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星の瞬く夜、沙也華の家の空に届きそうな高さ渡り廊下、眺めは良く遠くに別の学園が見える、そこで二人きりだったのだが…。
吹き抜けになっている隣を飛び過ぎて行く鳥に驚き、隣にいたティオに凭れかかってしまう。
「あ…すみません。その、鳥が
思わずといった具合に慌ててそっと距離を置きながら、言い訳するように言葉を紡ぐ。


「いえ、構いません」
無骨、不愛想。固めの表情筋のまま自分は、自分がお守りする大事なお嬢様をしっかり支えた。
「立てますか?」
ふれる熱。どこか、離れがたく思ってしまうのは…悪い事なのか。だがそれは表に出さず。壊れそうな肩を抱く手に力すら入れれない。


「大丈夫、です。」
そっと立ち上がり、ほんの少し赤らめた顔が見えないように俯く。


「そうですか……」
立ち上がったからには手を離す。離れる熱を惜しみながら。…彼女を守ることに希望を覚えたのは…最初からだろう。自分の意味を見つけたあの歓喜は今でも忘れられない。そこから共にあり、同じ願いの元、戦う運命が降りかかり……。共にあるうちに熱をはらむようになったのをそっと隠し続ける。
言葉が続かない。これからまた戦闘が始まる。もう何度か戦ったのに、一向に願いはかなわない。もどかしい。この距離も、とても……もどかしい。沈黙が流れた。


「そ、そうですわ、…週末、ティオは何か予定はありますの?」
もどかしい沈黙を追い払いたくて、焦ってなぜかそんなことを聞いてしまう。


「いつも通りです」
いつも通り、お嬢の側について、お嬢を守って、隣で守る。
「お嬢の予定が俺の予定です。なのでお嬢のスケジュール表を見たほうが早いです」
…自分はつまらない男だと思う。でもそう思われててもいい。共にあるのを拒まれなければなんでもよかった。
俺の世界の全ては…お嬢で出来ているから。


「そ、そうですわね…。いつもと…同じ…。」
ふと意識してしまうと、それは非常に恥ずかしいことのように思えてしまい、どんどん顔に熱が集まってしまい、どうしようもなくなってしまい、思わず顔を手で覆う。
だが、ふと思い出す。昼間に感じた周囲の視線…。言葉。
いつもは気にならない些細な様々な言葉が何故か酷く気にかかる。
いつしか、沙也華の表情は羞恥心から来る照れではなく、不安にとって代わられていた。


お嬢の顔の色は夜に紛れて見えない。それ以前に手でおおわれて表情もみえなくなる。首をかしげて熱でもあるのかと、少しかがんでみる。
よく見ると、それは不安げな顔。
「……どうされましたか?」
週末はいつもと同じ。けど、ステラバトルが迫ってる今。それはいつも通りに来るとは限らない。そういった不安だろうか……。それとも?


「あの、昼間の事…ですけれど…。なぜかその、どうでもいいことと思ってたことが、その…。」
自分は何かおかしいことを言おうとしているような気がして、思わず言いよどむ。
でもそれすら何かに後押しされるように、言葉が紡がれていく。
「今日はその、殊更あまりよくない事を言われてたような気がしますの…。私の気のせい、かしら…。」
不安に突き動かされるように、共に行動している彼に問いかける。


「……すみません」
その謝罪は唐突に聞こえただろう。
だがお嬢が悪く言われることがあるとするなら。それは自分がらみの可能性が高い。
お嬢と釣り合う身分じゃないから。お嬢に近づくために汚い手を使ったんじゃないか、とか。ネイバーじゃないのか。…自分が言われるなら我慢できる。だけど、お嬢が言われるのは我慢がならない。
かくいう俺も、今日はそういった視線や言葉がなんだか多く感じていた。…気が昂っているのだろうか…。
「お嬢は、気にしないで大丈夫です。俺が、護りますから。何者からも、全てから。だから、心配しないでいいです」
嘘ばかりだ。人の悪意を留める力などないのに。
それでも、言葉にしておいてお嬢が安心してくれればいい、そう願う。


