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 ー 一幕 ー

  星が綺麗な夜。私は双眼鏡を何故か持ってアルカ君の手を引いて外に出たの。あ、もちろんそれだけじゃないよ。シートと暖かい飲み物とクッキーも一緒だもん(ふふん)

 「ついたついたー! シートをひいて、さあアルカ君、天体観測しよう!」

 そう言って私達が出会ったお気に入りの場所。夜になるとほのかに光る花畑。そこに足を踏みいれるんだ。

 「美味しいご飯は正義だからね。くまさんのクッキー美味しいよ~」

  そう言いつつそれが手作りで、ちゃんと味見はしたけど美味しいと言って貰えるかはドキドキしているんだ。

  ……なんだかおかしいんだ。次のステラバトルが間近の緊張のせいかのかな。

  皆が……ちょっと怖い気が最近するの。

  それを振り切るように、なんでもないよって顔してさあさあ、って座るよう促すんだ。

  双眼鏡じゃ星はどれだけ見えるんだろうね。*

 

 シオンと出会うまでは、いつも1人で星を見ていた。世界中に自分以外誰もいない。そう思いたかったから。

 彼女と出会ってステラナイトになって、何故か寮の部屋が近くなって……。部屋には押しかけてくるし、一緒に寝るとか言い出す始末。

 最初は断固拒否していたけれど、遂に根負けして最近はもう何も言わなくなった。初戦の相手は自分の母親。シオンにだって、ストレスと言うか精神的な負荷は多かったはず。

 そう思うとなんか、断るのも悪い気がしてきて。今日も2人で星を見に来た。ここは秘密の場所。彼女以外の人間とここで会ったことは1度もない。

 「双眼鏡で見るつもりか?別にそれでもないよりはいいが……」

 こちらはちゃんと望遠鏡を持って来ている。あとで変わればいいかとその場にセットした。

 「ピクニックじゃないんだが……。まぁいいか」

 そう言って、熊の形のクッキーを1つ口の中の放り込む。あまりに綺麗にできていたので、当然のように市販品だと思っていた。

 「うん。美味いな。オレも何か買ってくればよかったか?」

 最近、妙に疲れるというか、うまく言えないが違和感を感じていた。シオンも同じだとは、思っていなかったけれど。*

 

  アルカ君は放っておけないパートナーなんだ。

  一緒に戦おうってなってからいきなり戦う事になったのがアルカ君のお母さん。
 ……あの時は正直辛かったよ。

  でもね、戦わないと。勝たないと。そうしないとアルカ君のお母さんにここを崩壊させちゃう。そう思って倒れても立ち上がって必死に戦い通したんだ。

  それからずっとアルカ君の事は心配している。くまのぬいぐるみだって……。思い入れがきっとあるものだってわかるのに手放そうとするからいつか手元に戻す気になるまで私がちゃーーーーーああああんと!! 預かっているんだ。

  一人にしておけなくて何度も突撃するし、今も一緒に無理やりでも連れ出す。それが私のやり方。

 「あれ? 双眼鏡じゃだめだったかな?」

  と首をかしげるんだ。

  アルカ君はちゃんとした望遠鏡。うーん、やっぱ趣味の人は設備が違うね。

  クッキーを食べてくれるのをドキドキ見守る。美味しいって言葉にぱあっと顔を華やげるんだ。へへ、嬉しいな。

 「ううん。大丈夫。ほら、紅茶もあるよ~。一杯食べようね。こういう時だからこそさ、美味しいのを食べておかないと」

  そう言いつつあったかい紅茶を水筒から飲み口になる器に注ぐ。はい、って手渡すんだ。

 「……こういう何気ない日常をしていられる時間を守りたいって思えば戦いもがんばれるもんね」

  ね? って笑いかけてみるんだ。*

 

 「ああ、有難う」

 紅茶の入ったカップを受け取り、1口。目を閉じる。すぐそこに戦いは控えている。気持ちを切り替えないと。

 "何気ない日常を守るため"とシオンは言うが、何気ない日常にも格差があると知っている。今の生活は悪くないけれど……。

 悪くないと思っている人間がいると同時に、何気ない日常にこそ苦しんでいる人間もいるのだと、どうしても自分は考えてしまうんだ。

 「頑張るのは本来良いことだが、頑張りすぎるな。シオンはその辺のバランスが危なっかしい」

 希望に満ちた彼女には届かないかもしれないけれど、自分は逐一それを伝える。ドレスとなって彼女を守っているつもりでも、実際戦っているのは彼女自身で。

 限界を超えて変質してしまうようなことがあったら、目も当てられない。自分はその危うさを、誰よりも知っているつもりだから。*

 

  お茶を受取って貰えれば私も自分の分を注いで一口飲むんだ。あったかい温度が夜の冷える空気に丁度いい。

  何一つ影がなく、幸せを“当たり前”って思っているちっぽけな私の世界の常識にあてはめて考えてしまうのが私の悪い癖。

  アルカ君がどう感じているか、なんて同じな訳がないのに同じだって勝手に思っちゃうんだ。

  今自分が幸せなら相手も同じように、って勝手に自分の定規にはめちゃうの。

 「そうかなー? あっ。わかった。アルカ君心配してくれてるんだね。ありがとうっ!」

  本気で無茶をしている、と思われている心配が届いてないいい一例がここにいる。

  限界を超えても頑張らないと。そうしないと。世界が壊れちゃうよりいいんじゃないのかなって勝手にやっぱり自分の尺度で考えちゃうんだ。

  その結果が何をもたらすのか、なんて絶望を知らない私には全然想像がつかないんだ……。

 「ねえねえ、今日は流れ星見えるかな? 誰も傷つかない世界にまた一歩近づけますようにってお祈りしないと!」

  にぱーっと笑って空に流れる光を探してみるんだ。*

 

 「感謝の言葉はいらない。有難うと言う前に、よく考えろ」

 いつかシオンにも伝わるだろうか。長期戦が予想される。だから自分は伝わるまでしつこく言い続けよう。

 「今の時期ならうしかい座の流星群が見られるはずだ。その長い願いを、3回も言えるのか?」

 嘗て自分も、幾度星の流れに祈りをのせただろうか。1つも届かなかった。だから自分は願わない。叶う可能性は戦うことでしか得られないと思っている。*

 

 「やーだ。ありがとって思った時はちゃんといいまーす」

  やっぱり考えが足りない私はその心配が届いてないんだと思うんだ。

  これだけ。これだけアルカ君が言ってくれてるのにね。

 「しし座……」

  ってどれだっけ? なんて思いながら星を探す。

 「うっ。それこそやってみないとわからない……よ! やる前から諦めたら何も出来ないもーんだ!」

  願いを望んでも星が叶えてくれるわけじゃない。そんな現実すら私は見えてないのかな。それとも知ってて見ない振りしているのかな?

