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ー 一幕 ー

夜明け前の時間。少し早起きしてしまったので、願いの決闘場の見える所までつい来てしまった。色とりどり花が咲く庭は、見事の一言に尽きる。
子どもの頃の話:小さな頃、パートナーはどんな子供だったのだろうか。どんあ遊びをしただろうか

 

ふと思ったのは一緒に暮らしてるルーシャのこと。昔はどう暮らしていたのだろうか?あまり聞いたことは無いと思い出し、隣にいるであろう彼女に問いかける。

 

「ルーシャ、君は昔…どう、過ごしてた?……嫌なら応えてくれなくても構わないが。」*

 

よくわからない人だと思っている。追いかけまわされて、逃げまどっているだけで私は怪しい人だと思うのよ。

 

それなのにあの人は私を当たり前のように助けて、それでいて願いよりも戦い、護る事を大事にしている。

 

私は売れば高嶺がつくのに……変な人。何を考えてるか分からないの。

 

夜明け前、緊張で目が覚めてはいたけど、決戦場に向かって問いかけるのが昔のお話。一体どういうつもりなのかしら?

 

「……昔は、普通だと思うわ。異文化の貴方の普通に当てはまるかはわからないけど…お母さんと暮らしていたわ」

 

お世話になっている相手に可愛げない態度をとってしまうのに勝手に内心で落ち込むのよ。*

 

「うん、まぁ、そうだな。普通は普通だな。僕も《普通》だった。ちょっとこっちの《普通》とは違うかもしれないけどもね。」

 

少し苦笑しながらそう答えると、そっと彼女の頭に手を伸ばす。

 

なんとなく頭を撫でてみたいと思ってしまったのだ。*

 

私達の≪普通≫はきっと凄く違う。私の普通はあの日を境に大きく変わってしまったもの。そして、この人は私からみれば全然普通の人じゃないわ。

 

「貴方の普通はきっと私の普通じゃないわ。どんなだったか…そっちも言ってみてよ」

 

頭にのばされた手に気づかないふり。

 

そのまま受け入れて。素直に相手を見れないまま。でも大人しくしているの。

 

…いつ、この人は私を見放すのか。そんなことを考える自分にひっそりまた落ち込むのよ。落ち込むのは私の癖なの。*

 

「うーん…そうだなぁ。まず、違いそうな所っていうと…あまり平和ではなかったな。」

 

「ああ、そうだ。あと空は明るくなかったし、女王が統治してる世界だった。こっちは政府?だっけ?が統治してるって聞いて、正直びっくりしたよ。一人じゃなくて、多数を多数で纏めてるってところとかさ。」

 

「まぁ、今みたく戦わないで勉強していられる世界では無かったかな。」

 

逃げないのをいいことに、頭を撫でる。髪型は崩さない程度に。*

 

「そう……。荒事になれているのね。だったらこれからの戦いに有利になるんじゃないかしら」

 

そう、私達はこれから戦う。私の身の保証がつくくらい大事な戦い…。

 

守られてばかりが嫌で、とっさにやると決めたはいいけど私戦ったことなんてないのよ。いつだって怯えて泣いて。言う事に従ってばかり。

 

女王様って本当にいるところにはいるのね…。

 

「ねえ、だったら戦わない選択肢もあったんじゃないの?勉強して、安全にあなたは過ごせたはずだわ。…助けるのが当たり前って顔しているけど、その選択肢を自分から捨ててどうするの」

 

私のせいで。

 

私と会ったから。

 

そんな考えに思考が沈む。そんな優しく撫でられる立場なんかじゃないわ、私は。*

 

「無いかな。なんていうか…戦いが身近にあり過ぎたのかもしれないけども…僕は、世界を救えるなら救いたいって思うんだ。」

 

「こういうの、おかしい……のかな?」

 

撫でる手を止めてそっと視線を合わせる。*

 

当たり前のように無い、なんて言い切るのね。

 

「…戦いなんてないに越したことないわよ。弱者になったものの扱いは酷いものよ。世界の事を知った以上逃げれない戦いとはわかるけれど…」

 

合わさった目線。泣きそうな顔が相手の瞳にうつるのが情けないの。

 

今更よ。今更戦うのが目の前にあって怖いなんて。言えるわけないじゃない。

 

