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今日は綺麗な夕暮れ。どこか寂しい色。でもその茜色を高台から見下ろすと、街並みが朱に染まって。また一つ、綺麗な景色に心が華やぐ。
「トア君トアくーん!!!見て下さい!景色が綺麗ですよ!」
バトルの告知があっても私はいつも通り、声をかけるのです

*

「喧しいな、ほんと、そんな大声出さなくたって見えてるってば」
前を駆けてゆくエミリの様子はいつもと変わりない。騒々しくて、お気楽で。思い出の場所に図々しくも映り込む、その姿を見慣れてきてしまっていることに、気付かないよう目を逸らす。
「もっと緊張感ってもの、ないの? 数日後には戦うってのに」
はじめに説明しただろうに、こいつは分かっているんだろうか。それとも平静を装っているだけなのだろうか。掴みどころがないのだ。ステラナイトに復帰してからずっと一緒に居た筈なのに、相変わらず
深い所が見えなくて、それは覗き込むことを躊躇っている証左であることに、やはり僕は目を背けるのだった。*

 

「へへ、折角綺麗なのでついつい」
「別に陽は毎日昇ってるし沈んでるけど?」
へへって笑いかける。なんだかんだ言いながらちゃんとみてくれてるの見てくれてるのに嬉しくなるんです。
「緊張感……そうですね!もうじき初バトルですもんね! これは、お互いの事をもっと知っておくべきタイミングじゃないでしょうか!」
口に出したらそれはいいアイディアだと思いました!
「ねーねー、トア君はどんな子供でした?どんな遊びをしてました?」
キラキラ目を輝かせ、相手の顔を覗き込むのです
*

 

「だからなんでそうなるのさ…」
何かにつけ自分の話を聞き出そうとするその姿勢。まるで自分と真逆。そう、自分の在り様を毎時毎分思い知らされるこの時間がどうにも苦くて、突き放せない事実も苦くて、最終的に渋面に反映されるわけだけれど。
「子供…あそ…いや、遊んで暮らした覚えはないよ、生憎。なんせあの人に拾われるまで、生きることで手一杯だった」
今と、対して変わってないんじゃないか? そう言いかけて、乾いた笑いが漏れた。*

 


「一緒に戦うんですから当然ですよぅ」
ぷくっと頬を軽く膨らませる。でも渋い顔しても結局話してくれるのがトア君ですよね。ふふっ
「そうなのですか。私も全然遊んだ覚えないです。一緒ですね」
湿っぽくしないようにぱーって笑顔を向けるのです。
あの人ってやっぱ以前言っていたパートナーさんの事でしょうね。そこからトア君の人生は変わったんでしょうね。
私もトア君のパートナーなんです!私だってトア君を変えていけたらって思うのですよ。
「ね、じゃあ今から遊びましょう! 仲良くするのは大事です!」
手を払われなければとって、踊り方なんてしらないけどステップを踏むようにくるーっとトア君を振り回すよう回ろうとするのです。*

 

「嬉しくない。そういう一緒は、特に」
”笑わせて”いる。いくら掴みどころのない相手とはいえ、気を遣わせている部分だけははっきりと判っていた。
病気で、ということなのだろう。過去の発言を顧みるに。それ以上返すことができなくて、相手が話題を変えたことに安堵する。ああ、卑怯だ。そう自嘲する間もなく振り回されることが楽で、それもまた嫌になった。こういう所が、”親離れ”できてないんだ。
「ちょっと、何してんの…これが遊び? まさか?」
手を取られていた。半ば呆然としたまま転ばないようにだけの歩数を踏み、経験できなかった”少女”をしているその様子を眺めて——2、3周ほどした所で片手を離してその場で回してやった。
「はい、おしまい。遊びたいなら中でやりなよ。ただしその妙ちくりんなダンスは却下で」*

 

嬉しくないって言葉にちょっと苦笑いを返しました。それはそうですよね
でも取った手は離されなかった。ちょっとぽかーんとしている顔はもしかしたら見るのが初めてかもしれません。ふふ、可愛いです。
ちゃんと周って、回して。付き合ってくれる優しさが嬉しいのです。
私は両手を指を絡めるようにぎゅっとしました。
「楽しかったです!」
そう言って一歩、物理的に近づくのです。そうすることで心も近づけるように。
嬉しいを、キラキラをくれる貴方に近づきたい。
一緒に戦うからなのか。世界を見せてくれるからなのか。
ううん、こういうトア君だから近づきたくなるんです。私は。
「では次は中で遊びましょう!」
片手はそのままつないだまま。私は中にトア君を引っ張っていくのでした。
*