「あ、あの、ティオが謝る事ではないわ。」
突然の謝罪に驚き、慌てて思わずティオの手を掴もうとして、それも良くないような気がして、オロオロと手を空中で彷徨わせる。
「気にしないわ…私は、ティオ、貴男が傍に居てくれればそれでいいの。」
手はやはりつかめない、掴もうとしない。でも彼が傍に居てくれればいいと思うのは、心の底から思う事であった。


「そうですか……」
側にいてくれればいい。その一言。それがどれだけ嬉しいか……きっと貴方は知らない。
「そういえば…わざわざ予定を聞くという事は週末どこかお出かけでもするのですか?」
ふっと、そう言って思いだしたのは、学園でお嬢と話していた男……。学園でも側にいるが、プライバシーを侵害しすぎだけは注意している。よって全会話を見知っているわけではない。
「・・・・・・・学園の、今日話していたどこぞの誰かとお約束でも・・・・?」
無意味に威圧が出てしまったあたり、修行不足だ。


「いいえ、特にはその…。」
気まずさを誤魔化す為の言葉に意味など無いので、適当に言葉を濁すしかなかった。
「え、…え?ティオ、その、あの……あの学園で、私の事を好意的に見て下さる方など…居りませんわ。」
ふと思い出す昼間の人々の自分に向けられた視線。好意的なものなど一切ない、悪意しか感じられないそれを思い出し、思わず身を震わせる。
「だから、その…。週末は家に居ます。外には…出たくないわ。」
すがるように彼を見上げる。


好意的に見てる人がいないなんて。そんなはずはない。
お嬢は…わかってないだけだ。どれだけ自分が美しいか。価値のある存在なのか。たとえそれが親の力でも。どうしても、周りの男がそういった目でお嬢を見ている気がしてならない。だからか、こんなに心がざわつくのは…
身を震わす彼女は…小さくもろく、どこか儚げで……
外に出たくない、と。自分にすがる姿に昏い喜びが沸き上がる。
あぁ、なんて自分はずるい男なんだ。俺はそうやって、彼女を独占しようとするんだ。
「わかりました。週末は、私も共に」
震える彼女に一歩近づく
「冷えますね」
また一歩


「…ありがとう。私にはもう…貴男しか…。」
距離を縮める彼に気づいて無いのか、それとも彼以外の何も気にならなくなってるのか、真っ直ぐに彼を見つめる。
「そう…ね、此処は少し寒いかも。」
そして、自分から彼に寄り添い、ぬくもりを分かち合いたいと思ったのかそっと手に触れようとする。


私しか……? そう問いたい感情がわきあがる。けど口下手な自分は上手く言葉に出せない。
近づく自分から逃げず、まっすぐ見つめられる。
それどころか相手から距離を詰められ、手に熱が近づいて……
   私は   その手を   ぐっと                        —引いて
お嬢の背は壁に当たるだろう。そして体からの熱が伝わる距離。抱擁はしていない。けど、ゼロの距離。
  
   −−数秒ーー
  
鼓動と、鳥の羽根の音だけが響いた。
このまま、世界が止まればどれだけ……
そっと離れた。
「お体、冷えてますね。体を温める為に入浴を勧めます」
いつも通りのトーンで、いつも通りの言葉を。何もなかったように


「え…あ?」
あっという間に壁と彼の体に挟まれ、身動きが取れなくなる。
そして、何も聞こえなくなる…彼の鼓動以外は。
「そう、ですね…。では、中に戻りましょうか…。」
そして、離れ行く彼の体。いつも通りの態度。今のは…幻だったのだろうか。自分に都合の良い、幻。
ほんの少しの落胆が混じって無かったとは言わない。でも…少しだけ、何故かとても悲しい気持ちになりながら、室内に戻ることを提案するのであった。


