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ー 一幕 ー

 

誰もいない朝の時間。俺は遊歩道で軽いランニングをしている。
俺は寝起きはいい方で朝はとても早い。これは昔からの週間だ。

 

等間隔に並ぶ街路樹、レンガ造りの街並み、微かに耳に届く小鳥のさえずり。

 

ここは俺が……俺たちがいた世界とは違う。それをこっちに来てから嫌という程実感している。

 

俺としては学生になっても冒険家をやめたつもりがないから体は常に鍛えておくにこしたことはないんだ。

 

自分の世界が壊れて、怪我を治して。幼馴染と再会して……。色々ありすぎた。

 

ステラナイト、ロアテラ。そのことを俺は自分なりに手記に残し整理している。そして明後日その戦いがはじまる。…大事な幼馴染と共に。

 

「あー……兄ちゃんとしてあの子に弱いのはわかってたけど、どうして一緒に戦うって押し切られたかなー、俺も」

 

今更ともいえることを独り、空に向かって放った。*

 

「眠い……」
くぁ、と小さな欠伸をする。
あまり眠れずに本を読んでいたら夢中になっていつの間にか窓に光が差していた。
何とはなしに窓を開けて朝の空気に触れていたら、眼下を横切ったのは見知った影。
どこに行くのだろう、と心配になりてこてこ後をついていったら、ランニングが始まった。

 

一緒に、とはさすがにならないのでベンチに腰掛ける。
誰もいない遊歩道は静かで、少しひんやりとした空気と小鳥のさえずりが眠気を誘う。

 

例の女神とやらが明後日の戦いを告げた。
だけど今は、眠気に任せて何も考えずに少しだけ船を漕ぐ。*

 

更に走ること暫し。元の場所に戻るとその相棒で幼馴染の子が一人、ベンチで船をこいでいる。

 

苦笑いを一つ。数年ぶりの再会だったけどマイペースっぷりは変わらないな、あの子も。

 

「ジェーニスー。こら、こんなとこで一人寝てたら襲われるぞー。男は狼だぞー。がおー」

 

なんてちゃかしつつ、頬に軽く手をぺちっと。

 

さて、彼女は起きただろうか。*

 

「……ん、こんな明るく開けた公共の場で襲う度胸がクルト兄に……?」
ちゃかした言葉は浅い眠りの脳にしっかり届いていた。
顔をあげて目をこする。
「……ランニング、終わった?」*

 

いつも通りな言葉にくすっと笑う。

 

「わからないぞー、お兄ちゃんだって実は狼かもしれないぞー」

 

がおーって片手を形作る。

 

「なんて、冗談じゃなくて俺じゃなくて変な奴がいるかもしれないだろって話だ。お前だってもういい年だろ?えーと、いくつになったんだっけ?十…」

 

指折り数えて確認する

 

「5か6か?そのくらいか。それじゃあ襲われる年頃になってるって自覚しなさい。いいかい?」

 

と保護者顔して説教。

 

「ランニングは終わった。ってしてたの知ってたのか?」

 

とみられてたのを知らず首を傾げた。*

 

クルト兄が狼……とつぶやきながら狼の耳を勝手に想像してみる。
……可愛い。
「……16。普段こんなとこで寝るわけじゃない。今日は、クルト兄がどこか行くの見かけたから」
ついてきた、とはみなまで言わずとも伝わるだろうか。
また、会えなくなるのではないかと少しだけ不安になって。
さすがに戦いを前にして逃げる人ではないとわかってはいるけれど。
世界は理不尽だ。
当たり前のようにあったものが、突然なくなることもあるのだから。
それが怖い。
「……帰る?」
顔をあげて尋ねる。*

 

彼女の想像は残念ながら俺はわからない。わかったらまた苦笑いするんだろう。

 

「そっか、16か。そりゃあ大きくなるな……」

 

会えない間自分の知らない時間で成長している。賢い子だし俺が過保護になにくれという必要はそうないのかもしれない。それでもお兄ちゃんぶってしまうのはもう癖というか…そうしたいんだろうな、俺が。

 

「そっか、俺に会いたかったのか―」

 

なんて茶化すように言って頭をぐしゃぐしゃっと。

 

不器用なこの子にちゃんと今味方はいるんだろうか。

 

「その前に少しお話、いいか?」*

 

「会いたい……?」
今の会話で何故そうなった、と真面目に考えながらその頭はぐしゃぐしゃされる。
それがなんとなく懐かしい。
相も変わらず自由な人だ。

 

「お話……?」
なんだろう、と思いつつベンチの片側を座れるようにつつ、とあける。*

 

「んー、だってこんな朝早く見かけてわざわざ来るんだから…って兄ちゃんうぬぼれた!?うーん、それはそれでショックなような」

 

時間という距離を感じさせないように。寂しそうにしていた彼女の為に。

 

昔からあえてちゃかすようなことをし続けていいお兄ちゃんぶっている。それは今の彼女に必要なものなのかいまいちまだわからない。

 

なお必要ない、と言われたら……かなりショックだ。だから暫しは勝手に保護者顔することにしているのである まーる

 

