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(むせかえる花の香り。咲き誇る花たち。夕暮れの時刻……思い出が蘇る)
バレエの授業は、今はもうとっていない。レオタード!あんなものきたら性別がばれるから。
ジュニアまでのなら、だいたいできてるから
授業はとらなくてもいいっていうことにしたんだけど、本当は、踊りたいんだ
レヴェランス(お辞儀)
ピルエット(旋回)グラン・フェッテ・アン・トゥールナン
ジャンプ…!!!
あんな風に自由に踊った最後は…璃玖と出逢った日だった。
でも、彼は覚えていない。
何も、覚えていない
僕が私だった頃
取り戻したい、あの頃を。そして、璃玖の記憶を。
そんな遠い記憶に囚われながら、ぼくは、温室の花をたおる。薔薇だ。
「……ツ」
「痛ったー…棘がある。当たり前だな」
自嘲の声をこぼして、ぼくは振り向いた*

 


そこに足が向いたのはほんの気まぐれ。
失われた記憶にある筈の俺の原点。それが美しい場所だったのはわかっている。
俺はいわゆる天才と呼ばれる類の人間だ。ことさら絵に関しては。事故にあった後もそれは変わってない。けど、俺は記憶をなくして以来、自分の絵に納得出来たことはなかった。
原点を失くしたから。俺はそう思っている。忘れてもどこかで何か、大事な物があったと。感情が覚えている。
そこで見かけたのは、ステラナイツとして共に戦うことになった現同室の立月。
夕暮れの中、美しく踊る姿に目が奪われた。
(綺麗だな……)
そう思ってスケッチブックに軽く、かきだしてみる。
別に男女どちらだろうと美しいものは美しいと賞賛するし手が動く。立月は……案外俺のいいモデルになってくれそうな気がした。
そんなことをぼんやり、声もかけずにしていた。女相手じゃ事案だろうが男(しかも同室)、それにともに願いの為戦う相手だ。変な遠慮はしない。
立月はバラを手にしていたがっている。バカなのだろうか(真顔)
「おい、平気か? 手、見せろ」
車椅子を手で動かし、近づく。
*


「……あ!今の見てた?」
踊っていたところを、いったいどの時点から…
先生や友人に璃玖のことを頼まれたのは僕のほうなのに
何でだか、璃玖には変な所ばかり見られてしまう
いや、変な……でもないか
「あれ?その絵は?」手を見せろと言われたのとほぼ同時だったので
指を伸ばしたその先が、スケッチブックをかすめて
「ごめん、絵を汚してしまった……」
思わず素直に手を出しだしてしまったのと、絵を汚してしまったのと。そんな二重の失態で少しだけ頬が赤くなった*

 


「あぁ、見た。気分悪くしたならすまない」
言い訳もせずさらっと謝罪する。それはただの事実だからな。
立月は絵を気にしたのか見せろ、とと言ったタイミングが悪かったのか。絵にかすかに朱色が混じった。
「いや、いい。ラフだったしな」
……けど、まるで昔の感覚を少し取り戻した気になっていたから少々惜しくはあったが。まぁ仕方ない。
「勝手にかいて悪かったな。だが綺麗だった」
男相手に言われるには少々気色悪い言い回しだったか。
「姿勢とか、踊り方とか。身のこなしがな
ちゃんとフォローを入れておく。
そして伸ばされた手をとる。棘は……刺さっている訳じゃないようだ。よかった。
「戦う前なんだ。体には気を付けておけ」
そう言ってハンカチをあててやった。
*


これ、洗濯して返すなんて言ってしまったら、まるで普通の女の子みだいだ。だから、気持ちは嬉しくても、全部は言えないから
「そうだね、ありがとう」と言ってから、ハンカチにしみていく朱色の花を眺める。小さく咲いてしまった…僕の心のようだ。
「綺麗と言われて嬉しいよ。その…うん、璃玖も芸術家だし。僕も芸術家だし」
「ジュニアまで、バレエをやっていてね。体がすごく柔らかいんだ。カブキの藤娘の海老ぞりなんか、得意中の得意だ」
咲いた心を隠すように、話題を逸らして。視線も少し逸らして。
でも、言葉の中にほんの少し“昔”を覗かせてみた。けれど…きっと璃玖の心にはひっかからないんだ。きっと何も想い出さないんだ。
夕暮れ、温室の外の空に垣間見えた飛んで行く鳥。渡り鳥かなぁ。一羽だけ。寂しいよね。僕が寂しくて物悲しい気持ちになるのは、きっと、あの鳥につられたんだ。
少しだけ沈黙が長かったかもしれない。思い直したように、僕は唇に言葉をのせる。
「あ、ねえ、週末までに何をしたらいいんだろう、僕ら。決闘の日まで、何をしてすごしたら。その、身体に気を付けるほかに」*

 


ハンカチは無事受け取られた。別に返却されなくても俺は気にしないのでそのままやるつもりで手を離す。
「気色悪い、って言われなくてよかったよ」
そう素直に吐きだす。男同士の気楽さで。
「バレエか。今は男でもありだもんな。俺は体動いてた時期でも固かったからそれは凄いな」
俺はエスパーじゃないから相手が何かを探っているのに。それが俺の記憶になんて気づくわけがないんだ。
一羽の鳥が飛んでいくのをどこか遠くに眺める立月。戦闘を前にして思うとこがあるんだろうか。
「え、そうだな……。俺は訓練しようもないしな。戦いっていうくらいだし体力つけとかやるべきなのか…? って立月の負担ばかりになるな。すまない」
自分の力だけで立てない体がもどかしい。武器や防具になる、と女神に言われても実際どうやってはなってみないとわからない。
「連携がとりやすいよう立月の動き方の癖を観察でもしておくか、俺は」
「そうだ、課題もあるし、立月の姿かいてみてもいいか? ……さっき、少し何かを掴めた気がしたんだ。立月をかいたら」
スケッチブックはラフなまま。それは、ぼやけた記憶のようでもあった……。*

