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  ― 一幕 ―

また、例によって例の如く。ルーシャが攫われかけた。もはや日常の一部の様に。

 諦めない連中が多すぎる。ホントにココは平和な世界なのか?少し疑問に思わなくもないが、ルーシャの存在を思えば、仕方ないのかもしれない。

 今日も今日とて、彼女を抱きかかえて追手が来ない事を確認すると、其処は 願いの決闘場の近くであった。今日も花は何時もの様に美しく咲いている。

 「そうか、そういえば、次はまた俺たちの出番だったな。」

 そう抱きかかえたままのルーシャに話しかける。*

 毎度ながら諦めが悪過ぎるわ。私を手に入れようとする連中は。

 私が美しく、特殊な光る蝶を出せる存在だから。ただそれだけなのに。……誰かに迷惑なんてかけたくなんてないのに。

 私はステラナイトの相棒、エドガーに抱きかかえられてまた願いの決闘場に来ていたのよ。

 「……そういえばなんて軽い話題じゃないでしょうに……」

 半泣きで無力さと情けなさで一杯なのよ。それなのに口は可愛げない言葉をまた紡いでしまうの。そしてまた勝手に落ち込むのよ。

 「……いい加減うんざりしないの?」

 こうも回数があるといい加減面倒になりそうだと思うのよ。*

 「いや別に。前に言ったかもしれないが、昔に比べたら大したことないくらいさ。」

 「ステラバトルの方が骨が折れる分、そっちの方が沢山あると少し疲れるかなと思う位だよ。」

 なんてこと無いかのように言う。*

  相手は憎たらしい位相変わらずなのよ。
 なんでもない、と。……それがもどかしいの。上手く言えないけどもどかしいの。

 「ステラバトルは……大変だものね。というかだったらやっぱりそういえばなんて軽い話題じゃないじゃない。そんな時にまで……その……」

  “足を引っ張ってごめん”って言おうと思うのに、うまく口から出てくれないの。肯定されたら……側にいれなくなりそうで。一人になるのが怖い臆病者なのよ。

  ステラナイトの相棒というだけで守って貰う意味を貰って、その繋がりにどこか安堵があるのも事実なのよ。

 「……わたしずるいわね」

 小さく呟くの。*

 「ずるい、何がだ??」

 小さく聞こえた声に反応して、素直に尋ねる。

 内心は殆ど声に出すことはないが、今までが今までだけに、寧ろ平穏な時が多いこの日常には実は感謝しているのである。

 きちんと休息出来る、食事が出来る。それがこれほど有難いことであると、今に至るまで気づきもしなかったのだから。*

  小さな言葉は拾われて、言葉がつまるの。

 「……だから、その……うぅ……」

 困ったように眉をさげるのよ。

 この抱っこの状態のままなのも……どうしたらいいのかしら? 