間をあけて貰った隣に座る。何をどう話したものだか。少し朝の空気を深呼吸して考える。

 

「……なぁ、ジェニスは今どうだ?俺はこっちに来てからのお前をちゃんとまだ知らない。ちゃんと幸せでいれてるのか?」

 

余計なお世話かもしれないな、と頭をかく。

 

頭いいのは知ってるけど、不器用なのも知ってる。兄ちゃんのまぁお節介って思うだろうけど心配する権利はあるだろ。*

 

しばらく考えていたからどんな重い話をするのかと思えば、どうやら私を心配しているよう。
「……幸せ。……綺麗なお家があって、綺麗な服を着て、美味しいものを食べて、勉強が出来て、安心して眠れて……十分すぎるほど恵まれてはいると」
誰かにとって、それは幸せと呼べるものだろう。
例えば故郷の人たち。
帰る場所を失って、理不尽な扱いを受けている人たちに言わせてみれば、贅沢すぎるくらいの。*

 

「……そっか」

 

そう呟く。俺に心を読む術はない。それがどこまで本心なのか。

 

ジェニスは元の家でいい扱いされていたとも思えてなかった。金で売られたと知った時あの両親に殴り掛かって連絡をとれないようされたのは俺の痛恨のミスだった。

 

生活に困ってない、それは確かに幸せといえるのだろう。けれど、笑顔はなかなか見れない。

 

「じゃあもっと幸せになるか!」

 

そう言って立ち上がる。

 

「お兄ちゃんはジェニスにいーっぱい笑ってこれ以上いいってくらい幸せになってもらうつもりなんだからな」

 

頭はまだ俺のせいで乱れていただろうか。それなら手櫛で軽くなおす。

 

「…ごめんな」

 

その言葉に含めたその意味は、髪だけじゃなくて

 

幸せな生活をしていたのなら、それを俺が壊したんじゃないかって贖罪も。

 

俺は色々矛盾している状態なのかもしれない。幸せになってほしい。それなら過去の人間の俺が近づくべきじゃ無かったのかもしれない。

 

それでも、会いたかった。無事か知りたかった。また一緒に話がしたかった。

 

それだけなのに世界の戦いに巻き込んだ。

 

「帰るか。よし、おいしい物でも探していくか?空いてる店あるといいけどなー。走ったら腹減ったなー」

 

大人なのでそういうのはずるく隠して笑顔を向ける。*

 

故郷を復興する術があるのなら、できればいいと思った。
どんなに頭が良くても、世界をまるごと元通りになんて出来ない。
――無力だ。
ずっと、そう思っていた。
「……大丈夫」
クルト兄が現れて、世界が変わったの。
どう変わったのかって聞かれると困るけど、モノクロが、彩られるような。
今でもまだ信じられないけど、願いが叶うのなら、クルト兄と一緒なら、何も怖くない。
一緒に戦うの反対していたけれど、私は置いて行かれる方が嫌だから。
十分だよ、そんな顔しなくていいんだよっていうように、少しだけ口元に弧を描く。

 

「……これあげる」
差し出したのは中身が入った小さなケース。
一粒食べれば胃の中で何倍にも膨らんで満腹感が出るという代物だ。
それはいつもお腹を空かせていた誰かのために、こちらへ来て一番初めに開発したものだった。
「気休めにはなる、と思う」
こんな時間に空いてる店があるのか知らないから。
何か探すというのなら、そのままついていく心算で。*

 

大丈夫、という彼女は少し口元が緩んでいて。

 

幼馴染だからわかる。こういう表情するなら本当に大丈夫なんだって。

 

いつまでも子供でいてほしいってのは大人のエゴ。少しは見直してあげないとな、なんて一つ息を吐きだす。

 

信じてやらなきゃ。楽天家らしく大丈夫だって俺が言ってやらないでどうするんだか。この辺男より女のが強いのかもな。

 

「ん?なんだ?」

 

受取ったケースには何かの粒状態のもの。サプリか何かだろうか。

 

「ありがとうな」

 

一つ、早速口にいれた。それは思った以上に空腹の足しになる。おお、凄いな。

 

「よし、じゃあ行くか」

 

小さな頃のように手を差し出して。彼女の好物を探してやろうと一緒に歩き出す。そんな朝の一幕。*

 

ー 二幕 ー

 

気づけば星が瞬く時間。この学校の図書館は魔物だ。手ごわい魔物だ。
時間を容赦なく食っていく。うーん、興味深いのが多すぎる。
探求心のままに知識を貪る今の生活もそんなに悪くない。ステラナイトになったから、という理由で大学に入れて貰った身分だ。勉学に関してどこまでついていけているか、というと案外なんとかなっていたりする。
難しい計算式は苦手だけど知識欲は旺盛だ。社会科や地理、歴史を専攻し、自力で学んでついていっている。その内この周辺の階梯をもっと探索してレポートを書こうと思っている。
まぁそれでもその内またどこかほかの場所に冒険に行きたくなるんだろうけど。
それはでも今じゃない。