 

「あっそう。…良かったね」
なんで、どこが楽しいのか、全くもって理解できないけれど。両手を握り直して近付いてくる相手の顔に嘘偽りの類が見付からなくて、どうすれば良いのかわからない。思わず引いてしまった一歩を、溜息を吐くふりをして背けてしまった視線を。どう捉えれば良いのか、わからなかった。
されるがままに手を引かれる中、いつもと変わらない様子で沈む陽が見える。ああ、見ているならば、腹を抱えて笑っているだろうか。そうだろうな。一人足りない姦しさを頭の中で聴きながら、こいつに何のゲームから教えてやれば良いのかと、能天気な笑顔の背後で密かに頭を悩ませていたのだった。*

 

 

ーステラバトル前日ー

 

 星がキラキラ瞬く夜空。いつもの高台で吸う空気は澄んでいるようでとても心地がいい。
「トア君、夜に付き合って貰ってありがとうございます!! 私夢だったんです! 誰かと星空を眺めるの!!」
我儘を言って連れ出して貰ったパートナーにいつも通りすぎる位いつも通りのテンションで笑顔を向けはしゃぐのです。
*

 

「そう。夜中に出歩くのも初めて? よく許可とれたな」
隣が空を見上げてはしゃぐ一方で、星の投影されたような街並みを見下ろす。
陽が高いうちは暑いものの、まだ夜になると少しばかり冷え込んで。それなのにいつもと変わらず喋るものだから、本当に病弱なのだろうかと一瞬気が緩みそうになる。
上手く無理を見抜けない——そんな杞憂かもしれない透明な不安に、咳払いして。
「望遠鏡でも持ってくれば良かったか。でも生憎この時期は見づらいんだ、湿気で空気が淀むから」*

 

「はい! 初めてです!! 許可は学院側が頑張ってくれました。えへへ、ステラナイト特典様様ですね」
夜中なんて、下手すれば咳き込んで呼吸すらまともに出来ない日もあるんです。実は。苦しくて苦しくて。このまま死んでしまうんじゃないかって。
学校に通えるようなってる今はそう酷い発作はおきてません。今は楽しい事が多いから、精神的支えが大きくて元気な日が多いです。
でも、気は抜けないのでお薬は結構飲んできて。それを悟らせないようするのです。
だって、私はトア君には笑顔を見てほしいから
「望遠鏡! 素敵ですね! 私たちの目標の遠くが見えるかもしれません!」
って目を輝かさせて……すぐ首をふりました。
「いえ、それは願いを叶えたら私たちの手で空の近くを眺めるのがいいかもしれませんね!」
願いは一度や二度のバトルで叶わないのは聞いているので知ってます。それでも希望はしっかり見据えるのです。
「ねぇ、トア君……」
呼ぶだけ呼んで少し、言葉を止めます。
二人の間に冷たい空気が流れます。まだ、届いてない相手への距離のように。
私が伸ばし切れてない、手のように……

「私が、戦いで倒れたら……景色いい場所にこれでも飾っておいてくれません?」

そう言って、髪のリボンを一つ、相手に差し出しました。*

 

「ふーん? 鼻先に人参でも提げておこうかと思ったんだけど」
取り下げられた要望にそんな軽口を叩きつつも、沈黙の増えた相手に目を遣る。
そこに見えたのは、いつものバカみたいに明るい顔じゃなくて。
「…なに、してんの」
差し出されたそれに手を伸ばすこともままならず、ただそれだけを音にしたのだった。*

 

「動物じゃないんですからー、もう」
と一つむぅっと。
続いた行動にトア君は、いつも通りとはやはりいきませんでした。
リボンは差し出したまま、少し目を伏せて、でもいつも通りの笑顔を向けるのです。
「覚悟を決めて、って言ったのはトア君ですよ?」
私にしては突き放した言い回しかもしれませんね。
でも声はいつも通りに、柔らかく。突き放す気なんてない。そのつもりで。
「願いを叶えるまで、勿論精一杯頑張りますよ? でも、気持ちと体は別です」
私の体は、そう長くないとも言われてます。戦うなんてしたらどんな影響があるかもわかりません。
いつだってそうです。私は元気になったようで、いつ、死ぬかわからないんです。
「私は、今を後悔しないよう精一杯生きたいんです。後悔をいつだって残したくないんです。私の体は多分、家族が弔うので……せめて、でしょうか。一部でも、外に居続けたいんです。出来るだけ」
死は、トア君が思う以上に私には身近。それだけ なんです。*