 「……ねぇ、アルカ君は私の味方だよね?」

  最近のなんか、おかしさについ変な言葉がこぼれちゃった。慌ててあっと口を塞いだんだ。

 「な、なーんて。ほら、私達パートナーだし? 愛の確認をね! したくなったんだ」

  へへへ、と照れで隠した。*

 うしかい座なんだが……。と思ったが、大した問題ではないので、その方向を指さして望遠鏡でロックオンする。そいう眼鏡でも大きなものなら見えるだろう。

 「味方でなかったら誰が子供のお守りなど引き受けるか。これで愛は確認できたか?」

 意地悪くそう言った。前半はステラナイトになったばかりの頃の本音だ。

 「戦いに慣れてきたつもりでも……なんか疲れるな。いや、俺は恥ずかしいロリータ衣装にされているだけなんだが」

 初めてそうなっているのを認識した際には、羞恥で死ぬかと思った。しかも他のステラナイツを見たら、全然そんな感じじゃなかったし。*

 

  素で間違えた(どうしてそうなった明後日の方向)を指摘されず、指さされるままそっちの方角に双眼鏡を向けるんだ。

 「ぶぅー。子どもって。私もう16なんだよ?」

  なんて言いながら頬を膨らませば子どもの反応そのまんま。

 「愛がたりなーい。たりません! ワンスモア!」

  なんて冗談めかしてテイクツーを求めてみた。すねられたらそれ以上はやめるけどね。

 「……うん、やっぱ緊張するしね。疲れないとは言えないよね。アルカ君が可愛くなってくれるの嬉しいよ? 衣装ってやっぱりモチベーションあげるのにいいもん。可愛いの着てるとわーいって嬉しくなるし」

  でもね、私はアルカ君がシースの方でよかったって思っているんだ。

  だって戦う方になんて、させれないよ。私が頑張るのはいいけどさ。

  そんな身勝手を心の中で思うんだ。*

 

 「大人を自称したいなら、年齢なんて誰もが獲得するものではなく、自分で会得した素養で示したらどうだ。ワンスモア?」

 「味方でなかったら誰が子供のお守りなど引き受けるか。ほら、おかわりだ。喜べ」

 お望み通り、一言一句たがわずもう一度。

 自分はあのステラドレスは大分恥ずかしいが、本人のモチベーション向上しているのなら問題ない。いつかシオンが大人になったら、デザインが変わったりするのだろうか。

 「疲れているなら休めたり…しないか。まぁ、無理はするな。大体他のステラナイトと共闘するんだし。俺たちの願いが勲章幾つで叶うのか分からない。」

 「長い戦いになるんだったら、手の抜き方を覚えないと潰れるぞ」

 いっそ、自分がブリンガーだったらよかった。自分が戦う側ならば、きっとステラナイトのシステムの不穏さに気付いて、少しは器用に立ち回れるだろうに。*

 

 「ぶぅー」

  自分でえとくしたそよう? なんてわからないよぅ。とふくれっ面。

  しかももう一度は本当にそのままもう一度。

 「アルカ君だって大人げなーいもーんだ!」

  その態度が大人なんて言わせないもんだっ!

  ご機嫌斜めになった私は立ち上がって少し先を歩くんだ。

 「……うん、もうじき戦いだもん。今は休めないよね。終わったらちゃんと休むよ。」

  無理はするな、に返答はしないまま。

 「そうだね。なかなか叶わないけど、簡単に叶う願いじゃないって事なんだろうね」

  それが不可能と言われるくらい大事の願い事なんてしらない私はのんきにいつ届くかなぁ。なんて考えるんだ。

  まさか。本当に届かなくなっているなんて知らないんだ

 「ん、でも世界をかけた戦いなんだから。手を抜いたら勝てないよ。大丈夫、私頑丈だよ」

  なんて、根拠なんてないのにどんっと胸を叩くんだ。

  私は絶望を知らなすぎる。

  だから現状に気づかないまま。中途半端な愛の返し方に無性に不安になっているまま。

  ……なんで。どうして今回はこんなに不安なんだろう。

  こわいよ

  その一言が、口から出てくれない。*

 

 精神的な部分は簡単にケアできるものではないから、さっきのクッキーを「ほれ」と差し出す。(シオンが持ってきた物にも関わらず)

 「とりあえずカロリーと糖分を摂取したらいい。おいしいごはんは正義。100年前も6405年前も異世界だろうと、きっと変わらない真理らしいぞ」

 フィジカルだけでも良好な状態を保てれば、と思う。健全な精神は健全な肉体に宿るらしいし。

 初戦で母親と戦って、その時父親も同じだったと気が付いて。あの時からずっと、俺は自分たちの末路に関しても腹を括っているつもりだ。

 「お子様1人で世界を背負った気になるな。勿論負けてしまうようなことにはさせない。オレも一応ナイトだし」

 「でももしも、シオンまで絶望に飲まれるようなことになったら……」

 「その時は"大人の男"のオレが責任をとるから、心配するな」

 見捨てることは、絶対にしない。それだけは、忘れないで欲しい。妙な焦燥感が、柄にもない言葉を口から滑らせた。*

 

  ほれ、とクッキーを差し出されればむぅ、となりつつもしっかり受け取った。

 「なにそれ。年数がやけに具体的」

  なんて思わずくすっと笑っちゃう。だって珍しい言葉に感じたんだもん。

  口に入れたクッキーは甘くて軽い口当たり。頑張ったかいがあったなぁ。

 「……アルカ君」

  なんだか、やっぱり珍しい言葉を聞いた気がして、私もらしくなく頬が熱くなったんだ。

 「うん、流石に一人で戦ってるなんて思い上がりはしないよ。でも、私も戦う一人だってしっかりしないとって思ってるだけ」

  絶望にのまれる。その言葉が今は怖かった。

 「良いよ、責任なんてとらなくて」

  出たのはそんな言葉。

 「というかー。むしろそんな後ろ向きのアルカ君を私がどうにかしてあげないとダメな案件だとおもいまーす!」

  にぱっと出来るだけいつも通りに笑うんだ。大丈夫、大丈夫だと必死に自分に言い聞かせるように。

  私はアルカ君が落ち切らないよう何度だって手を差し伸べる。今までも。これからも。ずっとずっと

  そう出来るって信じていたかった────……*

 

 思い上がりとか、そういう事ではないけれど。両手いっぱい希望を抱えたシオンと、逆に絶望を抱えた自分では、どうしても認識が同じにはならない。そこはもうある程度割り切った。……つもりだ。

 互いにとって、互いが危うく見えているのだろうか。心根の方向性が真逆なくせに、同じことを本気で願っているのだから。

 「子供の不始末は大人が責任取らなければいけない。これも世の真理」

 だから精々目を光らせていよう。願いが叶うか、潰えるその時まで。

 「オレをどうにかできると思ってる訳?良いだろう。その挑戦受けて立つ。希望と絶望どちらが強いか戦争だ」

 知っている。オレは、絶望の方が強いって―――。だから其方は、自分が担当するのだ。痛みは全部自分が引き受ける。俺はシオンの、シースだから。*

 