「ジェーニスー?先帰ったか?」
一緒に来た妹分を呼んでみる。
もしかして放置しすぎて怒らせたかもしれないな。お兄ちゃん失敗。
前日というので一緒に過ごそうと誘ったんだけど、これじゃあ一緒とは言えないな。反省。*

 

星が綺麗な夜だ。
ふと足を止めて窓の外を見上げた。
紙とインクの匂いが漂う図書館は人気がまばらで、静かな時間が流れている。
クルト兄も只管本の虫になっていて楽しそうだ。
私もここに来た時はその蔵書数に圧倒され、空き時間があれば通っていたものだから気持ちはとてもよくわかる。

 

ただ、クルト兄は知識を得て満足できる人じゃない。
いつかまた、じっとしていられずにどこかへ消えてしまうんじゃないかと少しだけ不安になる。

 

睫毛の影が降りたところで名を呼ばれ、顔をあげた。
「……いる」
小さく返事をしたら止めていた足を動かして、元居た席へとぽすんと腰かけた。
「お腹、減った?」
声をかけたのはそういうことだろうかと首を傾げて尋ねてみる。*

 

返って来たのはいつも通りのトーンの声。どうやら怒ってないみたいだ。一安心(ふぅー)

 

言われて体が気づいたようにぐーとなる。

 

「そういや腹減ったな」

 

以前貰ったサプリ?を一粒。おなかにたまるようなのをよく持っていたな、ジェニスも。

 

口にいれれば爽やかなオレンジの香り。すっきりする感じが好きだって昔話したことがあっただろうか。

 

「こんな時間までかけちゃっててごめんな。ジェニスも腹減ったんじゃないか?携帯食でも食べるか?ってここ飲食だめだっけか?」

 

いつでも携帯食を持ち歩いているのは冒険家の習慣…でなくはらぺこになりやすい自分の為だった。*

 

「いい。図書館は好き、だから。……飲食はダメ」
だから徹底して本の虫になりたい時は、クルト兄にも渡したタブレットでお腹を誤魔化していたりする。
……それをやりすぎて倒れたこともあったりなかったり。
気休めは気休め。食事は大事だ。
「食べるなら外、行く?」*

 

「そっか」
そう言って頭を軽くぽんぽんと。退屈してなかったならよかった。ジェニスは勉強好きだもんな。本が楽しいなら何よりだ。
まぁやっぱ飲食はダメだよな。と肩をすくめる。

 

「行くか。空が見える場所がいいよな。折角の満天の星空なんだしお兄ちゃんが保護者としてついていくから夜歩きを許可してあげよう、なーんてな」

 

学内とはいえ夜歩きを好きにしていい、とは兄ちゃんとして言い難い。相変わらずの保護者顔。

 

外に出て適当に歩く。公園みたく整備された中庭になんとなく。寮も近いしな。

 

「よし、兄ちゃんの手料理だ。存分に食べるといい!」

 

どやった顔で差し出したのは手作りのフルーツ入りパウンドケーキ(一本)。糖分があって日持ちするやつを作り置きしておくのがポイントだ。野営もかなりの経験がある分ある材料で美味しいものを作るのは得意だし料理は結構好きだったりする。

 

「……父さんの背を追いかけて始めた冒険家きどりだけど、戦い方を知れている分ステラバトルに向かいやすいのはありがたいな。ジェニスはどうだ?怖いか?」

 

優しい声を向ける。大丈夫だって言うように余裕をもたせた表情で。

 

――決して、気づかれないように。

 

戦いが怖いんじゃない。俺が怖いのは……責められることかもしれない。

 

理由はまだ、心の奥に隠して。*

 

「………うん」
昔よりかは多少改善されたと思うけれど、クルト兄が言う“なーんてな”にどう返していいのかわからず、ただそう返す。
先ほど本棚からとってきた本は自室で読もうと貸出手続きを済ませて手提げ鞄にいれる。
明日はステラナイトとして初めての戦いがあるというから、読めるのは明後日になるかもしれないけれど。

 

外に出れば先ほどよりも煌めく光がはっきり見えた。
クルト兄から誘わなければ寮の自室でいつも通り、レポートやら課題やらをこなして過ごしていただけだっただろう。
夜道をぶらぶらと歩くなんて滅多にしないことだから、少しだけ足元が浮ついていたかもしれない。

 

差し出されたパウンドケーキを受け取る。
香ばしくて甘い匂いが漂うそれは、間違いなく美味しいものだとわかる。

これが……クルト兄の手料理……。

心の中で僅かに敗北感を覚えたのは、ジェニスがそんなに料理を得意としていないせいだ。
元々料理のスキルなんて求められていない。
料理を作る時間があるならその分勉学や研究に時間を割く、というのが引き取られた家での方針だった。

 

そんなことを考えながら手にあるケーキを眺めていると、クルト兄から声がかかる。
「……あんまり。まだ実感がない、し、私が戦うわけでもないし……」
経験もなにもない自分が戦うのなら無茶苦茶だ、となっただろうけど。*

 

