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ー 一幕 ー


いつも通り授業を受けて、いつも通り来た何の変哲もない昼休み。
生徒たちが昼食を取りに食堂へ、あるいはカフェテラスや中庭へと足を運びおしゃべりに花が咲いている騒がしい昼間。
人よりも多くの食べ物を抱えて、メラは温室へと向かっていた。
「限定のカツサンドゲト出来てラッキー♪」
鼻歌混じりに上機嫌で温室の扉を開けると花の香りで鼻腔が満たされる。
色とりどりの花が咲き誇り、陽光が緑を鮮やかに照らした穏やかな場所だ。

 

さて、探し人はここにいるだろうか。*

 

あまり人が来ないところが好きだ。

 

なので、この温室は格好の居場所ポイントの一つでもある。まず視界が通りにくい。

 

学生というものは、そもそも甘酸っぱいカップルでもない限りは温室等に用は無いのだ。

 

そんなわけで、彼女は毎度の如く花に埋もれるように、隠れるようにしてちまっとお昼ご飯を食べていた。

 

*

 

ガサガサと草木の間へ割って入る。
「おー、いたいた。オレも一緒に食べていい?いいな?よし」
返事も待たずに隣に座る。
聞かなくてもきっとOKだ。
拒否されても座るけど。

 

「カツサンド食べるか?限定だぞ限定」
昼の購買は熾烈な戦いが繰り広げられる。
何せ成長期の人間がわんさかいるのだ。
明るいいつもの笑顔を向けて一切れ差し出す。
もう片方の手でもう一切れのカツサンドを口に持っていきながら。

 

*

 

「別に、いい。メラの分が無くなる。」

 

物凄く端的な答え方だが、彼女は最小限度しか基本的にしゃべろうとしない。

 

最初の別に、いい。は最初の質問に対する返答。
次のはそのまま。自分に分けなくてもいいという意味である。

 

あと、自分は自分で用意した分で事足りるので、余分に食べられないという意味でもあるのだが。*

 

「一口でもいいから食べてみろって」
昔からこうだった。
10歳でユリ家に引き取られ、出会った頃から。
両親が亡くなったのはどっちだろうと思うくらい自分は明るくて、ライラは気が付くとどこかに隠れている。
オレの後ろに、あるいは静かな場所に。
姿が見えなければこうしてよく探して見つけた。
さすがにウザがられていないだろうか、と思うこともあるが拒否されないから変わらない。

 

カリッと焼けた香ばしいパンに分厚いカツ、それに染みた特製ソースのハーモニーが口に広がる。
「話したっけ、オレさ、ユリ家に引き取られる前はあんまり食事が美味いと思ったことなくてさ」
あまりに唐突な話だったろうか。
それでも続ける。
「引き取られて出された食事に感動したんだ。食事ってこんな美味いんだなって」
その時はがっつきすぎて多少引かれていたかもしれない。
「んーと、何が言いたいかって言うと、美味しいもんは分かち合いたいってやつ?はは、まぁ無理にとはいわないけど」
美味しいものを食べたら人は笑顔になれる。
一緒に食べる人がいれば尚更。
それは、ユリ家で学んだことだ。

 

――誰かの笑顔のため
目の前の少女にも、笑顔でいてほしい。
だから、差し出す手を下げることはない。*

 

「…そういう、こと……なら…じゃ、じゃあ一口だけ…いい?」

 

そこまで言われてしまっては、なんだか食べないのは却って悪い気がしてきた。

 

「その代わり、これ、食べて。」

 

と、自分のお弁当のおかずを一個差し出すのであった。*

 

「相変わらず少食だなぁ。いや、オレが多すぎるのか」
この食欲はなんかの弊害なのか、代謝がいいのかそれとも燃費が悪いのか、とにかく昔からだ。
そのままぱくりと一口。
「うん、美味い美味い。弁当作って偉いなぁライラは」
笑顔を向けてほい、とカツサンドを差し出した。*

 

「ん…。美味しい。」

 

そのまま小さめに一口かじる。

 

確かに美味しい。分けたくなる気持ちはわかった。

 

「男の子の方が、ご飯は食べられる。そういうものって聞いた。」

 

さも当然という具合に続ける。

 

「…別に、自分で作らないと食べられないから。」

 

購買で買えば多いし、そもそも自分の好みが結構拘りが強すぎるのかもしれない。よって、自分で作るのが一番良いと思っているので、手間と思った事も無かった。*

 

「だろー?」
美味しいという言葉に笑顔を浮かべ、小さく欠けたカツサンドは自分の腹に収まった。
「そこはドヤ顔してもいいと思うけどな。オレ自炊面倒だし」
喧騒から離れた静かな時間が流れる。

 

