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 もそもそと、軽い衣擦れの音で目を覚ました。
 軽く体を動かすと感じる倦怠感。ころん、と向きを変えるとそこにはもう見慣れた相手が寝息を立てて寝ている。

 

「……朝……じゃない…昼?」
 少しかすれた声がでた。寝過ごした? と少しひやっとなるけど、そういえば今日は休みだったことを思い出した。
 休みでないのならこんな時間まで起きれない程されるなんてない。
 自分の恋人……もとい、婚約者はそういうとこはしっかりしている人。

 

 ころん、と相手の方に体を向けて背中に頭をこつっと当ててぐりぐりして甘える。
 心も体も満たされていて、とても暖かい。

 

 (すき。すき。大好き。ううん、もっと。あいしている)

 癖のある髪がすき
 優しい声がすき
 大きな手がすき 
 煌めく星がすき

 この人の全部がすき

 

「しあわせ……」

 

 一緒に暮らすようになって、お揃いの物が増えた。
 色違いのコップ。タオル。パジャマ、他にも色々。
 生活の違いをお互い少しずつすり合わせて、最初は違うにおいが強くしていた相手も、洗濯の洗剤とかシャンプーとか石鹸とか、同じのを使う内ににおいが混ざって来た感じがする。
 お互いが混ざっていく。違う存在の二人が一緒の家に暮らすってこういう事なんだなーって深く感じた。
 価値観の違い、生活サイクルの違い、味の好みの違い、お金の管理。色々な事を
一緒に話して、どうするかちゃんと相談してやってきた。
 最初は緊張も一杯したし、違いが大きかったからやっぱり大変だった。でも人間は慣れる生き物。段々お互いがいるのに慣れて馴染んで当然になっていく。

 


 そして側にいるのが当然になってもなお、私達はこうして大好きって気持ちのまま。
 お仕事の仲間に飽きないの? とか倦怠期来ないの? とかまだ若いんだから他の人とも会ってみなよーって言われたりとかした。
 けど、飽きるなんて想像もつかない。倦怠期は訪れる気配はない。他の人と会っても私には意味がない。

 凄く好きで、大好きで気持ちが冷めるとか、消えるとか互いに考えれない。
 この人と一生一緒にいたいって気持ちが定まっていてもう揺らぐことはない。

 

「ん……」
 あ、起きるかな? 起きる? くっついていた体を少し離して様子を見る。
 相手はころん、と私の方に体を向けた。寝ぼけたままなのかな? 私を抱き寄せて、甘えるようにすりついてくる。
「るりあ、さん……」
「はい、ここにいますよ」
 私からも甘えるようにすり寄って、腕に収まる。抱きしめる力はいつだって、優しい。
「うん……」
 あ、また寝ちゃったかな? ご飯どうしようかな……。もうちょっとイチャイチャしたいな。よし、もうちょっと寝ようっと。
 

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 あったかいなぁ……。
 うつらうつらしていたら、髪を優しく梳かれる感覚で意識が浮上した。
「すて…りさ…ん?」
「はい。おはよう…というには日が高いですがおはようございます」
「はい……おはよう…です」
 目を軽くこすって開く。そこにあるのは優しい笑顔。
 私は、それだけでも何度だって恋に落ちれる。
 何度も恋に落ちているから飽きないのかな? よくわからない。

 髪を撫でられ続け、温もりに身を預ける。

 

 おなかすいているけどなんか、胸が一杯でこのままでいいかなーって思ってしまう。
「体、辛くないですか? その、昨日はちょっと…長めになってしまいましたし」
 うう、ちょっと照れる。
「えと、大丈夫です……。魔法もありますし……」
「でも、辛かったら言ってくださいね。僕からも魔法かけますし」
「は、はい……」
 まだ起きる気にならなくてそのままイチャイチャ過ごす。
 でも途中でおなかがぐーってなってしまった。
「す、すみませんです……」
「いいえ。僕もおなかすきましたし、起きましょうか」
「そうですね」
 がっつり作る気にならないから、トーストを焼いてお茶をいれる。あとは前に作った煮物の残り物をちょっと置くだけ。
 手抜きもちょっとずつ覚えてきた。いつも完璧にしようとすると疲れるから、程々でいいって相手もいってくれている。
 
 
「さて、昼も過ぎてしまいましたけどどうします?」
「ええと、やる事はもうすんでいましたっけ?」
「ええ。大丈夫ですよ。きちんと確認もすませましたし」
「そっか……。で、ではちょっとだけデート、したいです…」
「了解しました。夜ご飯も外ですね。そうなると」
「はい…!」
 私たちは、準備をして手を取りあって外に出るのだった。