「ええ、そうしましょう」
身動きが取れなくなっていたのは恐怖からなのか、それとも信頼からなのか。
拒まれないことをいいことに、何も言われないことをいいことに。そのままにする。
そうして私たちはいつも通りの距離で戻っていく。
星の光のように、距離は近づいてなくてもそれでも。
自分は彼女の隣を歩いて行った

 二幕

夜明け前の珠木家の中庭…立派な花壇が並び、微かに聴こえる鳥の囁きは、朝を告げる鳥の声か。
鳥籠のようにも見えるガゼボの中、二人は並んで腰掛けて、この後待ち受けるであろうステラバトルまでに気を落ち着かせようと庭に出たのであった。
「ねぇ、ティオ…。私たち…きっと、大丈夫よね?」
不安に声が震えて、縋り付くようにそっと袖をつかむ。


大丈夫、と気軽にいえたらいいのだろう。けど俺は気休めを簡単に口にするつもりもなかった。
自分たちだけで戦う。それはとても、辛い戦いになるのかもしれない。
「…お嬢。どんな結果になっても俺は一緒にいます。どんな場所にだって。願いの為に…戦うのにおかしな話ですよね。俺たちは…ただ誰も傷つかない世界がほしいのに」
誰も傷付かない。けど願いをかなえるためにお嬢はきっと傷付く。
それが苦しい。
いっそ……逃げて二人の世界にいられたらどれだけいいか。そんな考えが自分の頭をしめていく。
握られた裾。その手が消えてしまいそうで。包むように手を添えた。


「ありがとう、ティオ。」
そうだった、彼は気休めなど言う人では無かったな…と思い返す。
「そうね、矛盾してるようだけども、願いには代償は必要とは言うけどもね…。そういう事なのよ、きっと。」
その事を考えない事は無かった。とはいえ、一回世界は滅びている…。それを考えれば無理もないことだと思うからか、自分はそうは思わなかった。疑う事もしてなかったのだ。
「…話を変えましょうか。その、ティオ…今のうちに、と思わなくもないのだけども…。」
と、言いかけて、思わず口をつぐむ。
でも今言わないと、聞かないと、多分ダメになってしまうかもしれない。
勇気を奮い起こして聞く。
「…貴男に大切な人は…いる?思い人と言う方がいいのかもしれないけども…。」


願いに代償…それは、世界の理なのかもしれない。材料もなしに料理が作れないのと同じ。願いがほしいなら、手をかけるのを惜しんではいけない。
そういうこと。そういうこと。けど……代償はいつまで払わないと叶わない……?
世界が壊れたのなんか簡単だったのに。願う世界をつくるのは難しい。壊すのが簡単すぎるだけなのか。作るのが困難すぎるのか
話を変えましょう、と言われて口をつぐまれた。辛抱強く待ってみれば、なんとも…言えない質問。
軽くため息をついた。
「…いますよ」
端的に、事実を呟いた


「…そう。」
なんだか胸が苦しくなるような気持ちに襲われて、つっけんどんとも取れる返答をしてしまう。
「それなら、いまのうちに…。今日、いつ呼ばれるか…わからないから…。日が昇ったらすぐにでも、その人の所に行って、気持ちを伝えた方がいいわ。」
今回ばかりは全くと言っていいほど、勝算が見えなかった。初めてだった、こんなことは…。自分たちだけが戦場に立つことになるなんて。
それ故に、心残りを残さずに戦いに臨んでほしかった。その一心で発した言葉が、自分にこれほど刺さるとは思わなかった。


これはわかってないな。絶対に。
つっけんどんな態度。そこから貴方の気持ちが見えるようで。嬉しく思ってしまうのはいけないことなのか。
「伝えて、いいのです?」
目を見て、添えた手に力を入れる。


