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 王宮に来てから十年近くになる。私達は本当に様々な事を乗り越えた。私は最後の守護石になった。もうじき死ぬなんて事はない。
 様々な後処理が一息ついたころ。私はエルマールに一つ提案をしたの。

「ねぇ、エルマール。お互い家族に直接結婚を報告しに行かない?」
 
「そう……だね。そろそろ後処理も一息つくし、そろそろそういうのもいいよね。」
「まだ冷えるけど、式より前にやっぱりちゃんと顔を合わせたいわよね。お手紙で報告はしたけど……エルマールに私の家族に会ってほしい、って思うのよ」
 そう言ってちょっと恥ずかしくなって顔が熱くなったの。
「うん、顔合わせはちゃんとしておきたいと僕も思うよ。……僕も、クリスタの家族に会いたいし、僕の家族にもね、やっぱり会ってほしいかな。クリスタのことをしっかり紹介したいんだ」
 その言葉が嬉しくて、ふふっとちょっとはにかむの。
 もう死の影におびえる必要がなくなった私は、前みたくおいていくかも、という罪悪感に悩むこともない。ただ幸せを幸せと受け取れるのが兎に角嬉しいのよ。
「ありがとう。私達ほら、色々巡礼には出かけていたじゃない? でもそれはお仕事だったし、恋人としてふるまえる機会はなかなかなかったし……。二人で遠出も、してみたいのよ」

「それは僕もしてみたかったよ。ずっと、お仕事でしか出かけることはなかったのは寂しかったからね……」
 そっと髪を撫でられる。素直に受け入れて心地よく目を細めるの。
「うん、二人で遠出、素敵だと思う。二人で、お互いの家族に挨拶しに行こう」
 撫でられる心地よさにその手に軽くすりよるの。出会ってから十年近くたって私たちは互いの気持ち、それに絆が昔よりずっとずっと強くなっている。そう思えるの。
「ええ、行きましょう。決まりね」
「うん、決まりだ。早速予定を立てないとね」
 それから、予定を組んで。式の前は余裕をもたせておいたから割とすぐに出立になれたわ。こうやって自由に外に出れるようなったのも嬉しいものね。守護石だった分顔はまだ覚えられてるでしょうから石は念の為に隠しておくけれど。それ以上は何もせず。堂々とするのよ。もう私はただの石を持つ一人の人間にすぎないもの。


「ええと、距離的に私の家の方が近いからそっちからね。馬車は手配しておいたわ。行きましょう?」
「馬車の準備ありがとう、クリスタ。
 うん、最初はやっぱりクリスタのほうからだよね。そういうのが筋だとも思うしね」
 コーラリアさん程手際はよくないけれど、彼女がやってくれていたみたいに私も旅には準備をきちんと。
 そしてエルマールに手を差し出すのよ。
 その手に手が重なる。
 私たちは馬車に乗り込んだの。


 差し出した手を取って貰えて。それを隠さなくていいのが本当に泣きそうに嬉しくて。
 こんな、ささやかな当たり前ですら出来なかった。
 だからこそ、この小さな幸せが当たり前じゃないって。とても幸せな物だったかみしめれるの。



 馬車に乗り込んで、アイラさんと寄った火事があった大きめの街にまずはついて。なんだか懐かしくなったわ。
「私あそこで火事をみたのよね。それでね……」
 なんて思い出話を。記憶が溢れそうになっていたとか、お土産にババナを一杯かっていたとか、どれも凄く懐かしいわ。
 とはいえここは中継地点。一泊は必要になるけどそんな長居はしないけど。


 馬車にゆられて、少し大きめの町について。
 火事を見たのよ、と思い出話をした。

*

「そんなことがあったんだね。
 僕らが出会う前、かぁ。……なんだか全部知ってるアイラさんがうらやましいな」

 僕はそんなことをつぶやいた。
 だって、好きな人のことならなんでも知りたいと思うものだ。
 ちょっとこの町でも散策できればよかったけれど、それはまた、今度にしよう。

*

 アイラさんが羨ましい、なんてちょっと恥ずかしいわ。
「私だってそういうならギュルセルさんが羨ましいわよ?」
 なんて言ってもしょうがない事を。
「でも、その時アイラさんが言ってくれた言葉が嬉しかったから、エルマールと出会った時の私がいたの。
 それはギュルセルさんと会ったエルマールだって何もなかったわけじゃないでしょう?
 そういうものよ」
 それまで、はどうにもならない。けどね。
 私は手をぎゅっと握るの。