助けてくれた人の手助けをする!なんて、格好つけても。私は弱者のままなの

 

「…あなたが強い人だから。私の理解が及ばないだけだわ。ただ……」

 

少し言葉を自分の中で探る。優しい人だというのはもうわかっているの。なら

 

「それは、とても…尊いものだと思うわ」

 

小さな声でもしっかり言えたと思う。

 

「守って貰った分ケガ、させないわ。私が。物好きなあなたと暫くは運命共同体なんだから…心配させないでね」

 

怖い気持ちがなくなったわけじゃない。でも強がるくらいは出来るの。*

 

「そうだね、僕はたまたま戦えた、それだけだと思う。」

 

「尊い…か、そうかな?そう思ってくれるなら、ちょっと嬉しいかもしれないね。」

 

真っ直ぐにルーシャを見つめる。不安げなのがわかるけども、励ます様にして言う。

 

「ありがとう。でも君にはあまり無理させないように…可能な限り守るから。だから…。力を借りるよ。改めて明後日は宜しく頼む。」

 

ニッコリと笑うと、手を差し出す。*

 

私は戦えなかった人間。それでもこれから戦う人の手助けをすることになる。

 

…そうやって経験を積めば私も追われるだけの、どん底の人生から逃げ切れるようなるのかしら。

 

まっすぐ見つめられる目。その目は揺れてるようには見えなかった。正直羨ましいわ。

 

「あなたが守ろうとしてどうするのよ。前線でそんなの気にせず戦ってればいいのよ」

 

私を気にして怪我させたら意味がないじゃない。

 

「い、言われなくても、力なんていくらでも貸すわよ。…守るなんて思われるくらい弱っちい力に見えるでしょうけど…」

 

言った事に自分でどんより落ち込む。

 

どうせ見目しか特技がないわ、私は

 

それでも、差し出された手をそっと取るの。

 

「…宜しく」

 

こうやって人と手を握る日がくるなんて思ってなかった。

 

こっちに来てから散々すぎて、やっぱりどこか不思議で

 

この人が不思議だって改めて思ったのよ。*

 

「正直ステラナイトになるっていうのがイマイチわからないんだけども…。君が直接戦うわけではないのは理解してるよ?ただ、武器を壊されるようでは三流っていうのが、普通だったから…そういう意味での守るって言い方だったんだけども、おかしかったかな?」

 

常識の違いというのは、こうもすれ違うものなのかもしれないなと思う。

 

そして、彼女が非常に落ち込みやすいのは、なんとなく把握していたので、どうしたらいいのかなと、やはり困惑を隠せないでいてしまう。

 

「うん、宜しく。何か、美味しいものでも買って帰ろうか?」

 

元気がない時は、美味しいものを食べるに限る。シンプルだけども、結構有効な手段でもあるとは思うので、総提案をした。*

 

「私だってわからないわよ。この世界がそんな存在がいてどうにかなってたっていうのも初めて知った位だし」

 

ステラナイトなんて存在がいたこと自体が初耳すぎるわ。敵の存在も。

 

「……ちょっとずれてるわよ、あなたのそれは」

 

武器を壊されないようする=守るっていうものなの?私は残念ながら武人じゃないからわかりっこないわ。

 

私が勝手に落ち込むのに困惑させるのももう何度目かしら。私って…面倒くさい

 

そうやってまた勝手に落ち込んで泣きそうになるのよ。

 

それでもおいしいもの、って言葉に。髪がぽわっとさらに発光して蝶が出かかったあたりに気持ちが微妙にすけるのよ。

 

機嫌がいいと光の蝶が現れる体質。これは自分の今の気持ちを写すようでこういう時にかなり恥ずかしいわ…・・・・。

 

「…食べる。おもち、大福、アイス、総合したスノー大福食べる」

 

…初めて食べた時おいしかったのよ!