 「ま、守って貰ってばかりだし」

 ちょっと視線をそらして、頬を軽く染めたままなんとか返答するのよ。

 というか本当、どうしたらいいのかしら?*

 「?女性は守られてしかるべきだろう?何かおかしいことでも?」

 「それにルーシャ、君は戦士というわけでもない。戦士であれば、その誇りを尊重するが、別にそういう訳でもないのだろう?」

 世間と常識がズレているのだろうが、さも当然とそう述べた。勿論表情は全く崩れない。

 むしろ慈愛の微笑みを浮かべている位である。*

 「……まぁ、普通に考えればそうなんでしょうけど」

 「勿論戦士なんかじゃないわよ。争いごとなんて苦手だし嫌いよ。だいっきらい。」

 「……あ、ステラバトルはうん……必要だし願いの為だし。」

 当たり前、というように守って守られて。パートナーとしてそれでいいのかしら? と毎度ながらの堂々巡り。私自身に力なんてないのはわかっているのに。

  私は守られないと生きれない。そんな事実がにくったらしいのよ。

  ……エドガーの手に重しを与え続けるばかりなのが苦しく感じるようなったくらいに私がこの人に懐いてしまった証左でもあるの。

 「エドガーのそういうとこに甘えてるから……ずるいって言ったの。これでいい?」

  可愛げなくツン、としてしまってまた勝手に落ち込むのよ。*

 「別にずるいなんて思わないさ。いいんじゃないか、頼ってくれてるんだろう?」

 「出会った頃のルーシャだったら、そんな事言わなかっただろう?それは素直に嬉しいと思うよ。」

 ストレートに伝える。*

 「……頼られてばっかじゃ貴方人生損ばっかりになるわよ?」

 「もっと自分の為に生きたっていいんじゃないの? 理不尽だって憤ったていいのに……」

  ただ相手がいい人で眩しいのかもしれないわ。私は小心者で世界の理不尽に憤っている。

  それに逆らう力もないくせに。そんなとこだけいっちょ前なのよ。

 「まぁ、確かに……最初なら言わないけど。それが嬉しいって相変わらず変人よね」

  恩人に対して大した言いようだけどこれも慣れの距離感ってやつよ*

 「そうかな?俺はそうは思わないよ。」

 「そうだなぁ、なんだろうかな。今が一番幸せだと思って生きるのと、そうでないかとの違いだろうかな?」

 「ああ、あと誤解があるようだから、言っておくよ。」

 「俺はいつだって、自分の為に生きてる。後悔したくないからね。」

 「だからルーシャ、何も気にしなくていいんだ。」

 「むしろ、力を貸してくれてありがとうって思ってるよ。」

 「そうでなかったら、ステラナイトとして今此処に居ないからね。」

 器用に片手で抱きながら、もう片方の手で頭を撫でる。*

 「そう思わないって……」

  それはそれで心配になるわ。そう思ったのに。

  私はどうなのかしら。家族で暮らしていた平穏だったあの時期が一番幸せだったと思っているのかしら……。

 「……それで自分の為って……」

 どれだけこの人が我儘を許されない状況にいたのか、少し触れた気がしたの。

  続いた言葉にまた頬が染まったわ。……前々から思っていたけどたらしよね。

  器用に撫でられるのをそのまま受け入れて、どう言葉を紡ごうか考えるの。

 「……エドガーは、今幸せなの?」

  世界の事を知ってしまって。願いの為とはい戦う事を強要されて。その上はねっかえりの私の世話をしている。この状況を……幸せに思うのかしら。*

 「ああ、少なくとも不幸に思った事は無いよ。」

 「何時も苦難を無事に乗り越えられれば、それは幸せだと思う。」

 「まぁ、極端な物言いだとは思うけども、何時も、何時でも幸せだったら、それはもう幸せではなくて、日常だろう?」

 「そういうものじゃないかな?」

 と、少し首をかしげながら、逆に問い返す。*

 「そうなの……」

  その言葉はまっすぐで。いつも通り嘘なんてないってわかりやすいの。

 「……確かにそれは日常ね。日常だから普通の人には普通が幸せってわかりにくいものよね」

  私はそんな普通の人たちみたいな幸せがほしい。脅かされず生きたい。

  でも……。

 「私も今を不幸とは思ってないわ」

  それだけは言い切るの。狙われていても、手をかけても。

 「……あなたがいるもの」

  不幸から守ってくれる。傍で当たり前のように守ってくれる。それが女性に対して誰にでも、当たり前でも。

  少し体を寄せて服をギュッとつかむの。

 「とありあえずシースでよかったとは言えるわね。私ただ恩をもらうだけは嫌いだもの」

 *

 「それならいいさ。ルーシャが今の状態に不満がないのなら。」

 少しずつ距離が縮まっていることに安堵を覚えて、そう答えた。*

 「この状態に不満をいったらバチがあたるわよ。好きな物を食べれるし、まぁ多少気を付けないといけないけど出歩けるし……売られないし」

  売られてない状態というだけで幸せっていうのもどうなのかしら? とは思うけど仕方ないじゃない。

 「次もちゃんと頑張るわよ。……シースの時は私が貴方を守るわ」*

 「ふふ、そうかもしれないね。ああ、そうだ。またスノー大福でも買って帰ろうか。今日の無事の記念に。」

 「そして、次の戦いの前の景気づけとして。とか言うと少し重いかな?」

 「また、苦労を掛けるけども、よろしくな。」

 そう言って、少し姿勢を但し、よりしっかりと抱きかかえる。*

 「スノー大福……!」

  その言葉に髪がふわり、として光る蝶が飛ぶのよ。……だから私わかりやすすぎなんじゃないのかしら?