「これからはずっと、全部エルマールのものよ」

*
「あはは、確かにそうだね。
 ……うん、これからは全部僕の。そして、僕はクリスタのだ」

手はきゅっと握ったまま、軽くキスを落とす。
そんな当たり前の恋人同士なことが、やっぱりとてもいとおしく思えた。

*

「……ばかっ」
 こんな街中で、当然のようにこういう事出来るようになってしまったエルマール。
 恥ずかしくて恥ずかしくて。耳まで赤い顔を俯かせて空いている手で軽く、ぽすっと叩くのよ。
 
 一泊よく休んで。同じ部屋だけど移動もあるから添い寝だけ。
 隣で眠るのももう慣れたの。指を絡ませ、冷える夜。体を寄せ合って眠る。
 一緒に寝れるようなった時は嬉しかったわ。今までずっとずっと、朝になる前に帰さないといけなかったんですもの。
 離れがたい、と何度思っていたことだか。
 エルマールと寝るようになって。守護石から解放されて。
 私は悪夢をあまり見なくなったの。石の力が安定するようなって過去に強く囚われることもなくなったお陰かもしれないわ。

*
ばかっ、と言われてちょっと叩かれる、そんなやりとりもまたいとおしい。
どんなこともクリスタと一緒なら、それ以上の幸せなんてないんだから。

一泊、僕らはゆっくり休んだ。
こうして一緒に寝るのが普通になったのが、やっぱり嬉しく感じられる。
それまでは後ろ髪引かれる思いで部屋を後にすることばかりだったから。
だから、一緒にこうして眠れる今が、どうしようもなく幸せだった。

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*

 朝。また馬車にのって、田舎よりだったけど私が守護石でいる間の支援のお金で少し発展した町についたのよ。
「……なんか、景色が変わってるわ」
 そんな当たり前の感想が口を出るの。
「あ、ようこそ。私の故郷……でいいのかしら。住んでいた土地に。
 一寸景色変わっていて……案内ちゃんと出来るか心配だけど案内するわね」
 おばさんの家の場所は変わってないのはわかってるわ。だからまずそこに案内するつもりで歩きだすの。

*

朝からゆったり馬車に揺られて、僕たちはクリスタの故郷へついた。
なんだか景色が変わった、というのはどうしようもなく年月を感じさせる。
ようこそ、という言葉に僕は微笑んで

「うん、案内してくれるかな?
 大丈夫、きっと僕だって一緒だから。きっと、僕の生まれた場所だって、変わってると思うよ」

そうして、二人で目的地へ歩いていくんだ。

*

 リフォームしたのか少し小ぎれいになったそのお店に入るの。
 ……私を迎えに来てくれたアイラさんもこうやってここを通って来てくれたのよね。
 そう思うと感慨深いわ。
 扉を開けて、目の前に見えたのは前より時間がたった親戚のおばさん。
「あ……クリスタちゃん。本当に、本当に……」
 目に涙を浮かべてくれたの。

 ……私はここにいた時自分がお荷物に感じていたわ。
 知識があった分、記憶があった分こどもじゃなくて、役にたてたけど。
 子供じゃなかったから気味が悪くて。
 別れに対しても大きな感情を動かせる事はなかった。……薄情だったと思うわ。

 それなのに、おばさんはずっと手紙をくれて。今も泣きそうにしてくれるのよ。
「……おばさん……おばさん!」
 感情の求めるまま、駆け出して抱き着くの。
 おばさんもまた、私を抱きしめてくれたわ。
「クリスタちゃん、ああ……大人になって。もう二度と会えないと思っていたわ」
「そういう……決まりでしたもの。でも、もういいんです。大丈夫になったんです。
 みんなのお陰で、大丈夫になったの……」
 涙がこぼれる。
 あぁ、私ちゃんと泣けるようなっている。
「そう、よかったわ……。貴方が、恋人のエルマールさんかしら? どうもありがとうございます。この子を連れてきてくれて」
 そう言っておばさんは頭を下げたの。
「……おばさん」
「はい、なぁに?」
 子供をあやすみたいに言ってくれるから。やっぱり涙がこぼれて。

「ただいま」

「……ええ、お帰りなさい、クリスタちゃん」
 私たちは暫くそのまま抱きしめあったの。
「あ、ごめんなさい、エルマール。今お茶だすわね」
 そう言って恥ずかしくなって慌てて奥に引っ込んじゃうのよ。