 


「負担ばかりになるなんて…!そんなことはないよ。女神様が僕たち二人を選んだこと、そこにはきっと意味があるんだと思う」
想い出して、私を。
「課題?人物デッサンの?連携かぁ…そうだね。お互いをよりよく知る…っていうことで、それはアリなのかな」
想い出して、私を。ほんの少しでいいんだ。
私の絵を描いてくれたでしょう?まだ、持っているんだよ。大事にとってあるんだ。
「ぼくは、璃玖の絵が、好きだよ」
むかしむかし、あの場所で僕の絵を描いてくれた男の子。すごく嬉しかったんだ。
風景の中の僕は、この世で一番美しい妖精のように見えた。
あの街をいったん離れて、僕は少女から少年になることが決まっていた。
だから、あの時のぼくは、少女の頃で一番美しい自分。少女時代最後の…
この学校で、君を見つけた僕の気持ちがわかるだろうか…わからないよね。僕のこと、覚えてないのだから。
あの頃とは、君は変わっていた。でも、君の絵の美しさは変わらない。
「ぼくは、璃玖の絵が、好きなんだ」馬鹿みたいに、同じ言葉をもう一度繰り返した*

 


「……そうだといいな。こんな体の俺でも、役に立てるならいいと思う」
どう考えても全面で戦う立月のが負担が大きいだろうに。必死に言葉を伝えてくれるのが嬉しかった。
「ありなら描かせろ」
そこは遠慮せず要求する。俺は芸術に妥協はしない。
俺にとって納得いってない絵をすきだと、必死に訴える立月。……なんだろう。他の誰がほめても、もてはやしても。俺は俺の今の作品に納得がいってない。でも……
「立月、ありがとうな」
こいつの言葉はなんでか、嫌じゃなかった。優しく響いて来た。なんでだろうか。まだ関わってそう長くないのに。運命共同体という特異な関係のせいなのか。それとも、他になにかあるのか。
繰り返すように言う言葉になにか、切迫したものも少し感じる。何かを伝えようとしている。それが何か。俺には残念ながらわからない。
「俺は、お前の踊ってる姿好きだぞ」
そう返してやった。確かにあの時……自分の中の何かが疼いた。取り戻したい。取り戻したい。その大切な何かを。だがそれが何かがわからなくて。やはりそれは上手く言葉には出ないんだ。
「だから、俺はお前を必ず守ってやる。必ず踊れる体のまま、終われるよう頑張るからな」
そう言って、少し目を閉じ笑った。
*


踊れる身体のまま…歩けない身体で僕を守るという璃玖。
「……男らしいね。頼りにしているよ」
ほんの少しだけ涙が滲んだのは、璃玖には見えなかっただろう。夕暮れのオレンジに滲む藍色が強くなっている。それに、その時璃玖は目を閉じて笑ったのだ。
「じゃあ、あと一週間。願いをかけた決闘までの間」
「僕はモデルになるのに専念すればいいのかな?」
璃玖が自分を描いてくれる。そんな日常のひと時は……自分にとってはきっと宝物のような時間。
きっと大事な時間に違いない*

 


「男だからな。俺も、お前を頼りにしてるよ」
なにせ自分じゃ戦えないからな。
「ん? そんな時間取って貰えるのか? いいなら遠慮しないぞ」
やるなら徹底的に、だ。
「立月は好きに体動かしていればいいから。後は俺が勝手に描く」
その姿を近くで眺めれるのなら。それは俺にとって大事なものになる気がしていたんだ。*

 

 

