top of page

----------------------------------------------------------------- 



バレンタイン 
それはここでは女の子が意中の男の子にチョコを渡しつつ告白をする日…らしい… 
友達にも義理チョコと言ってお世話になった人に渡しても良いとか 

私はそういう日だと知って、前からの約束通りのメンバーと一緒にアゲハ先生に教わってチョコレート菓子を作った 

…そう、問題はこれからなんだ…!私はこれを相手に渡さないといけないんだ…! 
沢山の恋心を詰めたこの相手の拘りのコーヒーに合う味に仕上げたチョコレートバー 
アゲハ先生はハート型を勧めて来たけど星型にして貰った。夜空をイメージしたラッピングに包まれた中身…。これを…ステイリーさんに… 

…い、いや、今更緊張する事じゃない!だ、だって…手料理を週一は渡してるし…私たちは”友達”なんだ… 
変に意識しすぎるほうがおかしい… 


前から約束を取り付けて会う約束をした場所に歩いていく 
…大丈夫…だよね…?私おかしくないよね? 
何度も何度も鏡で姿をチェックする。贈る物も間違えてない。…大丈夫…!気持ちはつまっているけど…きっと、受け取ってもらえると…思いたい… 


目当ての相手は指定した場所にいた 
しかし一人じゃなかった 
その相手が璃王さんや他の彼の友人なら普通に声をかけただろう…。でも、違った 
思わず足を止めて隠れざるを得なかった 

相手は可愛い女の子だった 
そして彼女は…今正に私が行おうとした事をステイリーさんにしている… 
顔を赤くしながら、必死に声を震わせながら 


『ずっと好きでした』 


そんな声が耳に届いてしまった 
…こういう事があったって不思議はない 
彼は優しいし面倒見も良いし…他の誰かに本気で好かれったっておかしくない… 

いやだ… 
胸が知らずぎゅっ…と強く締め付けられる 
私たちは両思いでも恋人じゃない…。彼が気持ちを変えたって…何も責めれない… 
今更な現実が胸にこういう時棘となって刺さる 


こたえないで 


そんな自分勝手な感情を必死で押し殺す 
仮に誰かを、彼女を選んだら…。それを私は祝福しなくてはいけない 
彼が幸せになるならそれを応援しないと… 

…苦しい 

長く感じたその一瞬 
彼の答えが耳に届く 

『ゴメンなさい』 

…私は嫌な人だ…。その言葉に安心してしまった… 
でも更に続く言葉にまた動けなくなる 

『私は…誰からも本命は受け取れません』 

…そういえば、いつから私には僕って言ってたっけ…?とか今更思う 
痛みが後からじくじくやってくる 

誰からも…。きっと…私からも… 
あの人はそういう人だ…。自分を未だに許せずずっと、相手を作れない 
応えれないから受け取らない。それはステイリーさんなりの誠意で… 

彼女が走り去って暫くしてようやく私は動けた 


「…ステイリーさん…」 

相手は少し気まずそうに顔を上げた 
見ました?と顔が聞いてる 

「…え、えと…。済みません…」 

誤魔化す事も、嘘をつくことも出来ず口ごもる 

「いえ…。約束してましたし」 

「…ゴメンなさい…」 

私は彼女の意図を察した時点で離れなきゃいけなかった 
でも…出来なかった 

「…いいえ。気にしないで下さい」 

「…はい」 

突っ込むにはデリケートな問題すぎてこれ以上はやっぱり何もいえない 


「…えと、それで…何の用件で・・・・・・・・・・」 

空気を変えようとしたらしい彼の質問は私の意図を察したのか途中で止まった 
慌てて後手に隠したそれはどうみてもバレンタインのチョコで…。私の気持ちがつまっている 

「…え、えと…その…」 

知らず顔が真っ赤になる 
…ど、ど、どうしたら…!この流れじゃ絶対貰ってもらえない…!!! 

「…その…私…ほ…本!本を渡そうと…!」 

どうしても恥ずかしくて会話の切欠が掴めなかったらと思って用意しておいた本を差し出す 

「え?えと、そうですか…。有難うございます」 

「は、はい…!では私バイト行くので…!!では…!」 

弱気な私は逃げるように去ってしまった… 

…気弱な自分は本当になかなか直らない… 
あと一歩を踏み出せない 
…ううん、踏み出しちゃ…いけないんだから…それで良いんだ。そう言い訳しながら私は彼から遠ざかった 




何となく物寂しいバイトからの帰り道 
彼から誕生日に貰った手袋をしっかり身に着ける 
何となく渡せないままだったチョコを手にする。今日は寮に帰る気分になれない 
その足でそのまま図書館に行ってみた 

仕事終わった後にシャワーも借りて来たし…本を読んで徹夜するにはさすがに疲れきっているのでいつもの場所で寝ようかな?と考える 
本に囲まれているとそれだけで気分が少し落ち着く 
いつもステイリーさんと使う部屋を覗くと誰も居ない。少し安堵しつつ、残念にも思いつつ 