 「別に記念とか景気づけとかじゃなくて……“普通”でいいのよ」

  当たり前の日常。好きな物を好きな時に買って食べる。そんな事。

  私がほしいのは……たったそれだけの事。

 「貴方はもっと苦労をかけてくればいいのよ。次の課題よ。私にちょっとは苦労かけなさい」

  なんてちょっと意地悪く言うのよ。

  しっかり抱きかかえられて鼓動がくすぐったくなったの。

  ……というかいつまで抱きかかえているつもりなのかしら。

  なんて、言葉に出せないまま。この距離のままでなんとなくいてしまったのよ。*

 「ホントにルーシャはスノー大福が好きなんだな。」

 ふわりと舞う蝶を嬉しそうに眺めながら言う。それは彼女が心底喜んでいる事の証だから。

 「苦労、苦労…か。何時もこっちの方がかけてるんじゃないかな?」

 主に食事の支度をしてもらってるので、そう言った。

 「うーん、そうだなぁ。それなら…あまり食べた事のない食事がしてみたい、かな?」

 「またレパートリー増やしてくれることを期待してるよ。」

 と答えた。*

 「うっ……いいじゃない」

  ちょっと恥ずかしくてつい、とするのよ。頬を軽く膨らませてしまうの。こういう事が子どもだってわかってるのについしてしまうのよ。

 「いや、かけてるのは私の方でしょうが。今だって……」

  抱っこされてるし。

 「食べた事のない……。う、それは私への挑戦ね? わかったわよ。あっと言わすの作ってやるわよ」

  負けず嫌いなのかついついそんな言葉が出るのよ。

 「美味しいって言わせてみせるんだから。覚悟しなさい」

  なんて意味なく喧嘩腰になりつつも、最後はふっと笑ったのよ。*

 「ああ、楽しみにしてるよ。」

 「でも、いつもルーシャが作ってくれるものは美味しいからな。比較に困りそうだ。」

 そして、ふっと笑う彼女の顔を見て、こちらも嬉しそうに微笑むと、店へと向けて歩き出すのであった。*

  楽しみにしてるよって笑う姿にこっちも笑うのよ。

 「貴方が作るのに比べたら何でもおいしいわよ」

  なんて世界の真理を説いておくのよ。

  歩き出したのを感じてふと、気づいたのよ。

 「いや、待ちなさい。待って。おろしてからここから出て」

 至極真っ当な突っ込みを入れておくの。

  いつまでも抱きかかえられるだけじゃなくて、隣を歩く方がいいもの。*

 

 ― 二幕 ―

 星の瞬く夜。今日は偶には外食でもしようかと、寮の外のそこそこ評判のいい料理屋に来ていた。

 「ふむ、こういうのも偶には悪くない。ルーシャの作ってくれる料理も美味いが。」

 見た目はそこそこ優雅に食事をすすめる。*

  星が綺麗な夜。二人で外食。……これだけ聞くとなんだか……

  とちょっと意識してしまってむずむずするのよ。

  目を覚ましましょうか。この相手は料理が美味しいなんてさらっとたらし発言するけど中身は枯れてるのよ。いい?