ステラナイトなんてものに選ばれて、その相方がライラで、明後日初めての戦いがあって。
いつも通りの日常過ぎてまったく現実感が湧いてこないけれど、ライラはどう思っているのだろうか。
見た感じはいつも通り。
だけど、ライラの心なんてわからない。

 

同じ願いを持っていることさえ、驚いたくらいだ。

――予鈴がなる。
生徒たちがの声が移動していく。
「行こうぜ」
立ち上がって、手を差し出した。
午後の授業はなんだったっけ。
僅かな日常に、思考を戻しながら。*

 

「そう?…今度、メラの分作る?」

 

少し躊躇いながらそう問いかけるが…。

 

「あ、うん。」

 

差し出された手を取り、授業に急ぐのであった。*

 

ー二幕ー

 

「おぉ、この剣カッコよくね?なんかのレプリカかなー?」
などと壁に掛けられた一際大きな大剣を指さしながら、一緒にいる少女に問いかける。
歴史を感じさせる装飾と風貌はまさにアンティークといった感じだ。

今日はライラを連れ出して散策に出かけた。
昨日、自分の分の弁当を作ってくれるというからその買い出しと荷物持ちも兼ねてだ。

 

日が落ちて星が空で瞬き始めたからそろそろ帰るかーなんて寮へ向かおうとした時、暗闇の中に優しく光る店が目に入った。
興味の引かれるまま入ってみるとそこはアンティークショップのようで、先ほどの会話に至るというわけだ。

 

 

「だと思う。…本物なんてそうそう売ってないよ。」

 

むしろ本物だったら美術館とかでないと見られないだろうと思う。

 

「…ねぇ、早く帰ろ…。」

 

外はあまり好きではない。安心できないのだ。人目に晒される場所なら猶更。

 

*

 

「こういうとこ嫌い?昔昔に作られたものが大事にされてる感じがしてオレは好き。例えばそこにある何に使うかわからない機械とか、ロマン感じるじゃん」
屈託のない笑顔を向ける。
だけども帰ろうと言われてまだいようぜ、なんて言う気もさらさらない。
気になるならまたこればいい。
「じゃあ、ちょっとだけ待っててくれるか?」
棚の上に展示されていた一つを手に取り、レジへと向かう。

 

アンティークなレジがチーンと音を立てて、味のある店主は穏やかに笑って品物を小袋にいれてくれた。*

 

「うん…ごめん。」

 

我儘に付き合わせて申し訳なく思いつつ、暫し待つ。

 

買い物が終わり、店を出る。人気のない通り道に差し掛かるまでは、メラを盾にするようにこっそりと息すらひそめて道を歩く。

 

「別にね、嫌いじゃないの。でも…その…人が多いところは、知らない人が居る所は嫌い。」

 

そして、ようやく口を開いて出たのがそんな言い訳じみた一言であった。*

 

「謝んなって」
出会ってもう7年というところか。
ライラのことはそれなりにわかっているつもりだ。
後ろに隠れなくて済むよう、人気の少ない道へと向かう。

 

「はは、生きづらいなぁ」
苦笑しながら静かな通りを歩いた。
ライラが心をあまり人に開かないのは知っている。
二年前、ライラの両親が犯罪に手を染めたと噂が立ってからさらにそれは顕著になったように思う。
「……ライラはおじさんたちが本当に罪を犯したと思うか?」
最初の頃、少しだけ話して仕舞っていた話題に触れてみたのは、あまりにも星が綺麗だったから。*

 

「…別に。」

 

生きづらい、そう思った事は無い…と言ったら嘘になるだろう。自分を欺いて偽って、そう思い込んでいる、その方が正しいのだろう。
でも、それを認めるのが怖くて、目を逸らす。ずっとそのままだ。

 

「違うと思う。パパとママはそんなこと、しない…。……でも…私が、知らない、だけ…かも、だったら…。」

 

あまり考えたくない事ではあった。離れてる事を理由に目を逸らしていたのもある。

 

でもどうとも言えないのだ。それ以外に答えようなんて無かった。*

 

「オレは信じてるよ」
力強く言い放つ。
ライラの不安を打ち消すせるように。
「こんなオレを引き取って、家族同然に育ててくれた人たちだから。だから他人が何と言おうと違うと言える。ライラも家族なんだから、家族が信じなくてどうするんだよ」
な?なんて笑いかけて。
「誰かが悪く言っても気にするな。もし何かしてくるならオレが右ストレートお見舞いしてやるから!だからもう少し、堂々としてろ」*

 

「…っ、うん…。」

 

思わず涙ぐみ、下を向いてしまう。泣き顔なんて見られたくないし、見せたくない。

 

だって自分は…。

 

彼の笑顔を見て居たいから。

 