 二幕

僕と璃玖が同室で暮らすことになってから、一週間だった
明日はステラバトルだという。
絵を描いてもらったりしているうちに、親交は深まったと思う。しかしこの一週間僕が一番迷ったのは、僕の性別を璃玖に打ち明けるかどうかだった
打ち明けてしまった方が諸々のことがスムーズにいくような気がした。でも、女神様は僕が隠していることを承知で、このペアを推したはず……そこに何か意味はないのだろうか。僕が打ち明けた所で、璃玖の記憶が戻るわけではないし。
取り合えず、この学校で僕が女性だと皆にバレるのはまずい(特に実家に伝わってしまうのがまずい)。璃玖を信用していないわけではないし、いずれ本当の僕のことをわかってもらいたいという欲求も心の底にある。
でも、それは今か、といわれたら、迷うまま、日々がすぎた。そのうちどちらからともなく、ステラバトル前には禊をしようかということになって(勿論暑い季節にさしかかったまま、シャワーをあびたりしていなかったわけではない。璃玖は専用の施設に一回はいっていたようにも思う。うまく時間をずらして、僕は時短でできるシャワーだけ使っていた……僕は秘密を打ち明けるきっかけをつかめないまま、部屋についている浴槽で、璃玖の入浴を介助することになってしまった
何度目を瞑ったかしれないよ!打ち明けなかった僕がばかだったと思ったよ!
見てないから、ほんと見てないから!ごめん、本当に
背中を流してあげただけだから………璃玖は出来る所は全部自分でやってたし…
バリアフリーというほどではないけど、浴槽は、低い位置から入れるようになっていて、介助は、うん、ほんの少しいるけど…見てないから、肝心な所は!見えそうな時はぎゅっと目をつぶったから
そんなこんなで璃玖の番が終わって、僕は介助はいらないから、璃玖はいったんゲストルームで休んでもらうことにしたんだ。
で、僕が禊…バスルームに入る番になった。バスルームには小さなユーティリティールームが繋がっていて、洗濯機などを置いている
その中に、脱いだ下着を入れる。特に注意しなければならないのは、胸を潰すように縫製されているブラジャーだ。(下履きはまあ、重ね履きしたりするけど、それはおいておく)こんなのは、自室でないと洗えないからね。ポン、と入れて、そのまま洗濯するスイッチを入れる。それから、繋がっているバスルームに入る
ステラバトルっていうのが、どんなのかまだわからないけど、負けてそのまま倒れて…なんてころになっちゃう場面もあるかもしれないから、たんねんに洗う
鏡を見ながら、小さな声で呟く「こんな環境でも、胸、ちゃんと育ってるなぁ」
いっそホントに男の子だったら、何の問題もなかったのに。
そしたら。母親の役にたって、おじいちゃんの期待にも応えられて、なんの心配もなかったのに
だけど、心のどこかで、やっぱり女の子でよかったんだよっていう声が聴こえるんだ
なぜかってはっきりまだわからない…だけど…ここ一週間、その声が少しずつ大きくなってきている。どうしてかな。
もう一度、曇り止めが施された鏡の中の自分を見る。女にしては少し広い肩幅。これで、すこし着映えがして、男子にみえる。これはよかったのかも。でも、女子なら、もう少し華奢なほうがよかったか
胸は大きすぎず、小さすぎず…うーん、これ以上大きくなったら、隠すのが大変になるな。今だって歌の授業の時はちょっと苦しいのに
ウエストは細くて、これはいわゆる柳腰というやつ、女形をやる時には有利。でも、大人になってタチ役が増えれば、…うーん
そんなこを考えながら、禊は終わって。ユーティリティールームに出る
「……あっ!」少し大きな声をあげてしまった
替えの下着を忘れた。洗濯機は他のと混ぜて回してしまったから、乾燥機が回って全部回るまですごく時間がかかる
こんなことは、いつもはしない…わけではない。部屋の外で女バレしないように緊張している分、ビップルームの玄関のロックがかかってさえいれば、気が緩んでしまうことはあるのだ
……でも、でも、そのプライベートなスペースに、今は男の子がいるというのに!
なんという失態!!!洗濯機をとめて、濡れたままの下着をきるわけにもいかず。かといって、あまりに入浴が長すぎるのも不自然。
ほんのちょっとだ。璃玖はゲストルームにいるはずだから…バスタオルを巻いて自分の個室へいくまでの間。
……駆け抜ければいいだけ!
そんな(甘い)考えのもと、バスタオル一枚まとった美絃は、バスルームのドアを開けた*

 


あれから一週間。なんだかんだで立月とは相応に関係を上手くやれてると思う。世界の為に共に戦う仲間だし、同室だし。上手くやれるにこしたことはなかった。
明日がその願いの為の、世界の為の戦いの日。武器や防具になるってどんな感じなのか少し緊張気味だった。
前日、という事でゲン担ぎに禊をしようという話になり、そういうのは信じる方でもないがのることにした。それで立月の気が済むならそれでいい。
俺は足が動かない。だから専用の施設を借りたりしているが、今回は部屋の風呂に入る事に。介助が必要になるがまぁ今後も必要になる場面もあるだろうし手伝って貰う事にした。
……立月はなんでか目を閉じたり必死になっていた。男同士だから気にする必要ないのに。
自分で出来ることは自分で無論やった。けど、なんか……その反応が変な気はしていた。元同室のやつだって最初は戸惑っていたしそういうものか、と思うにはなんというか……
手つきとか、体つきとか。違和感を持ったことがない訳じゃない。だが女形だしがたいが俺みたくよくないやつだっていくらでもいる。そもそも同室にするのに先生が女を選ぶわけがない。うん、気のせいだ。きっと箱入りで銭湯とか大勢の入浴経験がないんだろ。
ちょっと悪い事したか。と思いつつ風呂を出て飲み物を飲みつつ休む。この体だと風呂に入るのも一仕事だ。
特に何をするでもなく、ぼーっと外や部屋の音を聞きながら目を閉じて。精神集中しつつ立月が出るのをまつ。
そんな事をしていたら風呂からあっ…!という声が聞こえた。どうしたんだ? 
車椅子を押して、バスルームの方に向かう。
「どうした?」
その言葉と、立月が扉を開けたのはほぼ同時。
ちょっと驚いて、俺はでもすぐに動ける体じゃなくて。軽くぶつかった。
立月の体を包んでいた白いタオルはお約束のようにはらり、と。ぱさっという音を立てて‥…
一応いっておく。俺は絵描きだ。
女性のヌードデッサン経験なんて腐る程ある。
だけど、それはデッサンが目的である。断じてやましいものでない。
芸術家としてそう、スイッチさえ入っていればそういう姿を見てもなんてことはない。
今は、相手は、流石に、どうしたって、想定外すぎて・・・・・・・・・・・・・
目をぱちくりさせて、思わずガン見するように硬直した……。
「……立月……?」
間抜けな言葉と共に、視線はそらせていない。*

 


