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 ― 前日談 ―

 リゾートから帰って少し。私達に珍しい息抜きの時間が終わった後。
 それはその時間のお話。

 エルマールと二人でひっそり会っている時、相手が私をじっと見て言い出すの。
「最近……明るくなったよね、クリスタ。それだけならいいんだけど……ちょっと無理、してない?」
 私は一瞬固まって、でも即笑顔で返したわ。
「ふふ、心配ありがとう。大丈夫よ。エルマールは心配性ね。ただ、楽しみ方とか覚えたというか・・・肩の力を少し抜いただけよ」
 そう、それも嘘じゃない。嘘じゃないわ……。だから、そうしておいてほしいの。私は、幸せだったって。そう思ってほしいの。どうか、触れないで。私のそこに触れないで。貴方を困らせたくないから。
 そう思うのにエルマールは真顔で私を見るの。
「……本当に?僕はちゃんと君を見てるつもりだよ?なんだか肩の力は……逆に入ってるようにちょっと思えるんだけど。
 僕に気遣う必要なんてないんだからね?」
 少し気まずく感じて目を少しそらしてしまうの。
「……気にせいじゃないかしら?ほら、次もまた大きな仕事あるし…ちょっと緊張しているのよ」
「じゃあ、なんで目をそらすの……?
 緊張しているのは、クリスタの方じゃない……?
 僕ではやっぱり、頼りない……? だからなにも言えない……?」
「……そんな…! そんな…言い方はずるい…わ……」
「ずるいってことは、やっぱり言えないなにかがあるんだね……?」
 エルマールは少し、悲し気な声を出すの。
 ああ、もう。どうしてこう……エルマールには上手くいかないのかしら……。

「……いいたく、ないわ」
 紡いだのはそんな可愛げのない小さな言葉。
「……僕には、言えないことなの……?」
 お願い、これ以上はやめて。やめて。そこは見ないで。気づかないで。貴方に、悲しい思いなんてさせたくないの。これ以上…何も背負わせたくないの…。私の近くにいてくれれば、それでいいの……それ以上なんて望んだら……。

「やめましょ!重い空気になったっていい事ないわ!ね?なんでも、ないわよ」
「もしもさ、僕が聞いて傷つくようなことだとしてもね、僕はいってくれない方がつらいよ……?」
「……【なんでもない】ってそういうこと、にしてくれないの…?」
 エルマールはこういう時は引かない。わかっててもそう口に出してしまう。
 私は素直じゃないわ。本当に。

「僕は……なんでもないって、そうして真実から目をそらしたくはないよ。最後まで君を守り抜くと決めたから……だから、聞くべきことはちゃんときく。ちゃんと話してほしい。
 なんでもないなんてこと、ないんでしょ?」
「……。なにもない、のは本当よ?ただ、私の気持ちの問題なだけだもの……」
「それなら尚更、僕は聞きたい。君の気持ちを知りたい。あやふやにしないで?僕は……君が好きだから、君のことをちゃんとしっていたい」

「……すき、だから…。苦しいわ…その気持ちが」
 本当、心の奥に隠しておきたいものほど、見つけられてしまう。
 そしてそれが嬉しいなんて思ってもしまうの。
「好きな、人に…幸せでいて欲しいだけなのに……どうして、どうして私はこうなのかしら……」
 泣きそうになって俯いたら、頭をなでられた。
「……僕は、君といられるだけで幸せだよ?どんな未来でも、今こうして君といられるのが幸せだ」
「でも…!でも……それは、あと、五年もないって忘れてないでしょう…? いやにならないの……? 一緒にいても、辛くなるだけって思わないの…?」
「辛くなるだけなのか、どうなのか、想像したってしょうがないよ。確かに不安がない訳じゃない、けど……それで今の幸せが失われるなんて、そんなの、もっと嫌だ」
「……うん。エルマールは、強くなったわね……。死ぬのは怖くないわ。皆が死ぬ方がずっと怖いもの……。でも……」
 続きは声にならずに俯いてしまうの。
「クリスタが弱くなって、僕が強くなったなら、僕がクリスタを守ればいいだけだよ。どんなクリスタも僕は愛してる。だから……言って?他の誰にもいえなくてもいい、僕にだけは……ちゃんと、話してほしいんだ」
「…………ずるいわ。ずるい……。格好よくなりすぎよ、それは……
 ……あー……もう!もう!もうっ!!!!」
 ぽすぽす叩いてぎゅっと抱き着くの。言って欲しくない事を言われているのに、ときめいてしまっている自分が悔しいの。
 甘んじて受けて、優しく抱き止められ、耳元から言葉が落ちてくる。
「クリスタ……大丈夫だから。だから……僕にだけは教えて……?」
 ……言いたく、なかったのに。言葉になんてしたくなかったのに。
 私は結局……エルマールに弱いのよ。