夜空の下でジェニスも少しは嬉しそうかな?と横目に眺める。

 

ケーキ(一本)は無事受け取ってもらえた。俺ももう一本の方にかぶりつく。

 

「そっか。気負い過ぎるよりはいいかな」

 

俺がブリンガーでよかったな。ジェニスに出来るだけ負担はかけたくないしな。

 

「兄ちゃん頑張るからなー、これでも冒険の道の中色々獰猛な動物やらと戦ってきたんだからな。頼りにしていいんだぞ」

 

うん、パウンドケーキは喉が渇く。携帯用水筒で水分をとる。

 

「俺たちの故郷が戻ったらまた探索いきたいなぁ。途中だった場所も色々あるし……」

 

父さんがたどった道を追いかける旅はまだ半ばすぎる。

 

「ってまだまだ先だけどな」

 

からっと笑いかける。水いるか?と軽く水筒を差し出してみる

 

「今はまだまだお前と一緒に勉強頑張らないとな。折角大学にいるんだし」

 

空に一筋、光が流れた。

 

「おっ。見たか?流れ星だ!」

 

願いをかけれるとしたら、どうか、どうかこの子だけは元気で。生を全うしてほしい。幸せになってほしい。

 

「よし、帰るか。明日頑張ろうな」

 

そう言って一緒に帰ろうとまた手を差し出すのだった。*

 

「……頼りにはしてる、し、願いを叶えるために頑張らなきゃいけないのはわかる。でも、無茶はしないでほしい。クルト兄に何かあったら――」
それだけが怖い。本当に、それだけ。
あの日、故郷が崩れた日、私が持っていたちっぽけだけど大きなもの全てが喪失した。
世界は不条理だと、改めて思い知らされた。

 

またそんな喪失感を味わいたくない。
だから、私が守る。
守れる力があるなら、反対されてもそれだけは譲れない。
そして一緒に願いを叶えられたら……少しは世界を好きになれるだろうか。

隣で夢を語るクルト兄を目を細めて見つめて、ぱくりとケーキを一口食べ飲み込む。

 

水筒は受け取ったけれど、なんとはなしに口はつけられないまま顔をあげる。
まだ昔の家にいたころ、こんな風に光のシャワーを眺めていたことを思い出しながら。
ちょうどそこに、明るい一筋の光が走る。
流れ星に願い事をすれば叶うなんて、今も昔も信じていたわけじゃない。
それでも人は願ってしまうのだろう。
空の奇跡に、奇跡を重ねるように。

 

閉じていた目を開けると、目の前には手が差し出されていた。
「うん」
迷わずに手を取る。
闇の中見失わないよう、その大きくて温かい手をぎゅっと握って。*

 

何かあったら

 

その言葉の重みは嫌という程この身に実感している。何の前兆もなく失われた故郷……。目の前で実体験した俺。それを後で知ったジェニス。俺たちはその喪失感を共に抱えているんだろう。

 

それでも、俺は希望を信じたい。あの世界を取り戻せるんだと。世界は素晴らしいものもたくさんあると。

 

俺は、父さんの背を追いかけて来たけど……貴方と同じ最後にはならない。絶対に。

 

繋がる手。この小さな手の持ち主との約束があの時の俺のただ一つの頼りだった。

 

必ずまた会いにいく。たったそれだけの約束の為に命をなくすものか、と

 

ここは同じ道をたどらせない。そう決めて、戦いの決意を固め足を前に進めた。

 

**

 

ー 幕間 ー

 

【回想】
ジェニスと再会してそれはすぐやってきた。
その人は温和な顔をして俺に初めまして、と声をかけた。
『君がクルト君だね。冒険家としての噂はかねがね。私はフィロソフィア大学の者なんだけどね、よかったらうちの学校にスカウトさせてもらえないかって』
「……父さんがお世話になった方ですね。どうも初めまして」
『ほう、私を知っていたのか。これは一杯食わされた』
当てずっぽうだった。父から上層の人間と繋がりが出来た、と聞いていた情報、父が残した言葉から色々推測した結果だった。
「俺ともう一人がステラナイトになったから、ですよね?」
悪いようにしないよ、と彼は笑った。
ステラナイトとして相棒のシースとは一緒にいる方がいい、等サポートを陰から受けれる等々色々教わった。

そして会話の中で色々探った。俺の知らないこと。考えていた可能性。
そして、その可能性は当たっていたことを示す……。

「父さん、貴方の背中は大きすぎる……」

そんな人が失敗したことを俺が成功させないといけない。そうしないと今度こそ、誰一人として俺の手に残らなくなる。

子どもは良く食って元気に大きく育てばいいんだよ、なんてカラッと笑った顔が思い出される。
あぁ、もう。父さん……貴方の願いは叶えられている………確かに――

 

当日、朝。
夜出歩いたわりにいつも通りに目が覚めて。朝ごはんを適当に腹にいれておく。今朝の運動は軽めのストレッチとランニングで済ませておいた。
ジェニスを迎えにいかないと。
部屋に足をむける。さて、彼女は起きているのか、寝ているのか。*

 