自分がさっき大きな声を上げたから、きっと璃玖は心配してきてくれたんだ。今更ながら、自分のバカさ加減が恥ずかしくなる…って恥ずかしがる所、今、そこじゃないだろう。
一瞬、頭も身体も固まってしまって、次の動作まで少しだけ時間があいてしまった。
我にかえってからはもう……顔から火が出るように真っ赤になった
おおあわてで、落ちてしまったバスタオルを手にして、身体にまきつける
「え、えっと……何て説明したらいいのか……」
「ごめん!!!」
とにかく恥ずかしい、とても恥ずかしい、こんなこと初めてだ
自分にはウッカリものの所がある、それを自覚していて、自覚しているからこそ、実家でも、おじいちゃんの家でも、この学校でも身を引き締めていたつもりだったのに!!!
駆け抜ける。今度こそ本当に。転んでしまった璃玖をほおっておいて(だって今は仕方ないよね)
プライベートルームに入って、鍵をかける。急いで下着を身に着ける。それから息を整えて…整わなかったけど、ベッドにつっぷした。*

 


お互い固まる事しばし。車いすから転げ落ちた体勢から上手く動けないのは足のせい以外の驚愕の感情のせいだ。
立月は見るからに真っ赤になった。そして相手のが先に動く。
ごめん、と言って相手は逃げた。
俺と言えば、まだへたり込んだまま動けない。
「…………女……………?」
何となく、気づきが皆無だったわけじゃない。だが常識がフィルターになっていた。
いや、待て。俺は立月にさっき何をして貰った? そして今何を見ていた?
「………………っ!!!!」
自分にしては珍しい位に動揺の感情が体中を走り抜けた。
やっと感情が追い付いた。
綺麗な体だった。スタイルが上手い具合に完成されていたというか。あれこそ絵にしたいというか。いや待て。違うだろう自分。
そうじゃなくて、ええと。なんだ。
今更ながらに顔が熱くなる。俺は、嫁入り前の普通の。モデルでもない相手の女性のあらぬ姿を見てしまったわけであって。
流石に混乱している。鼓動が感情を追い越すように急激にばくばくしてきた。
いや、まて、これどうするんだ!?
なお、俺の足は動かない。だが、男としての機能は生きている。
へたりこんだまま、下半身に熱が集まるのは……生理現象だ。
立月が部屋からすぐ出てこないことを祈りながら、俺は俺で自分を鎮めるのに時間をかける羽目になっていた……。*

 


「どうしよう…」鍵をかけたままの部屋で、どれくらいたったか。少し落ち着いてきた。
ゆっくりと、服をきる。可愛いものではない、男子のリラックスウェアだ。
スエットスーツのようなものである。綺麗な特殊ブラジャーに取り換えたから、身体のラインがそこまででるわけではない、でも、さっきの恥ずかしさがまだ残っていたから…身体のラインが特に目立たないものを選んだ。
心臓に片手を当てる。まだドキドキしている。ほんとに、恥ずかしい、でも……
これが、もっと別の男性だったらどうだろう?どこそこの教師とか、どこそこの同級生だとかを想い浮かべてみるに
そういう男性に裸を見られるハプニングがあったとしたら。女バレとかそういうこと以前に…
きっと「死んじゃいたい!」っていう気持ちになっていた…と思う。
いま、凄く恥ずかしいけれど、死んじゃいたいっていう気持ちになっていない。これは、どうしたことだろう…?
「これが、ステラナイトの絆なの?」と、美絃は明後日の方向へ思考を向けた。
心の奥に、璃玖への憧れが育っていることを、まだ、自覚していない。
──好きな人に見られるのなら……──という、発想には、まだなっていないわけで。
しかし、とにかく、明日はステラナイトになる日だというのに。
明日は璃玖と一つになる日なわけで、わだかまりは解いておかなければ……その時、一つになるという言葉の連想から、その時妙なお年頃な考えが頭に浮かんで、もう一度真っ赤になった。
「と、とにかく、璃玖に、説明しなくっちゃ」自分が何故男の格好をして、この学校にいるのか、そこから説明しなくては。
あえて、そう声にだしてみて、ほっぺたを、パン!と叩く
ベッドから立ち上がり、ドアの鍵をあける。近くに璃玖の姿はあっただろうか
あったのなら、「あのね、璃玖に隠し事はもうしないようにするね。」
「ちゃんと説明するから……」*

 


熱を鎮めるまで暫し。無心になろうと頑張った。
だけど目に裸体が焼き付いて離れない。どうしても。
なんとか自分を誤魔化して、立月が出てくる頃には体は転んだ時のままだが男を見せずにはすんでいた。
平常心。平常心。平常心。
「立月。その前に一つ聞かせてくれ。……お前、心に決めた相手か恋人か婚約者とか……いるのか?」
場合によってはその相手にも詫びなくてはいけない気がしてくる。*

 


「……い、いないよ」
反射的にそう言ってしまってから、気になる人はいるよ、という心の声がどこからか聞こえてくる。
「それに、今まで、男として振る舞わなくちゃならなかったから。恋愛感情が迷子なのかもしれない」
それから、少し遠くを見るような視線になり
「小学校の中学年か、高学年くらいの時かなぁ……いいなぁ、素敵だなぁと思った男の子が一人だけいた」
当人を目の前にしているわけだから、ちょっとだけ恥ずかしくなった。でも、これくらいならいいだろうと言葉を続ける
「…あ、ほら、初恋は幼稚園の先生とかよくあるよね?それにちょっと毛の生えた程度だけど」
「その時が最初で最後の…初恋かもしれないと思う」
「その後は、恋人も、勿論婚約者なんていないし。僕自身も、恋愛感情をもった相手はいないよ」
さっき聞こえた、気になる人はいるよ、という心の声が大きくなった。
──気になる人なら、目の前に、いる…よ…*