「あ、この辺り覚えてます? 学内でちゃんとお話した最初の場所です」
「…あぁ、ルリアさんが一人で俯いていた時ですね。あの時は結構びくびくされてどうしようかと思いましたよ」
「す、すみません…。仕事状態でないとどうしても気弱になってしまって……」
「いいえ。なんか放っておけないって思っていましたね、当時は」
「そうでしたか……。な、なんだか恥ずかしいです」
「ルリアさんは、本当にその時から強くなりましたよね」
「……そう、ですね。人とお話することすらろくに出来なかったのですし」
 過去の自分が今の自分を見たらきっと信じれないんだろうな。
 それくらい今と過去は違う。

 

 

 それから自然と足は図書館に向かった。
「最近はここにこもらなくなりましたよね」
 私たちの思い出が一杯、一杯詰まっている小部屋。
 星を初めて貰ったのも、消えた時も、チョコをあげたこともあった。
 あぁ、そうか。ステイリーさんの苦しみを聞いたのもここだったな。
 思い出が多くて胸がいっぱいになる。
「本は借りればいいのですから。今は二人でいれる家があるのですし」
「そうですけど、なんか懐かしい気持ちになって……。また一泊こもったりしません?」
「しません」
「……そうですか」
 ちょっとしょぼん、と頭を下げるとその頭を撫でられた。
「この場じゃ……あまり触れられないですし」
 小さな声が耳に届いた。
 ワンテンポかけて意味を飲み込んで顔が熱くなる。
「それに、婚約者をきちんと休める場所ではないとこで寝かせたくないですしね」
「はい……」
「でも普通に本を読むのに使うのはいいですよ。次のデートはここにしましょうか」
「……! は、はい…はい…!!」
 嬉しくて、飛びつきかけてはっとなった。あ、確かに人前じゃあまりべたべたは出来ない。
 ……ここで散々あれこれしていたのは、まぁうん。いいとしておこう……。
 これもきっと大人になったってこと。ちゃんと場所をわきまえないと…。


 そういえば子供になったこともあった、とかお花見したね、とか
 一緒に参加した学院の行事とか。
 出会ってから色々あった場所を思い出を振り返りながら歩いていく。

 

 好きになりすぎて一回別れて…
 好きでも、大好きでも隣にいれなかった思い出。

「あの時は、本当に傷つけてしまいましたよね」
 本当に申し訳なさそうに言われてちょっと慌てる。
「あ、あの、いいんですもう。今それ以上に…幸せをもらっているので」
「そうですか?」
「そうです。そうやって、割り切れないステイリーさんだから……好きになったんですし。それに……あの時の思い出があるから今、沢山の幸せをかみしめれるんですし……」
「…そうですね。仮にもし、繰り返すとしても僕はやはり同じ選択しか出来ないと思います」
「はい。それでいいです」
 手をぎゅっと握りしめて笑いかける。
「……ありがとうございます」


 付き合ってからだって、私がいつか帰る事で迷ったり、ステイリーさんが留学にいくか行かないかで私のせいで? となったり。
 え、えと…色々進展したり……。プロポーズされたり。


「色々、ありましたねぇ」
「そうですね」
 思い出話に花が咲いてそのまま夜。二人で屋上に上がって星空を眺めていた。
「大事な時は、いつも星があった気がします」
「そうですね」
 そして沈黙。二人で空を眺める。

「……ステイリーさん」
「はい」
「私と結婚して、田舎に一緒に来てくださいね」
「勿論です」
「……はい」

「あいしています」
「僕も、です」

「ここを離れるのはちょっと寂しいです。けど、だからこそ……最後まで精一杯楽しんでいきたいです」
「ええ」


 たくさんの思い出、気持ちを振り返るとちょっと泣きたい気持ちになった。
 私は本当にここで沢山の勉強をしたんだな。
 知識だけじゃない。人の関係も、人を愛することも――……

 

「私、貴方を好きになってよかったです」
「……僕も、ルリアさんに出会えてよかった」

 

                 ――唇が重なる。

 


「世界で一番、幸せな花嫁にしますね」
「お願いします」

 小指を絡めて約束をする。
 とても、幸せな約束。


 そしてそれは、叶う約束。

 

 冬が過ぎ、花が開き始める春。
 私たちは結婚式をあげた。

 友達に祝福されて、家族に祝福されて。

 

   ―――互いが互いを望んで家族になる事を選んだ―――
 

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「では、ステイリーさん行きましょうか」
「ええ、ルリアさん。これからもよろしくお願いします」
「はい……!」

 最後に旅立つ日。
 二度と来ない訳じゃない。ステイリーさんの家族だっているんだからたまには戻ってくる。
 ここはもう一つの戻って来たい場所。私の大事な大事な場所。

 

 たくさん学ばせてくれてありがとうございました。
 その気持ちを込めて振り返って頭を下げた。

 

「行ってきます……!」

 沢山の思い出と、唯一の大事な人と共に

 


        未来に向かって進んでいくのだった―――

 

 

     
                                        ――end――

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