「………すき、だから何も出来なくなるのが辛い……。つらいよ……! いつか、いなくなると思うと踏み込めない場所が出来るのが寂しい! 悲しいの!!! 死ぬのが怖いんじゃないの!死んで…貴方や、アイラさんや……私の衛士の皆を泣かせるのが怖いの……!
 だから、私は笑っていなきゃ! せめて、せめて……私が一緒にいて、幸せだったっ…て…一つでも伝えて、残しておきたいの……。
 せめて、皆が…その後、不幸にならないように、しておきたいのよ……。
 それだけよ……。ムリ、しているかもだけど、やらないとだめなの。私がいなくなくなったとしても、皆が…後で幸せになれるよう…しないと‥‥…でないと私は……」
 あぁ。本当苦しい。命がかかっているのが、時間がたつごとに首をゆっくり締め上げられてるみたいに苦しい。
「わかってて、傍にいるのなら……それくらいは残さないと……それ以上が、出来ないんだから……」
 涙がこぼれる。私の我がままで側にいるなら。それなら。それだけのお話。
「……笑ってなくてもいいよ、泣いてもいいよ。どんな君と一緒でも、僕は幸せなんだ。確かに君が死んだら皆泣くと思う。けど、それは……僕が先に死んだら君が泣くのと、同じことだと思う。だから、無理なんかしなくていいんだ。ありのままの君が君でいてくれること、それだけで僕は、僕らは、幸せなんだよ?」
「……だめよ。これ以上、は、私の感情まで背負わせれないわ……。忘れてないでしょう? 故郷の安否だってかかっているのよ? 私の未来だけの話じゃないのよ? 私は、私に、それだけの価値は見いだせないわ……。今だけで、十分すぎるほど…私は優しさを貰いすぎているの。だから…返していかないと…。
 私の未来を背負う事で…リスクを背負わせているのに、これ以上私が重荷をかけるなんて出来ないわよ……」
「……君が自分に価値を見いだせなくても、僕はそれ以上君を思ってる。貰いすぎ? そんなことはない、まだまだ足りないくらいだ。君がこうして苦しんでいるのに、僕は何もできてない。重荷だなんてそんなこと、あるはずがない……!」
 お互いを思いあう甘い言葉の筈なのに、苦い言い合いになる。
 ほら、私はこんな風に相手を幸せに出来ない……。心が痛いわ……。
「そんなことないわよ。 【一緒にいてくれてる】でしょう?……それが、どれだけ私にとって、嬉しいか。きっと私にしかわからないわ……。
 エルマールに至っては、【好きでいてくれている】んだものね。……大したものだって思うわよ。本当に……」

「それだけしかできないことが、どんなにつらいことか、君はわかってない……!」

「…‥‥え?」
 はっきりした大きくて強い言葉に思わず目がぱちくり、としたわ。
「こんなに君と一緒にいるのに、好きでいるのに、君は……それ以上踏み込まない、それがどんなに悲しいか……!僕は、もっともっと、ふかいところまで、君を愛したいのに……!」
「………っ…!」
「病めるときも健やかなるときも共に……とは夫婦の誓いの言葉だけど、そんなものまだ言えたりしないけど! でも、それと同じようにしていきたいと……そう、願っているのに……!」
 願った事がなかったわけじゃなかったわ。夫婦の人たちを羨んだことがないなんて言えないの。
 でもそれは……今のままじゃ叶わなくて。それなのに、エルマールはそれを望んでくれて……いるの? 私をそこまで、望んでくれているの……?
 私は少しでも、悲しませないようにって思って、でも、それが、壁になっていた…? 私は貴方を、拒絶していた……?
「……わた、し…私は……。
 ……そこまで、ふみ、こまれたら…逃がしてあげれなく、なる……。いらないって、貴方はいうだろうけど! でも……でも…幸せになって、ほしいのよ……。泣かせたくないの。悲しませたくないの……」
 あぁ、自分のこういう性格がいやになる。どうして、どうして……
「どうして、こんな、……ならないといけないのかしら……? どうして、好きなだけなのに……。
 いやだよ、エルマール。私、いやだ……おいていきたくない……。いやよ……!死んで、終わりたくなんてない……」
 一度堰を切ってしまえば言葉と涙がこぼれて止まらなくなるの。
 私だって、私だって……同じように願いたい……。なのに現実は優しくなくて。
「でも、それは叶わないかもしれないの。ずっとずっと、皆が苦しんできて、それでも変わらなかったことで、変わらないかもしれなくて……。
 わかっているのに、知っていて、覚悟しているのに…して、いるのに……」
「僕は……君を愛せないことそれが一番悲しいよ。君を愛していられるのが一番幸せだよ。全部僕は覚悟してる。幸せな未来も、そうならない未来も、全部、全部。」