 


「そうか……」
おれは手で動かない足をきちっと正座に近い形になるよう動かした。完璧に出来ないのは許せ。
「まず詫びる。悪かった」
手をちゃんとついて土下座の形で頭を下げた。
聞いてもない話までさせてしまったのもちょっと悪かったとは思う。お互い動揺しているな。これは。
「立月」
俺は真剣な目で相手をじっと見た。そして真っすぐ背筋を正す。
「そういう相手が今いないなら、責任をとる。結婚しよう」
俺は、大まじめだ。そういえば、元同室のやつにお前は変なとこでバカだよなって言われた記憶がふと頭をよぎった。なぜ今なんだ。
「収入は絵描きで保証する。介護が必要になるのは詫びる。これから一生かけて大事にするし愛する努力もちゃんとしよう」
元同室のやろうが脳内で待て、お前、止まれ!!と突っ込んでくる。なんでだ。
「俺にも覚えてないだけで、大事な存在がいた気がする」
時々見る夢の記憶。だがあれは俺の原点だが昔の話だ。とても、大事だけど。
「記憶を取り戻しても、ちゃんとお前を選べるようなる。立月、これから相棒として、宜しく頼む。戦闘もそれ以外も」
だからお前は決めたら性急すぎるんだ!!!と脳内で元同室の野郎が突っ込んだ。


美絃は深呼吸を一つした。
こんな自分のような事情のある存在、何もかもすっとばして、プロポーズしてくれる人は、これが最初で最後かも。しかもその人は、自分が気になっている異性である。でも……
「さっきのは事故だよ。璃玖は悪くない。どちらかというと、不注意だったのは僕で、僕の方に非がある」
「……それでも、そういうふうに言ってくれて、嬉しいよ。ありがとう、でもね……」
まず、簡略に、自分の家の事、母の事、ひととおり事情説明を挟んでから
「璃玖にも、大事な存在がいたのなら、ちゃんと、想い出して。僕を選べるようにするなんて、簡単にいっちゃいけないよ」
「話はちょっとずれるかもしれないけど、僕は女神様に、僕が女であることを取り戻せるようにお願いするつもり。そして、もう一つのお願いがあるんだけど、今はまだ秘密」
「女神様が、二つのお願いを叶えるのが贅沢っていうんなら、そうだね、僕は…秘密のお願いの方を優先するつもり」
璃玖が記憶を取り戻すこと。それは、一つの賭けである。璃玖の大事な存在は、どこか別の所にいるのかも。
「その、大事な存在?ちゃんと想い出して、そして、それから、ちゃんと、考えて。僕を選べるって、軽々しくいっちゃいけないよ」
胸の奥がつんとした。
璃玖が他の人を選んだら、つらい気がした。
そんな気持ちをふりはらうように、唇には微笑みをのせて。
「ステラナイトの相棒のほうは、こちらこそ、よろしくだよ」
「約束の印に」そういって、握手を求めるため右手を差し出す。
心の中で、いつか願いが叶うといい…その時、璃玖が自分を改めて選んでくれたらいいなという気持ちが過ったのは内緒だ**

 

立月は自分の事情を説明した。家の事、色々。
「苦労しているんだな……」
なんてぽつりと。
非があるのはガン見した俺の方だと思うんだが。
……あれか。立月にも選ぶ権利はあるな。うん。
「願いを叶えたらまた、願って戦えばいい。立月の秘密の願いがなんだか俺は知らない。だけど、俺はお前がそういうなら俺も同じ願いを持つ」
「俺が思い出すのはその後でいい。それくらいの責任は取らせてくれ」
俺は、立月の事嫌いじゃないし、スタイルは割と好みだったし(俺も男だ)責任とるのがいや…でもないんだがな。まぁそれはそれだ。
差し出された右手を握り返す。
「こちらこそ、宜しく頼む。明日は共に頑張ろう」
そう言ってから、戦わせるのが“彼”じゃなく“彼女”になる事に気づいてちょっと内心へこんだ。
戦える体じゃないのが本気でもどかしい。だが俺はこいつを守れる場所にいる。だから精一杯頑張ろうと改めて誓ったのだった。**

 


 ─幕間─


ほんの少し夢を見た。僕はステラナイト。黒いタキシードを着て、胸ポケットに一輪、黒薔薇を刺していた。それはそれでカッコよくて、僕に似合っていたけど…コレジャナイ感が胸を過って、その後、目が覚めた。
「初めての大事な闘いを前に、何でこんな夢見たんだろう。ほんと、不謹慎…!」
──気にする所、そこじゃないだろう。どんな戦いになるんだろう。
やっぱり怪我とか、下手したら……初めての戦いだから、わからないことだらけだ。
そして僕は真剣を握ったことがない。僕は型しかわからない。それだけでも、マシなのだろうか。
さて、昨夜璃玖と話した後、自分は再びプライベートルームへ。璃玖はゲストルームに戻ったのだったか。
スウェットスーツのような部屋儀を脱いで。
「下着、どうしようかなー」
ステラドレスって、まるで魔女っ娘の変身シーンみたいに光の粒子になって変わる…って女神様に聞いたような記憶がうっすらとある。
──でも、下着ってどうなの?ガラスの靴みたいに、そこだけは実物、とかあったりしない?
迷って迷って。西洋型の演劇に出る時に身に付ける場合もあるかもと、一着だけ用意していたセットの下着を着ることにした。
胸を潰すように縫製されたブラジャーでは、息切れがはやくなって思うように戦えない気がしたのと、
万一意識失って倒れて、医務室にそのまま運び込まれるとかあったとして
──どうせ女バレしちゃうなら、あんな不格好なブラじゃなくて、普通の女の子のがいいもん……
そうして、普通の女の子の基本形、白い上下のセットの下着をつけた。
あとは、女性っぽい服などあるわけもないから、普通に半袖のTシャツと、サブリナパンツのような丈の、足首が見える薄手のジーンズを着た
そして、ドアを開け、ゲストルームの前で声をかけた
「璃玖、起きてる?」*