「あの、ね…。一個だけ、言いたい事あるの。」

 

そっと涙を拭ってそっと上目遣いになりながらメラの方を見上げ。

 

「こんなだなんて言わないで、メラは…凄く、その、かっこいい…から。」*

 

そのアメジストの瞳に涙が浮かぶ。
泣くとは思わなかったから買い物袋でふさがった手をとっさにその頭にのせることが出来ずに、
「ふぁ!?」
まさかの言葉に面食らって変な声がでた。
カッコつかねぇ…と頭を掻く。

 

んんっ、と咳払いして仕切り直す。
「うん、そうだぞ、オレはカッコいいからな!……明日もちゃんと守ってやるから、心配するな」
ちょっとクサいか?と思いながらも勢いのまま、そんな台詞を吐いてにっと笑った。*

 

「うん…。メラとなら大丈夫だと思う。」

 

動揺してたのも全部しっかり見てしまった。でもきっとそんなところも全部、好きだと思った。

 

なので、ほんのり目が赤くなってるかもしれないけども、少し微笑んでメラをそっと見上げてから、また前を向く。今度は俯かないで。*

 

―幕間―

 

「ん―――…」
いつもより早い時間に目が覚める。
健康優良児であるメラは始業時間ぎりぎりまでぐっすり寝ているのが普通だが、今日は違った。
戦いを前に控え深く眠れなかったというわけでもない。
ただなんとなく、起きなければいけない気がしてベッドから起き上がる。

 

欠伸と伸びを一緒に済ませ、服をベッドに脱ぎ捨てた。
「ライラは起きてんのかな……心配しなくても起きてそうだな」

 

朝食用のパンを口に放り込みながら着替えを済ませる。

 

*

 

コンコンと控えめなノックの音が響く。

 

「メラ、起きてる?」

 

身支度を済ませ、手にはお弁当の鞄をぶら下げて、すぐにでも登校出来そうな装いでライラは扉の前に立っていた。

 

*

 

噂をすればなんとやらだ。
扉の向こうからノックとライラの声が聞こえる。

 

「ばっちり起きてる。こんな朝っぱらから勘弁してほしいよなぁ。ま、入れよ」
扉を開けて人目を避けるよう部屋の中へ迎え入れた。

 

「緊張とかしてる?」
登校準備ばっちりなライラにさすがだなぁと感心しながら、問いかける。*

 

「多少は。」

 

実際に自分が戦わないとはいえ、そもそも人で無い状態になる…というのが、想像がつかないのだ。

 

全く不安が無いと言えば嘘になる。

 

「でも仕方ない。敵は、待ってくれないもの…。メラこそ、その、大丈夫?」

 

部屋に入りつつ、そう問いかけた。*

 

「オレ?オレはまぁいつも通り。なんとかなるなる」
いつも通りのからっとした顔で笑う。
実際恐怖心とか不安とか、生まれてこの方感じた覚えがないのが事実。
故に喧嘩の仲裁に入ったり、間一髪の場面に助けに入ったりすることがしばしばある。

 

ただ本物の武器を使っての実戦となると経験があるわけもなく。
「他にいるお仲間が頼りになるやつだといいなぁ」

 

それでもベッドに腰かけながら楽しそうにしているのは傍から見てもわかっただろう。*

 

「すごいね、メラは。」

 

ぽつりと呟くように言う。

 

「うん、そうだね…。一人じゃ、私たちだけ、じゃないから、ね…。」

 

後ろ手に持つ鞄を持つ手は少しだけ震えていて、それを悟られないようにじっとメラを見つめる。

 

*

 

「大丈夫だよ」
じっと見つめてくる瞳と少し歯切れの悪い言葉に何かを察したように、少し声のトーンを抑えてつぶやく。
「大丈夫。オレがいるよ、な!」

 

後ろに隠れる小さなライラにいつもかけた言葉。
呪文のように口にしてライラを見上げる。*

 

「ん…、分かった。」

 

大丈夫、メラが言うその言葉は、何時でもライラを励ましてくれた。不思議と不安も拭われるような気がした。

 

彼と一緒に居るこのひと時、それだけが安心できる時間でもあった。

 

「……お昼、ちゃんと用意してるから、その、楽しみに、してて…ね。」

 

そう言って、そっと手を差し伸べる。

 

その手は震えてはいなかった。*

 

「お、さっそく作ってくれたんだな。くいっぱぐれないように頑張らなきゃな!」
差し伸べられた手をとって元気よく立ち上がる。

 

「んじゃ、行きますか」
呼ばれている――そんな気がして朝日が差し込む窓のその先を見据えながら、強く手を握った。

 

『昏き世界を照らす光よ
 その焔で憂いを掃え
 蕾開く糧となれ
 そして今ここに 道を指し示せ!』

 