  なんて、予防線をいつも通りに。

  特別を作らないよう予防してしまうの。……お母さんみたくまた亡くすのが怖いもの。それに……この人とは願いが叶うまでの間柄ってわかってるもの。

 「お褒めの言葉どうも」

  優雅に食べる相手に対して普通に食べる私。教養の差が住んでいた世界の違いをいやでもつきつけるのよ。

 「今度はこういうお洒落な料理に挑戦してもいいかもね」

  なんて、この前作ったグラタンはどういう評価だったかしらね。なんて思いつつせめて役に立てる部分で役に立ちたいって考えるの。

 「貴方って……よく言えば落ち着いているわよね」

  なんて軽くジャブを入れてみたのよ*

 「次もまた期待してるよ。この前のグラタン?というのも美味しかったし。」

 「知らない料理は色々楽しい気持ちになる。良いことだ。」

 「そうだな、焦ってもあまり良いことは無い、からかな?」

 と返答する。*

  グラタンが美味しかった、と言われれば悪い気はしなくて。嬉しくなって蝶がふわりと飛ぶのよ。

 「知らない料理でも口にあったならよかったわ」

  場所が違えば料理の味も違うもの。こっちでは普通に使う食材は全く食べない者だったりも。

  そして返ってくる返答は……まぁ、うん。普通だったわ。

 「悪く言えば枯れてない?」

  いってやったわ。ふっ。

 「貴方……好きなタイプとかないの? こういう女の子がいいとか……」

  いや、まって。もしかして男の方がいいとk……。よし。一回返答を聞きましょう。自分で考えておいてちょっと目をそらしかけたわ。*

 「枯れてる…か。そうかもしれないな。」

 「好きなタイプ…。ううーん。改めて問われると判らないな。」

 腕組みして唸りながら考え始める。

 料理の合間の時間(デザート待ち)の間、ずっと考えていた。*

 「肯定するのね……」

  半ば呆れ気味に返答したわ。どんな世界でも。状況でも。人の欲はなくなるものじゃない。それが私の持論よ。

  命がかかるような場所程本能は強くなるらしい……って聞きかじりだから違うかもしれないけれどね。

 「本当にそういうのに興味がないのね」

  なんか、ちょっと面白くないのよ。

 「そんな悩む事なの? 綺麗な子がいいとか、可愛い子がいいとか、趣味が合う人がいいとか……色々あるじゃない」

  かくいう私も仮に聞かれたら考えたことがなかったと悩むことになるのだけれど。自分の事には気づいてないのよ。*

 「うん、やはりわからないな。そういう感情を抱いたことが無いと思う。」

 「そういうルーシャはどうなんだ?参考までに教えてくれないか?」

 とそのまま返答した。*

  無いと清々しいまでに言われてしまったわ。……この人大丈夫なのかしら。って変な意味で心配になってくるのよ。

 「え? 私?」

  前記の通り考えた事なんてないのよ。だから慌てて考えるの。

  だって分からないって答えたら同じじゃない。なんか嫌。すごーーくいや。いやったらい・や。

 「私は……」

  デザートにアップルパイが来て、流石に店員さんの耳の近くで言うのがはばかれてちょっと言葉を止めるのよ。

  内緒話をするように。店員さんが立ち去ってからよ。よし、考えるのよ私。

 「……私は、とりあえず綺麗だからで近づいてこない人かしら」

  嫌な記憶が溢れてきて苦い顔をしてそう言ったわ。*

 「除外したいタイプを言うのも、好みのタイプの見分けに繋がるんだな。一つ勉強になった。ありがとう。」

 「このアップルパイも美味しいな。サクサクするところが良い。」

 興味は料理に移ったらしく、アップルパイの感想を言う。*

 「それだけ?」

  思わずちょっとにらんだわ。

  本っ当に興味がないか……嫌な話なのかしら? わからないわ。

  アップルパイにフォークをさせばさくって音を響かせて生地が崩れるの。

  見苦しくならないよう口にいれればとろっとした食感と軽い食感。二つの違う食感がハーモニーを作るのよ。

 「そうね。美味しいわね」

  これ以上突っ込んでいいのか迷って様子をみたわ。*

 「ああ。それ以外に何かあったか?」

 「とはいえ、何も答えないのも少し卑怯かもしれないな。」

 やや思案してからぽつりと答える。

 「約束を守れないのは嫌だな。」

 「……ああ、これは好みのタイプとかではなく、俺が嫌な事になるか。まぁ、不誠実な相手は好かない。」

 「そういう事で良いかな?」

 と答えた。*

  それ以外しかないわ。と顔に出てたかしら。言葉は続いたの。

 「約束ね……」

  前に言われた過去のお話。すれ違ったままになったお友達。それを何となく思い出したのよ。

 「確かに不誠実な相手はわかるわ」

  とはいえこれじゃあ私達二人共“好きにならないタイプ”しか喋ってないわね。

 「……私は、傍にいて幸せにしてくれる人がいい」

  ちゃんと答えたわよ? とふふん、と胸をはったのよ。*

 「うん、それはいいな。」

 「だったら俺は、一緒に居て幸せと思える相手がいいと思う。」

 少し何かをつかんだのか、嬉しそうに笑うとそう答えた。

 *

  その返答にちょっと目を丸めて。そうして少し笑ったの。

 「そうね。それが一番よね」

  幸せにして貰いたいと思った私と幸せに思える相手。似てるようで少し違うような。私が受け身なのはよーくわかるわね。

 「出会えるといいわね。貴方が何よりも大事に選ぶような、幸せになれる相手」

  私たちの願いは遠くへ。叶う時……きっと別れ別れになる。彼はいつか帰るのかしら? そう思うと少し寂しい気もするけど……。そこまでは言わないわ。流石に。

 「ごちそうさま。美味しかったわね」

  そう言って会計札を手にしようとしてみるのよ。お金? 学園が奨学金を何故かくれるわ。*

 「今の所はルーシャが一番タイプに近いと思う。」

 「君と過ごす毎日は楽しいよ。」

 「これを幸せというのなら、きっとそうなんだろうね。」

 そして、会計札はささっと取り上げてしまう。*

 「え……………………────」

  たっぷり硬直すること十数秒はあったかしら。

 「え、ちょっ……」

  わかってるわ。どうせ一番近いってだけでそうじゃないって。そうだって確信出来るわよ。でも、でも、でも……

  顔が熱くなって。会計札がとられるのを抵抗できなくて(それどころじゃないわよ)

  蝶々がなぜか。な・ぜ・か!!! ぶわっと飛び出して止まらないのよ……。

  お店にいる人たちがなんだ? って目で見るわ。

  それが余計に顔を熱くさせたの。

 「わ、私、先に外、でる!」

  返答も聞かずに飛び出すように外の冷たい空気を求めて足を速めたのよ。*

 「……何か不味いことでも言っただろうか?」

 でも蝶々が飛んだということは嬉しいということで。

 今の会話のどこにそんな喜ぶような事があったのだろうか??と心底疑問に思いながら、会計を済ませ、ルーシャを追う。*

  外に出て少しだけ、そのお店から距離をとるように小走りをしたの。

  くすぐったい……くすぐったい……鼓動が、速いのよ。

 「私といて幸せ……?」

  視界が涙で歪んできたの。なんで。どうして。こんな……

 「落ち着いて、落ち着くのよ私……」

  どーーーーせ! 深い意味なんて……

 「ない、のよね。きっと……」

  なんでそれにがっかりしないといけないのか。その理由を知りたくなくて必死に目をそらし続けるの。

  それは会計までの短い間。

  髪が常に発光している私はいやでも夜に目立つわけで。

  おまけに私は執拗に狙われているってわかっていたのに。

  守って貰えるって、油断したんだと思うの。

  エドガーが出てくる頃。目に見える範囲に私はいないのよ────*

 「ルーシャ、お待たせ。」

 そう言いながら外に出ると、彼女の姿はない。

 実はお土産用にデザートも置いてるということで、先ほどのアップルパイを買っていた。それが裏目に出るとも思わず。

 「ルーシャ…?」

 周囲を見回しても居ない。彼女は良くも悪くも目立つ。可憐な容姿に、時折輝く髪、そして蝶が舞う。

 「……また、か。ホントに懲りない連中だな。」

 少しだけ困った様子で言うと、誘拐犯が居そうな所を考えつつ、移動を始める。

 アップルパイは持ったままで、だが。*

 『オークションは明日だ。間に合ってよかった。ぬかるなよ』

  そんな身勝手な言葉で意識が浮かぶの。

  執拗に狙われてると思ったけどそういう事だったのね……。なんて、誘拐が初めてじゃないせいなのかやけに冷静な自分が考えるのよ。

  ……手は、後ろで縛られているわね。何かに入れられているのか視界は真っ暗なのよ。口元には布。叫ばれないようしているってとこかしら。

  ……あぁ、またエドガーに世話をかけるのかしら。

  いっそ、売られてどこかに行った方が手間をかけないのかしら?