*

 目的地のお店に入ると、そこには一人の女性がいた。
 その人がクリスタのおばさんだろうか。
 目には涙を浮かべていて。
 駆けだすクリスタを僕はみおくる。抱きしめあう二人の姿が、なんだかとても幸せに見えた。

「はい。
 初めまして、エルマール・ファリド・ジークと申します。
 こちらこそ、温かく迎えてくれて、有難う御座います」

 そうして僕は丁寧に頭を下げた。
 ただいま、という言葉と、おかえりなさい、という言葉。
 そんな言葉のやりとりが、とても素敵に僕は見えた。

*

「ふふ、あの子ってばお茶くらい私がいれるのに。
 お客さんには自分でいれたいのね。アイラさんにもそうしていたもの。
 改めましてはじめまして。クリスタの親戚のカトリーンと申します。どうぞこちらに」

 おばさんがこっちに来るの。
「あ、エルマール。そこに座って。ちょっと待っててね」 
「はいはい、慌てないの。ふふ、貴方も恋人の前じゃすっかり普通の子になっちゃうのね」
「え、そ、そんな事……あるとは思うけど。恥ずかしいわよ」
 十年近くぶりの再会。それなのにおばさんとは前よりなんだか近しくなれているよう感じるのよ。
「今日はもうお店しめるわね。折角素敵なお客様が来てくれたんだもの」
「あ、私が」
「いいのよ。恋人をしっかり相手してあげなさい」
「……はい。えと、エルマール。お茶どうぞ」
 昔も知識があった分それなりにいれれると思っていたお茶。
 あれから知識はだいぶ私からすり抜けてしまったわ。でもお茶くらい自分で多少はやらせて貰ったりしたもの。下手になってない……と思いたいわ。
 アイラさんに出したように心を込めてその温かいお茶を出すの。

「……なんだか不思議だわ。
 昔に戻ったみたいなのに目の前にエルマールがいるなんて」
 あの時と今の私。どっちの方が精神年齢が上なのかしら。
「私、結構さらっと家出ちゃったのよね。……でも、ちゃんと会えてよかったわ」
 ぽつり、と心をこぼすの。

*

「そうですか、アイラさんの時も……。」

そんなことをつぶやきながら、僕はクリスタとカトリーンさんのやりとりを見守る。
すっかり普通の子、という言葉に、なんだかちょっとくすぐったさを僕は感じた。

「カトリーンさん、もしよかったらあとで小さい頃のクリスタの話とか、聞かせてくれませんか?
 クリスタを大事に思ってる人から、そういうのを聞けたらなって、思ってたんです」


そうしているとクリスタがお茶をだしてくれただろうか。
温かいカップを手に取り、僕はクリスタに笑いかける。

「有難う、クリスタ」

そうしてお茶を一口。
美味しい味が口の中に広がって。
ぽつり、とクリスタが心をこぼしたなら

「そう、なんだ。……でもこうして、ちゃんと会えたのは本当に良かった。
 カトリーンさん、本当に、温かく迎えてくれてありがとうございます。
 僕も……なんだか、とても嬉しい、です」

*

「ふふ、いいわよ。と言っても……昔私はあの子と上手く向き合えていなかったかったのよね。
 大人びていたから微笑ましいエピソードとか覚えがあまりないの。
 そこは御免なさいね」
 カトリーンはクリスタと似た俯き方で苦笑いをした。

 店を閉めて、二人のやりとりを眺める。
 自分の弟と、そのお嫁さんと……赤ん坊。そんな昔の姿が頭に浮かんで。
 エルマールにお礼を言われたら、思わず零れかけていた涙を拭う。
「いいえ。私はクリスタちゃんに保護者らしいことはあまりしてあげれなかったわ。
 だから、今くらいはちゃんとしてあげたいの」


 私はその言葉を聞いて思わず立ち上がったわ。
「そんな、おばさんはちゃんとしてくれてたわ! 私が……距離をとっていただけよ。気味が悪いんじゃないかって……思って」
「……上手く返答出来ないわね。駄目ね。こっちに来てからのクリスタちゃんは別人みたいでどうしていいかわからなかったのは本当だもの」
 ……石の能力で、自分じゃない人の人生の記憶があったから。
 それが私をただのクリスタじゃなくしていたから。
 ……それが気持ち悪いのは当たり前で。でも……
「確かに、あの時私はただの子供じゃなくなっていたわ。でもね、そんな私を好きだって言ってくれた人がいるの」
 時計を買ってくれた時、ミーナが言ってくれた言葉。エルマールが言ってくれた言葉。今までずっと側で守ってくれたみんな、みんなが今の自分が私(クリスタ)だって教えてくれたから。
「今の私として今、私ちゃんとおばさんとお話したいわ。
 私ね、守護石になっていっぱい大変だった。辛いこともあったわ。
 でも……それ以上に大切な物を教わったの。貰ったの。
 ……愛せる人に出会えたの。