 

「なんだよ、それ」
頭の何処かで音がした。プツリともガラガラともよくわからないノイズが脳を埋める。それが自分の叫びだったことに気付く寸でのところで、口は、右手は。
「ふざけるなよ…ふざけんな! 覚悟しろとは言ったよ。戦えとも言ったよ。でも捨て身しろだなんて誰も頼んでない! そんな身体ならなんで治すことを先に考えないんだ。 バカなの? 知ってたけどバカなの?」
掴んだ服越しに、鼓動がきこえる。守ると決めた拳で殴ることなんてとてもできなくて、ギリ、と歯噛みして言葉を絞り出す。
「お前は僕を戦場に引きずり戻したんだ。お前が居なきゃもう何処にも行けないんだ。最後まで、その責任を果たせ。その為なら今ある勲章だって全部くれてやる」
ああ。最悪だ。最悪だ。
「お前まで僕を置いていくなって言ってんだよ!!」
覚悟できてなかったのは、僕の方じゃないか。*

 

トア君の……こんな姿を見たのは初めてです。
いつもバカ、とか呆れられたり、とか。そんなのばっかりで。
私は、私は……やっとトア君に気持ちをぶつけてもらえたんですね
そして、トア君もまた、苦しみを抱えている。前の相棒さんの事で。
ごめんなさい。私、治らないんです……。そんな事は言えない。言えやしないんです。
掴まれた服。トア君からの初めての歩み寄り。それがこんな形だったなんて、私バカみたいですね。
「……トア君」
両手でそっと彼の頬を包む。今は大丈夫、私はまだ『ここにいる』んです。
「怒ってくれてありがとうございます」
優しい声で、優しい笑顔で。
「私ね、ずっとずっと、病院と家しか知らなかったんです。トア君と出会って……世界が広がったんです。きらきらしたんです」
「私は多分、トア君の言う通りバカです。どうしようもない程の。……それでも、譲れないものがあるんです」
「それは、もう私のだけじゃなくなった願いです。私は、トア君のことも広い、広い空に。遠くに連れて行ってあげたい。連れて行くって決めてます。」
ただ、それに体がもつか、だけが不安なのが困りどころですね
「トア君に笑って貰えるまでがんばりますよ、私」
おいていかない、なんて言えたらいい。ただ、私に出来る約束は……精一杯生きる。それだけなんです。*

 


「っ、ほんとバカだよ。信じられないね」
泣くな。そんな目で見るなよ。ぐずぐずになり掛けた顔も見られたくないのに、動くことすらやめてしまって。
「嬉しくないって、言ったじゃないか。ゲームのひとつすら知らない幼少期なんて。そんなものが一緒だなんて。それなのにお前は、ちょっと動けるようになったくらいで、遅れを取り戻すフリして、その続きをやろうとするんだ。馬鹿げてるよ、ほんと」
そういうことだろ。叶えるまで治す気がないのなら。
「嬉しくないよ。笑ってなんかやるものか。医者が治せないだなんてほざくのなら、何処へだって探してやる。治るまで絶対感謝してやらないんだから、それまでに死ぬだなんて無様な真似をするなよ。そう誓え」
自分でも何を言ってるのかわからないくらいに、横たわる事実を重く受け止めていた。ああ。これだから。誰にも深入りなんかしたくなかったんだ。*

 

泣きそうな顔。そんな顔が見たいんじゃなかったですのに。貴方の望み通り、覚悟を決めていたのに、理想には程遠かったようです。
でもなんでしょうね、今、私……なんか、嬉しいんです。怒られるくらいトア君の中に自分がいるとか、そういうのが。
私は、私のいていい場所を、人を、いつの間にか手にしていたのかもしれません。家族に迷惑かけるばかりで、何一つ成し遂げれてこなかった自分が世界を救えるかも。願いをかなえれるかも。それだけで幸せなのに。それなのに
トア君はそれ以上に私を幸せにしてくれるんです……。
「バカげて、ますね」
困った眉でもなんとか笑顔を。
「……死にたいわけじゃないです。私だって、願いをかなえたいんですから」
頬を包む手を離して、リボンを彼の左腕に巻き付けました。
「……誓いますよ。トア君を必ず遠くに連れて行くって」
嘘になったらごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
涙があふれる。ただ、トア君にそんな顔をしてほしくないんです。
「トア君、ありがとうございます。わたしね、私、トア君がパートナーでよかったです。私を守ってくれるのが、側にいてくれるのがトア君で今凄く幸せなんです」
これだけは嘘じゃないから。