  私たちは考えが根本的に違う。それはわかっているんだ。私がすごく恵まれているのだって知っている。知っているからこそ、だからこそ、希望があるんだよって言いたいんだ。

  アルカ君は闇に落ちそうで見ててひやひやする。だから私は何度も何度もこっちに少しでも来させようと手を伸ばし続けるんだよ。

 「むぅ。まだ子ども言うし。アルカ君だって精神年齢は意地っ張りのおこちゃまのくせに」

  なんて反論してみた。怒られるかな? これは流石に。

 「どうにか出来なくても、出来るまで手を伸ばせばいいんだもんだ。戦争って……。そんなじゃないし」

  私は知らない。闇の中ではどう頑張っても私みたいなちっぽけな希望なんて軽く黒く塗りつぶされてしまう事を。

  今自分が何者になりかけているのか、それをまだ知らないから。
 私はのんきな事を言えたんだろうね────  **

 

 ― 二幕 ―

 なんだかおかしいんだ。
 周りの視線が……まるで私を責めるようで。
 冷たくされているようで。

 どうしてなんだろう? 何か悪いことした? と聞いてみても……何もない、と。そんなわけがないのに。
 理由がないならなんで、どうしてそんな視線を向けるるんだろう?
 どうして……遠巻きに皆を感じるのかな。

 

 まるで今まで優しくしてくれていた世界の方が狂っていた。そう言われているようで……無性に怖くなった。

 どんどん、だんだん、昏いものが

     私の心に、はいって  く る  


 その日、私は友達と喧嘩をして……学校を早退した。そして部屋に引きこもった。
 周りがとても、とても怖かった。怖くて、怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて─────

 

「アルカ君……? いる?」

 夜、就寝時間。
 私はいつも通りの寝巻(猫さん柄のパジャマ)と枕を持ってアルカ君の部屋をノックしたんだ。 *

 周囲の様子がおかしいことに、気付いていなかったわけではない。でも、冷たい視線や叱責するような対応に慣れ過ぎて、オレの心は随分と鈍くなってしまっていた。

 だから、パートナーであるシオンの様子が、殊更おかしかったことにさえ、この時点ではまだ気づいていなかった。

 「いるぞ」

 決して良からぬことをする気などないが、年頃の女が男の部屋に普通に訪れるのは、いかがなものか。そう思うから、自分からドアを開けて迎え入れることはしない。*

  その声が聞こえて随分ほっとしたのを感じた。
 大丈夫、アルカ君はいつも通り。
 ほら、扉すら開けないのもいつも通り。

 「入るね」

  相手の許可も待たず勝手にするり、と入り込む。
 アルカ君は寝る支度終わっていたかな? そうじゃなくても勝手にベッドの方に歩いて行って座り込むんだ。

 「今日は一緒に寝る」

  強めに断言系で言いきって、追い出されようとしても拒否するつもりでいるんだ。枕を抱きかかえて、俯く私はアルカ君にどう映ったかな?*

 

 いつも通り、許可があろうとなかろうと部屋に入り、一緒に寝ると宣言され内心嘆息した。こういう事は1度や2度ではないのだが、此方のことを心配してだろうか。

 初戦で母親と戦う羽目になって以来、寝つきの悪いオレを心配して、こうして彼女はやってくるのだ。オレはそんな貴女が違う意味で心配です……。

 「じゃあオレはソファな。ベッド勝手に使ってくれ」

 ベッドの枕を掴んでソファにセット。もう寝る支度は整っていたものの、何だか心がざわついて、ぼんやり本を読んでいた。それもソファ前のテーブルに移す。*

 

  こうしてお部屋を訪れて一緒に寝よう! って言ったのはもう何度目かな。
 お母さんの事、きっと辛い。それは想像しか出来ないけど。考えただけで泣いたくらいに悲しかった。

  違う意味で心配されているのには全く気付いてないんだよね。
 私はただ、貴方に手をさし伸ばしたい。一人じゃないんだよって何度でも叫んで鬱陶しいくらいに近くにいてあげたいって思っているんだ。

  だって、アルカ君は私の大事なパートナーだもん。

  そんなアルカ君はソファーにいどうしちゃう。むぅ

 「やだ」

  ソファに移動するのについていって、お隣に座り込むんだ。
 そうして根性で寄り添うように隣り合う。仮に逃げられても端までだって、どこまでだって追いかけるつもりで。

 「……隣で寝る」

  ソファーで寝るならどうやって体を入れようか。そんなことを真顔で考えている。*

 

 絶対に隣で寝ることが不可能な場所は何処だろうか。と、部屋をぐるりと見渡すも、相手に引く気がない以上無駄かと諦めた。

 それならせめて、面積の広い場所に寝て距離をとった方が得策だろう。枕をベッドに放り投げた。

 「分かった。分かったが……本来そういう事を申し出るという事は、何をされても文句が言えない立場であることは理解してくれ」

 オレは何もしないけど、これ幸いと狼藉をはたらく猿は多いのだ。それは世の真理なのだ。*

 

  アルカ君は逃げ道を探しているのか部屋を見渡すんだ。逃がさない、って視線でじぃっと見ていたら枕がベッドにぽーんって飛んだ。おお、上手。

 「……何をって────」

  いつもならヘラっと笑ってどういう事? とか聞いていたかな。

  私だって、自分が女の子で、相手が男性だって知識位はあって。おしべとめしべの事は多少授業で聞いたけど耳年魔な女の子ネットワークで多少は?

  でもなんか、全くピンとこなかった。

  自分がそういう風に誰かとなるとか。そういう対象に見えるとか。
 アルカ君の言う通り。私はどうしようもない程“子ども”なんだろうね。

 

   ──────べつに、いいよ。

 

  ……アルカ君ならいい。


 なんでこんなことを言ったのか。自分でもよくわかってないんだ。
 少し沈んだ顔で。少し俯いて。ただなんか、遠い出来事のように淡々と……感じている。*

 

 今一体何を言いました?と困惑するも、シオンの様子がおかしいことに、オレは漸く気が付いた。類人猿の業について教授している場合ではないらしい。

 「どうした?何かあったか?」

 「あと、そういう台詞は最低でもあと2年早いし、"オレならいい"ではなく、"オレ以外あり得ない"くらい言えるようにならないと、まともに相手にする気はない」

 この話(後半の件)これで終わりな?と付け加えて、ベッドに腰掛けた。*

 

  流石にいつもと違うのは気づかれたみたい。気遣う言葉が珍しく。
 珍しく。

 め・ず・ら・し・く

 聞こえた。

 「アルカ君以外にそう言った事はないよ」

  話は終わりらしいけどでも、それは伝えておいた。
 ……まぁ、確かにアルカ君以外でないとって……どうなのかな?