 


「……よし。これでいいだろ」
朝、早くに目覚めた俺は脳内で立月を思い起こしながら絵を描いていた。
あいつに相応しい姿をイメージするように。
頭の中に刻み込んでおく。願った姿になれるように。
ドアがノックされた。
「ああ、起きてる。いいぞ」
そのスケッチブックはそっと閉じておいた。*

 


どうやら璃玖はおきていて、入室の許可が出た
僕は入室の瞬間、ポケットの中のものをぎゅっと握りしめる。
夢の中のタキシードにさしていたのは生花の黒薔薇だったけど
璃玖にもらった(?)ハンカチ。朱色は変色してしまって、黒くなっている。──これが僕の黒薔薇。僕のお守り。
「入るよ」と言って、僕はドアを開いた。*

 


俺の服装はいつも通りの制服姿。終わったら普通に学校あるからな。立月は動きやすい服を選んだようだ。
「ああ、いいぞ」
……少し気まずい気がするけど今はそんなことを言っている場合じゃないか。
「どうだ? 寝れたか?」
……女に前線にいかせる気まずさに昨日の気まずさに。苦い思いが。それは気にさせないよう隠す。


「うーん、どうだろう?夢を見たってことは、眠りが浅かったのかな。僕は黒いタキシードの胸ポケットに黒薔薇をさして、ちょっと重そうな片手剣を振り回していたよ」
苦笑いを浮かべて*

 


「黒薔薇か……。ちょっと待て」
頭にヒントを貰って。さっき描いていた絵に一加え。
バラの中で踊っていた『彼女』に相応しい美しさを。
俺は芸術に妥協しない。どうせなるなら徹底的に相手に似合うものになるつもりだ。
バラはどこか、懐かしい気がする。ないはずの昔の記憶にもあったのかもしれない。
「お前にも扱える剣になってみせるさ。大丈夫だ」
そう言って絵を見せないようぱたん、とまたスケッチブックを閉めた。*

 


「…あ!ありがとう!」スケッチブックの中身は見えないけれど
璃玖が何か考えてくれて、何かを描いてくれているのはわかった。
気になる。璃玖がどんなものを描いてくれているのか…そして気になる、とても。
「ねえ、女神様の話では僕らが負けたらこの世界が崩れるんだってね。それはすごく嫌だね」
璃玖に見せたい、キラキラした世界を。あの時の世界をもう一度。勿論僕だって観たいんだ。
一緒に見れればいい……絵をもらった、あの瞬間のように。
互いの原点を取り戻せたら、僕らはあの時と同じ景色を再び見つけることができるだろうか。
同じ、ではないかもしれない。互いの、だ。
でも、それでも二人の景色が重なればいい、という想いも心の奥から漏れて溢れて。……心象風景に薔薇の花が幾つも咲いて、花園になる。*

 


「別に礼を言われる事じゃない。俺も戦うんだから当然だ」
立月に扱えない物になっても意味がないからな。お礼はそっちだと受け取ったわけで。
「そうだな。俺は描くなら……絶望や荒廃した世界より美しい世界がいい」
絵でくらい、希望を描く方がいい。絶望が多かった人生のせいかそう思うんだ。
「俺がついてる。負けるなんてさせない」
そう真っすぐ目を見て伝えた。*

 


「ありがとう。勝ちたいね。うん、璃玖が一緒なら…例え勝てなくても、負けない。そんな気がしてくるから不思議だ」
僕は願いの奴隷。世界を救うよりも、願いを叶えたい気持ちが優先している。
ステラナイトとしては失格?
だけど、心に嘘はつけないんだ。


『全てをあるべき姿へ。そして僕らは互いの美しい景色を取り戻す──願いよ、咲き誇れ!』**

 


「そうか」
俺の言葉で安心して貰えるなら何よりだ。
立月が何を願うかわからない。けれど、俺も同じように。いつか俺の原点を取り戻すために。
時間がやってきた。


『女神よ、彼女に相応しい美しい華の姿に俺を。俺たちの願いを咲かす為、戦場に美しいバラを届けたもう』**

 


 エピローグ

美しい剣の装飾、綺麗なドレスが消えてゆく。薔薇は螢火のような粒子に変る。
──それはまるでシンデレラの魔法が解けるように。


ビップルームの玄関の鍵はロックしたままのはずだ。
筋の浮き出ていない腕、ジーンズの裾から覗く細い脚首、見えない部分の白い下着。
願わくば、もう少しだけ普通の女の子のままで。

「璃玖、大丈夫だった?どこも怪我してない?」
美しい衣装と鋭い細身の剣が、自分を守ってくれたのだ。
けれども璃玖の方はどうだったのだろうかと気遣って*

 


あの場所にどこか覚えがあった。だけども戦いに集中しなくては。立月を守るために。と必死になっていた。
やっと終わって戻れた。帰れた。
「立月こそ。平気か?大分敵に狙われていただろ、お前」
俺はもうすでに怪我が残っている体だし最悪手が動けばいい。だけど、こいつは踊れるまま帰してやる約束だった。
動きがどこも変になってないかじっと相手をみつめる。*