  ……なんで。どうして。

  普通に幸せだって。嬉しいって思える日常を送り続ける事すら許して貰えないのかしら。

  私は誰の所有物になんてなりたくないのに。お金の為なんて理由で自由を、尊厳を簡単に奪おうとする人たちがいる。それが気持ち悪いの。

  抵抗してもろくな事にならないのはわかっているの。逃げるだけの力なんてないもの。

  明日……ステラバトルがあるわ。

  それがやつらにとってきっと誤算。

  だからその時の為にじっと身を潜めて体を休めておくのよ。

  必ず会える。その時があるとわかっているから。

  ──────貴方を信じているから。 *

 「うーん。困ったなぁ。」

 ちっとも困って無さそうな至極のんびりとした口調で独り言を言いながら、心当たりを探す。たまにちんぴらは急所を突いて縛り上げる。

 「多分君たちの上の方の話なんだろうけども、これこれこういう女の子攫わなかったかい?」

 にこやかに尋ねる。答えが無かったら気絶させる。

 大体毎回こんな感じで探しているのだが、8割はこれで見つかる。でも今日に限ってどうにも見つからない。

 ほんの僅か焦燥感を覚えつつ、また次の心当たりに向かう。*

  たどり着いたのは思っていたよりいいお部屋。商品価値の為らしいわ。

  明日このドレスを着てもらう。とそれだけ用意されて。部屋に閉じ込められたの。……自害しないって思わないのかしら。

  窓も塞がれていて逃げ道はまぁ普通にないのよ。

 「……女神もテレパシー位くれたっていいのに。ケチよね」

  なんて勝手な事を愚痴るのよ。

  ……今頃心配してくれてるかしら。またかって呆れてたりするかしら。

  ベッドに倒れこんで。今自分が出来る精一杯の体力温存をするのよ。

  せめてここがどこかわかればいいのに。そう思っても移動距離で割り出すとかそんな器用なスキルもないもの。なら─────

 「会えたら相談ね」

  その前にみつけてくれるかもしれないけど。

 「簡単に売られてやらないわよ」

  囚われの姫は、もうただ絶望しているだけの姫なんかじゃないのよ**

 「ううーん。今回は結構本気みたいだね。」

 あちこちで下っ端を適当に締め上げたり警察に通報したりしつつ、ルーシャを探す。

 時間は深夜に差し掛かろうとしていた。

 「明日は大事な戦いだっていうのに、そんな事は関係ない、か。」

 世間一般にはステラバトルの事は知られてない。知っていても上層部のごく一部の人間だけだと聞く。

 「まてよ、明日の定刻になれば、会える…?」

 「……仕方ない。ある程度当たりは付けるが、最終確認はステラバトルの後、だな。」

 「再会してすぐに文句言われる覚悟だけはしておこうか。」

 そして、あまり体調に差しさわりがない程度に捜査を続け、おおよその候補を絞りながら帰途につく。

 「一人というのは、こんなに寂しいものだったかな。」

 家がやたらと広く感じられて、珍しくすぐに寝付けない夜を過ごした。**

 

  ― 幕間 ―

 

「ふう、そろそろ時間、か。」

 昨日やるべきことは済ませた。しかし夕方まで待つことになるとは意外だった。

 「今までは偶々早朝とかが多かっただけなのだろうな。……来た、か。」

 そう呟くと共に、戦いの舞台へと転送される気配を感じ、目を閉じて待つ。*

 素直に大人しく。従順な態度で。白いドレスを身にまとって目を閉じてじっと待ってたらノックがきたの。

  会場の方に移動するって。目隠しされそうになったけれど転びそうで怖いって怯えたら怪我させたら……と向こうも相談をし始めたわ。狙い通り逃げれないとタカをくくってそのまま歩けることになったのよ。