夢を、見ていた。
黄色い葉が舞っている。
その向こうに懐かしい家族と風景が見える。
だけどそれは足元から崩れて――

「――…痛い…」
目が覚める。床がやけに近い。
どうやらベッドから落ちたようだった。

 

窓の外では眩しい朝日の中小鳥のさえずりが聴こえている。
「………」
なんとなく、着替えなくてはいけない気がした。
ゆっくりと立ち上がりクローゼットを開く。

 

クルト兄は起きているだろうか。
そんなことを考えながらリボンの色を選んでいた。*

 

足音を静かに、立てないよう歩きつつ。冒険者時代に培った技術を無駄に使って廊下を歩いた。
そうしてジェニスの部屋の前に着く。
中から軽く音が聞こえた気がした。ノックを軽く。
「お兄ちゃんだぞー。起きてるか?」*

 

「……起きてる」
カチャリと扉を少しだけあけて隙間からクルト兄の姿を見上げる。
もうしっかりと準備が出来ている様子だ。
「ちょっとだけ待ってて」
まだ寝間着であるのは明白で、扉を一旦閉めてリボンの色をそそくさと決めた。*

 

ひょこっと顔を出したジェニスは寝起きらしく寝間着姿。俺信頼されてますね。
「はいよー」
無論妹分であろうとも仮に本当に妹であろうとも覗く気はない。お兄ちゃんは紳士です。……スケベじゃないとは言いませんが。男だし。
声がかかるまで扉の前で待つ。*

 

服に着替え髪を少し整えたら、再び扉を開ける。
急いだせいで後ろにある寝ぐせには気づけていない。
「……お待たせ」
これからどうするのかわからずに、少し戸惑いの表情を浮かべながら。*

 

出て来たジェニスはどうしよう?と言いたそうな顔。うーん、時間もそうないだろうし。

 

「部屋入っていいか?朝ごはんもまだだろ?ほら、サンドイッチ買ってきたから。食っとけ。のんびりし過ぎず、でもしっかり噛んでたべるんだぞー」

 

お兄ちゃんぶって袋を手渡す。流石に作る時間はなかった。朝から用意して貰えたあたり本当手厚い福利厚生を受けれる事で。

 

後ろ髪に寝癖をみつければ、クスッと笑って。

 

「ジェニスは食べてて。髪やってやるから」

 

手持ちのタオルを取り出す。お湯を借りて軽く湿らせた。

 

許可が出れば後ろに座って髪をぺたぺたやるつもりで。

 

「……なんか、今の平和が嘘みたいだな」

 

なんて小さく呟いた

 

*

 

「ん……」
本以外特に目立つものがない質素な部屋に招き入れる。
「ありがと。……でも、子どもじゃない」
言われなくたってわかっていると言いたげな顔。
それでも袋は素直に受け取ってサンドイッチを取り出した。

 

「髪……?」
なんのことかわからずサンドイッチを頬張りながらなされるがままに身を任す。
「……うん」
傍から見れば穏やかな朝に違いない。
呟きに小さく頷いて。*

 

質素な部屋に招かれる。……今度ぬいぐるみを買ってあげよう。大きいうさぎがいいか。

 

内心でこども扱いしていたのがばれたのかタイムリーな発言にちょっと苦笑い。

 

悪い、って軽く受け流す。どうしても小さな頃からの癖なんだって。

 

穏やかな時間。それは俺たち次第で……俺がみた悪夢のような光景になる。

 

させない、絶対に。

 

万が一でも、ジェニスだけは……。

 

「ジェニス、お前は俺が守ってやるからな。絶対に」

 

生き残ったあと、小さな約束が繋いでくれたように。今もまた、約束を勝手にすることで自分を繋ぎとめようとする。絶対に絶望しないように。

 

さらりとなった黒い髪に軽く、頭をこつんとうずめた。

 

「約束だ。だからジェニスは俺から離れないように」

 

シースだから防具と武器になる以上離れないんだろうけど。そういうことじゃない。

 

俺といれば、きっと命は守り切れる。

 

そう確信がある。

 

なぜなら、俺が怪我をすることがあってもそうそう死ぬことがないようなってるから。

 

ステラナイトだった父さんが相棒さんと願った願い。【自分の子供だけは何があっても理不尽に死なないように】
父さんが返って来た時神様にお願いしたんだって笑ってた。その時はただのお祈りだと思ってた。
今ならわかる。父さんはステラナイトだったと。その願いは俺と、相棒さんの息子の命だったんだと。

 

俺が理不尽に死なないのが女神との契約な以上俺はそうならない。
なら俺はこの手で一人の女の子くらい守り通せないと。

 

頭をあげてぽんぽんとした。

 

「そろそろ時間だな」

 

*

 

頭の上から落ちてきた声は、強い覚悟を感じるものだった。
思わずサンドイッチを持つ手を止めれば、今度は後ろ頭に僅かな重み。
「……じゃあどこにも行かないで」
離れるつもりはない。
離れる時があるとしたら、それはクルト兄がどこかへ行ってしまう時だと思う。

 