「だいすきですよ」

抱きしめて、ぎゅっとする。
「……理想のタイプになるまで、がんばるんですから」
それはいつも言っている、子供じみた私の目標。*

 

「…もう、わかったよ」
「別に身体のことはお前の所為じゃないし。だからその、悪かった」
冷えた手を背中に感じたまま、独り言つようにして吐き出す謝意。投げ掛けられた言葉は、その温度は、拒絶を諦めた体で返して。見るんじゃないと小さな頭を、肩口に押し付けた。
「理想とか、言ってる場合か…健康になるのが先だ。それとも僕がそうなれって言えばなるのか?」
はぁ、と、淡い髪を掠めて吐く溜息は、いつものようになっていれば良い。そう思って。向こうに見える夜景を半分滲ませながら、ただただ眺めた。
水平線で対称になった星空が、水底に沈むようにして、けれどたしかな灯りを携えたまま、揺れていたのだった。**

 

「珍しく謝罪されました……」
あ、ついうっかり口から出てしまいました。
抱き着いた体は拒絶されなかった。頭をぐっとされて、トア君の顔が見えないです。
見るんじゃない、と言われると見たくなる。知りたくなる。貴方の気持ちをのぞきこみたくなる。
ぎゅっと抱きしめたまま言葉を静かに聞くのです。
「……そう、簡単じゃないですね」
なれって言われてなれるならとっくになってます。家族だって、私だって長年苦労してないです。
そう、それこそ女神さまのお願いが必要かもしれないくらいには。
でも、私はトア君と同じ今の願いを一番に抱いていたいんです。ごめんなさい。
「……明日、がんばりましょうね」
背中をぽんぽんって優しくたたいて。私達は星空の下。暫くそのまま体温を分かち合っていたのでした……。**

 


―幕間―


 朝。微熱と共に目が覚めました。
 昨日あれから帰る時、最後が少し急ぎ足になったのをトア君に変に思われなかったらよかったですが。
 酷い発作が出なかっただけよかったです。今日の戦いの結果次第ではここが崩れてしまうのですから。
念のため吸入器を使って呼吸を整えておいた。
薬を飲んで、軽くファンデーションをして顔色を隠すのです。
「よし、行きましょう!」
軽く頬を叩いて気合いを入れました。
そしていつもの場所に足を向けたのです。
その場にトア君はもういたでしょうか。
いたなら私はいつも通り明るく、おはようございますって声をかけるのです。*

 

「…おはよ」
待ち合わせ場所に先に居るのはいつものこと。浅い眠りが低血圧を押し隠して、結果、”朝の早いトア・ワーズワース”になる。
けれど、ここまで眠れなかったのは久し振りだったかもしれない。
「……調子は?」
正直に答えろよ、と、眉間で訴えるようにして相手に訊ねた。*

 

眠そうな顔をしてませんかね? トア君。
熟練さんでもやっぱり緊張するものなのでしょうか。なお私は薬の効果で寝ることはある程度しっかりできてました。
昨日私が渡したリボンをトア君がどうしたのか気になってつい左腕を見てしまうのです。
そんなことをしていたら調子は?と嘘を許さない目線で言われました。
「……戦えます」
いいとも、悪いとも言わないずるい言い回しで返答しました。
「今日は二人の初の共同作業ですからね!気合いは十分ですよ!」
何でもない。そう思って貰えるよういつものようにトア君曰くの『お花畑』な発言で明るく返すのです。
*

 

はぐらかした。今絶対はぐらかした。
「はぁ…強情だな本当。気合いについてはもう十分わかってるから、あとふざけてる場合じゃないから」
呆れた体で目を逸らし、自身の左手首を掴む。少しばかり季節遅れの、長袖を着てきたのはさて、なんでだったか。
「…必ず無事で帰るよ。この際、それだけちゃんと約束してくれれば良い」*

 

はぐらかしたのは伝わってしまったようです。少し苦笑い。

「意地っ張りはお互い様ですよ。あ、お揃い、今度は嬉しい場所でしょうか!?」
目をキラキラさせてそう問いかけました。
トア君が長袖姿なのは、朝で冷えている空気だからなのか……それとも?
私のお願いを、聞いてくれれば嬉しいです。私はそれだけで戦えるのです。
「はい、ちゃんと帰って今日も元気に学校に行きましょう!」
今は気弱になりたくなかったから。言霊を信じて言葉にします。
「トア君、私……『生きる』ために戦います。願いを叶えるために頑張ります。私を、護ってくれますか?」
そう言って手を差し出しました。*

 