  私にとってそう言う事はまだ二年早くて。アルカ君を動揺するにも至らない。
 ……なんでかなぁ。ちょっと今寂しい。

 

 ベッドに腰かける横に座り込む。枕をぎゅうっと抱きしめて。

 「……あのね、なんか。上手く言えないんだけど」

 「……この世界からいつになったら、傷つけるようなものが消えるのかなぁ」

  お友達と喧嘩になったんだよ。その原因がね、アルカ君と仲いいよね、って。なんだか……どうしてそんな相手と? みたいな視線で言われたんだ。どうしてなんだろう。今までそんな事なかったのに。そういう子じゃないのに。

  ──────なんて、傷つけそうな言葉は言えないんだ。

 

「もっともっと頑張らないとダメなのかな? もっと戦わないとダメなのかな? それはいつになるのかな? ……この世界に、それまでいないと……ダメなのかなぁ……」

  自分でも何を言っているのか分からなくなって来ているんだ。*

 

 彼女の言っていることは尤もで、パートナーとして戦っている以上言えずにいたが、オレはこのステラナイトのシステムに関しては結構懐疑的だった。

 女神に願いを叶える気なんてあるのだろうか。実際叶えたナイトはいるのだろうか。ナイトとしての責務は、一体いつまで続くのか。

 だから、そんな風に言われてしまうと、自分の中には前向きな答えが無くて、思わず口ごもってしまう。

 「人間はいい奴ばっかりじゃないから、簡単な事だとは思ってない。でもオレは、最悪大事な人の心だけでも守れればいいと思っているから、お前も手広く世界中とか考えるの止めたら?」

 「それでシオンが潰れてしまったら、本末転倒にもほどがある。そんなことになったら、とりあえずオレがどうなるか分かるな?」

 半ば脅迫に近い。でもそれだけ、自分を軽んじないで欲しいと思っているし、自分を軽んじがちな所が彼女にはあると思っている。*

 

 アルカ君がステラナイトのシステムに疑惑を持っているなんて知らない。だって私は信じちゃっているから。女神様が必ず願いを叶えてくれるんだって。

 でも、それはなかなかたどり着けなくて。道が遠すぎる程遠い。それだけと言えばそれだけの事。

 いつもの私なら、遠いならなお事一歩進もう! とか言えるのに……言えるのに……

  アルカ君は返答に困ったのか口ごもった。

 「……そんなこと」

 悪い人がいない、なんて言えない。言いきれない。
でも私は夢見がちだから。話せばいい人かもしれないよ、とか無神経に信じていた。その世界が……今は揺れている。

 「どうなるかって……わからないよ」

  本当にわからないんだ。

  私が潰れたら。
 

     ……いなくなったりしたら。

 

  貴方がどうなるかなんて、今の私に想像がつくわけがなかったんだ。*

 

 いつもだったら、こういう話になった時は絶対に、向こうがポジティブビーム撃ってきて、話が平行線になるのだが……。

 やっと交わった認識に、喜びよりも恐れを感じた。まるで自分の絶望に、シオンが感染してしまったみたいで。また自分が、大切な人に災いを呼んでしまったみたいで。

 「分からないのか。オレは絶望のステラナイトだぞ?今はシオンと言う真逆の希望を引き受ける存在がいて、何とか天秤が均衡を保っているんだ」

 「それが無くなったら、もう今度こそオレは絶望に沈む以外に道はない。まぁ具体的にどうなるかはオレ自身にも分からない。分からないくらいヤバいってこと」

 この感情は、依存なのだろうか。そう思う事さえ、時々ある。その位オレには、他に何もなかったんだ。*

 

 今の私は絶対におかしい。それが自分で感知できない位、おかしくなっているんだ。

 視線が交わされれば、私の目はさぞ暗いものに映ったんだと思う。
怖そうな顔をされても、悪かったなぁ。って思うだけでいつも通りに戻れないんだ。

 「……わからないよ」

 わからない、わからない
 

わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない

 

 「アルカ君が分からない事ならなおの事、私に分かる訳がないんだよ」

 涙がこぼれていた。

 殆ど衝動のままにアルカ君の腕に抱きつく。

 「アルカくんに……絶望に突き進んで……ほしくは、ない……なぁ……」

 光がちゃんとあるんだよって、伝え続けたかった。それがどれだけ空虚な空中楼閣の上にあった希望だったとしても。

 「なんで、アルカ君が……絶望になるばかりのせかい……なのかなぁ……」

 ああ、これ以上はいけない。口に出したら、私は……わたしは

     ──────そう思うのに。トマラナイ


「なんで、こんな世界を まもって いるん ダッケ……?」


 その言葉は、私の中の 何かを 堕とした *

 

 分からない……。それもそうか。自分の感情さえ、全て理解できるわけじゃないのに。絶望しか抱けない自分の代わりに、オレは彼女に光を押し付けていたのかもしれない。

 腕にギュッと抱き着かれると、少々戸惑いながら、ゆっくりと頭を撫でた。どうしていつも、こうなってしまうのだろうか。

 気が付いた時には、もうすでに取り返しがつかなくて……。向けられた冷たい視線が、投げつけられた嫌悪の言葉が、脳内を駆け巡るような……。

 「オレは慣れてるから良いんだよ。絶望なんて。でもシオンは違うだろう。昨日言ったの覚えてる?断られたけど、責任取るって」

 「だから、世界中を守ろうだなんて、騎士として身を切るほど頑張らなくって良いんだよ。例え行きつく先が絶望でも、一蓮托生。オレが傍にいるよ」

 だから何だと言われると、返す言葉は無いのだが、そう言わざるを得なかった。覚悟はとうに決めていた。*

 

  戸惑う空気を感じながらも、アルカ君は私の頭を撫でてくれたんだ。

 ……あったかいなぁ。

 「そんなの、そんなの……慣れないでよぅ」

  涙がまた零れて貴方の服を濡らしていくんだ。絞れちゃうんじゃないかってくらいとめどない雫は止まらない。

 「責任なんて、本当に要らない。違うんだよ、ちがう……」

  私がどうなっても私の責任で、アルカ君のせいじゃないんだと思う。

 「……それに、それも、違う。一蓮托生……」

 「だって、わたし……が希望じゃ なくなった ら ……ステラナイトじゃなくなったら。傍にいる 理由なんて……」

  それ以上は言葉にしたくなかった。
 なんでだろう。なんで、こんな……寂しいんだろう。

 「寝よう……。明日はステラバトルだもん」

  どんなに疑惑を持っても、女神の戦いは待ってくれないし行われる。だったらもう寝る方がいい。

 「手つないで?」

  ……戦う理由が迷子になっても、アルカ君の事を守る為なら。明日はまだ頑張れる気がしたんだ。*

 

 ご所望通りに手を繋いで、空いた片腕で彼女を引き寄せようと、手を伸ばす。疲弊した状態で、戦場に赴くのは危険だ。確かに早く寝た方が良い。

 「絶望に慣れないで欲しいと言いながら、オレを1人にする心算か?あと、男が責任をとると言った場合、花を持たせて格好つけさせてやると良いぞ」

 そんな、役に立つ日が来るのかどうか分からないアドバイス。深く追及されないことを祈りつつ、「おやすみ」と言った。*

 

 手が繋がるだけじゃなくて、体が引き寄せられた。それに目をぱちくり、としたんだ。

 ……だって、理由がなくなっても一緒にいれるの?