黄色い葉が舞う木の下で、見つけてくれたクルト兄はまるで光のようで――失くしたくないと思った。
「私も、クルト兄を守らせて」
非力だけど、シースとして守ることが出来るのなら。

 

長い睫毛を伏せて、覚悟を決める。

 

「うん」
クルト兄の言葉と共に顔をあげて立ち上がる。*

 

「……俺をこの世界に引き止めてくれるのはジェニスだよ」

 

少し感じ入ったように小さく。

 

「放蕩やろうだって自覚はあるけど、勝手にいかない。行きたくなったらまず相談する。ちゃんとな。仮にいっても帰ってくるよ」

 

また約束を増やした。小さかった少女は俺を守らせてって言える位一人でも立てるようなったんだな。なんてちょっと感動した。

 

「俺はもう十分守られてきたよ」

 

その意味はまた後で。言えたらな。

 

「よし、いくか」

 

『かつての場所、俺たちの生まれて来た場所。それを取り戻すため俺は戦う。そして大事な人を守りぬく。いざ花咲く地に召喚せよ!女神よ!』

 

*

 

「……やっぱりいつかは行くの」
離れないようにって言ったくせに。
バトルの間の話かもしれないけどそれだったら物理的に離れられないから別に心配しなくていいと思う。
少しだけ嘆息。
ダメだ、今はいじけている場合じゃない。

 

胸がざわざわする。
クルト兄が何に守られてきたのか聞き返すことも出来ず、含みのある表情を見つめた。

 

『失くしたものを取り戻すため、失くしたくないものを守るため、私は力を欲す。どうか、加護があらんことを――』*

 

ー カーテンコール ー

 

甘く見ていたわけじゃなかった。だけどかなり危険な戦いだった。
……父さんはずっとずっと、これを背負ってきてくれたのか。そして……負けた。
風景が変わって服装も戻って帰って来たのがわかった。
すぐさまジェニスを探し、そして少々強引に引き寄せ抱きしめる。
「ジェニス、無事か!?……何も起こってないな?」
勝ったとは頭で理解している。けれどあの崩落の風景を知っている身として、万が一、万が一の何かがあったら。そう思って外の景色が変わらないかを暫し眺めるのだった。

 

*

 

景色が変わる。
目を開ければそこは元の自分の部屋で、夢から覚めた時のように少しぼぅっとしていた。

 

まるで空想の世界での出来事。
黒い騎士に巨大な竜。
これからもあんなのと戦うのだろうか。

 

そんなことを考えていたら体が引き寄せられて、クルト兄の腕の中に納まっていた。
「……ん、大丈夫、だと思う。クルト兄は……?」
敵の攻撃をほぼ躱していたから心配することはないと思うけれど。*

 

数秒そのまま何も起こらないことを確認してから長い息を吐いた。
「……よし、平気だな」
頭でわかっていてもなんというか、真実を知った後だと心臓に色々悪い。
「ジェニスが無事ならよかった」
額を軽くこつん、と頭に。
「お兄ちゃんは見ての通りぴんぴんしているぞ。強かっただろー。ってあ、悪い悪い」
引き寄せた体を手放し、いい子いい子と頭を撫でる。
無駄に心配をかけるような格好悪い姿を見せずに済んで、ひっそり内心で一安心していた。*

 

窓の外を見つめて数秒、安心したように吐かれた長い息。
クルト兄は実際崩壊する故郷を目の当たりにした分きっと、私よりも恐怖を知っているのだろう。
「うん、強かった」
触れた額の熱を感じながら瞳を閉じる。

 

それでも、攻撃が来るたび心臓が縮まる思いだった。
思い出すだけで少し手が震える。
クルト兄を信じていないわけじゃない。
ただ、失うのが怖い。それだけ。

 

「……お疲れ様」
頭を撫でられたからお返しに、手を伸ばしてそっと頬を撫でた。*

 

肯定の言葉に安堵。強いお兄ちゃんに見えてくれたならそれでいい。
俺も俺だけど、この状況で瞳を閉じるのはお兄ちゃんとして教育的指導するべきなのか。うーん。
でも、微かな震えに気づけば何も言えなくなる。

頬に伸ばされた手を、動きをそのまま受け入れる。
その手に手を重ねる。
「ありがとう」
戦いの緊張をほぐすような熱。その熱を目を閉じてゆっくり受け入れる。*

 

「……」
最後に会ったのはクルト兄が17の時になるだろうか。
何も知らないでいられたころ。
あんなことがあったせいかはわからないけど、4年会わないうちに随分と大人びたように思う。
重なる手も、私のとは大違いだ。
「……さっき言ってたの、どういう意味?」
クルト兄がバトルの前に言った言葉を思い出して、言葉が口を突く。
私はクルト兄に守られることはあっても、守ることなんてなかった。
故郷が崩壊した時も、映像を見て立ち尽くすばかりで何もできなかった。
だから少し、気になって。*

 

ジェニスも思うとこがあるのか暫し沈黙のまま。
次に聞こえた音は彼女の声。

 