 


「どこも、なんともない。璃玖が護ってくれたから」
見つめられて、ちょっと眩しそうに目を細める。
「あのドレス、すごく素敵だったよ。あんなにヒラヒラしてるのに、頑丈なんだね。すごいや」
そう言って、笑った*


「そっか……。ならよかった」
体の力をやっと抜くように車椅子によりかかる。なんだかんだで初めての戦いだ。俺も気をはっていた。
「あぁ、あれはお前に似合うようにって考えたんだ。丈夫に出来てたらよかったよ」
さらり、とああいう服が似合うと思っている。という意味な発言を無自覚に。*

 


「スケッチブックに描いてくれてたよね。あの時…見せてもらったらだめだろうか?」*
 

「………却下」
ズバッと一刀両断。
「完成したらな」*

 


「ダメ…なの?」普通の女の子なら、こんな時、きっと上目づかいでいうんだ。
このままだと、見下ろすようになってしまうよね。
僕は、璃玖と同じ目の高さになるような、椅子に腰かけた。でも、やっぱり上目遣いなんて、そんな高等技術は使えなかった。
だけど、次に続く璃玖の言葉に、僕は笑顔になる。
「完成したら…そしたら、見せてくれるんだね?」*

 


懇願されても意見を変える気はなく。
立月は椅子に腰かけ俺と目線を近くした。
だけど約束をすれば笑顔を見せてくれた。こいつは、笑ってる方が似合うな。俺みたいな不愛想と違うんだし。
「あぁ。必ず」
不愛想なりに、少しは柔らかい表情をしてやれただろうか?
「立月、頑張ったな。お疲れ様」
近くなった目線なら出来るだろうかと、頭を軽くぽんぽん、としようと手を伸ばした*

 


頭を軽くぽんぽんとされた──こんなの、初めてだな。僕の背が、もうこれ以上延びなきゃいいのに、と思う。
とても嬉しかったので、ちょっとだけ我儘を言いたくなった。どうしてかな。
「あのね、この間、璃玖は“愛する努力もちゃんとしよう”っていったよね?勿論、勢いで言ったことはわかってるよ」
その言葉がどうにもひっかかっていた。
「“愛されるために努力する”そういう言葉だとすれば、アリかもと思うんだけど。」
「努力して、愛するのは、ダメだよ。愛って自然な気持ちで始るものじゃないの?」*


伸ばした手は振り払われず。出来るだけ優しくいたわってやった。
前の会話を立月は言い出す。あのお互い動揺して混乱していた時の。
「愛される努力……?」
あぁ、あれか。男は本能でもいけるけど女性は気持ちが大事というあれか。乙女心というやつか。…俺に何気に高いハードルをかしてきたか。
「なぁ、それ愛されるのは俺と立月どっちなんだ?」
朴念仁はわからないことは聞くしかないんだ。*

 


「……っ!」
問い返されて、言葉に詰まった。
天然っってすごい……そうじゃなくて。
その前に、僕は自分の心の奥に問いかける。
実は“責任をとらせてくれ”っていう言葉にもひっかかっていたんだ。
ほんと、そうじゃなくて。
僕は、どうしてこんな細かい言葉がきになるのかというと………
そうなのかな、そうかも、とは思ってはいた。
思ってはいたが、その自覚が花開いたのは、今。

──ああ、そうか。やっとわかった。僕は璃玖が好きなんだ。
「ええーっとね!今はまだ言わない。もっともっと僕が努力してから言うかも」
言ってしまってから。
しまったぁああああああ!
これ、いっちゃったのと同じだ……赤くなって俯いた。自覚して、すぐ言葉にするなんて、ほんと僕はバカだ。
温室で薔薇の華を棘があるのに手折ろうとした、あの時みたいだ。
「や、あの、その…今の言葉、気にしないで!気にしないでいいから」*

 


立月はわかりやすく言葉につまる。俺はそんなに変な事を言っただろうか。
脳内の元同室に助けを求めてみても「自分で考えろ!バカ野郎!朴念仁!リア充死ね!!」と言われただけだった。解せぬ
続く言葉を咀嚼して考えてみる。努力するのが立月?なら立月は俺に自然にあいしてほしいのか?ん?
気にしないでいい、という言葉。慌てる姿。とりあえず立月はうかつなんだろうな、というのはわかる。
「……ははっ」
思わず笑った。
「俺な、片親だった上に育児放棄されてたんだ」
さらっと重い事を伝える。
「愛するとか、愛されるとか理屈以上にあまり知らない。そこはすまない」
そういう美しいものをきちんと受け取ったことがないから。両親同士の愛すら見た覚えすらないから。
「自然にそういうの、出来たらいいな……」
愛されなかった分、自分は誰かを手にしたらきっと手放せないんじゃないかって。
「立月、お前はきっと幸せになれるよ。俺がしてやる」
望む相手が誰であっても*

 


璃玖の話を静かに聞く。赤くなった顔を覆っていた手を開く。少しずつ顔を上げる。
僕は片手でポケットの中のハンカチを握りしめる。
「僕の血は西洋と東洋が半分こで……今まで桜も薔薇も両方好きだった」
璃玖の重い話に対して、それはほんの打ち明け話のつもりだったかもしれない。
ガーデンで、狼が桜を散らしたのが悪い。
そうだ、狼のせいだ、僕がこんなことを言うのは。
「でも今、どちらがより好きかと聞かれたら、迷わず応える──薔薇だよ」
「璃玖が着せてくれた、璃玖が僕を守ってくれた、あの薔薇の華のドレスに包まれた瞬間、確かに僕は幸せだった」
「またあのドレスが着れるなら……僕はまた戦ってもいいよ」*