椅子に座って机に突っ伏す。渡せなかった恋心 
思い切って包装を開けて一口食べる。金色のパフがきらきら星のように光るそれ 
さすが先生の直伝だけあってとても美味しい 

…食べて貰いたかったな… 

折角一生懸命教えてくれて一緒に作った人達に申し訳なくなる 
つけておいたカードにはシンプルに『ステイリーさんへ』それと『これからもよろしくお願いします』 
その一言だけ 

ソファーに移動して借りてきたブランケットを自分にかけつつ横になる 
どうしてこう上手くいかないのか 
義理とか友達だからとか言ってどうにか出来なかったのだろうか… 




いつの間にか眠っていたらしい 
人の気配を感じて眠りから少し浮上する 
誰かが優しくブランケットをかけなおしてくれたのを感じた 
その人が離れた気配に目を薄く開けるとそこには… 


「ステイリーさん…!?」 

慌てて飛び起きた 
彼は驚いたように目を見開いた 

「あ…済みません、起してしまいましたか」 

「あ、い、いえ…。今日はもう会えないかと…」 

慌てて髪を手で直す 

「いえ、先に居たのですが…色々資料を探して戻ってきたら寝ていたから吃驚しましたよ」 

「そうなのですか…!?」 

「えぇ。…全く、僕だったから良かったですが…もう少し…本当気をつけてくださいよ?」 

あ、ちょっと久々のお説教だ 
…というかステイリーさんとだから今すごく緊張してるんだけどな… 

「はぁい…」 

寝起きで乾いた喉で少し間の抜けた返事をする 
時計を見ると日付を越えていた 

「…私結構寝てたんですね…」 

「そうですね。疲れているんでしょう?寝ててください」 

返事をしようとしてふと気付いた 
…私、チョコ机に出しっぱなしだった…!…しかも結局渡せず日を越えてしまった… 

「あ、あの…机の…!」 

「…?あぁ、これ…ですか?」 

「…え、えとえと…それは…その…あの…!!」 

まずい… 
カードまで付けてあるし明らかに…バレンタイン用で…。もうバレンタインじゃないけど…それでも… 
慌てて立ち上がりそのチョコを手に抱えこむ 

「…後で自分で…食べますので…」 

気にさせたくない。受け取れない事に罪悪感を与えたくない 
…渡せないのは残念だけど…仕方がない… 


「…僕にってカードがありましたけど…」 

彼から私に気を使った言葉が出る 

「で、ですが…その…それは…だって…!」 

いくら友達でも、気持ちまで私は誤魔化せない…。だから受け取って貰えない筈で… 
ステイリーさんは首を振った 

「…今日はもう14日でないですし…小腹が減ったんです。だから…」 

…これはもしかして…受け取ってくれるのだろうか…? 

「…良いんですか…?」 

「…それを言うのは僕の方でしょう?…欲しくないとは…いえませんよ…」 

と、赤くなって目をそらされた 
…まずい…顔が…緩む… 


「…で、では…貰って…下さい…。どうぞ…」 

おずおずと手にしたそれを差し出す 

「…ありがとうございます」 

そう言って一口、口にしてくれた 

「…美味しいです」 

「…そうですか…。良かったです」 

言い訳を重ねないと何も出来ない私達 
でも気持ちは勝手に募っていく 

どんな理由でも手にしてもらえ、食べてもらえた 

それだけでもこんなにも心が強く震える 
嬉しくなってしまう 

異性として意識して以来二人で居るとどうもこわばってしまう私 
でも…今はそれ以上の気持ちが私を突き進める 

どうしても我慢できずに隣に座ってそっと寄り添う 
傍に居たい。その気持ちに段々自制が効かなくなってきている 

「…私…その…寒いんです…!今日はほら、冷えますし…!」 

実際外は凄く冷えてて 
中も温かくなってはいても夜は少しひんやりと感じた 

「…寒いんじゃ、仕方ないですね」 

「…そう、仕方ないんです…!」 

子供じみた言い訳を重ねて隣で寄り添う 
感じる体温が、自分を打つ鼓動が 
体温を勝手に上げていく 

-貴方にもっと触れたい- 

そんな我儘を押し殺す 

しばらくそのまま体温をお互い伝え合う 
彼が一瞬近づきかけて、でもやめて 
それを合図にゆっくりゆっくり離れていく 

離れるのを嫌がるように 
熱を惜しむように距離を作る 

「…おやすみなさい…」 

それ以上は何も言えず、そのまま移動した 

「…お休みなさい、ルリアさん」 

良い夢を、と小さく呟かれた気がした 


心臓の音が激しくてなかなか寝付けず 
伝え合った体温がやたら体に、心に残った 



お願い自分。これ以上は望まないで 
自分を責めていた頃の気持ちを思い出しながら願いを必死に押さえ込む 

押し付けても、押し付けてもそれでも溢れてくるこの気持ち 
そんな感情に蓋をしながら恋人未満のこの距離を持て余すのだった 

bottom of page