「さっき?…無事かって言ったやつか?いや、勝ったのはわかってたけどここがちゃんと守れたかちょっと心配でな」
ん?そうじゃないか?これじゃあ今さっきか?
戦いが挟まったからか、行く前の発言をすぐに思い出せずに。*

 

「そうじゃなくて、向こうに行く前に言ってた”十分守られてきた”ってやつ」*

 

「あぁ、あれか……」

 

それは言葉通りの意味なんだけど。その言葉だけじゃ相手の求めてる答えに及第点はもらえないのはわかってた。

 

「んー……簡単に言えば、支えて貰ってたってやつかな。…これじゃあだめか?」

 

言うのはちょっと格好悪いんだけどなーってちょっと困った顔を向けた。*

 

「支え……?私が?」
ぱちくりと瞳を瞬かせてその顔を見つめた。

 

ちょっと困った顔。特に大した意味はなかったのに突っ込んだからだろうか。
それとも話したくない話題だったのだろうか。
心理学には長けていない。
人の心はとても複雑でやっかいで、深くへ潜り込むのは怖い。
それでもクルト兄だけは、すべてを見せてくれていたと思っていたけれど。
色々あり過ぎて、余計に心は憶病になったのかもしれない。

きっと、多分、精神的な話なのだろうと勝手に結論付けて手を下ろした。
「話したくないならいいの……ごめんなさい」
講義の準備をしなくてはと机に向かう。*

 

後ろ頭をかく。どうしたものかと迷う時間は短めにしておいた。

 

机に向かった相手に歩み寄る。背中を包むように体をよせて片方の手を机におく。ジェニスが逃げれるように。

 

「そういうんじゃないよ。ただ格好悪い話ってだけ。俺も男だから格好はつけたいんです。年上だし」

 

口調はつとめて明るめに。

 

「謝る事はないって」

 

くっつきすぎか?セクハラと言われる前に一歩隙間を。

 

「授業遅れてもいいか?」
聞くか?と笑顔を向けた。

 

*

 

「ちょっと困る。……嘘」
普段真面目に講義を受けているから一度くらい休んだとしても単位は落ちない。
……ノートを見せてもらうのが少しハードルが高いけれど。
それよりさっきからちょっと、距離が近いのがなんともいえない。
こういう時普通はどうすればいいのだろう。
わからずにそのまま話を聞くことにする。*

 

「かわいい嘘つくようなったな」
思わずくすくす笑う。
「長くなるから座っとけ。」
俺も適当に床に座る。
息を吐く。何から話したものだか。ある男のお話を――


「その少年は父親に憧れてました。冒険に出て、誰かを助けるために戦って、未知のものを追いかけるその背はいつも大きかった。
 父親は言った。子供は元気に大きくなって幸せになればそれが一番だって。
 その少年は父親みたいになろうと決めた。冒険家の真似をした。
 父さんにとっての母さんみたいに、自分が守る人を探した。
 その子と出会ったのは偶然。独りぼっちの小さな頭のいい女の子はその少年のちょっと大げさなお話をよく聞いてくれていた。そうだ、僕がこの子を守ってあげようって幼い心で勝手に思ってました。

 ある日その父親は世界を救うヒーローになったんだ!って冒険の相棒さんと笑って報告しました。いつもの大袈裟なお話だと思ってました。
 父親は帰る頻度が落ちました。それでも手紙を何度もくれたし、大きくなって来た少年は父親に会おうと彼が歩んだ軌跡を追いかけるようなりました。

 ある日守ろうと思った少女は遠くにいってしまいました。
 ちょーっと色々やらかして、連絡の取り方すらわからなくて。
 離れる前にした絶対にまた会いにいく、その約束を果たす為階梯を超えて冒険に出るようなりました。

 そんなある日、父親からの手紙がなんかおかしかった。
 帰りたい、と。周りが恐ろしいと。
 少年はいったん父親に会おうとしました。
 そんなある日、唐突に絶望は起こりました。

 何の前触れもなかった。
 なんの兆候もなかた。
 ただただ、目の前が崩れて、消えていくのを少年は目の当たりにしたのです。

 ……気づいたら病院だった。
 なんで生きてるかなんて理解が出来なかった。
 なんで、を何度繰り返しても何もわからなかったよ。

 俺が生きているなら両親も、と希望を持った。でも……見つけられなかった。
 そもそもいった覚えもない階梯で発見されたって聞いて余計意味がわからなかった。

 怪我を治しながら俺は途方にくれていた。
 家族がいなくなった。家がなくなった。それだけじゃない。住んでいた世界すらなくなった。
 ……足元が物理的に崩れ去って消えた。
 何をどうするべきかの道しるべが見えなくて、体中が痛くて。