 


「そっか……」
心の奥に柔らかいものが触れた気がした。俺が似合うと思ってそうなった姿を、ドレスを気に入ってくれたのか。
桜も似合うとは思う。だが俺はイメージを俺たちを象徴する黒バラにした。
「何度だってなってやる。何度だって幸せにしてやるよ」
「そう思える位には、自然と友好的に思ってはいる……で今はいいのか?」
自然と、を願う彼女に今自分がわかる範囲の精一杯を伝えてみた。*

 


「うん……」
今はまだ璃玖の心はもらえない。
本当に、もっともっと努力しなくては。
「友好的……あ、そうだ!璃玖と一緒の部屋にいられるのって期限付きだったっけ…」
「少し…寂しいな。僕からお願いしてみようかな、先生に。もう少し延ばして下さいって」
……っと、待て。僕はこの間、あんな事故を……
思い出して頬を染めながら、でも、本当に、もう少し一緒にいられたらいいのに、と思うんだ。
「あ、ええーとね!ステラナイトとして、一緒にいる方が便利かな、とか。あと、女バレしてしまったからにはかえって璃玖が一緒の方が何かと……その色々と……守ってもらえることがあるかなと……」
「いや、変なこといったね!ごめん」また俯いた*

 


「あぁ、お前が特待生だし一人のが本来都合いいって話だったしな……。そっか女だったからかそれ」
今更ながら一人部屋だった理由に納得した。つまり俺を同室にした先生は立月の事情を知らなかったのか。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
暫し無言で固まった。あれこれ見てしまった事を忘れたわけじゃない。
立月は俺の事男と認識してないのか…?言ってた努力するってどういうことになるんだ、これ。
いや、たしかに襲える体じゃないのはわかってるが。
「……いや、まぁ、護るけどな……」
思い出してしまうと顔が熱くなる。顔に手を当てて流石に俯いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・わかった。それが立月の願いなら一緒にいよう」
照れくさいとか、恥ずかしいとかより願いを叶えてやりたい気持ちが優先された。
「ただ、その、俺だって男だから……服装は気を付けてくれ……」
流石に羞恥で顔が熱い。*

 


──うわぁあああ!ごめん、あの時は本当にごめん。
心の中で叫んで、一つ深呼吸。
頬はまだ赤いまま。まだ普通の女子の下着を身に着けているのも思い出しで、両手で胸をかかえるような仕草をしてしまった。
「気を付けるよ…あの時のことは…本当に穴があったら入りたいよ」
心の声が漏れてしまった。
心の声が漏れてしまった。
でも、璃玖が願いを聞いてくれるという。嬉しい。
これからも、もしかしたらウッカリが絶対ないとはいいきれないけど。
恥ずかしいとか、男女だからという常識だとかすっとばして
璃玖と離れるのが寂しい、その気持ちが優先しててぃまったんだ。
「ありがとう、願いを聞いてくれて」
女神様の、ちょっとしたご褒美かな、そんなことはないか。
小さな、願いが咲いて、叶えられた。
後で、プライベートルームの引き出しの中に、ハンカチをしまっておこう。
昔の、璃玖の絵と一緒に──
「願いを叶えてくれてありがとう」そう言って、薔薇の蕾がほころぶように微笑んだ**

 


立月は女性特有の仕草で胸を隠す。‥…余計意識するんだが…。あいつそういうの絶対わかってないな。
「……いや、俺も悪かったから」
男女が同室ってどうなんだ。とは思うんだが、ステラナイトの相棒として、絵の興味の対象として、自然と…思えるようなれるのかどうかを試すにもいい気がして。
「俺でかなえれる願いなら叶えるさ」
バラのように華やかな微笑みを、俺はいいな、と見つめたんだーー


*******


―後日談―
あれから俺は一人、狭めの美術室に引きこもり絵を描き続けた。熱中すると引きこもるのは俺の癖だ。飲み食いは気づくと差し入れされてたりする。フラワーガーデン。あの美しい場所に行けて、戦いを見て。懐かしい気がしたなんて変な話だ。あの場で美しく咲き誇った俺のパートナーの姿を一心不乱に描く。直接見れたわけじゃない。俺がその防具になっていたんだから。けれどイメージ通りに出来ていた自信はある。スケッチブックに以前落ちた朱色はもうくすんでどこか黒が混じって。黒いバラ。それが立月の……俺たちの花。美しい花の中にいても決してかすまない華の姿。俺はそれから目をそらせない
その絵が出来て俺は一番に彼女に会いに行った。
「立月、ちょっといいか」
俺はその絵を差し出す。
「長年ぶりだった。俺は、久しぶりに満足できる絵がかけたんだ。
 お前のおかげだ。
 これ、立月にやる。要らなきゃ適当に放置していい。
 ただ、お前にやりたかったんだ。なんでだろうな……。

 なんだか、懐かしい気がするんだ。
 理由にならないかもしれないけど。

 なぁ、立月。これから俺たちはまだ戦う訳だ。次も、その次もお前を戦場に送り出すことになる。俺に出来るのはお前の武器と盾になること。だけどそれだけじゃ俺の気はすまない。 俺が戦場で一番お前を綺麗な華にしてやる。
 あの舞台上でくらい、華でいていいだろう? 俺が、そうしてやる。

 願いを叶えるまで、俺がずっと側で守るからな。……なぁ今更だけどお前の事名前で呼んでいいか?
 これからも一緒なんだから、他人行儀は必要ないだろう?」  **

 

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