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 結婚して、田舎にある私の実家に帰り数か月。
 私たちは慌ただしく日々を過ごしていた……。


「ステイリー君、大けがの人が来たから急いでカルテを。名前はこれね」
「わかりました! 怪我の具合はどうなのですか?」
「今すぐ死にやしないからそっちに集中して」
「はい!」

「ルリア、消毒液とあと糸と針の用意を。麻酔は魔法で出来るのか?」
「はい! 魔法も大丈夫です!」
「わかった。そこは頼むから作業はちゃんと見ているように」
「わかりました」


 きちんと資格をとって医者になってから、お父さんの元で色々な症状の人を診る日々。
 魔法で治せるものでも魔力が多くない私は無理に体を削ってやるものじゃない、とか色々言われつつ。お父さんが長年かけて培ってきた信頼と技術を側でみて、勉強していく毎日。

 患者さんも村の人はまだともかく、外部から来た人なんかは私を見るといぶかしむ顔をする。若いし女だしどうしようもないんだろう。徐々に信頼を得られるようしていくしかない。

 

 資格を取ったからっていざ現場でいきなりはい、患者を診て、としないのがお父さんだった。患者からの信頼をまずは得ないと話にならないだそうで。
 実際どの人がどんなアレルギーやら使えない薬があるとか、今は覚えていくだけで精一杯。
 それを一から見つけていって信頼を作っていったお父さんはやっぱりすごいんだな。って素直に思う。


「はぁ……。なんだか前職の時より慌ただしい気がしてきます」
「お疲れ様です。ステイリーさん」
 仕事が終わってご飯を食べて。やっとのゆっくりできる時間に皆でリビングでお茶を飲んでいる。
「ステイリーさんは無理をせずとも、やりたい事が出来たらそっちをやっていいので」
 とお父さん。
「いえ、まだ僕はよそ者ですから。馴染むにはちょうどいいですよ」
「ねぇ、お父さん。私そろそろ一人でやらせてもらえない……? 二人でやっていけば忙しいのももっと楽になると思うし」
 お父さんは考え込んだ。う、まだまだ私は認められないのだろうか…?
「……患者を持つと休みにくくなる……」
「うん? 大丈夫だよ? ちゃんと働くよ?」
 お父さんは私とステイリーさんを見て考え込む。どうしたんだろう?
「二人とも子供作る予定はどうなっているんだ?」

 

「「げふっ」」

 

 二人同時にむせこんだ。
「す、すまない……。大丈夫か…?」
「だ、大丈夫……です」
 私たちは互いに顔を見合わせた。
「ええと、まだ考えていません」
 ね? と顔を向けられる。私も頷いて返す。
「ま、まだ早いよ、お父さん……。新婚なんだし…」
 う、言っていて照れるかも。顔がちょっと熱い。
「子どもは産める時に産んだ方がいい。固定の患者を診るようになるとずるずるとタイミングを逃しかねない」
 う、それはまぁ…そうなんだろうけどさ……。
「で、でも資格を折角とったんだしちゃんと現場で…活かす方法を身に着けておきたい…かな」
 お父さんは困ったようにため息をついた。
「わかった…」
 一応納得はしてくれたみたい。

 し、しかし子供かぁ……。欲しくない訳じゃない。
 けど……

 

 少し思う事もあり、ちょっと俯いて考えてしまうのだった。

 