 

*

 

「そうだね、〈普通〉は知らないって話だしね。」

 

事実、こうなるまでは知らなかったので、普通の人は知らないのだろうと思った。知って居たらば、このような生活は送れないだろうとも。

 

「うん、まぁそうだろうね。世界の常識が、〈普通〉が違うだろうし、ね。」

 

少し苦笑しながらそう答える。

 

そして、僅かに彼女の髪が光っているのに気づく。機嫌がよくなった時に見られる現象だ。

 

このことは絶対に言わない方がいいんだろうなと思いつつも、内心ほっとする。

 

「スノー大福だね、じゃあ、それ買って帰ろうか。」

 

店は多分あるところはあるだろう。この世界は自分がいた世界よりも、大分文明も進んでいて、驚くことに休みなく開いてる店もあるほどなのだ。

 

*

 

お互いこの世界の普通すら知らなくて。それでいて一緒にいるのが本当不思議なものよね。

 

「普通の人は知らなくていいものよ」

 

そうつぶやくの。こんな…残酷な現実余程じゃないと受け入れれるものじゃないもの。

 

何もかも、性格も、住んでいた場所も、常識も違いすぎる。

 

それでも

 

「ねぇ、貴方はスノー大福美味しいと思う?」

 

買いに行こうとする背をおいながらそう問うの

 

美味しいものを、同じように美味しいって思えたら。

 

何もかも違う私たちの同じが一つくらいあってもいいんじゃないかって。勝手にそんな事を考えたのよ。*

 

「そうだね。」端的に答える。もうそれ以上言いようもないのもあった。

 

「大福?美味しいと思うよ。少し多めに買っておくかい?」

 

気に入ったのなら多めに買うのも悪くない。そう思った。*

 

同意には頷きで。そして続く言葉に蝶がふわっと。

いけないわ、私。落ち着くのよ!

 

髪をぎゅっと握って顔をちょっと赤くするの。

 

「ふ、普通でいいわ。一つ買っても二個入っているもの。…だから、わけて食べればそれでいいのよ」

 

でも…

 

「その、買い置きするなら、止めたりしないわ……」

 

そうぽつりと。戦い前なのに。なんだか普通の会話みたいで。それがなんだかちょっとくすぐったかった。*

蝶が飛んだことに気づいて微笑ましくそれを眺める。

「わかった。ちょっとだけ多く買おうか。」

そのちょっととはどれくらいなのか…。とりあえず買い占めはしない程度の数を買うつもりではあった。*

第二幕

 

謐の夜更けに包まれた頃、花の咲き誇る温室にて。

 

一人部屋を抜け出したルーシャを探してたエドガーは、そんなところでルーシャを見つけ、声を掛ける。

 

「こんな夜更けにどうしたんだい?不安で寝付けない?」*

 

夜。戦いの前日という状況で流石に気が昂って上手く寝れなくて。あの人に見つからないよう、誰にも見つからないようひっそり部屋を出たの。

 

足が向いた先は温室。お花が綺麗だし人目を避けるにも丁度良かったから。

 

そうして花を見ていたらかかる声。思わずびくぅ!!!!と大きく反応して振り向いたのよ。

 

「な、な、なによ。急に声かけないで」

 

言ってから内心で落ち込むまでがセットなのよ。相手にしてみれば理不尽な反応なのはわかるもの。*

 

「おっと、驚かせてすまない。そういうつもりはなかったんだけども。」

 

苦笑して思わず頭を掻きながら言う。

 

「それで…さ。やっぱり明日の事が気になって眠れないのかな?」

 

多分そうであろうと思いつつ、そう問いかける。*

 

「……別にいいわよ。ビックリしただけ」

 

内心のしょぼくれはうなだれた頭に出ていると思うの。

 

本当この人はいい人。善人。なのに人間だからってつっぱねてしまう自分に凹むのよ。

 

「……そうね。私は戦った事ないもの。緊張するわ」

 

身の危険に色々あっても私は戦うという選択肢をとれたことはなかったわ。明日、武器となり防具となりこの人の戦いをサポートすることになる。直接戦う訳じゃない。けれど、なにかあったら。とか悪い方向にばっかり考えてしまうの。*

「うん…そうだよね。当然の事だと思うよ。思い出してみれば、さ……僕だって、初めての戦いの前日はこんな感じだったよ?」

そっと近くに寄る。

 

「でも、見えるのかどうかわからないけども、君は何も心配する必要はないから。」

 

絶対という保証なんてものはない。無責任だともいえるだろうけれども、なんとなく大丈夫。そんな気がしていた。*

「そうなの?……あなたってずーーーと平然としているイメージがあるわ」

 

なんてちょっと失礼かしら。だってそう見えるんだもの。

 

近くに寄られるのに反射的に逃げたくなる癖をぐっとこらえる。この人は(現状)大丈夫、大丈夫よ。売ろうとした、お母さんを殺した人じゃない。

 