 おばさん。私これからいっぱい幸せになるの。
 どうか、見守って。祝福してほしい」
 おばさんは泣きそうな顔をしたわ。
「………そう。強くなったのね。あの時、あの人についていったのを引き止めも出来なくてごめんなさいって思っていたの。
 でも……それでよかったって思える人生を歩めていたらよかったわ。本当に……」
「……望んで石をもって生まれたわけでも、守護石になったわけでもないわ。
 でも、それでよかったって言えるわ。おばさん。ずっとありがとう。本当にありがとう。私、素直に愛情を受け取れなかった。ごめん。これから…でも、甘えていいかしら?」
「……もちろんよ。私は貴方の家族なんだから」

「……あ、エルマールごめんなさい。おいてけぼりで。
 ほら、お茶にしましょ。ね。おばさんも飲んで」
「……ええ。そうね。久しぶりにクリスタちゃんのお茶、頂くわ。
 エルマール君、昔のクリスタのお話聞きたいんでしたわね。
 まずは何からお話しようかしら」
「え、あ、あの、あまり変な話はしないでね……?」
 そんな風に言って真っ赤になったのよ。

*

うまく向き合えてなかった、ほほえましいエピソードはあまり覚えがない、そういわれて、僕は首を振った。

「いいんです。どんなエピソードもクリスタの話なら、それでいいんです。
 カトリーンさんの目から見たクリスタの話を、聞きたいと思ったんです」

そうして、二人が今までを振り返りつつ話あっているのを僕は真剣に見つめていた。
口出しはせずに、ただ、穏やかに。
それはきっと大切な時間で、僕が触れていいものではないと思ったから。

しばらくしておいてけぼりにしてごめんというクリスタに、僕は微笑んで

「いいんだ。二人で積もる話もあるのは当たり前だから。
 あ、でももう大丈夫なら、お話聞かせてください」

 真っ赤になるクリスタの頭を思わず撫でてしまいながら、そう言ったんだ。

*

 頭を撫でられて、ますます俯いてしまう私をおばさんは微笑ましく見てくれたの。
「そうね、じゃあまずは、ぼろぼろの姿でここに来た日からお話しましょうか」
「え、やだわ。そんな昔の話!」
「この子ってばいきなり私は守護石候補だから、将来お金が入るからここに置いてほしいって大人びた事いいだしたのよ」
「あー! もう。恥ずかしいわ……」
 そんな賑やかなお話をして。時間が過ぎていったのよ。

*

賑やかに、僕たちはいろんな話を聞いた。
クリスタはちょっと恥ずかしそうにしていたけれど、僕はそんなクリスタも含めて改めて好きだと思った。
話が一区切りついたなら、僕は改めて居住まいを正して。

「……素敵な話が聞けて良かったです、カトリーンさん。
 これからは……僕が、クリスタを幸せにしていきます、絶対に。
 改めて結婚を、許していただけますでしょうか?クリスタを、守っていっていいですか……?」


*

 おばさんはその言葉にふんわり笑ったの。
「ええ。勿論よ。
 クリスタの家族になってあげて。幸せにしてあげて。そして、家族を出来れば増やしてあげてね」
 そう笑ったの。
「幸せになってね。クリスタちゃん」
「……うん」
 そうして夜はふけていったわ。



 その日はそのまま泊めて貰って。
 次の日朝早く私が産まれた場所に行って貰ったの。

「ここがね、私の両親のお墓なの。あ、お父さんは二人いるのよ。
 血を分けたお父さんと、育ててくれたお父さん。
 生まれる前にいなくなったお父さんと…小さな頃にいなくなっちゃったお父さんだけどね」
 そう言って苦笑い。
「流行り病でお母さんが亡くなった時、記憶の蓋を開いて……心を一回壊したの」
 ただの事実を語るだけ。淡々とそう伝えるの。
「色々な自分が混ざったのはその時から。でもその記憶に沢山助けられて生きてきたわ。だから有難いものでもあったわね」
 そう言って話を区切って手を合わせたの。
「お母さん。お父さんたち。この人が私の選んだ相手です。どうか、見守ってね」
 そう言って暫く目を閉じた。