 夜。ベッドで横になっていると声がかかった。
「ルリアさん、大丈夫ですか?」
「…? 別に大丈夫ですよ?」
「何か考え込んでいるようでしたので」
「……うん。ちょっと」
 ぽすっと腕に収まる。優しく抱きしめられて頭を撫でられる。夫婦になってもこういう優しさは変わらない。愛おしい。
「子供の事です?」
「……はい」
「まだ、先でも僕は大丈夫ですよ。僕の立ち位置もまだ安定しきってないですしね」
「まだこっちの生活に慣れきってないでしょうし仕方ないですよ。それに、うちの手伝いしてくれるのならそれはそれで助かりますよ?」
「ありがとうございます。でも、それだけに甘えないで何かが出来ればいいのですがね」
「……よそから来た人がいきなり何かをやるのは…すみません、やっぱり難しいと思うんです。今は、これでいいと思います」
「ええ、わかってますよ。いつかは、です」
「はい…。でも、出来れば…近くにいてくれると嬉しい……です」
 ぎゅっと抱き着いて甘える。何か他の仕事するにしても、離れる時間が多くなるのはいやだなって子供みたいな我儘。
「了解しました。出来るだけ善処します」
 子供の話はそれで一回うやむやになるのだった。

 
 それから更に時間は流れる。
 ステイリーさんは来た患者さんのお子さんとかに話しかけたり、簡単な魔法を教えたりと徐々に保護者や子供の人気を博し始めていた。
 パメラさん(うちにお手伝い来てくれている人)が閃いたように言ったそうだ。
『その魔法をもっと皆に教えればいいじゃないか。私たちは魔力が少ないからってゼロじゃない。生活が便利になるのならそれのが良いに決まっているんだから』
 って。

 ステイリーさんはそれを本格的に考えだし、相談して。
 うちのお手伝いもしつつ、半日は手伝い、半日は魔法教室と最初は仲良くなった子から始まり、大人相手も含めちょっとずつそれをやるようになり始めた。

 私は私で手伝える幅が広がり、患者さんを多く見れるようなって来た。
 魔法の力がある分それを怖がる相手には使わず、平気な相手や必要な相手には倒れない程度になるべく使う様にしていた。

 互いに生活が軌道に乗り始めた。
 ステイリーさんの教室の為、そして私達夫婦が家族を増やした時の為、家を増築をすることになった。


 そこでまた、そろそろ子どもをつくって良いんじゃないか、という話になる。


 今度はステイリーさんもルリアさんがいいのなら、という流れになる。
 ちょっとだけ言葉を濁して。私はお母さんが使っていた部屋にいた。
「……お母さん」
 使っていない部屋だけど、たまに空気を入れ替えたりしていて使えない訳じゃない部屋。お父さんがどうしても、お母さんの遺品を捨てれなくてそのままの部屋。
 どうしたらいいんだろう。迷う理由なんてないはずなのに。優しい旦那様。仕事と兼ね合いを家族がちゃんと考えてくれる環境。
 家族を増やすのだって本当はちゃんと夢だ。だけど、ちょっとだけ、それが現実の目の前に現れて心が揺れている。

 机に突っ伏して足をぶらぶらさせた。

 

「お母さんはどんな気持ちだったのかな……」
 お母さんも、そのお母さん(私にとってのおばあちゃん)がいない状態で私を産んだ。そして一生懸命愛情をくれた…らしい。

 

 私に同じことが出来るのかな?

 人間を産んで、育てる。
 その覚悟があるのだろうか?

 

 

 足をじたばたじたばたさせたら机にぶつけた。
「い、いたい……」
 悶えていたら落ちたのは一冊の手帳。
 可愛らしい色合いのカバーのちょっとくすんだもの。
「……お母さんの?」
 私はそれを手にしてそっと開くのだった――

 

 

「あ、ルリアさんこの部屋にいたんですか。ご飯にしませんか? ……ってルリアさん…?」
「す、す、ステイ…リ…さ……」
 私がぼたぼた泣いていたせいか、ステイリーさんはあわてて私に駆け寄って来た。
「どうしたんですか!?」
「お、おかあさん、の日記が、あって……」
「…そうなのですか」
「……私、わたし……」
「大丈夫、まずは落ち着いて下さい」
 ステイリーさんは優しく私を抱きしめて、落ち着くようにと背中をぽんぽん、としてなだめてくれる。
 暫くそのまま体温を感じて、ゆっくり涙を落ち着かせた。

 