  建物の中を、窓の外を出来るだけ見ておいたの。エドガーに情報を伝えれるように。

  相手が呆れていたら……まぁその時はその時なのかしら。

  でもなんでかしら。そういう想像が出来ないのよね。変なの。

  人は簡単に裏切る筈なのに。私ですら私を信じきれないのに

 「……信じるわよ」

  小さく小さく呟いた言葉。鳥かごの中。視界も手も自由を奪われまるで囚われの鳥。

  もうじき、時間──────*

 『我らの進む道に栄光あれ』

 時間だ。いつもは応える言葉があるのに、今日はそれは無い。でもきっと応えはある。そう信じて。*

 目を閉じて。そうして時間を感じて言葉を紡ぐの。

 『光さす道を貴方に私は示す。貴方を守護する力を。そして栄光の冠を貴方に』

 「……私はどこにいたって、貴方のシースよ。」

  そう言ったのは、きっと相手と同時 *

 「ああ、やっぱり解ってくれたんだね。一時的にだけど、おかえり、ルーシャ。」

 衣装がステラドレスに変化する気配を感じながら、そう言う。*

 ガーデンに飛ぶのを感じたの。この身が変わるのを感じる。

 『死んでないからわかるわよ』

  なんて、開口一番なんて可愛くない事言ってるのかしら。

 『今だけだから返答はまだしないわよ。それは、ちゃんと帰れたらにするわ』

  お帰りは嬉しかったわ。でも続きはとっておきたくなったのよ。

 『詳しい話は戦いの後で、かしら? その時もあまり時間がないでしょうけど』

  どうする? って問うの。もう他のステラナイトも来ているかもしれないわね*


「そうだな、時間はあまり無いだろう…。もう少し待たせることになるけど、まずは今だ。勝つ。」

 強い意志を込めて告げる。*

 『いいわよ。本当真面目よね』

  私が捕まっているのは自業自得の側面が強いのに。本当……

 『まずは一旦雑念を捨てて。正面の世界の敵ね。勝ちましょう、エドガー。そうして帰ってからあげのお弁当食べるの』

  何だされても流石にあんな場所じゃ食べたくなかったんだもの。だから今・・お腹すいているのよ。全部全部帰ってから。そうしたら。

 『いきましょう。全力で貴方の剣と盾になるわ』**

  ― エピローグ ―

 

「多分ここに居れば大丈夫だろう。」

 見晴らしのいい高台から目星をつけた建物を見下ろす。

 「あとは合図を待つか。」

 【合図】を見落とさないように、注意深く周囲を見回す。*

 戦いが終わって暫く。戻った私は大いに慌ててどうやって逃げた? 等々問われたの。

 それでも間に合ってしまったのかあまり深く詰問される前に移動されたわ。籠ごと。

 『さあ、お待たせしました。本日の目玉、光る蝶を体から出す少女』

 そう言葉を聞いて私は意識を集中するの。

 本当はこいつらなんかの為にやるつもりはないけれど。目印を送るって約束したから。

 意識を集中して、出来るだけ嬉しい事を考えるのよ。流石に今この場で嬉しい気持ちになるのは無理だわ。でも……出来るだけ。

 無理をしてやると、精神が摩耗して廃人にもなりかねない。でも、すぐ助けがくると信じて────

 

 私は、蝶を飛ばした。

  光り、ふわふわ飛ぶ蝶は建物なんて障害としない。ふわふわ、ふわふわ、外まで飛んでいくの。

 “私はここよ” そう、伝えるために、私は光を飛ばし続けたわ─────*

 「やっぱりここか。さて、悪い子にはお仕置きが必要ってことだな。」

 今まではあまり関わらないようにしたいので、追い払うにとどめていた。それにずっとそうされていれば、何時かは諦めてくれるだろうとも。

 でも考えは少し甘すぎたようだ、今回ばかりは見過ごせない状況になったのもある。

 「申し訳ないけど、本気で行くよ。」

 光る蝶の目印を見つけ、真っ直ぐ最短のルートでその蝶をたどった。*

 光る蝶を出せば、周りがざわついたのを感じるの。でもそれは価値を上げる行為。ご覧ください、と言う興奮した言葉が聞こえる位なのよ。

 ……やっぱり無理やり出すのは精神にくるわね。

 それでもやめないのよ。どうせこのまま売られたってろくな目に合わないもの。だったらやるだけやるのよ。

 値段がどんどん吊り上がる声が聞こえて、落札が決まるような音が響いたわ。*

 「間に合った?かな、待たせてゴメン」

 その音が鳴るかどうか、ほぼ同時だったか、扉を蹴破って真っ直ぐ舞台に飛び込む。

 邪魔する警備や有象無象は文字通り蹴散らす。

 「ごめんよ、ルーシャ。守るよって約束したのに、騎士失格かな?」

 一先ずまだ無事とわかり、少し安堵して、籠の一部を壊す。*

 その声が耳に入ったのは落札と同時くらい。何かが壊れる音がしたの。

 ……ステラバトルでもやたら凄かったけど、もしかして割と怒っているのかしら?