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「……エルマール…… ……手を、離さないでいてくれる?悲しいおもい、覚悟…出来るのね? …だったら……」
 もう、だめ。この人にだけは隠せない。
「私の事を幸せにして。私も、幸せに…出来るだけ、する。 私の心の全て…を、すくいあげて。
 あなたにだけ、あげるから」
「君の手を離すなんてできるはずがない。僕が……君を幸せにするから。どんな悲しみも寂しさも全部僕が幸せにするから。だからどうか……笑って?君を、泣かせたくない……」
 笑って、と願われて。それすら上手くかなえれない自分がもどかしい。
 ささやかな願いすら上手くかなえてあげれない。
「ごめん……。私ね、私……やっぱり少しつらい。悲しいよ。寂しいの……。
 でも、やっぱり思うの。私でよかった。こんな思いするのは私でよかったの。 心が、もうとっくの昔に壊れている私で、よかったの」
「君でよかったなんて、そんなことあるはずないよ!そんな悲しいこと……言わないで、いや、言わせない……!」
 そのまっすぐな言葉が嬉しいから。
 こんな、いじいじした私をずっとずっと愛し続けてくれていた人。
 それなら、私も同じだけ覚悟を決めてこたえたい。
 初めて会った時はあんなに貴方の方が子どもだったのに……。
「……ありがとう。エルマールには、一番辛い思いをさせるわ。けど、最後まで付き合って。
 私の生涯の一人の人になって…下さい」
 そう言って誓いのように瞳を閉じたの。
「君の生涯のただひとりの人として、僕は、君を愛し抜き守り抜く。だから……もう、そんなこと言わせない……!」
 唇をふさぐように重ねられた。
「……君を一人には絶対しない。最後までどんな時も……君のとなりにいるから」
「……うん。ありがとう」
 やっと、笑顔を浮かべれた。