「……貴方は私の心配すら必要ないのね。強い人だわ」

 

ちょっと嫌な言い方かしら。私が信頼しきれてないのに、相手に信頼を求めるのは間違ってるのに。

 

相棒として戦いにいくのに私は数に入っているのか、いまいちわからないわ、本当に。*

 

「まぁ、それも経験と慣れだよ。」

 

事実をそのまま告げる。最初のうちは緊張しはしたものの、いつしかそんな気持ちは忘れてしまったな…と、僅かに感慨にふける。

 

「そういうわけじゃないんだけども…なんというか、そんなに簡単に沈むような船ではないよ?っていうことだけかな。それに…。俺たちだけじゃないんだしさ。」

 

まだ見ぬ共闘者達に不安が無いわけではない。でも同じ目的をもって戦う以上、信用は出来ると思ったのだ。

 

*

 

「そう…。私も慣れたら戦えるようなるのかしら」

 

奪われるだけでなく、利用されるだけでなく。

 

直接戦うわけじゃなくても場数はふめるのかしら?なんて。…相手にどこまでおんぶして貰ってれば気がすむのかしら。私も。

彼一人じゃない。ステラナイトは他にもいる。わかっていても心配なのは心配だし不安なのは不安なのよ。

「どれだけ平穏に見えても、いきなり崩れる時は崩れるわよ」

 

そんなのあっちの方がよほど知ってそうだけど。

 

私はどうしても後ろ向きなのよね……。

 

*

 

「どうかな…?向き不向きもあるし、どうとも言えないかな。」

 

率直に答える。

 

「でも俺が思うに…無理して戦わなくたっていいと思うよ。それに、戦いは何も戦闘だけじゃないし、さ。」

 

ふと思い出す。暴力以外の«戦い»の事を。

 

全く関わらなかったわけではないが、いっそ暴力の方が簡単でいいとすら思えるほどの事があったのを覚えている。

 

「全く持ってその通りさ。でも…多少はそういうのの立て直し方も心得ているつもりだから。」

 

少しでも安心させられるのなら、と言葉を紡ぐ。*

 

「そう……」

 

向き、不向き。なら私は不向きね。戦いもせず言いなりになってただ生きていただけだもの。

 

「……あなたって……」

 

私を本当に戦力と思ってないのね……。なんて当たり前じゃない。ただただ同じ願いをもってくれて、ブリンガーとシースになって。ただ偶々ペアになって。それだけなのに。

 

私は一体何を相手に望んでいるのかしらね。

 

勝手に落ち込んでため息を一つ。

 

「なんでもないわ。貴方は戦いの経験値がすごそうよね。頼りになるわ」

 

適当な花を見つめつつ、息をはく。

 

「学園ならそう危険もないし、帰っていいわよ。貴方が眠かったら大変じゃない」

 

突き放しているわけじゃなくて、そうじゃなくて。私のことでこれ以上足をひっぱるのに嫌気がさしてきた。それだけなの。*

 

「なんだい?何かあるなら言っておいた方がいいよ。」

 

昔ならこんなふうには言わなかったかもしれない。でも、ある程度経験を積んだからこそわかることもある。

 

「言いたいことがあるなら、言った方が後悔はしないよ。引っかかりがあるなら、言った方がいい。戦いの前ならなおさら、ね。」

 

「それから、さ。戦いは何も直接戦う方だけが重要じゃないんだ。支える側もちゃんとしてないと、全体が崩れる。だから…体調は万全に整えた方がいいよ。」

 

なんと言っていいものか悩みつつ、そう言う。*

 

「……ううん。言ったら私自分がきらいになるもの」

 

首をふるふると振るの。

 

何の力もないくせに、助けられておいて、無力なくせに、頼られてないのに不満をいうなんてそんな偉くも強くもなった覚えはないわ。

 

力になれたら、貴方に感謝されたら言えるようになるのかしら?これで対等な関係ね!みたいに。……なりそうな予感がしないわね。

 

保護されないと自力で生きていけないこどもの自分がもどかしい。

 

「うん……。でも眠くないの。ごめんなさい」

 

椅子に座って足をぷらぷらと。

 

「帰らないなら何かお話して」

 

自分の影を見つめてぽつりとつぶやくの。*

 