*

 

『昏き世界を照らす光よ
 その焔で憂いを掃え
 蕾開く糧となれ
 そして今ここに 道を指し示せ』

 

力強く叫ぶわけではなく、そっと呟くように声を重ねる。

 

寄り添い、守り抜く為に、戦うと誓ったから。

 

*

 

ーカーテンコールー

 

「……っ!つ―――――っかれた――――――!!!!」
戻ってきたのが自分の部屋なのをいいことに、ベッドに倒れるようにダイブして第一声をあげた。
「めちゃくちゃ攻撃受けるわ味方にも攻撃食らうわ焦った―――!!!」
でもちょっと楽しかった、というのはライラの手前口を噤んでおく。
「あっ、ライラは?ライラは大丈夫だったか?」
思い出したようにガバッと身体を起こしてライラに声をかける。*

 

「ん、大丈夫。」

 

ベッドにダイブするメラを見て、思わずクスっと笑ってしまう。

 

「メラ、お疲れ様。」

 

ベッドに腰かけて、いい子いい子するように、頭を撫でる。*

 

頭を撫でられ最初はびっくりしたものの、尻尾があるならきっとぶんぶんと左右に揺れていたことだろう。
「大丈夫なら良かった。ライラもお疲れさん。弁当はちゃんと食べられそうだな」
むしろ運動したせいで今すぐにでも食べたいぐらいだ。
「しっかし凄かったよなぁ。鎧騎士と巨竜に対峙するステラナイト!他の二人のサポートがなかったらオレ結構やばかったかもな。守るとか言った手前カッコ悪いことにならなくて良かった良かった。次はもうちょっと上手く立ち回らないとな」
そう言って相変わらずの笑顔で笑う。*

 

「メラも凄かったよ、最後すっごい活躍してたし…。」

 

目にもとまらぬ華麗な連続攻撃、届かないと思われた勝利に手が届いたのは、メラのお陰だと思っている。

 

一番近くでそれを見れたことが一番嬉しいので、彼女の機嫌も何時もよりも大分良いものになっている。

 

*

 

「ははは、回復してくれた分貢献はしないとなって頑張った!」
ぐっと拳を握って掲げる。
ライラの期限も心なしかいつもよりいいように思えて、それも嬉しい。
怖い思いをさせたんじゃないかって、ちょっと心配していたんだ。*

 

「あ、そろそろ時間…。学校、行く?」

 

疲れたから、今日はサボりも止む無しとか思いつつ、そうメラに問いかける。

 

*

 

「ん――…正直サボりたい。サボりたいけど行くか……」
授業中寝こけそうな気しかしないがこれでも結構真面目ではある。
「ライラがサボりたいなら付き合うけど?」
なんて顔を覗き込むように尋ねてみたり。*

 

「う…。うう…えと、その…。」

 

しどろもどろになりながら、視線を宙に彷徨わせる。

 

「…授業は嫌いじゃない、けど…。」

 

少し頬を赤らめながら、しっかりとメラと視線を合わせてからこう言った。

 

「今日は、サボってもいい?」*

 

「ははっ、よ―っし、じゃあサボるか!疲れたもんな!」
君が望むのならなんだって叶えよう。
オレが望むのは、ライラの笑顔だから。

よっとベッドから立ち上がって手を差し出す。
「まずは朝飯でも食べに行こうぜ」*

 

「うん…でも、お弁当、あるよ?」

 

そっとお弁当の包みを差し出す。

 

「お昼、なら…。私作るよ?」

 

と、付け足して。*

 

「マジか。昼に取っとこうと思ってた。食べていいなら食べる!」
そのまま嬉々として弁当箱を受け取る。
ちらと中身を覗いてみれば美味しそうな匂いがした。
「作ってくれるのは嬉しいけど疲れてんのに大丈夫か?」*

 

「お昼まで休んだら大丈夫。」

 

お弁当の中身は、普段の自分用の野菜中心のメニューではなく、男子が好みそうなもの、つまり肉類中心のメニューである。

 

でも、野菜もちゃんと入れる。栄養バランスは大事だ。

 

*

 

「そっか、じゃあ任せた。しっかり休めよー」
お返しにわしゃわしゃと頭を撫でる。
そしてからあげを一つぱくりと頬張って。
「次もよろしくな、ライラ」
お弁当を掲げて笑う。
同時にステラナイトの相棒としても頼りにしてるというように。*

 

「うん。休む…ご飯食べたら。」

 

頭を撫でられるままにされる。ちょっと髪が乱れたのは不満だけど、悪くないので、特段抗議もしない。

 

「わかった。次も負けないよ……私たちなら。」言って、ニッコリと笑った。**

 

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