「嬉しく、ないっ!」
びしぃ! そんな音がしそうな勢いで放つデコピン。
何度目だったかもう忘れたそれも、どうせ苦笑いで済まされてしまうのだろう。懲りない。本当に懲りないよ、お互いに。
「…それで良い。今度自分をないがしろにしようものなら、もう助けてなんてやらないんだから」
差し出された手に向き直り、固く握り返す。これが僕らの契約。僕らの誓い。
「肝に銘じろよ。その面倒くさい頑固さはそこで使え。お前が曲げない限り…僕が絶対に守ってみせる」
真っ直ぐぶつかりあった視線は、昨晩のそれよりも僕らに相応しかったと、そう誇れるように。強く。*

 

「ぴぃっ!」
額がいい音を立てました。地味に痛いです。
ううー、何がいけなかったのでしょうか。頑固者同士ってそう悪いものじゃないと思いますのに―(ぶー)
続く言葉に、心臓がぎゅっとなりました。
「トア君……」
『だから自分をないがしろにするな。』
そう言われた気がするのです。私を大事に思ってくれるのが伝わるのです。
私はただ、死ぬだけの人間だと思ってました。家族に庇護され、ただ何も出来ずに、残せずに。願い一つすら届かないのだと。
トア君に出会って。ステラナイトになって。私は一つでも成し遂げれるものを見つけて。それだけでいいと私すら諦めた私を諦めないでくれるんですね……
私がトア君にキラキラした世界を見せたいのに、私の方がずっとずっと
トア君に希望を、キラキラしたものを貰ってしまいましたね
「……はい」
もう余計な言葉はいりませんでした。それだけしっかり目を見て伝えて手をぎゅっと握りしめます。
時間が目の前なのを肌で感じます。いよいよです。
「トア君、ではいきましょう」

 

『あなたの翼に私はなります。共に広い空の果てを目指す為、私は戦います!』
**


むくれた頬を尻目に記憶を辿る。そう、僕が頑なでさえなかったら…なんて、もうどうしようもないことだけど。
だからこそ、今度こそは。そう思うのだ。今目の前に居る少し頼りない相棒の為に。
空気がヒリつくのを感じる。ああ、帰ってきた、戦いの日々に。これはその第一歩目。挫けたりはしない。転ばせなど、しない。
頷いて、言葉に、応えた。

 

『僕は戦う。果てへ飛び立つ翼の風、降りかかるあらゆる障害から君を守る。僕は君の、傘になる』**

 


 エピローグ

 

 

 一緒に戦った大人の人が手を伸ばしてくれてたのは見えましたが、その手が届く前にフラワーガーデンから戻りました。
 姿が元に戻ったのに気づく余裕がないのです。
 衣装可愛かったです。傘も軽くて扱いやすかったです。初めての戦いどうでしたか? 
 色々お喋りしたい事があるのに。
 約束、守りましたよって……言いたいのに。言いたいのに。
「……っ」
何も言葉に出ず膝をついたまま口元を抑えるのです。
トア君がどう動いたのか、何か喋っているのかすら届かない。世界が、私を切り離すように意識に膜を作る。
心臓が痛い、痛い、痛い。いたくてたまらない。
呼吸が上手く出来ない。
薬を飲まないと……。ポケットに入れたそれをとりだそうとしたのに手が震えて、そのまま地面に落ちて草に埋もれる。
咳が出始めればそれは一瞬で悪化する。
見せたくない。見ないでって言いたい。こんな、姿絶対に見せたくなんてなかったのに!!
ずっとずっと具合が悪い時は誤魔化して、隠して。会わないようして。隠し通せていたのに……!
あぁ、私は馬鹿です。なんでお水を用意しておかなかったんでしょう。
薬を飲むのに慣れ過ぎて、水なしで飲めるから。なんて思いこんでいました。
咳き込むままの体。これじゃあ薬なんて飲めそうにないです。
 世界が遠くなっていく。
         いやだ、いやだ、いやだ、いやだ……!!!
だって、トア君と約束したのに。無事に帰るって。学校に行くって。
一回戦っただけじゃ叶わない願いだってともに願ったのに!!!
……叶わないとわかってる約束を口にした罰なのでしょうか。
嘘にしたくないのに……
トア君、貴方の隣にまだいたいのに。
離れたくないです。いやです。

泣きそうな顔をさせただけで、嬉しくないなんていわれて。笑顔一つ見れないままなんて……そんなの、そんなの……
体はでも、意思に反して力を失い完全に倒れる。
乾いた唇からはただ、細い息をかろうじて繰り返すのが精一杯でした。*