「どんな未来だとしても、最後まで、ちゃんと生きて。それだけは、お願い」
「わかってるよ……でも、それはクリスタもだ。ちゃんと、後悔なく……笑うときは笑って、泣くときはないて、頼るときは頼って。
 一緒に生きよう。僕は絶対にこの運命を覆すつもりだけど……そうできなくても、僕は君と一緒に普通に生きていきたい」
「……うん。そう、ね。これからは…苦しい時は…ちゃんと、いうわ。ちゃんと、泣けるときは泣く……。
 貴方と一緒に…生きていきたいわ。例え表向きそう出来なくても、貴方と一緒がいい」
「きっとこの苦しみはクリスタにしかわからないのだろうけど……それでも僕はそれも分かち合いたい。だから、僕には……何も隠さないで……」
「……うん。あり、がとう」
「表向きできなくてもいい、君がそう思ってくれるなら……僕はずっと、一緒にいる」
「私ね…本当はね、皆がちょっとうらやましいの。当たり前のように付き合って、恋して、それを堂々として、未来があって。  ねぇ、エルマール……表向きは何もかわらないし、自己満足かもしれないわ。でも、その…‥‥」
 羨ましい、って思っていた願いを口にしかけて、でも恥ずかしくなって口をつぐむの。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり何でもないわ。ちょ、ちょっと今熱に浮かされすぎているわ。うん、落ち着きましょう、一回落ち着きましょう!」
「ちゃんと言って?最後まで」
「……あ、いや……その……」
 顔が勝手に真っ赤になっているのが熱さで分かるの。頭を盛大にふって冷静になろうとするの。
「い、一回落ち着きましょう! それからよ!」
 そう言ったら、唐突に抱きしめられて、唇が重ねられたの。
 思わず硬直。
 しかもそれはちょっとの時間じゃなくて、暫く続いて。
 硬直が溶けて体の力が思わず抜けてくったりしても続いたわ。
「……これじゃ、落ち着かない?」
「よ、よ、余計落ち着かなくなったわ……!!! な、なんでどうしてこれで落ち着くと思うのかしら!?」
 体は相手に預けた状態のまま。これで落ち着くなんて到底無理な話よ!
「ごめんごめん、……あんまり可愛いからしたくなっちゃった」
「…もぅっ!しらないっ!」
 つい顔をついっとそらすの。子どもじみてる反応だってわかるのに勝手にそうやってしまうのよ。
 私の身体はぎゅうっと抱きしめられた。
「……ごめん。でもね……本当に可愛かったんだ、やっばりクリスタは普通の女の子だよ」
「……そうかしら? ……あまり普通じゃないと思うわよ?エルマールもね。……普通じゃないわよ。昔貴方がいったんじゃない。皆どこかずれているって」
 今にして思えば私はあの言葉でエルマールに惹かれたのかもしれない。
 出会ったばかりの時の懐かしい記憶だけど、私にとって大切だからよく覚えているの。
「あはは、確かにそれはそうなんだけど。皆違うけど……皆違っているのが普通なんだなって。そう思ったらなんか、普通なのかなって」
 なるほど、そういう考えもあるのね。
「……ふふ、そうかもしれないわね。石を持っていて、片方が世界の平和の象徴の守護石で、他人の記憶を持っている子で、貴方も石持ちで、ずっと外に出てなくて。ここ五年で外を見て来た。それも、普通なのね。すごい普通もあったものね」
「確かに普通じゃないかもね。だけど、持っている感情は、多分普通と呼ばれる人とさしてかわらない感情を持っているはずだよ。
 普通とか普通じゃないとか、そんなものでくくれやしないんだよ、心は、感情は。……僕が君を好きだって事実も、なにもかも。」
 ……エルマールはやっぱりすごいわ。そうやって当たり前のようにさらりと、柔らかい考えをもてるんだもの。
「……色々な心があるのも普通なのかしら? ……でも、そうね。当たり前の言葉なんかじゃくくれないわね」
 私たちは多くの人間にとっての普通じゃないわ。
 それでも、他の人と同じように人を好きになれるの。
「好きよ、エルマール。大好き」
 そう言って笑顔を向けると腕に柔らかい力が入るの。
 こういうのは、普通の恋人みたいよね。
「僕も好きだよ。クリスタ。愛してる」
「……うん」
 抱きしめられるまま肩に顔をうずめてすり寄るの。
「……私ね、私……その、ね……
 ――…に、なりた…い」
 熱に浮かされるまま、紡ごうとした言葉はやっぱり恥ずかしくて言葉が小さくなってしまうの。
「……?ちょっとだけ、聞こえない……。もう一回言って……?今度は、耳元に」
 耳元!! さらっと難易度をあげてきたわ!
「ううううう……あ、あの、ね……」
 相手の求めるまま耳元に唇を寄せて、小さな声を。


「……あなたの、お嫁さんに、なりたいの……」


 今の私の願い。叶うかもわからないお願い。
 怒られても仕方ない夢かもしれないわ。それなのに、エルマールは嬉しそうに笑ってくれるの。
「……ん。僕も、その日が来るのを、待ってるから。
 その日まで絶対君を手放さないからね?」
 ……私は、この人を好きになって本当によかった。
 愛おしい気持をいつだって募らせてくれる。愛してくれる。
「……はい。はいっ!」
「勿論そのあとも。ずっと……一緒だ。」
「……ん」
 その言葉にはまだ素直に約束をかわせなかった。
 約束をして、叶えれなかった時私は辛い。だからあまり未来の希望は言えない。
 それでも、この人のお嫁さんになりたい。その願いは本物なの。
「愛しているわ」

 永遠を誓うように唇を――
 いつか、この夢が叶う日を、私達は夢見た。 

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