*

クリスタが彼女のご両親に手を合わせるなら、僕もまた一緒に手を合わせて。

「絶対に、幸せにするよ」

 そう、強く誓うんだ。
 クリスタのお父さんとお母さん、そしてカトリーンさんに。
 クリスタは、ちょっと涙ぐんだ。そうして嬉しそうに笑いかけてくれる。

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「さて、次はエルマールの故郷に行きましょうか?」
 そう言われて僕は頷く。

「うん。
 ……生まれた家で待ってるっていう話だから、そこへ行くね。
 僕も、あんまり道とか覚えてないから、迷ったらごめんね」


「わかったわ。もう十年近く前だものね。
 大丈夫、時間はあるわ。あれならお役所に住所で尋ねたりだって出来るわよ。
 行きましょう」
 そう言ってはぐれないよう手を繋いだんだ。
 


クリスタの家から今度は僕の故郷の町へ、馬車は走る。
到着した町は、やっぱりあまり見慣れない感じ。だけど、その雑多さはなんとなく変わってないような気がした。
仕方ない気もした。だって僕は、あの旅立ちの日しかこの町を歩いていないのだから。

僕たちが待ち合わせたのは、かつて僕が住んでいた家。
今は弟夫婦が住んでいるらしいけれど、僕が住んでいた部屋は、両親のたっての希望でそのままにしてもらっているらしい。
僕はうろ覚えな家の場所をなんとか辿る。途中、人に聞いたりもしながら。
家の前では、二人の男女の姿があった。……それは父様と母様、だった。

「エルマール?エルマールなの、よね?」
「母様……?母様、だよ、ね?うん、僕が……エルマール、だよ」

そういうと、母様は僕を抱きしめた。
その瞳からは、涙があふれていた。
隣に立つ父様も、どこか涙ぐんでいて、僕もつられて、涙がこぼれそうになった。
でも、今はそんなときじゃない。こぼれかけた涙をふいて、僕は笑う。

「久しぶり、父様、母様。……今日は彼女を紹介しに来たんだ。
 クリスタ。僕の大事な人。愛する人だよ」

そういうと、父様と母様は涙を拭いて、頭を下げた。

「父親の、エルシオン・ファルカ・ジークです」
「母の、マールディア・ファリナ・ジークと申します。貴女がお手紙の……クリスタさん、ね?」

そうして、母様はクリスタに笑いかける。
そんな今という瞬間が、僕はなんだかとてもまぶしく見えた。

*

 エルマールの故郷というその場所は私が住んでいた場所に比べて都会的で、雑多な印象があったわ。
 こんな中ギュルセルさんが探すのも大変だったんじゃないかしら? なんて今更ながらに心配してしまったの。
 エルマールの家について。ご両親と彼が再会するのを黙って見守るの。
 母親がエルマールを抱きしめたのを見て、安堵で涙がこぼれそうになったわ。

 紹介されて私は綺麗にカーテシーをしたの。
「はじめまして。クリスタ・エリージュと申します。
 エルマールさんとは結婚の約束をさせて頂いております。
 どうぞよろしくお願い致しますわ」
 第一印象は大事! にこり、と笑顔を向けたの。

*

 いつものように綺麗な挨拶をするクリスタに、父様も母様も深々と頭を下げた。

「私たちの大事なエルマールを、ここまで生かしてくださって、有難う御座います。
 私たちは、この子に何もしてあげられなかった。
 ただ、何も思い残すことがないようにするしか……できなかった。
 それでよかったのかは、今でもわかりませんが……それでも、ここまでこの子が生きてこれたのは、きっと貴女の、あなたたちのおかげです。
 本当に、有難う」

 父様は、そうして一層深く頭を下げた。
 そんな父様の様子を見ながら、僕は、受け取った思いが間違ってなかったことを知ったんだ

「それで、大丈夫だったよ。父様が、母様が、僕を大事に思ってくれてたのはわかってた。
 だけどそれを何も残さなかったから、僕はまっすぐクリスタを、仲間たちを一番にできたんだ。
 ……有難う、って言っていいのかは僕もよくわからないけれど。だけど、有難う」

 僕たちという親子は、たぶんとてもねじ曲がっている。
 愛情の形も、何もかも。
 だけど、確かにそれでも繋がっていたんだとわかって、僕はなんだか嬉しかった。
 それをクリスタが理解できていたかはわからないけれど。