 

戦闘が終わって緊張が解けたのか、目に見えて悪くなる様子に傘の姿のまま焦っていた。
早く、早く戻らなくては——そう思う反面、このまま”ふたり”で居ないとそのまま倒れてしまいそうで。戻ってこれなくなるんじゃないかって。
薬…錠剤なのか、カプセルなのか、頓服だと聞いていたそれを取り落とすのを見て、身体が地面に叩きつけられる前に抱き留めた。
「ッ…エミリ! 意識はあるか、エミリ!?」
声を掛けようとも応じるのは苦しげな呼吸音だけ。手元から滑り落ちたまだ無事そうな薬を回収して、急ぎ足でガレージに運び込んだ。
電話なら…ある、けれど。 幸いどの薬が必要だったのかは伝わった。ならば通報よりも先に飲ませなければ。
「ほら、水だ。自分で飲めるか? 無理だな?」
くたびれたガレージのソファに下ろし、飲料水を持って戻る。寝かせるわけにはいかずに半分自分に寄り掛からせて。
薬を押し込もうにも咳が出るなら…。早々に見切りをつけて徐に自身の口内に放り込み水を含む。ごめん、と内心で断りつつ、口移しを試みた。*

 


体が支えられたのも私にはどこか遠く。でも私を呼ぶ『エミリ』という名前がぼんやり聞こえた気がしました。
あぁ、私もうだめなのですね。こんな、都合のいい空耳を聞くなんて。
トア君は、ずっとずっと、私を苦虫かみつぶしたような顔で見てて。顔を見るのを辛そうにどこか、していて。
怒られてばかり。叱られてばかり。なのに、パートナーになってずっと手を引いて外に連れ出してくれていた。
言葉に棘があっても優しい人です。トア君は。
気づいたらガレージの中。咳き込みながら胸を抑えるのです。
誰かに支えられた気がして。何か言われた気がして。でも届かなくて。
咳き込んだままの体に、ぐっと熱が近づいたのでした。

……唇の熱を感じたのが先なのか。水を流し込まれた感覚が先なのか。
むせそうになるのを押し込まれ、口の中に水を流し込まれ、何か固形のものが喉を通りすぎて喉をならした。
「ん……」
けほっとひとむせ。
水を飲んだおかげかさっきよりましになった咳を繰り返し。少しずつ、その体は落ち着きを戻していくのでした。
「……とあ、くん……?」
まだ、されたことに理解がおいついてない。*

 


「…よし。飲めたな、薬。よく、頑張った」
意識が戻ったことに安堵して、抱き留めた姿勢のまま背をさする。
「学校は休みだ。落ち着いたら病院に行く。——悪いけど、同伴させてもらうから。良いな?」
それまでは、ちゃんと休め。眠っても良いから。
口調にほろ苦さを交えながら、とんとんと、幼子をあやすようにして宥めるのだった。*

 


トア君の腕が、私を支えて抱き留めてくれていました。
トア君の腕が、私の背を優しくさすってくれるのです。
学校……そうです。元気にいくって言ったのに。
嘘に、なってしまいました……。
それに気づいて涙がこぼれます。
まだ残る軽い咳。
まだ残るけだるさ。

「なんで、どうして……」
涙は一度溢れると止まりません。
困らせたら、ダメですのに。
子どもをあやすように優しくしてくれる腕が、私を許すようで。
そんなの私の都合のいい幻想だってわかりますのに。
         「トア君……は、私、の、こと……けほっ……きらいじゃないんですか……?」
言っちゃ駄目なのに。壊れてしまうのに。
「約束を、かなえれ、なかった……です。私っ……調子をごまかして……戦えるって……学校にいくって……無事にもどるって……」
溢れた言葉は止まらない。堰をきってしまったものは戻れない。
「わたし、といるの……いつも、しかめた、かおで……。なのに、優しくて……」
悔しい。どうして私はこの人の願いをかなえれなかったんでしょう。約束を果たせれなかったんでしょう。
「約束、やぶったら、ないがしろに…したらもう……たすけてくれないって……」
涙がボロボロ零れて止まらない。止まらない。ないがしろに、結果としてしたと捕らえられてもおかしくないのに
「どうして、護ろうとするんです……? 私は、私は……そんな、資格ない……ですのに……」*

 