 なんて怖くて聞けなかった。その答えが今はどうしても怖かったんだ。

 「……責任とるってプロポーズされているみたい」

 なんて、言葉が出る位にはちょっとは復活していた。だって……なんか、あったかいんだもん。

 「おやすみ。いい夢みてね」

 そう言って、私も目を閉じた。……どうか、どうか恐ろしい夢をみませんように。そう願って。


 私は知らないだけだった。
 夢より 現実の方がずっとずっと 恐ろしいと────── **

 

 ― 幕間 ―

 

  当日。寝起きにまず目の前のアルカ君に吃驚して……そっか。と妙な納得していたわ。

  今日……戦わないといけないんだ。私は。

  夕方までアルカ君はどうしていたかな。朝ご挨拶はしたけどじゃあって部屋に私は素直に戻ったんだ。

  そして初めて学校をさぼった。

  行きついたのは……出会った場所。私の大事な場所。

  何の思い入れもなくただ綺麗だから。それだけで大好きな場所。
  ……今は、アルカ君との思い出もあるから。その分の思い入れもある場所。

  何も食べないままぼーーーーっと時間を過ごすんだ。人といると怖くなりそうだった。皆が私の敵のようだから……

 「アルカくん……」

  ぽつり、と呟いた言葉は空に溶けた。空はもう紅い。*

 


時々シオンが部屋に泊まっていくのと何ら変わらない。その日も目覚めたら隣にいて、朝食を作って、それからは別行動。

 勿論自分はちゃんと授業に出た……のだが、何故か周囲が不穏に感じられて、頭が軋むように痛んで、午後からは授業を断念した。

 シオンはどうしているだろうと思ったら、いつもいそうな教室には見当たらなかったから、昨夜天体観測をした花畑に向かった。

 彼女がいなければそれでいい。誰もいないならそれでいい。そう思ってた先で、自分の名を呼ぶ声が聞こえたから。

 「オレならいるぞ」

 それだけ言った。*

 

 「ひぇあっ!?」

  返答があると思ってなかった呟きに声が届いた。思わず漫画のようにびくぅっ! とわかりやすく肩をはねあげちゃったんだ。

 「え? アルカ君? び、びっくりしたぁ……。もうじき時間だね、って探しに来たの? ごめん」

  一緒にいた方がいいと判断して探させちゃったのなら悪い事したな。行先位どこかに書いておけばよかった。そうしゅん、と落ち込むんだ。*

 

 自分が声をかけるまで、気付かなかったらしい。酷く驚いている様子だった。空気が綺麗な場所な所為か、雑踏が消えたせいか、頭痛も少しマシになった気がした。

 「いや。病欠だ。うるさいとしんどいから療養に来た。探してはいたけど、謝ることじゃない」

 気に病んでいるようなので、くぎを刺しておく。もうすぐまた戦いが始まるのか。不調を訴えている場合ではないのに……。*

 

 「病欠? 大丈夫……?」

  心配を顔に隠さず出して顔色を見るんだ。少し悪い気がする。

 「……女神様は勝手だよね。調子が悪い時くらい休ませてくれたっていいのに」

  自分でもびっくりするくらい冷たい声が出た。

 「……この世界の人たちも。何も知らない。知らないまま、勝手に人を傷つけてくる……」

  それがなんだか許せなくなってくる。どうしようもなく、一度堕ちた心は止まってくれない。どこまでも坂を転がるように。
それはどこかにぶつかって止まるまできっと……

 「この場所がなくなるのはいやだな」

  そう言ってアルカ君の顔を見る。どんな表情だったかな。

 「世界を一人で抱えてるつもりはないけどさ……今日負けたら……世界が壊れるのも事実だよね」

 「なんか……それでも─────」

  いっか、なんて言葉を最後まで言えたかな? *

 

 「心配ない。気圧か何かのせいだろう」

 天気図はどうだったか、思い出せないけれど。人はそんなどうしようもない、ありふれた理由で、唐突に不調をきたす。取るに足りないものだと、そう思ったけれど。

 続く言葉の冷ややかさに、何か感じるものがあった。女神の身勝手さなんて、今更気付いたのか?と思う反面、何故君がそれに気づいてしまったのかと、困惑した。

 「世界の存亡がかかってるときに、個人のコンディションまで気にしてる余裕ないんだろう。大丈夫。戦えるよ」

 「……そっちこそ大丈夫なのか?」

 確認せずにはいられないけれど、答えを聞くのは酷く怖かった。いや、どうなることも想定していた。だから、どうなっても大丈夫でなくてはいけない。*

 

 「気圧……」

  それで頭痛はよく聞くお話。だからまぁ、納得かな。と

  個人を気に出来ない。世界の前に一人は無力。

  その世界は一人の集まりなのにね。

  だったら私、やっぱりこの世界は……

 「大丈夫だよ」

  そう答えた私は多分。いつもあなたが見て来たシオン=ステッレじゃない。

 「一蓮托生、だよね」

  言われた言葉を繰り返す。そう。もう、どうでもいい。

 逃げれない戦いも、世界も、私の天秤の中でどうしようもない位重さがなくなってしまっているんだ。

 「さあ、時間になるね。行こうか」

  にこっと笑う笑顔はどこか空虚な物だったと思う。*

 

 様子がおかしいことを、察したのはこれが初めてではない。でももうそれは殆ど、無意識的に確信になっていたのだと思う。

 「女神は身勝手かもしれないし、世界は非道かもしれない。人々は変わらないだろう。でもオレもお前も1人じゃない。それは忘れないで欲しい」

 忘れないで欲しいと同時に、忘れさせないで欲しいと願いながら。*

 

  アルカ君の言葉は……優しいものだった。

  ────だからこそ、この言葉を受取れるのは“私”じゃない気がしてきてしまったんだ。

 「……いこう」

  返答しないでそのまま、“貴方の知るシオン”がまだいる内に。早く。早く。戦いに行ってしまいたい。

 『この世界の傷を、誰かが傷つかない世界を……』

 いつも通りの言葉がなんだか空虚に感じて言葉をなおす

 

 『 私は、世界と戦う。いざゆかん。戦いの地に──── 』*


いつもと少し、内容の違う言葉に覚悟を決める。そして此方は、敢えていつもと同じ言葉を贈ろう。彼女の前に傅いた。

 『貴女に降りかかる痛みはすべて私が引き受ける。どうぞ、お手を。レディ?』

 手を差し伸べた。運命に翻弄されようとも、この手を離すことは無い*

 

 いつもと違う言葉に、同じ言葉が返って来た。それがアルカ君なりの返答なんだと思う。

 差し伸べられた手を……取っていいのかな? 私は迷った。

 でも、最後かもしれないから。希望が薄れてる私がステラナイトでいれるのは……もう、これが最後かもしれないって。なんとなく思ってしまったんだ。

 だからその手を取った。

 

      ──────離れないで済んだら、いい。

  そう思う理由に気づかないまま、私たちはガーデンにたどり着いた。

 ・・・・・・・・・・・
 たった一組のステナイトとして。**

 

 ー エピローグ ー

 ────……戻って来た。光る花畑。
星が降ってきそうな空。
その景色で分かったんだ。

 私と言えば、未だ泣いたまま。
空を見上げても零れる涙は止まらないんだ。
引きちぎれそうな胸の痛みを抱えている……

 『酷な事を告げるようだが、今回のエクリプスは君だ』

 そう言われた言葉がぐるぐる回り続けているんだ……。

 

