、本当に機会があったら見に来ますから。とっておきの魔法、期待してますね」
 了解、と相手は笑ってくれた。


 それから、チケットが来ることがあったりする度、私は出来るだけサーカスに顔を出すようになった。そこからこのトルディさんと会話をたまにするようなる事になるのだった。

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