「そっか。」

 

とりあえず拒否されてるようではないので、隣の椅子に座ってその辺の花を見るともなく見ながら暫し考える。

 

「お話し、か。何がいいかなぁ…。」

 

「昔話みたいなのがいいかな?うーん…。」

 

悩みながら自分の記憶を探る。だが、あいにくとそういった話のストックはない。教養として童話の類を聞いたことはあったかもしれない。でも、思い出せるほど印象に残った話も無かった。

 

「そうだね、昔あるところに、どこにでもいる普通の男の子がいました。」

 

「彼の住む国は、常に様々な怪物や敵に狙われていて、戦いの絶えない国でした。」

 

「そんな国なので、子供達はある程度の年齢になると、戦場に駆り出されたのでした。」

 

「勿論子供は最前線には出されません。でも予想外の事なんて日常茶飯事。戦場でもそうでなくても、危険は常にそこにありました。」

 

「昨日一緒にいた友達がいない。そんなことも決して少なくはありませんでした。」

 

「ある時、彼は幼馴染の女の子と喧嘩をしてしまいました。」

 

「それは子供同士ならよくある、ちょっとした口論でした。でも、翌日になったら謝って全部無かったことに出来る程度のものでした。」

 

「でもそれは解決しないまま、永遠の別れとなりました。」

 

「彼女は戦いに巻き込まれて亡くなってしまったからです。」

 

「それ以来、彼は悔いの無いように生きることを決めました。」

 

「めでたしかは分からないけども、僕の世界ではよく有った話。」
それは実際に彼が体験したことであったのだが…多分それは隠すまでもなくわかってしまわれるだろうとも思ったけれども、なんとなく話さずにはいられなかった。*

 

夜の暗さの中、二人で花に囲まれ月が私達を見下ろしている。

 

隣同士に座る私たちはあっちから見てどう見えるのかしら。

 

そんなことをぼんやり考えていた。

 

はじまったお話は、とても重いもの。この人だって私とそう年なんて変わらないでしょうに。

 

自身の話だなんて言われなくても流石に伝わる。

 

「貴方は…私がいなくなったら後悔するの?」

 

そこまでの交流も、縁も相手が感じているのかどうか。

 

なんでかわからないけど聞いてしまった。*

 

「そりゃ後悔するさ。今こうして一緒に居られる事は、きっと意味があることだって思うしさ。」

 

運命などと言うと少々恥ずかしいので、そこまでは言わないが。

 

「出会って、ステラナイツになって…それだけでも凄いことだって思うよ。」

 

「だから、さ。全部何もかも信用しろとか、信頼しろだなんて言わない。でも…。」

 

少し、息を整える。

 

「ほんの少しでも、僕の事を信じてくれたら、嬉しいな。」

 

そう言って、そっと表情を伺うように横を向く。

 

*

 

「そ、そ、そう……」

 

流石に恥ずかしくなって顔が熱くなったわ。

 

私のこと、そういう風に思ってくれてるのね。へーへーふーん……。

 

無駄にそわそわして、髪が発光して蝶がふよふよするの。

 

確かに、ステラナイトになったのはすごいことよね、ええ

 

信用……してないのはどっちなのかしら? 私? それともあなた?

 

お互いろくに名前すら呼び合ってないのにきっと相手は気づいてないのよ。こういうとこ、男の人は駄目よね。本当に。

 

記憶の中のお母さんが笑ってそういうものよ、っていうの。

 

「――…………」

 

待って。待って、待って。お母さん、が、今。私の中で笑ってくれた。

 

なくしてからはその姿ばかりが目に浮かんだのに。

 

私はそこまで気が緩んで、溶けて来たのかしら。

 

「っ…信じろって言う人はうさんくさいってよく聞くわ」

 

口から出たのは可愛げない言葉。

 

「でも……貴方は行動でずっと示してくれたから…頑張ってみる」

 

立ち上がり、相手の前でしゃんと立つ。背を伸ばして、相手をちゃんと見て。

 

「貴方に加護を。エドガー=デリック・エイヴリング、弱くて何の力もない私だけど、そんな私が貴方のシースよ。なら強くなってみるわ」

 

光の蝶を相手に差し出す。それは相手の目の前で柔らかく溶けて消える。何の力もないものだけど、それは私の気持でもある。*

 