 「……ある、か……くん……?」

 しびれた心のまま、傍にいるはずの私のシース……【だった】人を探した。*


元居た花畑に戻ってきた。いつもと同じ、自分はもうドレスではなくなって……。そして、今まで何となく感じていた、力というか、光というか……。そう言った2人を繋いでいた何かを、喪失したと感じたんだ。

 いつかこんなことになるのではないかと思っていた。だから正直、自分としてはそれほど痛手を感じていない。でも目の前の彼女は、そういう訳にはいかないだろう。

 とめどなく零れていく涙を見送りながら、失ったものの代わりになれるような言葉を、オレは必至で探していたんだ。

 「もうステラナイトではなくなってしまったな。でも生きているし、バトルの前の霞がかった気持ちは少し、オレは晴れた。」

 「今はとても、苦しい立場だろうけど……。せめて、ここ数日の不安とか、そんな気持ちくらいは無くなったか……?」

 ダメだ。易々とこの状況をどうにかできる言葉なんて、きっとない。*

 

 私達を繋いでいたものが消えたのはわかっている。もう二度と、ステラナイトになることはない。

 ……願いは決してかなわなくなってしまったんだ……。

 アルカ君の言葉は……身内の関連があるせいなのか。どこか受け止めているような、冷静な言葉に聞こえた。

 「……そう、だね。もう、ちがうね……」

 「……もう、わかってるよ。世界が怖くなっちゃっていたのは……私が……世界の……敵になっていたからなんだって……──────」

 そう、私は……あれだけ家族に、友達に、恵まれて、愛されて、大事にされていたのに。

 いたのに いたのに いたのに

 

─────信じ切る事が出来なかった

 

 「わた、し……あるっ……か、く……の……願い、叶えて、あげたかった……」

 (ごめんね)

 「希望を、しんじて ずっと つたえたく……て……」

 (ごめん)

 「さっき、の、とき……アルカ君が……傷つかない、笑える世界に……ならないなら……せかいが……消えて、いいって……おもって……いた……」

 (ごめんなさい)

 ロアテラの支配が消えても、堕ちた心は戻らない。汚れてしまった染みは決して消えない。

 あの時感じたもう、世界が終わっていい。そう思った心は……“私の”ものだ……。

 「ごめ……んね、アルカく……。ごめん……」

 戦い抜くことが、貴方を救い上げることが、私には……出来なかったんだ

 「も……わた、し……は、あなたの、しる……“シオン”じゃ……ない」

 もう、堕ちる前の心、そのものには戻れない。*

 

 1つずつ、落とされる言葉を拾い上げる。薄く苦笑いが浮かんだ。この期に及んで君はまだ、"オレの"願を叶えたかったとか、"オレが"傷つかない世界とか、そんな風に言うんだな。

 「君は本当に、どうしようもないお人よしだな。オレなんて、ステラナイトとして戦っていく内に、今だから言うけど、どんどんこのシステムに懐疑的になってたぞ」

 「今まで共闘、あるいはエクリプスとして戦ってきたナイトが何人いた?他にも多分もっといる。願いは人それぞれだろうけど、オレたちみたいに世界規模の願いを掲げたやつだっていた筈だ」

 「そんな奴らの一握りでも願いを叶えていたならば、この世はもう少しマシになってるとは思わなかったか?しかも願い叶ったらお役御免だとは聞いてない」

 「最初から、叶える気なんかないんじゃないかとさえ思っていた。女神にとって騎士なんて、対ロアテラ用の兵器くらいの存在だったかもしれない」

 「こんな罰当たりなこと考えてるやつがいるんだぞ。罰が当たったならきっと、それはオレの責任だ」

 君は何も、悪くないんだ……。*

 

 お人よし、と言われて涙目でアルカ君を見上げるんだ。……前の自分ならそうだろうねって言えた。でも……今はもう言えない。

 「……アルカ君は、やっぱすごいよ。一杯考えていたんだね」

 前なら、以前なら。そんな風に疑ったら失礼だよー、とかほっぺを膨らませていたんじゃないかな。

 「……たくさんいたね。大きな願いを持っていた人も、うん……きっといっぱいだっただろうね」

 「……そこまでは考えてなかったなぁ。私、やっぱり……ばかだね。どうしようもないくらい……」

 言葉通りに信じて。女神様は世界の為に、願いをかなえてくれるというご褒美までくれる。いい人達、世界の為の存在って疑わなかった。

 「……世界を守るために、でも……それだったら、さみしいね」

 「アルカ君はね、私がばかな分いっぱい考えてくれていただけだよ」

 貴方のせいじゃない。

 「私が、もっと、ちゃんと強くて……支配なんて、されないくらいしっかりしてて、考えれて……色々ね……出来てたら……」

 たら、れば。

 もう叶わないその言葉たちは意味をなさずに夜空に溶ける

 「……痛いなぁ。いたいよ。アルカ君……。世界って……優しいだけじゃないって……痛感させられちゃったなぁ」

 涙がボロボロまだこぼれだす。止める術が見つからない*

 

 こんな反応は初めてなわけで、どうしたものかと悩みながらも、ひとまずハンカチを差し出した。止まってくれるのが、理想ではあるのだが。

 「ロアテラの支配にメンタルの強弱は多分関係ない。病気にかかるのと同じだ。いくら気を付けていようと、条件さえ揃えば多分発動する。オレの父親は、多分そうだった……」

 家族仲も良好だった、仕事だって、オレに遺産を残せるくらい順風満帆だった。でも突然様子がおかしくなった。父親の心が弱かったとは、オレは思わない。

 「世界は痛かったよ。優しい世界なんて知らなかった。でもそんなことなかった。君といる世界はちゃんと、優しかったし温かかったよ」

 「誰も傷つかない世界は、もうオレたちには叶えられない。でもオレが傷つかない世界なら、君が傷つかない世界なら、ステラナイトになどならなくても叶えられる」

 責任をとるとオレは言った。その場のノリで、軽い気持ちで言ったわけじゃない。

 「今からでも、いや、今からこそ。オレはそれを叶えたいと思っている。1人の人間として」*

 

 差し出されたハンカチは受け取った。でも、泣き止むことは出来なかったんだ。

 「……そっかぁ。どんな条件だったんだろう。……どうすれば踏まないでいられたんだろう……」

 どうして、世界より自分を疑わなかったんだろう

 それが、信じられない。

 それが自分が醜い人間だって証左に感じて仕方ないんだ。

 ……アルカ君のその言葉は……嬉しかった。とても、嬉しいと思える。

 「……そっか、よかった。考えなしに、手をただばかみたく、差し出してた私でも……優しいものになれていたんだね」

 もう、それは過去形になってしまったんだけど。

 「……そうかな?叶えれるのかな……?どうやったら、叶うのかなぁ……」

 責任なんて取ってほしいとは今でも思っていない。でも、叶えれるという言葉に興味は確実に引かれたんだ。*

 