「私、ね。お母さんの事、あまり覚えてないんです」
「はい」
「優しかった気もするのですが……おぼろげすぎて……」
「小さかったって話ですしね」
「お母さんを知らない私が、お母さんになれるのかって、不安で……」
「……はい」
「でも、これ……」
 手渡した手帳には、私の事とお父さんの事がいっぱい書いてあった。
 今日は笑ってくれた、とかはいはいが出来るようになった、とか、ままって言ってくれたとか。お父さんへののろけもたくさん。
 苦労もいっぱい書いてある。あるけどそれ以上に私達がいて幸せだって気持ちが溢れるくらいに綴られていた。

「……ルリアさんのお母さんはルリアさんとお義父さんを沢山愛していたのですね」
「はい……。なのに、私覚えてなかった。全然……わかってなかった……」
「…仕方ないですよ。僕だって赤ん坊の時は覚えてないですし」
「……わたし、にも……出来るでしょうか? 同じように、ちゃんと、お母さんみたいなお母さんに、なれるのかな……?」
 ステイリーさんは優しく私を抱きしめてくれる。
「大丈夫ですよ。ルリアさんは優しい人ですから。それに僕もいます。一緒にがんばっていきましょう?」
「はい……」

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 暫くそのまま抱き合って、ふと思った事が口をつく。
「……ステイリーさんはご両親と離れて…後悔してない…ですか?」
「してませんよ。幸い両親ともに健在で話したいことは話してきましたし、貰えるものは貰ってきました。今、僕が傍にいなかった時に一番後悔するのは貴方です、ルリアさん。だからこうして、傍にいるんですよ」
「……そう、ですか…。うれしい、です。本当に、その、言葉が、うれしい……です…」
「いずれ必ず、別れの日は来るものです。その時が来た時に僕は、後悔のないように貴方の傍にいます。……貴方を、愛していきます」
「ステ…リ…さん…。私は、でも、貴方だけを、選べなかった…。どうしても、私は、ここを切り離せなかった…。だから、なんか、嘘言う、みたいです、けど……けどね…私も、貴方に何かあった時、そばにいれなかったら……死にたくなるほどの後悔になると…思う…。私も、そばにいたい。お母さんに会うより、今は、貴方のそばで生きていきたい……です
 私はもう、お母さんに…何も、返せない……。何もできない…。けど、お母さんみたいに…人を愛して生きていきたい……。

 ステイリーさん、私、ずっと怖かった…。不安だった、です。けど、でも、今だって、うまく出来る自信があるわけじゃないけど…それでも……

 あなたの、こどもがほしい……です。家族を、ふやしたい……」
「……えぇ、作りましょう。僕たちの家族を」
「………うん」
 そっと唇を重ねる。

 

 覚悟はついた。準備も整った。

 そしてそれからまた暫くして
 私は望んだ通りに妊娠することが出来たのだった――

 

 

 

「まま、そのお星さまほしい」
「これはだーめ。パパから私に貰ったママの宝物だからね」
「ううーほしいほしいー! きらきらほしいー!」
「……そうだなぁ、じゃあリリアがいい子にしていたら今度、ね」
「ほんと?」
「うん、本当。ほら、ぱぱのお勉強の時間だよ」
「あ、うん。いくー! おにいちゃーん、どこー?」

 何年もの月日を重ねても、私の髪には星が煌めいていた。
 昔みたく髪全体につけているわけじゃなくて、束ねるゴムにつけている。

 

 星の飾りは学院を出る時に壊れないよう加工してもらっていた。
 残りの髪飾りを出して可愛くリボンをつけてあげる。
「なくさないようして貰わないとね」
 これをつけていいのは暫くは私の目が届く範囲でだけ。
 宝物に変わりはないから。ずっとずっと大事な私の星。