 そんな中、一つだけ俺に残っていたのがあった」

 ジェニスに視線を向ける。

「また必ず会いにいく。
 あの場所にいなかったから、必ず生きていていてくれている。そんな一人の存在がいた。あったのはそんな約束一つだけ。

 でもそれが俺に希望をくれたんだ」

 小さな手に手を伸ばす。振りほどかれなかったらその手を握り締める。

「ジェニス、君の存在だけが俺に残ったただ一つだったんだ。
 君にはもう今の幸せがある。家族がいる。…だからまぁなんというか、要らないものかもしれないけどさ。俺が勝手に守ってやりたいって思う。
 小さな頃から俺が守ってあげようって勝手に決めてたように、今もまだ、俺が俺として生きるための道しるべとして、俺には君が支えなんだ。ずっと、今も――

 ……格好悪い話だろ」

*

 

語り口調で語られるそれは、キラキラと輝く子ども時代。
次第に、知らないことが増えていく。
クルト兄の想いが溢れていく。
味わった絶望は、きっと同じ。
それでも、前を向いて探してくれていた。

伸ばされた手は振り払うことなく受け入れる。
「かっこ……悪くなんてない」
握られた手をそっと両手で包みこんで。
「今の家族、に必要とされているのは頭のいい私で、それ以外はいらなくて……辛くて、一度逃げ出してね、どうにか帰ったことがあるんだけど、前の家族も、もう家族じゃなくて……」

冷たい瞳。
冷たい言葉。
温もりなんて、しばらく感じたこともなかった。

「クルト兄はそれ以外の私でも、必要としてくれる。要らなくなんてない。モノクロの世界が、クルト兄が現れてから鮮やかになったの。今も、昔も」

頭を撫でてくれる時の優しい手が好き。
心から心配してくれる言葉が好き。
笑いかけてくれる笑顔が好き。

「……生きていてくれて、ありがとう」

ぽたりと雫が落ちる。
その顔には微笑みを浮かべて。*

 

両手で包まれる温もり。家族にいい扱いをされていなかった少女はそれでも暖かな子に成長した。
それはとても尊いことのように思う。

今の家族の元でも……つらい思いをしていたのかってやっと教えてもらえた。
でも彼女の帰る場所はなかった……。
「……当たり前だろ、兄ちゃんは…『俺』は、ジェニスが優しいことも、暖かい子だってこともちゃーんといっぱい知っているんだからな」
俺たちは、互いに互いが必要なんだ。
人生は独りきりで生きるには困難が多すぎる。温もりがほしくなる。
人が人を求め、家族を作るのはそういう理由なんじゃないかって。
俺にも生を望んでいてくれる人はまだ、ここにいる。それがなんだか無性に嬉しくて仕方ない。

「俺こそ、俺の事……忘れないでいてくれてありがとう」

余計な事じゃないのなら、ジェニスがまだ寂しい思いをしているのなら。
俺が出来るだけ寄り添ってあげたいと思う。
涙を空いたもう片方の手の指でぬぐう。温もりを分かち合うように額を合わせる。

「今日さ、授業終わったら一緒にご飯食べに行こうな。美味しいのをぱーっと食べてさ」
打ち上げみたいなものだ。ちゃんとお兄ちゃんの財布から払いますので。
「そしたらちょっとだけ買い物していくか。うさぎのぬいぐるみでも探す旅に出るか」
この部屋を見た時に思った事をやってやろうと企む。
……俺はサプライズやるのに向いていない。

「……そしていつか、故郷を取り戻せたら一緒に行こうな」

その時俺たちはどうなっているんだろう。ジェニスは卒業したりしているんだろうか。どういう将来に歩いていくんだろうか。
それはまだわからない。

でも、世界はまだまだ素晴らしいものになる。きっと、ずっと、もっと。

俺は信じる。
その未来を守る為にきっと俺は戦い続ける。

「言ったけど、ジェニスにはもっとずっと幸せになってもらうからな。
 幸せにいっぱいしてやるからな」

それはまるで誓いの言葉のようで。
「手始めにうまいものからだ。の前に授業だけどな」

顔をあげる。
「いけるか?」
立ち上がり手を差し出した。

この手がある限り、俺は道を見失わない――   **

 

忘れられるわけがない。
クルト兄はずっと眩しくて、憧れだった。
手紙が来なくても、約束を信じて待っていた。

近い――
ふいに額がくっついて目を見開く。
さすがにちょっとこれは近すぎでは……。
でも、熱がある時とかよくこういうシーンがあったりするし世間では一般的な触れあいなのかもしれない。
そう思いこむが頬は自然と熱くなる。

こくりと頷く。
またこくりと頷……こうとして首を傾げた。
「うさぎのぬいぐるみ……?」
クルト兄が欲しいのだろうか。
それとも何かに必要なのだろうか。
この殺風景な部屋に後ほど鎮座することになろうとは思いもよらない。
「――うん」
一緒に行こうという言葉には否応もなく頷いて、口元に弧を描いた。

これから先、願いを叶えるためにまた何度も戦うのだろう。
そう考えるだけで少し不安になるけれど、失くしたものを取り戻すため、失くしたくないものを守るため、ステラナイトとして共にいきたい。
その決意は、これからも変わることはない。

「うん、行こう」

世界はどうしようもなく不条理で理不尽だ。
けれどこの手が、私を光の中へ連れて行ってくれる。

そんな気がするから、
私はいつものようにその手を取って歩き出す**

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