 人と関わることを、避け続けた人生だったから、こういう時にそのツケが回ってくるんだなと、止まらない涙を見て思った。

 「考えなしに手を差し伸べるなんて簡単で、誰にでも出来ることだと思っているだろう?」

 「それは大きな間違いだ。オレはそれが出来た人間を、君以外に知らない。君の傷つかない世界をどう叶えるかは、これは今後要検討だが、オレが傷つかない世界なんて簡単だ」

 躊躇いがちに伸ばした手は、果たして君に届くだろうか。

 「ただ一緒にいてくれればそれでいい。シオンがいてくれれば、それだけで叶ってしまう。特別な力は必要ないが、逆に君にしか叶えられない。オレの願う世界はそんなものだ」*

 

 アルカ君の疑問に違うの?と首を傾げた。

 だって、私の周りのお友達とか、家族とか、私が困っていたらいつだって手をさしだしてくれる。私の世界は優しいものだ。だからそれが“当然”に感じるんだ。

 「……それは、アルカ君が出会ってないだけだよ。冷たい人もいるけど、優しい人だって負けないくらいいるよ」

 アルカ君の傷付かない世界。それが気になって耳を澄ませていたら、手が伸びて来た。

 「……アルカ君……」

 その言葉に頬が染まった。

 

 ─────でも

 「……私に、その……資格は、もう、ないよ……」

 また涙がこぼれる

 「いったよ、私は……もう、貴方の知る”シオン”じゃないって」

 「もう、戻れないんだよ……。ばかみたく何も考えず、手をのばせれた……私には戻れないんだよぅ……」

 悲しい。悲しい、悲しい。いたい。いたくてたまらない

 変わってしまった自分が、こんなにも醜くて汚い。

 「アルカ君の目の前にいるのはね……”シオン”の残骸みたいなものだよ」

 記憶も、思い出も、あの時の気持ちも全部全部覚えている。覚えているのに

 もう、前と今は繋がっていない。

 「……ごめんね……。アルカ君。私、本当に、アルカ君の、望みの一つも、もう……叶えれる存在じゃなくなっているんだね……」

 貴方の目に映るわたしはまだ、前のようなのだろう。

 だからその手を取ってあげる事は出来ないんだ*

 

 「は?何言ってるんだ?」

 すれ違った状態で平行線になっている主張を、交わらせなければならない。まずは誤解を解かなくてはいけない。

 「今の議題は"オレが"傷つかない世界を、いかに叶えるかだった筈だ。それに要する資格やらなんやらを、なんで君が決められるんだ?」

 「さっきからもう昔の自分とは違うと言っているが、それがどうした。先にオレは言っただろう。いつかこうなると思ってたって。こうなった君を、これでもちゃんと認識しているつもりだ」

 「優しい人は出会わなかっただけで他にもいる。まぁそうだろう。その位オレだって分かってる。その上で、オレは君を選んだんだ」

 ロアテラの支配下に一時的にでもなったことによって、彼女が大なり小なり変質しているのは当然だ。そんなことにまで頭が回らないほど、能天気ではない。

 「それでも君が、君だけが大切だから傍にいて欲しい。かつての残骸だろうと、希望を失った存在であろうと、そんなこと知った事じゃない」

 「他に何かあるか?」

 もう全部論破してやるくらいの気持ちで、挑んでいる。彼女がそもそも自分を拒絶しようという気はないらしいことが、今のオレにとってせめてもの救いだ。*

 

 私の言い方は難しかったのかな? 疑問が飛んで来た。

 「なんでって……それに必要なのが”前の私”だから……」

 それがどうしたって続く言葉に何を言っているんだろうって今度は私が目を見開くんだ。

 ──────選んだ。その言葉に心臓が強く はねた

 私が、“私が”大切だから。それは、とても、とても……

     ──────うれしい

 

 拒絶したい訳じゃないんだ。出来るなら、受け入れて側に居続けさせてほしいんだよ。私だって

 「アルカ君は……私の“何”に……そんな風にいってくれるの?」

 希望が無くなった残骸でいいって……

 「普通求めるのは心…だと私は思うよ。なら、アルカ君が手を伸ばしたいと思ってくれた心の持ち主はもういないんだよ?」

 身体だとしたら、少々ジト目を向けないといけないのかな?これは

 「……別人にアルカ君は手をさしだそうとしているんだよ?」

 私は、やっぱりそう思ってしまうんだ。どれだけ頑固と思われたとしても*

 

 「もう1度言うが、"オレが"必要としている君が、何であるかを勝手に決めつけないで欲しい」

 1往復では交わらなかった。そして"何に"か……。これは説明するのに骨が折れそうだ。特にこの、鈍感相手では。

 「時にシオン、君は恋をしたことがあるか?オレは基本的に人間嫌いだから、そういうのは信じない質だったんだが」

 「オレが君を好きなのは、勿論今までの君の全てに好意を持ったからだけど。今の君を含むオレの知らない君の全ても、間違いなく好きになると言える。のぼせ上って、盲目になってるんじゃない。本当だ」

 何度か夜に部屋に突撃して、添い寝まで強要されたのに、何もしなかったオレに対して、体目当て疑惑がかかっているのだとしたら、ジト目で見たいのは此方の方だ。

 「別人なんかじゃない。今の君も、オレの好きなシオンだ」*

 

 決めつけないで、と言われても。だって、本当に……今の私は変わってしまったと思うから。だからなかなか受け入れられないんだ。

 「こい……?」

 なんだかアルカ君から珍しい単語が出た。飛び出た。ばしゃーんと

 「うーんと……小さな頃にあるかな」

 幼い恋。行動力の化身の私は勿論アタックした。でも叶わなかった。

 だって物凄い年上で。その人は他の人と結婚しちゃったんだよね。

 続いた言葉に……意味がすぐに通じなくてぽかん、となったんだ。

 想像がつくわけがないよ。あれだけ私が一方的に自分のことばかり押し付けていたのに。やれやれって、保護者の態度で居続けてくれていたのに。

 一緒に寝て、何も危険性を感じてなかったのは……うん、ごめんね。そこは本当ごめんね。疑惑も、だって、他に何も浮かばなかったんだもん。

 

 ──────その言葉は、私に強く響いた

 「……え」

 すき? アルカ君が? 私を?

 …………──────

 理解が及んで一気に顔が熱くなった

 「え!?」

 口をぱくぱくさせて、思わず一歩後ずさった。

 「ええ、と。誤解なきよう聞きたいの…ですが……そ、それ……は…恋愛というか……。私は今、告白されているの……でしょうか……?」

 涙なんて吹っ飛んだ。衝撃が強すぎたんだ*

 

 とりあえず泣いている場合ではなくなったらしい。衝撃の告白になったようだ……。告白されているのか?という質問には頭を抱えた。マジかよ!?

 「逆に他の何の可能性があるんだ!」

 とりあえずオレには皆目見当がつかなかった。

 「オレはシオンのことを恋愛的な意味で好きです。愛してます。これでOK?」

 これでも伝わらなかったら、どうしよう。ウケる(笑えない)。*

 

 「う、うん!ないね!!」

 頭を抱えられちゃった。うん、これは私が悪いけど、悪いけどさぁ!