「…ええ、勿論。貴方にも心残りが無いようにしてほしいから…少しでも油断したら、きっと…私たち、帰ってこれないかもしれないから…。」
しっかりと見返して告げる。


逃げれたらいいのに。何もかも投げ出して、二人で隠れて暮らせたらいいのに。
でもこの世界はそんなに優しくない。戦わないと、勝たないと。世界が終わってしまう。
でも……こんな世界なら滅んだって………
でも、それでも。お嬢を守る手段を自分から投げ出すわけにいかないから。
彼女の手を引いて、体をぐっと近づける。
腰に腕を回して額に額を
          「     沙也華  」
相手にだけ届く小さな声
「俺は、貴方が傷つく世界なんていらない。俺は、貴方が望むなら世界が滅びたっていい。……貴方が誰と連れ添おうとも、俺を見なくなっても……俺は、貴方の側にいる」


「…!」
思わず息をのむ。
確かに聞こえた名を呼ぶ声。
久しく聞く事の無かったその呼び方に、流石に意図に気づく。
「多分それは…ないわ。私が死ぬときだけよ…。」
答えなのかはぐらかしてるのか、そう答える。


「そうですか」
唇に指をのせる。
ついっ
なぞって見つめて……
体を離した。
「では、死ぬまで共にあります。俺は、どこまでも、共に。貴方の武器であります。どうぞ使い切ってください」
膝をついて、正しく従者の位置に。


「っ…。」
唇に指が触れて、なぞられる。
声が出そうになり、堪えるのに必死で、思わず俯く。きっと顔が真っ赤になってるはずだ。
そして、彼が跪き、意図せずにして、視線が合う。
「つ、使いきるなんてそんな。…わ、私は…わ、たし…っ、は…。」
自分が何を言おうとしてるのか、言っていいのか、未だに迷いつつ、言葉を紡ぐ。
「ティオ、貴男が…あなただけがそばにいれば…それで、いい…の。」
先ほどまでよりも、もっと顔を赤くして、ようやく言い切る。


お嬢はこれ以上になく顔を真っ赤にした。意図はどうやら伝わったようだ。
これで伝わらなかったらさらなる実力行使に出なくてはいけなくなっていた。そうしたら、俺が…彼女を傷つけたかもしれない。
そうならなくて、よかった。
目線があって、言いよどむ姿を眺める。
俺がいればいい。貴方もそう感じてくれるのなら……俺は最後まで戦える。
「私も同じ気持ちです。共に、最後まで戦いましょう」
そう言って頭を下げた。


「ほ、本当に…?私に、気を使っている…のではなくて?」
あまり疑うのも失礼だが、彼に思われる自信が無かった。
今までずっと一緒に居てくれた、それだけで良かったのだ。
これ以上を求めてもいいのだろうか?
悩み、惑う気持ちだけが募り、彼をじっと見つめる。


「疑いますか。そうですか」
白々しく頭を下げたままいつものトーンで。
数秒待ってから顔を上げる。
「本気です。俺は、貴女だけいればいい。それだけでいい」


「別に、疑ってるというわけではないの、その…。」
そして、暫くして、告げられた言葉に、期待が高まる。
「それなら、その…。呼ばれるまでの間…。私を抱きしめていて下さいます…か?」
つっかえながらも自分の望みを告げる。


思った通りの反応。しかしその先の言葉は思いもよらなかった。
貴女は男を知らなすぎる。そう言いたい。
・・・・・・・・・・・言いたい
ぐっと我慢した。
「わかりました」
そう言って立ち上がり、そっと優しく。傷つけないように。誰も傷つけれないように。
親鳥が雛を守るように優しく。柔らかく。
その時までぬくもりを感じ続けた。
これで世界が終わっても……もう、それでもよかった。
この気持ちが伝わっているのなら。この温もりを手に出来ているのなら。
ここで世界が終わればいい。そうすれば、今が永遠になる。
でも、そんな事はおきない。知っている。
ただ、時間まで時間よ止まれ。それだけを願い続けた。