 

「うん、すぐにとは言わない。その、応えてくれようとする気持ちだけでも凄く嬉しいよ。」

 

差し出される蝶をそっと包み込むように受け取る。

 

「もう遅い時間だし、夜更かしは体に良くない、だから…帰ろう、ルーシャ。」

 

そう言って、そっと手を差し出す。

*

 

のばされた手に手を伸ばす。

 

家をなくしてから、もう誰も私を守ってくれる人なんて、救ってくれる人なんていなかった。

 

そんな私に伸ばされた手。

 

その手を取ること自体が既に信頼を示しているようなものなのよ。
呼ばれた名前に応えるように、手を繋ぐの。

 

「ええ、帰りましょう」

 

今いる場所だっていつかはなくなるんじゃないかって思うの。いつまでも私という存在があんな平穏な場所にいれるなんて楽観はできないもの。

 

それでも、今は『帰る』の。

 

静かな夜の中、花を彩るように光る蝶はもうひと舞して溶けて消えた――

 

*

 

ー幕間ー

 

「ルーシャ、起きて。時間だよ。」

 

少し早いとは思うが、なんとなく予感があるので、ルーシャを起こしておこうと、一先ず声を掛ける。*

 

「ん~~……やっ」

 

もぞり、と寝返りを打って横になったまま。眠いの。昨日寝つきやっぱ悪かったんだもの…。

 

*

 

「起きたらいきなり闘技場とかでもいいの?」

 

起きて置いた方がいいと思い、今度は声だけではなく、軽く布団の上からポンポンと叩く。

 

*

 

「討議じょ……?」

 

寝ぼけた頭でもぞもぞしつつ布団にもぐりこむ。ねーむーいーのー。

 

ああ、でもぽんぽん、とされるのはきもちいぃ……*

 

「こらこら、本当に起きないと…困っても知らないよ?」

 

とは言いつつも起こすのを諦めるつもりはないので、今度は軽く肩を揺さぶる。

 

*

 

「んにゃあ……」

 

肩を揺さぶられ夢見心地が崩れていく。

 

不機嫌を隠さない顔が布団からもぞりと。

 

「ねむい……」

 

何かあったっけ……?寝ぼけた頭じゃまだ思いだせていないの。*

 

「おはよう?かな。起きて何か少しでもいいから食べておくかい?」

 

ようやく目覚めてくれたらしいルーシャにほっとしつつ、問いかける。

 

*

 

今何時だろ…?朝早い……。学校にはまだ余裕ある……

 

「…………ぁ」

 

思 い 出 し た

 

「ちょっ!あとどのくらい余裕あるのかしら!?こんな格好で人前にいけるわけないじゃないの!!ちょっと!もう!!」

 

理不尽に怒る。寝起きなんてそんなものよ。

 

慌てて服をポイポイ脱ぐの。……相手の視線を忘れて。

 

急いで服に袖を通すのよ。

 

「時間あるならご飯、食べる!!!」

 

さて、相手はどっちを向いてたかしら。*

 

「まぁ、緊張してないのはいいことかもしれないけども…。もう少し気を使った方が良いよ。」

 

僅かに苦笑をしつつ、用意しておいたサンドイッチの皿をテーブルに乗せる。

 

着替え始めたタイミングですぐに目を逸らしておいたが…まぁ、見えてないわけではなかったが、そこまで言うのは却って失礼になるだろうと、特には指摘はしなかった。*

 

「え?」

 

ぼさぼさの髪を手櫛でひとまず整えるの。

 

テーブルにおかれたサンドイッチに手を伸ばしかけて、ふと真顔になったのよ。

 

「……買ったやつ?作ったやつ?」

 

戦いに行く前に倒れたくないわよ、私……。
説明するわ。私の相棒は料理が下手なんて可愛いものじゃないのよ……。

 

*

 

「勿論買っておいたものに決まってるよ。」

 

前に意識を失われてしまって以来、手料理は止めている。きっと彼女の口には合わなかっただけだろうとは思うが。

 

*

 

「そう、なら頂きます」

 

きちんと挨拶してサンドイッチを手に取るの。

 

早食いは趣味じゃないけど気持ち早めにもぐもぐと。

 

食べててやっと私は頭が回ってきたのよ……。

 

「……みた?」

 