 「……子どもとか言ってたのに」

 顔がどうしようもなく真っ赤になっているし、ドキドキだってしていて今ものすごくくすぐったい。

 嬉しいって全身が叫んでいるのがわかるんだ。

 「……お、オッケー……です」

 いや、待って。よくよく考えればアルカ君ってお子様扱いはしてたけどずっとずっと……心配いっぱいしてくれてて。傍にいるのを拒否しないでいて……

 自分の鈍感さに頭を抱えた。

 

……今の私でも、いいのかな。

 変わってしまって、それでも……

 「私……アルカ君とずっと一緒にいれるの……?」

 そうだ、私はそれが何より怖かった。何より胸が痛かった。

 ステラナイトでなくなってしまったら、理由がなくなる。一緒にいて、傍に居続ける理由が。

 “私”にがっかりさせちゃわないのかな? それが怖い。

 怖いのに……心は求めている。嬉しいって叫んでいるんだ。

 「……傷つかない世界を、“私が”作れるのかな」

 自信はなかった。

 ただ、そうじゃなくて。そうじゃなくて。ええと、えーと

 

返答をしないと、いけないんじゃないのかな?私は

 「……側にいたいよ」

 また涙がこぼれてくる。

 「きらわれたくない」

 言葉を一度出してみれば、それは当たり前のように出てくる

 「……色々、変わった気がするけどね私……」

 「アルカ君と、いれなくなるのが、一番痛い。それは、変わってないんだ……」

 真っ赤な顔でそんな言葉を紡げば、返答なんていったも同然。それでも私はやっぱり鈍感なので

 「……こ、これは好きって事なのか…な、と思うんだけど…」

 今まで理解してなかった感情に、まだ理解がついていけてないんだ。*

 

 ウケる(笑えない)流れにはならずに済んで安堵した。もうお手上げになる所だった。危ない。

 「シオンが嫌でない限りは、一緒だ。もうステラナイトとかそういうの関係ないんだから。とりあえずここでフラれたら、オレに1つ傷がつくことになるが?」

 勿論それは仕方のないことなので、そうなったらそれはそれで受け止めるしかないんだが。

 「オレも君に傍にいて欲しい。嫌われたくない。それは君が変わっていくことなんかよりも、ずっと怖い」

 人は誰しも変わっていく。そんなのはステラナイトであろうがなかろうが、同じこと。変わっていく君さえも、きっと俺は愛しむことが出来るから……。

 「これからもずっと、オレと一緒にいてくれるか?愛する人の心に、人生に、責任を取らせてください」

 ドレスに変わるその前と同じように、彼女の前に傅いた。*

 

 「嫌な訳ないよ!」

 それだけは強く言い返した。そこだけは誤解されたくないから。

 「……傷つけたくないよ」

 ……私という人が変わってしまっても、嫌われる方が。……そこまで思って貰っていたんだ。

 人は変わる生き物で、それでも側に痛いと思うのが愛で、添い遂げたいって感情なのかもしれない。

 ……死にたいくらい痛かった。辛いと思った。消えたくなるくらい周りにもう分けが立たないと思った。

 私は自分を疑えなかった。それは決して自分の中で赦せることじゃないんだ。

 それでも……傷つけたくなくて。おいて行けない人がいる。

 「……うん、いさせて」

 私はその手を取った。

 「責任、とってもらうね」

 そう言って笑って同じ目線になれるように座り込んで

 ──────抱き着いて、頬に唇をあてた

 へへ、と笑った。やっと、笑えた。*

 

 「やっと笑ってくれた。泣いている君も、怒っている君も、好きだけど……やっぱり君にはできるだけ、笑っていて欲しい」

 此方からも、しっかりとシオンを抱きしめた。初めて彼女に触れたみたいに、胸が高鳴るのを感じたんだ。

 「絶対に幸せにする。君が傷つくような世界にはしない。オレが必ず、叶えるから」

 騎士ではなく、シースでもなく、1人の男として、愛する人を守り抜くことを誓おう。手の甲に、そっと唇を落とす。

 「誓いのキス。ここにするのは敬愛の意味らしい」

 今日はここまで。続きは……。*

 

 「……なんか、気恥ずかしい。あ、いや、嬉しいんだよ?」

 抱きしめられるのを感じて、言葉に、熱に、気持ちに、すっかり浮かされている。

 「……うん。私も、アルカ君を幸せにしたいな。ううん、する。一方的はいやだもん。私だって、アルカ君を守るよ」

 一人じゃない、二人で叶えたいんだ。互いが傷付かない世界を

 だって二人の願いだから。

 手の甲にキスが落ちた。

 くすぐったくて、そこに熱が集まったみたいになる。

 「あ、それ聞いた事ある。場所によって意味があるんだよね」

 さ、さすがに……まぁ愛情の位置を出来る気はまだしないというか。もうちょっと待って欲しい気がするんだけど

 「……帰ろうか?」

 もういい時間。戻らないと。

 でもまぁ、私はおこさまで、うかつで。大人の本気をわかってないのだろう。

 「……今日添い寝してほしいって言ったらだめ?」

 さて、どうなったかは どうかな。**


 ーそれからー

 

アルカ君はしぶった反応を見せつつもその日は一緒に寝てくれた。お互い疲れていたしなにごともなく、ぐっすりと。

 

─────夢を見たんだ。世界が壊れる夢を……

 

 「いやあああ!!」

 ……汗がぐっしょりだった。アルカ君を起こしちゃったかな?それが心配だった。

 ──────どうして、そうなっていいと思えたのかな。それは、夢だけでもこんなに恐ろしいのに……。怖い。ロアテラに支配されるというのはそういう事。

 何か会話することもあったかもしれない。ただ私は何でもないってまたお布団にもぐるだけだった。

 それから、私は友達や、お父さん、お母さん。おばあちゃんに会いに行った。

 罪悪感で胸が潰れそうになった……。

 やっぱり私はどんな理由があったとしても、心でこの優しい人たちを裏切って、世界を壊そうとしていたのに変わりはない────

 アルカ君からの預かり物のくまさんをぎゅっと抱きしめる。アルカ君のお母さんは。お父さんは……どんな気持ちだったんだろう。

 聞いてみたい。

    ──────でも。私はアルカ君を置いていけない

 側にいる。そう約束したのが確かに私を繋ぎとめてくれているんだ。

 

仮面生徒会という人に、ある日声をかけられた。

 でも私はその仮面を受取らなかったんだ。もう……戦える気がしなかった。

 無責任かな? 世界は誰かが戦ってくれているからなりたっているってもう知っているのにね。

 

でも……もう、願いはいいんだ。

 

 私達の手で、私たちの世界に傷がつかない方が大切なんだよ。

 この世界はいつか誰かが負けたら壊れてしまう。そんなもろくて壊れやすい上にある。

 だからこそ、後悔しないよう精一杯、願いを叶えて生きていくんだ。

 何かが変わってしまっても、私は貴方の希望でいたい。手をさしだす人で居続けたい。

 

 「ねぇアルカ君、いつか結婚しようね」

 なんて、影を抱えつつも笑う“私”を愛して居続けているのなら。

 

  そんな言葉をあなたに。**
 

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