「…ありがとう。」
彼の優しい抱擁を受けて、温もりを感じながら言う。
このままステラバトルの時間が来なければもっといいのに…。そう思いはしたが、その事も忘れて、彼の温もりにそっと身を委ねた。

 幕間

「時が…来た、ようですね。」
彼の腕の中で呟くように言う。


「そうですね……」
少し離れる熱がどこか名残惜しい。だが女神は待ってくれない。
「大丈夫です。最後までお供します、必ず」
今一度、言葉を繰り返す。


「では、行きましょうか。世界の為の、いえ、私たちの戦いに。」
そして、ティオに向かい合い、手を重ねる。


「ええ、参りましょう。私たちの願いの為に」
手をそのまま、握りしめる。


「平和の為に、私は戦う!」


彼女の言葉と同時に自分も
「平和の為に、俺は戦う!」

​ エピローグ

「終わった…のね。」
自分が今まで何をしていたのか。その答えは今此処にあった。
自分たちがエクリプスになっていたこと、そして、見事世界は守られたという事。
そして…自分たちの願いは、もう叶うことなど無いと…。
そんな時、自分たち以外は誰もいないはずの庭園に、男とも女ともとれない人物の声が聞こえる。
「まだ、願いを追う意思はあるか?」
「あなたは、いったい…??」
聞きたいことが多すぎて、何も言葉にならず、ただ、困惑だけが残る。


終わった・・・・。負けた。そして、世界は壊れてなく……それが何を意味するのか。気づく余地はいくらでもあったのに。
それが悔しくて返答も出来ずにただ、うなだれた。そんな時、謎の人物が現れる。
お嬢を庇うように前に出る。どんなだったとしても。お嬢を守るのをやめる理由は何一つないから。
「…何者だ」
固い声でただ睨む。


何者かわからない人物が現れ、ティオが庇うように前に出る。でもそんな事でもほんの少し喜びを感じてしまうのは、まだ私は間違っているのだろうか?
何も言えない私に、謎の仮面の人物が口を開く。
「我らは、誓約生徒会(カヴェナンター)私自身が何者かはこの際置いておこう。」
「願いを叶える力を失った者よ、まだ貴様らに願いを追う意思はあるか?あるならば、手を貸そう。」
「ただし、何の代償も無いわけではない。今後更に厳しい戦いに身を投じることになる。例え、再び力を失うことになったとしても、だ。」
「それでも今一度問おう。…願いを追う意思はあるか?」
それきり、仮面の人物は口を閉ざす。
「…私は、あります。」
暫し考えた後、そう答えた。
でもティオは…彼は、どう思っているのだろうか?
そっと彼の方を伺った。


怪しげな集団はカヴェナンターと名乗る。願いをかなえる力を再び手にする機会をなげつけてくる謎の人物・・・。
そして、それを受け取ると、更に厳しい戦いになる…。
「…お嬢、それは本心ですか?」
彼女の意思をまずは問いたかった。それが、本心なのか。それとも…他の感情があるのか。見極めなければ。そうしないと答えは出ない。


「ええ。…今回、私は道を誤りました。」
ティオの問いかけに応える。
「だから、私の願いは、その償いになると…そう、信じているのです。」
「いえ、願いというと違いますね…。その新たなる戦いこそが、私の罪を償う行いになるのではないか、と…。そう、考えています。」
エクリプスと化していた時のか弱さや、不安定さはぬぐわれ、本来の…ステラナイトとなった時の彼女と同じ真っ直ぐな瞳でしっかりと前を見据えながら言う。


……そうか。それが貴方の答えか。ならば俺の答えは……
「ふざけんじゃねぇ、甘ったれのお嬢様」
「その願いが…本当に心から…傷付かない世界の為なら俺は受け入れたさ、けど違った。やっぱり違った。償い?そんなのくそくらえだ!!!」
「俺の答えは否だ!!!そもそも。最初から俺たちは間違えたんだ!」
「誰も傷つかない世界なんて、そりゃあ本気で目指せば女神じゃないとかなえれないさ!でも、けど・・・・」
「俺たちの願いはきっと、互いが傷つかないことだった!だったら自分の力で自分の世界を変えなきゃいけなかったんだよ!!!」
闇につけこまれて、心をやんで。欲しかった願いはただ、俺は、お嬢が傷つかない世界。それだけだったんだ
「俺は、これ以上お嬢が傷ついたら俺の願いはかなわない!
そう真っすぐ言い放った