何を、と言わず恐る恐る相手をみたのよ。

 

*

 

「ん?何をだい?」

とぼけてるわけではなく、少し繋がらなくてそのまま問い返す。*

 

 

「……着替え」

 

顔を赤くして俯いたの。
私が悪いのはわかってるわ。わかってるけど……。*

 

 

「あー…ほんの少しだけ。でもすぐ目を逸らしておいたから。」

 

「見られたら嫌だろう?」

 

直接聞かれたのなら、そのまま答えるだけである。*

 

 

「~~~~~~~っ!!」

 

羞恥をなんとか自分の内に飲み込んで耐えるの。

 

見られた、とか恥ずかしい、とか。同居している以上今更でしょうけど相手はずっと紳士だったんだもの。だから今回は私が悪い。わかってるのよ。だから怒れないの。

 

……だからって無反応に近いこの反応もまた腹がたつのよ。

 

「別に!!」

 

何が別に、なのか。自分でもあまりよくわかってないわ。

 

ただ恥ずかしくて、ぐるぐるするの。サンドイッチを飲みこんで、水で流すのよ。

 

「ああ、もう!ロアホラだろうがなんだろうが殴り飛ばすわよ!!!」

 

怒りの矛先は戦いに向けた。*

 

「ロアテラだよ。あと、本体ではなくて、手先だからね?」

 

わかっているとは思うが、一応訂正はしておく。

 

「さて、お嬢様。ご準備は整いましたか?…そろそろ時間みたいだ。」

 

少しお道化た調子でいいつつも、最後は少し表情を厳しくして言う。*

 

 

「~~~知ってるわよ!!!もうっ!もうっ!!!」

 

こんな時まで平然と真面目に返すからなんか自分一人こどもで余計気持ちが空回るわ。

 

おどけつつも真面目な顔。時間がやってきたのを肌で感じるの。

 

私も深呼吸して気合いを入れ直すのよ。緊張している時間なんてないけどこれくらいでいいのかもしれないわ。

 

「ええ、騎士様。準備は万端ですわ。いつなりとも。行きましょう」

 

しゃんと背を伸ばして立つの。*

 

「では、行こうか。…大丈夫、僕たちはきっと勝てる。」

 

自分たちの勝利を信じて疑ってないという、自身に満ちた強さを感じさせる表情で言いながら、ルーシャに手を差し出す。

 

*

 

差し出された手を取る。戦い慣れた手に華奢で戦いなんて知らない手を。

 

勝利を疑ってないその相手に気持ちで今だけは負けないように。凹みやすくて泣きやすい私だけど、今だけは自分を鼓舞するの。

 

「ええ、行きましょう。貴方なら勝ってこの世界すら守ってみせるんでしょう?」

 

私を救ったのと同じように、何でもない顔で。涼しくやり遂げる姿が見えるわ。

 

大丈夫、怖くない。

 

*

 

「ああ。そして、願いを叶えて見せるさ。」

 

彼女の手を握り、僅かに力を込める。

 

『我らの進む道に栄光あれ!!』

 

*

 

手がぎゅっとされたのを感じて握り返すの。

 

鳥かごでなく遠く、その先に辿りつくために。願いの為に。世界の為に。

 

……この人の力になる為に。

 

『光さす道を貴方に私は示す。貴方を守護する力を。そして栄光の冠を貴方に』

 

**

 

ーカーテンコールー

 

「ふぅ…どうにか勝てたな…。あそこまでとんでも無いのは、流石に予想外だった。」

 

無事に戻ってこられた事自体が奇跡的と思えるほどの激戦だった。

 

仲間というか、味方が居なければ、間違いなく負けていたと思えるほどには。

 

「ルーシャは問題ないか?」

 

無事に戻った事で、変身も解除されてるので、相方となっている少女に声を掛ける。*

 

不思議な感覚だった。防具となり、武器となり。この人と戦った。なんとも言葉にしがたい感覚だったの。

 

敵は思っていた以上に強くて。味方同士でいきなり攻撃したりとかびっくりしたわ。そんな時に限ってクリティカル出しちゃったりとか、ああ、もう!ってもどかしく見ていたの。

 

部屋に戻って元に戻っていたのに気づいたの。自分の手足がちゃんとあるのを思わずみたわ。

 