 クリスタさん。よければ、家の中に……あの子がいた部屋を、見ていってください。
 私たちの、罪の証と、愛の証です。
 私たちにできたのは、その場所を残しておくことくらい。あなたには……それを見ておいてほしいのです」

 母様がそう、クリスタに声をかけた。
 そうして、僕たちは外で立ち話ししていることに気づいて、家の中に入るのだった。

*

 ご両親の言葉に応えて私も真っすぐ背を伸ばして言葉を紡ぐの。
「私こそエルマールに生かしてもらいました。
 彼がいなかったら、支えてくれなかったら。私という人間は今ここに立てていません。
 エルマールを見ていればわかります。お二人に愛情がきちんとあったことは。
 正しいか、間違いかは私にはお答えできません。けれど言わせて下さい。

 エルマールと出会わせてくれてありがとうございました。
 私は彼に幸せにして貰っています。私も彼を幸せにしたいと思っています。
 支えて貰った分今度は私から支えて、支えあって生きていきたいと思っています。私からもどうか、ありがとうと言わせてください」

 エルマールがありがとう、とご両親に伝えるから。
 それまでの時間や愛を否定はしたくなかった。

 案内したい、というのはきっとエルマールがいたという部屋。
「わかりました。案内をお願いします」
 凛とした態度で。私はご両親を真っすぐ見たの。

*

「クリスタさん……貴女は、本当に優しい人、ですね……。
 私たちは本当に、この子を産んであの時まで守ることしかできなかったのに。
 ゆがんだ形でしか守ることができなかったのに……。
 でも、貴女のような優しい人が、エルマールのそばにいてくれて、本当に良かった。
 これからも……エルマールをよろしくお願いします」

 父様はそう、再び頭を下げた。
 
*

「はい」
 私はそう言ってご両親に笑顔を向けたの。
 守るというのは大変な事。多くの人に守られた私はそう感じるのよ。
 それが歪んだ形でも。守り抜いたことに変わりはないと思うのよ。

 そうして、家の中にはいっていく。

*


 案内されたのは、子供部屋。ぼくが暮らしていた……あの部屋。
 何一つ変わっていなかった。あの時から、旅だった日から。
 時が止まった部屋。

「何も……変わってないんだね」
「ええ。何も変わらないように、残したのよ。それくらいしか、私たちにできることなんてなかったから……」

 その、机の上に、一冊の本が置いてあった。
 あの日、もっていってはいけないと止められた、あの思い出の本。
 母様は、それを手にとって、クリスタのほうへ差し出した。

「これは、あの日……エルマールに置いていかせた本です。
 小さなころは、この本をよく読み聞かせしていました。
 私たちの残っている思い出は、この部屋とこの本だけ……。
 この本を、あなたに。この子と……エルマールと一緒にこれからを生きるあなたに、お渡ししたいのです」
「私たちは、欠片の思い出もこの子にあげなかった。
 これから普通にできるとしても、失ったものは取り戻せないし取り戻していいものではない。
 だから、貴女に託したいのです。
 エルマールと、幸せになって下さい。それだけが、私たちが願っていいことだと思っています」

 二人は、そういって再び深々と頭を下げた。

*

 ご両親に続くよう私もお邪魔します、と家にあがるの。
 その部屋は。天気がわかる程度の窓。
 子供が遊べるように出来てはいるわ。いるけど……閉じ込める為の部屋。
 ……エルマールはこの中でずっと生きていたのね……。

 話には聞いていたわ。でも実際みるとそれは、重い事実として理解出来るの。
 人生には色々あるわ。選べない生まれのせいで理不尽に虐げられる人生があるのを私は『知っている』の。
 ただ、自分の目で。愛している人の事実を見て。胸が苦しくなったの。

 本を差し出され、懺悔を紡ぐように私に思い出を託すように差し出すの。
「確かに受け取りました」
 本をぎゅっと抱きしめる。
 それからエルマールの手をとって繋ぐの。

「おっしゃる通り失ったものは戻りません。それでも……
 後悔を抱えるのなら、取り戻すのでなく。これから作り上げていけばいいんだと思います」
 私はなくしてしまった子供の時間を完全に取り戻せたわけじゃないわ。
 エルマールも。人とふれあえなかった時間がなくなる訳じゃない。
 ただ、エルマールは優しい人だから。ご両親が苦しむのを望まないと思うから。後悔だけに縛りたくないと思うの。
「まだこれからがあります。もう理不尽に従うものもありません。
 私はこれから一人の人間として、普通に過ごせなかった時間分……それ以上にエルマールと互いを幸せにしあって生きていくつもりです」
 その時間が少しでも多く幸せになれるように。
「お二人も同じようにどうか、幸せに生きて下さい。次はお互い笑顔で会いましょう」
 そう言って頭を下げたの。