 近くの何かが壊れる音がしたの。目隠しをされている私は籠が開いたかどうかなんてわからないわ。でも声が近くだから。

 無理やり出す蝶じゃなくて、嬉しいと思ういつもの自然に、無理なく、勝手に出てくれる蝶々がふわふわ飛ぶの。

 「謝るのは私でしょ。勝手に……一人で離れたんだもの」

 そう、いくら気恥ずかしかったからって。自業自得なのよ、わりと。

 「ちゃんと迎えにきてくれたなら、いいのよ。それと、騎士様じゃなくて相棒って言ってくれる方が嬉しいけど? 私のブリンガーさん」

 ふっと笑って、手枷を外して貰えないか手をさしだしたの。

 *

 「ああ、これは酷いな。レディに対する扱いじゃない。」

 差し出された手にある手かせを目にし、手かせを壊し、目隠しをはず…そうとして、少し思いとどまる。

 「もし良かったら、少し待っていてもらえるだろうか?」

 そう言うと、とりあえず一旦は横抱き(いわゆるお姫様だっこ)して、連れ出し、誰も居ない部屋に鍵を掛けて閉じ込める。

 「さて、そろそろ世の不条理をきちんと解かってもらう時が来たようだ。」

 一言独り言を言うと、根源を一掃すべく動き出す。*

 相変わらず紳士な言葉と共に手が自由になったのを感じたの。そのまま目隠しを取ってくれるかと思ったら……なんでか待って欲しい、と来たわ。

 「え? どうして?」

 「ってひゃっ!」

 目が隠れた状態で抱っこされて、それは割と怖くて思わずいつもより強めに抱き着くのよ。

 そしてどこかの部屋?に入れられて……鍵がかかる音がしたの。

 「え……」

 何か、音が聞こえる気がするわ。どか、とか、べき、とか。気のせいかしら…?

 「……気にしたら負けね」

 私だってあの人たちを許す気はないわ。……私のお母さんを殺した人もいるかもしれないもの。絶対に、許さないわ。

 自由になった手でなんとか目隠しをほどいて。出て行っても足手まといなのはわかってるの。だからじっと待つことにしたのよ。*

 「こんなところかな。」

 競売関係者と思しき者、およびその護衛は全て気絶させたうえで一か所に纏めて縛っておいた。勿論簡単には解けないように一人ずつ縛っておく。

 「一応警告はしておこうか。もうここは通報されている、勿論何が行われてたかも、委細漏らさずに、ね。」

 「もし懲りるようなら、もう二度とこんなことはしないことだ。次は…命の保証は出来ないからね。」

 そう言うと、待たせたら悪いとルーシャの元に走り戻る。*

 暫く待っていたら音が静かになったのよ。……余程腹にすえかねたのかしら。

 ……そんなに、怒ってくれたのね。

 蝶々がふわ、と浮いてそれをかきけすように頭をぶんぶん振るのよ。

 「エドガー……? 終わったの?」

 エドガーが負けるなんて微塵も想像もせず。扉の向こうにおずおずと声をかけてみたわ。*

 少し不安そうに問いかける声が聞こえた、どうやら少し時間を掛けすぎたらしい。

 「終わったよ、待たせてごめんな。」

 そう言って扉を開ける。

 「さ、帰ろうか。帰ったら勝利のお祝いに、この前のレストランに行くか、スノー大福でも買おうか?」

 そう言って、手を差し伸べる。

 *

 扉の向こうから響いていたのは私に向けることはない、冷えた声だったわ。

 それもまだ、エドガーの一部なのね……。

 扉が開いたら眩しさに少し目を細めたの。

 「……このままで平気なの?」

 エドガーの事だもの。抜かりがあるとは思っていないわ。ただ、縛って放置でいいのかちょっと心配になっただけ。

 ……私に身勝手をしてくる人たち。

 ──────復讐をするなら、今かもしれない。

 一瞬迷って、でも目の前の手から目が離せないでいて。

 自分でどうしたいか迷って手が宙を浮いたの。*

 「大丈夫さ、もう通報済みだから。流石にそこまで現地の警ら組織が無能だとは思わないしね。」

 そう言いながら彷徨う手を掴む。

 「帰ろう、ルーシャ。戦って疲れただろう?お疲れ様。」

 空いたもう片方の手で頭を撫でる。*

 「そう……」

 迷う私の手は取られたの。

 頭を撫でられる手に少し困った顔をしたわ。

 「……私、あの人たちのこと、許せてないの」

 そう言いながらも手を離せれない。迷ったまま。

 「……わかってるのよ。何をしたってもうお母さんだって帰ってこないし…私はきっとどこにいっても、この外見と蝶々で…目を付けられるって」

 「……ごめん。私も何が言いたいのか、よくわからないわ」

 帰りたい。帰りたいけれど、八つ当たり気味な怒りがまだくすぶっているのかもしれないの。*

 「そうか、でも……君の願いはなんだった?今此処で彼らをどうにかすることではない、そうだろう?」

 諭す様に言い聞かせる。

 「だから、帰って、美味しいご飯を食べて、また次に備えよう。……今はそれでいいと思うから。」

 抵抗されないなら、抱きしめようとする。*

 「……うん」

 私の願いは……どこか、誰も私を知らない遠くに。

 でも、本当は、本当は……

 ただ、普通に生きたい。それだけなのよ。

 「……スノー大福も、美味しいご飯も、食べたい。私ずっと食べてない」

 こんな状況でも空腹は思い出せるものなのねって感心したわ。

 エドガーにだけ手を使わせて、これでいいのかしら?