「そう、でも…私は…この、機会を受け取りたい…。」
ほんの少し俯いて言う。
「でも、あなたを縛ることは出来ないし、私も縛られない。」
少し突き放す様にして言う。
「私はね、そんなに傷ついてなんていないの。そう見えてたのなら…。要らない心配をさせてしまったのね。…ごめんなさい。」
少し悲し気な顔をして言う。
「…ふむ。二人の願いは変わった。それでも…なお、貴様らが願いを叶えたいので有るならば、それでも願いは叶う可能性はあると言えよう。」
「後はどうするか、己の意思で決めるが好い。望むとき、また我らは現れようぞ。」
そう言い残して仮面の人物は忽然と姿を消した。


「……っ」
受け取りたいというお嬢の言葉に返答が出来ない。俺は、もう嫌だ。
傷付いてないなんて。そんなはずがない。戦えば傷付く。体も、心も。
だから今回の事になったんだ。
仮面のやつは去った。…妙な沈黙。
「俺は・・・・お嬢が傷つかない世界にしたい。誰の手からも、俺が・・守り切れるようなりたい」
ぽそっと願いを呟いた


「私は今まで通り、いえ、今まで以上に、誰も傷つかない世界を求めたい。」
「…それはいけないこと、かしら…。」
そう言いながら、ティオにしっかりと向き合い、手を取る。


「……いけないことでは…ないです」
俺だって、誰も、お嬢も傷つかない世界が出来るのなら。どれだけ……。でも俺の願いはもうお嬢一人になっている。だから受け入れがたい。
握られた手を包む。
「……お嬢の我がままをかなえるのは。俺の役割なんですね……?」
嫌だ。受け入れたくない。お嬢の願いはかなわない。厳しい戦いに身を投じれば、俺の心が傷つくから。傷付かない世界が出来ても傷としてそれはきっと残る。
贖罪の為になんて戦ってほしくない。やめてほしい。嫌だ。そんな目線を向ける。


「そうだ、と言ってもいいのかしら…。いい?」
嫌だと目線で訴えられかけるが、それを無視して、見上げるようにして問い返す。


「・・・・いやです。気持ちの上では。でも…俺は貴方の願いを本気で振り払えません」
悲し気な目で、彼女に告げた。


「そう…それなら…でも、そうね。まだ…道はあると思いたい。」
私たちはこのまま道を違えるのだろうか?少しの不安だけが心に残り、それでも…と願う。
「今はまだ、考えてもいいと思うの。決意が定まったら来てくれるという話ですしね。」
ほんの少しだけ気落ちした風に続ける。
「でも、忘れないでね。貴男は私のもので、居てくれますよね?」
歪められた思いにとらわれてた時の記憶。
でも二人の抱いた思いは一つだったと信じているから…。


「そうですね…。今すぐじゃなくていい……」
それなら互いに考える時間をしっかり持てる。その方がいい。
私の物で、そんなの、当然
「ええ、俺は貴方の物です。例え願いをたがえても、貴女が俺を要らないといっても、それでも。最後まで共にあります。絶対に」
これだけは。何があっても譲れない。
願いの道はいったん途絶えた。それでも。他の道も示されている。
絶望に染まる必要はない。
「休みましょう。色々あって互いに疲れたでしょう」
手を差し出し、部屋までエスコートするように。いつも通りに。側使えとして、支えるつもりだ。
その願いの行先はまだわからない。でも、俺は、俺の願いの為彼女の側にいると、改めて誓うのだった

 

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