 私が手にした星は最初は一人。それからまた一人、二人と増えた。

 色々苦労もしたし、大きな出来事だってあった。
 けどそれを乗り越えて今、家族が揃っている。

 お父さんとも大分お話が出来るようなった。少しだけ、笑った顔も見れるようなってきた。それが嬉しくて幸せだ。

 

 (お母さんも、空から見ていてくれている?)
 そんな夢見たいな事を願う。そうであってもなくても、胸をはれる生き方をしていきたい。そう思ってずっと歩いていくんだ……。

 

 


 月日は流れていく。決して止まることはない。

「ほら、リリア襟曲がっている」
「あ、ごめん。ありがと、お兄ちゃん」
「しっかりしろよ? 僕がいつでも側にいれるとは限らないんだからさ」
「うん、わかってる! 大丈夫だよ。心配性だなぁ」
「リリアが天然だから心配なんだよ。全く」
「天然はお母さんだよ。そしてそのお母さんが何とかなっていたんだから平気平気」
「リリアも十分天然だから」

 

「……ステイリーさん、私まだ天然と言われちゃうのかな…?」
「……まぁほら、人の本質は簡単に変わらないのですし」
「うううう……」
「まあまあ。ほら、そろそろ時間だよ。二人とも」

 

 第一子。息子のアステルが学院に入ってから数年後。その妹のリリアも学院の入学許可が出て二人そろって魔導学院に入る事になるのだった。

 

 アステルにもリリアにも魔法の才があったということ。アステルは私寄りでリリアはステイリーさん寄り。妹の方が才能があって、小さな頃はそれでアステルの不満が爆発したりと大変だった。
 今じゃアステルは色々乗り越えてくれて兄妹仲良くやってくれている。何よりだ。

 

 私はリリアの髪に、星飾りをつけてあげた。
 リリアは既に星魔法が使えるようなっているから、ステイリーさんの魔法がなくても煌めかすことが出来る。
「なくさないでね? お母さんの宝物だから」
「うん!大事にする!
 じゃあ行ってくるね! おじいちゃんとおばあちゃんにおばちゃんにもちゃんと挨拶するから!」
「うん、手土産もちゃんと渡しておいてね」
「うん!」
「じゃあ父さん、母さん。行ってくるね」
「いってきまーす!」

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「ええ、行ってらっしゃい二人とも」
「元気でね」


 二人を乗せた船が見えなくなるまで、私達は手を振って見送るのだった。

「これから二人はどんな物語を紡いでいくんだろうね」
「そうですね。アステルはまだまだ勉強盛りみたいですけど…その内誰かをみつけてもおかしくないですよね」
「リリアもね。次の後夜祭で申し込まれるかもよ?」
「う……まだ、結婚は早いですけど…交際ならまぁ……」
「ふふ、そうだね」

 

 ステイリーさんは私の髪についている、光る星を手で触れた。
「二人にも…二人にとっての星が見つかるといいね」
「そうですね」
「私のお星さまはずっと、これからもステイリーさんだけどね」
「僕だって同じですよ」

 月日を沢山、沢山重ねても。私達の隣はお互い一人のまま。

 

 

 家に着くころにはすっかり夜。交通も便利になって家まで一日あればつけるようになったのも時間の経過を感じるな。昔は数日かかっていたし。

 

「ルリア。久しぶりに踊りませんか? 折角の綺麗な星空ですし」
「いいね。後夜祭を思いだしそうだね」
「そうしたら、また恋から始めれそうです」
「私も、だよ」

 

「1曲、お相手願えますか? ルリアさん」
「え、えとえと。私で宜しければお願いします!!」

 

 二人して、懐かしいフレーズを言ってみて笑いあった。

 星の空の下。ステイリーさんが輝かせてくれる星の中でオルゴールが鳴らす音楽と共にステップを踏む。
 お友達になって、恋人になって。
 夫婦になって……長い道をまだまだ私たちは歩いていく。

 

 

 

       ―― その道にずっと、優しい星の光が煌めき続けますように ――

 

 

 

 

                                                fin

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