「って!私よりあなたじゃないの!だいぶボロボロにされていたじゃない。大丈夫なの?痛くならないようにって気合いはいれていたけどどうだったの?…うまく、戦えたの?」

 

私が戦いになれてないから。素人だから。この人の足を引っ張って余計な怪我をさせてなかったか。そういうのが今更ながらに心配になったのよ。*

 

 

「大丈夫みたいだ。…そういえば、攻撃されたときも、光が散るだけで、傷は…負ってなかったな。」

 

今更ながらの不思議な現象にようやく言及する。ステラナイトとはそういうものであると、知識はあったが、やはりこういうのは、体験しない事には、実感なんて沸かないものである。

 

「そうだね、正直ギリギリだったけど…仲間というのは大切だな、ホントに。」

 

かみしめるようにして言う。*

 

「そう……なら、よかったわ」

 

ほっと一息。

 

ふっと。繋いだままの手のぬくもりに気づくの。

 

仲間……彼にとってあの人たちは仲間。じゃあ私は?

 

繋いだ手を持ち上げて。さらにもう一つの手で包むの。

 

「……でも勝てたわ。涼しい顔じゃなくても勝てたもの。それでいいじゃない」

 

*

 

「ああ、勝てた事が大事だ。…負けない限りは、どうとでもなるからな。」

 

例え地を這うようなギリギリの死線であったとしても、生き残りさえすれば、次がある。

 

だから、この勝利はきっと次への道に続いてる。

 

微笑むと、包み込むようにしてるルーシェの手を更に手を重ねる。*

 

 

「そうよ、人間いきてなんぼよ……」

 

死んだら何も残らない。お話出来ない。もう会えない。

 

お母さんを連鎖反応で思い出して泣きそうになるのをこらえるの。今は勝ったあとなんだから。湿っぽいのはしないであげないと。

 

手をさらに重ねられて、頬の体温が勝手にあがるのを感じたの。

 

「……~~あなたは、死んだらだめよ。絶対だからね!拾った責任を全部とれとまでは言わないわ!言わないけど……勝手に諦めて放置する真似はゆるさないんだからね!」

 

つい、と赤くなった顔を見せないようにそらすの。*

 

 

「ああ、勿論だ。」

 

照れて顔を背けるルーシェをニコニコ笑顔で見つめながら言う。

 

*

 

「…………うん」

 

小さくこくり、と頷く。この人って…前々から思っていたけど……

 

「ねぇ、唐突な質問なんだけど、あなた夜道に気をつけろとか言われた事ないかしら?それか女性関係で気をつけろとか」

 

*

 

「…?うーん…あったような、無かったような…?」

 

元より余裕は少ない世界だったのもあってか、その辺で特に何かを言われたことは無かった…はずだ。

 

*

 

「そう……」

 

ならそれは相手の世界じゃ普通だったのね。女性の扱い方は場所によってかなり変わるし不思議じゃないし別段優しい分にはせめるものじゃないわ。

 

ないけど……なんだかもやもやするのよ。

 

私は特別になれないのかしら?なんて、心の小さな声はまだ閉じ込める。

 

「学校、行きましょ。それとも病院いっておくべきかしら?」

 

今日は平日。普通の日常をおくらないといけない。

 

繋いだ手をそのままに。もう一度ぎゅっと握りしめておくの。

 

*

 

「怪我は無いって言っただろう?学校に行くよ。」

 

彼女の内心など全く気付かない彼は、そう言ってニッコリと微笑むのであった。

 

*

 

「そうね、行きましょう」
そう言って片手を繋いだ状態に。その手ははぐれないようそのままに。
「あのね、次はもっと貴方の役に立ってみせるからね」

 

今はまだ、貴方の相棒やら味方やらに程遠いけど。貴方の武器になれるのは今は私。

 

「余裕で勝てたって言わせて見せるわよ、い、いつか……ね。気長なお話だけど」

 

気長分、付き合ってくれるんでしょ?それなら、今はそれでいい。

 

相手の顔を覗き込む。
「行きましょ、エドガー」
光る蝶がふわりと、二人の間を飛んだ――**

 

 

「!あ、ああ。」

 

初めてちゃんと名前で呼んでくれた。

 

この戦いを通じて、彼女の信頼をようやく少し得られたような気がして、ふんわりと笑う。

 

そして、光る蝶を目で追いかけたー

 

**

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