*

「……ありがとう、ございます……。
 これから作り上げていく、それを望んでいいというなら……エルマールがそれを望んでくれるなら……是非、そうさせてください」
「父様、母様……勿論だよ、これから一緒に新しい思い出を作り上げていこう。
 笑って、クリスタが言うように幸せに生きていこうよ。
 僕も、そうしてほしいって思っているから……だから……!」

目頭が熱くなる。
父様も、母様も、僕も……ぽろぽろ涙をこぼして、だけど、微笑んだ。

「幸せになろうね、父様、母様。
 僕も、クリスタと一緒に幸せになるから。
 父様と母様も……どうか、幸せに。そして、次に会うときは、心からの笑顔であえるようにしよう」
「ああ……お前がそういってくれるなら……私たちも救われる。
 そうだな、次に会うときは、幸せに、心からの笑顔で。
 ……次に会える時を、楽しみにしているよ」

涙交じりの笑みを浮かべる父様に、僕は頷いた。
そうして、僕たちは家を後にする。クリスタと二人手をつないだままで。

「またね!」

見送る二人にそういって、僕たちは帰路についたのだった。

*

 絵本は大事に荷物の中。私がちゃんと持って歩くの。
 何を話せばいいか迷って。でも嫌な感じではない。寒空の下の沈黙の中、互いの手がただ暖かい。
 ゆっくりだけどきちんと前に足を進めていたの。

「あ、ここ……」
 そういってエルマールは足を少し止めたの。
「どうしたの?」
「懐かしいなって。ここで僕はソルとフィエゴさんと出会ったんだ」
「へぇそうだったの。途中で合流していたのね」
「うん。懐かしいな……。もう少しいった先で一泊したんだけど初めての外で外泊でさ。すごくワクワクしていたんだ」
「……前から思っていたけど本当エルマールって順応力高いわよね。
 あの場所から出たばかりでそう思えるのは凄いと思うわ」
 私なら不安に思いそうだわ。
「そうかな。あの時はとにかく初めての外が嬉しかったからね」
 なるほど。
 環境に文句を言わず、素直に初めてを楽しめる心はやっぱり尊いものだと私は思うの。そういうエルマールを私は好きになったの。

「あ……雪だ」
 その言葉で空を見上げると、綿雪がふわりと空から降ってき始めたのが目に入ったの。
 どうりで冷える訳ね。流石に野宿は無謀だし泊まれる場所にたどり着かないと。

 でも、その前に。
「私のクリスタって名前はね、水晶があるからだけじゃないのよ」
 空から落ちて来た雪を手で受け止める。結晶のそれはすぐとけてしまう。
「今みたいに雪がふっている日に生まれたからなの。雪があまりに綺麗でまさにクリスタルスノーだったから。水晶がある娘に相応しいって笑顔でつけてくれたって聞いたわ」
 唐突に思えるかもしれない話を私は続けるの。

「……あのね、エルマール。知ってるかもしれないけど貴方の名前は海、そして……ラリマーを発見した人の愛娘の愛称から出来ているの」
 私はエルマールに向き合ってその頬に手を添えたの。
「貴方は間違いなく、愛されているわ」
 余計な言葉かもしれない。それでも言いたかったの。

*

「……そっか、クリスタの名前ってそういう意味もあったんだ。
 僕の名前も……そっか、そうなんだ」

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 クリスタの手が頬に触れる。
 僕はその手に手を重ねて。

「お互い、愛されてたんだね……。いや、知らなかったわけじゃないけれど。
 でも、やっぱり愛されてるって、素敵だよ。
 ……大好きだよ、クリスタ」

 そうして、そっとキスを落とすんだ。
 雪は少し冷たかったけれど、それ以上にお互いの温かさが沁みるようだった。


*


 そして日々は流れ、あの日から十年の日になる。
 頭でわかっていても、心の底にこびりついた不安がどうしても拭えなくて。
 私は私の衛士だった皆に我儘をいってその日の夜、一緒に過ごしてほしいとファシリアの丘に向かったの。
 みんなみんな、いいよって言ってくれて思わず涙ぐんだわ。
 そういえば最初からそうだったわね。一緒にお買い物行こうって唐突な誘いもみんな受けて、一緒にいってくれていた。私達は最初から一緒に行動していたわ。