「——バカなの? 知ってたけど」
撫で付ける手も、声音も苦甘いままの、壊れたデジャヴ。
「僕のこと、どう思ってんのか知らないけど、勘違いしてるみたいだから言わせてもらう」
抱き留めた肩口が冷たい。温かい。
「1、お前は約束を破ってなんかない。嘘もついてない。体調悪そうなのを気合いで押して来たのも知ってた。学校なんて僕にとってはどうでも良いし。発作は出たとしても昨日話してくれて、取ろうとした薬もわかった、それをちゃんと飲んだ…生きようとした」
「お前は、生きて帰ってきた。だからそれで良い」
「2、僕に護られる資格を決める権限なんて、与えた覚えはない。僕がどう判断してどう決めようとも僕の勝手だ。そっちが勝手に落ち込むな」
「3、」
……、…。
「嫌いなんていった覚えも、ない。僕が誰彼構わず助けるような善良なお人好しにでも見えてんの?違うから。いい加減現実見てくんない?」
肩に頭を乗せるようにして、顔を上げさせる。互いの額が合う。
「僕が、選んで”ここ”に居るんだよ。分かったら折角飲んだ水を目から出すな」
尚も溢れていた滴を、口元で受け止めた。*

 


「あぅ……」
またバカと言われてしまいました。
でもなんででしょう。それは、優しい言葉のようで。
抱きしめられる腕が暖かい。
冷たくなった体に熱がともっていくのです。
トア君は優しく一つ、一つ教えてくれました。
約束を破ってない、と。
生きて帰って来たから、それでいいんだと……
権限なんて、って……ちょっと面白い言葉です。
つまりはトア君が決めて……私を守ってくれている。そういう事です。
心臓がさっきまでの痛みと違って、ぎゅっとなって。
苦しいのに苦しくない。どこか甘さを含んだ痛みが胸に。
トア君は3、と言ってしばしの沈黙。
そのまま待ちます。
「きらい、ではなかったんですか……」
ちいさく呟きました。苦手そうにされてる気はしていたのですが。……確かにトア君は誰かれ構わず優しくしたり、というタイプには見えません。人はいいとは思ってますが……それを言うと突っ込まれそうなので黙ります。トア君のいいところは、私がちゃんと知ってるからいいんです。
額が合わさって。零れるままの涙に唇がふれる。
思わず瞳を閉じました。
「んっ……」
くすぐったくて思わず甘い声が出ました。
「トア……くん。私、私……」
折角貰った水分なのにやはり零れるのを留めれないのです。
        「…………――すき」
大好きですって以前伝えた言葉。
その時と気持ちは変わってないのに、今の方がずっと熱がある。

言ってみれば。当たり前のようにすとん、と落ちるのです。
そうです、私は……
「すき、すき……すき、なんです……トア君……あなたが…すき……」
私は言われた通りバカです。こんな気持ちの意味を気づかすにいたなんて。
瞳を閉じたまま。水がまだ流れるから。
もう一度、と願うように顔を寄せたのでした。*

 


返ってきた言葉に、息を呑む。
はじめの一言で済んだなら、受け止めきれなかったと言って済んだのに、そんなに連呼されたら、
「…自己完結するなよ」
ああ。
「ほんと、身勝手というか、……もう、わかったから、それやめろ」
次いだ涙は指で払い落として、口は、言葉を塞ぐために、
「……もう、やめろ」*

 


「自己完結…ですか」
そう言われる、ということは。これはただのパートナーとしてのものなのでしょうか……?
熱に浮かされた自分が恥ずかしくなりました。
身勝手と言われううう、としょぼくれるのです。
でもトア君はいつでも、言葉と裏腹に行動が優しくて。
今だって
口で言いながら指は涙をぬぐってくれる。そして……
でも、すき。 そう言いそうになる言葉をふさがれた
……心臓が、壊れそうです。
顔が今間違いなく真っ赤です。
思わず目を大きく見開いて相手を見てしまいました。トア君はどんな表情を、顔色をしていたのでしょう。
さっきまで死にそうに青い顔だった私は今じゃ真っ赤で。心臓は別の意味で苦しくて壊れそうで。
「……すき」
やめろ、と言われたのにやっぱり言葉が出てしまうのです。*

 


こいつはいつも、言葉の裏を理解しない。
その癖こうやって、訴えても止めないんだから。もう、手に負えなくて、
ああ、本当に困る。
「——…っ」
熱が、上がったまま下がらない。
「……、なぁ。もう、僕が望む何かになろうとするな」
下がらなくて。
「煩くてアホっぽくて実際アホで離れようとも離させてくれないし放っておいてもくれない。…見放させてもくれない」
引きずり出される。言いたくなかった言葉まで。
「そんなどうしようもないバカが、僕にとってのエミリ・ペリエなんだから」
「…本当に好きなら、それくらい分かれよ」
熱い。熱いのが、もう、誤魔化しも利かなくて、もう許容しきれなくて。強く、抱き締めた。口下手な僕の、答えがこれだ。*