 そう思ったのに、抱きしめられたの。

 ……抵抗なんて出来なかったわ。

 逃げれない、ふりほどけない。

 ──────……あぁ、もう。本当に……

 「……あのね、エドガー」

 こっちからもぎゅうと、抱きしめ返すのよ。

 「────ただいま」*

 「おかえり。でもまだ少し早いかな。」

 抱きしめ返された。今までにはない反応だと思う。

 「ちゃんと家に帰るまでがー……えっとなんだっけ、とりあえず今回はステラバトルで。だよ。」

 「だから、それまでそれはとっておこうか。」

 と何かの格言か何かを言いながら付け足した。*

 「……ふふっ。それもそうね」

 まだ早い、その通りだわ。

 でも、私的にはあまり間違ってないのよ。

 ここが、今の私の帰れる場所だと思うの。

 「家に帰るまでがステラバトル? なかなかそれは大変ね」

 遠足、なんて私は知らないから答えようがなかったわ。

 「ご飯、食べたいわ。お疲れ様会しましょうか」

 部屋から出て、私を好きかってしようとした人たちを眺めるの。

 昏い感情がないとはいえないわ。それでも─────

 手は、離さなかったの。

 「帰りましょうか」*

 「ああ、帰ろう。買い物と外食とどっちがいい?」

 手を繋ぎ、背後には目もくれず、外への……元扉だった場所を潜る。

 「さすがにいい時間だから、お腹が空いたな。ルーシャはどうなんだい?」

 もうさっきまでの事など無かったかのように話す。*

 「うーん、おうちで食べたい気がするわ」

 扉が壊れているのは……気にしない事にしたわ。エドガーって怒らせたら怖い人だったのね……。

 「捕まってから食べてないの。食べたくなかったもの。だから察して」

 お腹がくぅ、となりそうになるのを我慢するのよ。

 後ろは振り返らず。真っすぐ進んだわ。

 「もう夜近くだったのね……」

 外の空気が涼しくて気持ちいい。

 「……今日も勝ててよかったわね。お疲れ様、エドガー」

 ふわり、と笑って手をしっかり握ったの*

 「わかった。それならスノー大福を買える店にしようか。」

 「ありがとう、でもルーシャが一緒に戦ってくれるからだよ。」

 しっかり握り返された手を見つめ、こちらも微笑み返す。

 「次もまた、頑張ろうか。……俺たちの願いの為に、ね。」

 少しだけその微笑みは寂しそうに見えたかもしれない。*

 スノー大福の言葉に蝶がふわり、と飛んだわ。だから私わかりやすいのよ……。

 「そうかしら。ふふ、力になれているならよかったわ」

 ふふん、とちょっと偉そうに胸をはってみるのよ。

 笑い返される顔に自然と顔に熱が集まったの。

 「……そう、ね」

 願い。私達の願いは……遠くへ。それが叶ったら……

 「エドガーは帰るの?」

 改めて聞く事じゃないけれど、聞いてみたくなったのよ。*

 「どうだろうか、今は…まだ、なんとも言えない。」

 「でも、一先ずはルーシャ、君の願いが叶うまでは…共に同じ願いを抱いたままで居られる…と思わせてくれないか?」

 先延ばしを願うかの様にそう言った。

 その声はほんのわずか、少し揺れているようでもあった。*

 「……そうなの」

 この世界を守る為、とかそういうので悩んでいたりするのかしら。

 でも、続いた言葉は……まるで私と離れるのを嫌がっているように……聞こえたの。

 「……遠くにいきたいって、別に、一回こっきりなんて願ってないもの」

 それはちょっとズルイ言い回し。

 「だから、私を知らないとこにもいけるし、エドガーの故郷にもいけるし……一緒にだって行けるわよ」

 女神様のお願いだもの、それくらい出来たっていいじゃない。

 「私一人で放り出されたら生きれないもの。情けないけど。……いやじゃないなら、でいいけど……その後も……」

 手を握り締めて、その続きの言葉にしたの────── *

 「それなら、もう少しお付き合いお願いしようか。」

 ふっと微笑む。心から安堵しているのが解かってしまっただろうか?

 いつの間にか、こんなに近しい存在になっていて、久方ぶりに失いたくない、と思えた。

 「そうだな、そこまで女神の心は狭くないと思うとしようか。」

 「そろそろ店につく、いい物があるといいな?」

 握りしめられた手に気づくが、そっと前に向き直った。*

 「……ええ。是非に」

 微笑む顔が嬉しくて。つい芝居かかったような仕草で恭しくお辞儀なんてしてみるのよ。

 離れたくない。傍にいたい。守って貰いたい。

 それを認めてしまえば……

 ただただ悔しい思いをしてるわ。

 でも、どこかすっきりもしたような気もしたの。

 「そうよ、苦労して叶える願いだもの。ケチくさいことなんてないわよ」

 「そうね。食べやすくて美味しいのがいいわ」

 叶ったとしても、その先も

 はぐれないようにこの手を私はきっと離さない───── **

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