 守護石が決まってからの私たちはあの日々の中、仲間だった。それでも……どうしたって立場の差があったわ。
 護られる側、護る側。それだけは覆しようがなかった。
 今はもう何も関係ない。ただ、絆で結ばれた相手として側に。同じ場所にいれる。それがたまらなく嬉しいの。
 一緒にいれれば、それだけで不安が飛ぶの。
 大丈夫って安心出来るの。

 私は本来もう死んでいるはずだった――。

 新しい守護石が明日、決まるはずだった。

 そんな日付を超えようとしている。
 みんなでお揃いで持っている懐中時計を開いて時間を確認して、みんなを見るの。

「ねぇ、聞いてくれるかしら?」
 守護石としての、最後の言葉。

「ミーナ、私の事ずっと大事にしてくれてありがとう。
 覚えているかしら。クリスタはクリスタだって。好きだって言ってくれたこと。
 私今でもその言葉が宝物なの。
 あの言葉があったから、私はみんなと居れているんだって思えたの。

 ……ありがとう、側にいてくれて」

「ソルさん、ずっと道を導いてくれてありがとうございます。
 貴方の前向きさ、いつも仲間思いなところ。
 何よりも、私を普通に扱って……いざという時の約束もしてくれていた。
 それがずっと私の心を支えてくれてました。

 ずっと守ってくれて、ありがとうございました」

「コーラリアさん、一杯お世話してくれてありがとう。
 準備をいつもしてくれたり、気を回してくれたり、ずっと頼りっぱなしだったわね。私貴方に大分甘えてしまっていたわ。
 年長らしくしようとしてくれていたの、わかっていたわ。ずっと頼らせてもらっちゃったわね。一緒にお洋服みたりするの本当に楽しかったわ。

 ありがとう、ずっと支えてくれて」

 一人一人にずっと抱えていた感謝を伝える。
 そうして、エルマールに向き合ったの。

「……なんか、今更言う事ももうないかもしれないわね」
 言いたい事、伝えたい事はもうだいぶ伝えたもの。
 私が彼に伝えるべきは今までの感謝より――

「エルマール、私は貴方を愛しています。
 ずっとずっと――。
 苦しい気持ちを抱えさせてばっかりだったのに……ありがとう。

 私はこれからは貴方を幸せに、したいの。
 私の手を、取ってください」

 そう言って手を差しだしたわ。

*

 差し出された手に、僕はちょっと苦笑した。

「先に言われちゃったね。幸せにしたいって。
 本当は、それは僕から言いたかったんだけど……でも、それも僕たちらしい気がするね。
 あの日からずっと、君は僕より先を行っていたから。
 でも……これからは、一緒に歩んでいこう?同じ速度で、ゆっくりでいいから」

そうして、差し出だされた手を取る。

「僕も、貴女を愛しています、クリスタ。
 どんな気持ちも、すべて今の幸せに繋がってるから大丈夫。
 これからは二人で……幸せになっていこう。
 ……愛してる、大好きだよ!」

 僕は心からの笑みを浮かべて、クリスタを抱きしめた。
 それが……僕の答えだった。

*

 そういえば私は過去の記憶があるから、精神年齢は上なんだから、この人を間違った道に進めないようしないとって思っていた節があったわね。たらしの素質があるわ……って思っていたころが懐かしいわ。
 これからは先を歩くでなく、護られるだけでなく。隣に……いれるのね。

 抱きしめられるまま私もエルマールに飛びついて、自分からキスをしたの。

「――はいっ!」

 後は笑顔を向ける。それ以上の言葉はいらなかった。
 そうして、私は死ぬはずだった運命を超えた――


 私達は初めて出会った時と同じ花咲く季節。
 結婚式を挙げた――


 やめる時も、健やかなる時も。これからの困難も共に乗り越えることを誓う。

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 誰に隠れることもなく
 誰に秘密にする事もなく
 
「私、生きていてよかったわ。
 この世界で、宝石をもって生まれてよかった」

 そうでなかったら皆に、この人に会えなかった。ありふれた一つ一つをここまで愛おしく感じれなかったと思うの。

*

「僕も、生きていてよかった。
 この世界で、この宝石をもって生まれてよかった。
 君に会えたすべてに、感謝するよ」

 そうして誓いを重ねて、僕たちは微笑んだ。


 季節外れの白い空からの贈り物が、青い花びらと共に祝福をくれた――


                                      ―fin―

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