 


トア君の顔も赤いです。とても、赤くて……嬉しくて涙がまたこぼれそうになるのです。
トア君は私にトア君の理想を追いかけるのをやめるよう言います。
アホ言われても腹が立たないのは、その表情に、言葉のおかげです。
「……名前、さっきも呼びました?」
さっきのは、私の妄想じゃなかったのでしょうか。フルネームでもエミリ、と呼ばれた響きが、音が。そんな気がして。
「……私、トア君の、好きな人になれてます……? それなら……」
そのままでいます、と伝えるように目をのぞき込む。
「ちゃんと、聞きたいです……」
抱きしめられるままに、トア君の耳元に一つ、小さな音と共に、唇をおとしたのでした。*

 


「…呼んだ。呼んだよ。だって、そうでもしなきゃ…帰ってこないんじゃないかって、…」
腕に力が込もる。頑なに見せまいと、そうしたかったのに、それでもやはり覗き込まれると無様な顔を晒さざるを得なくって。ああ、これが惚れた弱みなどと謂うのなら、
「っ知りたく、なかった…な、ほんと。でも、」
もう、無理だ。
「…一回しか言わないからな」
「僕は、お前が。今ここにあるエミリが好きだ」
もう、頭が。よくわからない。僕は、その目をちゃんと、見れていたのだろうか。*

 


呼ばれていた。引き戻そうと、してくれていた。
のぞき込む表情が愛おしくてどうしようもないのです。
あぁ、好き……。どうしようもないくらいすき……。
一回だけ、って言葉に静かに耳を傾けるのです。
そうして……
「……はい、私も……口が悪くて、ぶっきらぼうで。突っ込み気質で。なんだかんだで側にいて手を引いてくれて……優しいトア君が全部好きです」
苦笑いなんかじゃない、ごまかしなんかじゃない言葉で真っすぐに。
「……けほっ……」
……折角いい雰囲気ですのに。体はやっぱり無理がたたっているのがしんどいです。
「……病院、いきます」
本当はまだ、近くにいたかったです。でも無理をして倒れたら……だめですね。
「傍にいてください。一緒にきてほしいです」
さっきの返答をそう返しました。*

 


「…言うじゃん」
ふつりと、緊張の糸が切れたようだ。
剥がれ落ちた無貌の仮面が、割れる。は…、と零れた笑いがどうにも情けなくて、力が抜けたように抱えた体ごとソファに凭れ掛かった。
胸元に載ったエミリが咳き込む。ああ、飲ませた水は出し切ってしまったか。深呼吸して、起き上がって。
「…ん。場所は? 車要る?」
手配が必要なら、呼んでる間はずっとそばに居ただろう、昨日よりもずっと近くに。
ふたりぼっちには広すぎるガレージで、思い出の遠鳴りがする。
不器用で愛情を受け止めきれなかった自分自身。それをしつこく構い続けた誰か。
…遠くなっていた。気付けば、あの時描いていた青写真からは、もう外れていた。
……遠くなる。笑い声が微かに聴こえる。
                                       ——もう、大丈夫だね。
そう、最後に言い残して、それは過去へと、去っていった。**

 


「…場所は…学内の総合病院で……」
ステラナイトになってからは学校側がシースといやすいように、と転院をすすめて移動してました。
学内も大きな病院なので特に反対もなく。車はよく使うタクシーを呼ぶことに。
待つ間、私達の距離は戦いに行く前よりずっと近くて。鼓動が届きそうで苦しいのです。
甘えるようにすりよって。トア君の左腕からリボンがのぞいてるのが見えてしまって。…自分とお揃いのリボンもっててくれるならいいかな、とついそのままに。
「ね、いつか願いを叶えたら……そのあとも私に付き合って貰えます…?」
貴方をおいていきたくない。治らない病だと諦めてしまったら、そこで道が終わってしまう。
「遠い場所にいっても、一緒です。ずっと、一緒にいれるよう願いたいんです」
それまでに医療の力で治せなかったなら、女神さまにまたお願いを出来ないか、と。
これからはトア君の事をもっと知りたい。踏み込み切れなかった過去のことも。色々。
その時間をきちんと作って、紡いでいけるように。
例えば暑い日。出会った日のようなそんな時。日傘の下で二人でまどろむ未来を描き、今はそっと目を閉じたのだった。**

 

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