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 ― 一幕 ―

 「うふふ、今日は付き合ってくれて有難う」

 戦いを数日後に控えた今日、のんきに買い物に繰り出す。だって、世界を輝かせたいと思っているのだから、まずは自分が輝かなくては話にならないでしょう。

 お洋服も、コレクションしているティーカップも、甘い香りのアロマキャンドルも……ああ、何から見て行こうかしら。

 一方、オスヴァルトはどうだろう。女の買い物に付き合わされるのは、一般男性的にはあまり好ましくない状況と聞くが。*

 「別に。お前一人だけだと歩かせられないだろう。」

 素直じゃないとは承知している。なんだかんだ言って心配はしているのだ。

 これでもパートナーの一人くらいは大事にしようとは思うのだ。今だにそれを認められないだけで。

 「……そこの店とか良さそうだけど?」

 多分好みの物を置いていそうな店を差しつつ言う。*

 一応心配くらいはしてくれているのね。こういった些細な所から、彼の本心を抽出しなければならない。気難しい相手ではあるが、それにも少しだけ慣れてきた気がする。

 SoAは隣人が多く在籍しているが、それでもこうして街を歩くと、はた目から見ても異質だと分かる自分のような人間は浮く。でも気にしていない。だってお花は綺麗だもの!

 「そう。貴方はそのお店が私に良さそうだと思ったのね。偶には選んでみてくれない?人の意見を聞くのは大事なことだもの」

 自分で選べばつい、似たようなものを選んでしまいがちだ。そして、気安く遊びに出かける男子は自分にはいない。男子の意識調査と行きましょう!

 もっとも、彼を一般男子の基準にしていいのかは、甚だ疑問だが。

 「それが終わったら、私も貴方に良いものを選んであげるわね。大丈夫。自信あるわ!」

 と、さらりと自分の趣味を押し付けるチャンスも逃さない。因みに自信に特別な根拠はありません。*

 「は!?なんで僕が…。……と、とりあえず店、入るぞ。」

 思わず叫びそうになり、ちょっと一旦落ち着かせるために言葉を切る。

 そして、後の事は後で考えようととりあえず店に入る事を提案する。

 「僕のはいい、自分で選ぶ。というか、そもそもお前の好きそうなものは僕には必要ないし。」

 相変わらずの素直ではない言葉ばかりが出て、ついついキツイ物言いになってしまう。*

 彼に続いて、お店に入る。日頃の自分のテイストを意識したチョイスだろうか。

 「何のために2人で来たと思っているの?普通に1人で買うのなら、貴方を誘う必要はないでしょう。私たち、もっとお互いを知った方が良いと思うの。その一環です」

 ショーケースを眺めながら、こともなげにそう言った。ステラナイツとして、文字通り一心同体で命をかけて戦う身。心がちぐはぐであったなら、それはきっと戦いにも影響するだろう。

 まぁ、譲れない願いが同じな時点で、ちぐはぐと言うことは無いのだろうけれど。

 「そうね。いい機会だからはっきり言うわ。別にそれが悪いことだとは思っていない。でも貴方は少し分かりにくいわ。だからこういったありふれた所から、貴方を知ろうという作戦なの。お分かりいただけたかしら?」

 頂けなかったとしても、聞く耳を持つつもりは無いのだが。相手が素直じゃ無い分、こちらが引っ張らなければという、謎の使命感にかられつつある。あと多分だが、彼は押しに弱い。*

 「…っく、た、確かに……。」

 論破された、正面から。

 「いいよ、今回は負けを認めてやる。でも、無駄遣いはするなよ?いいな?選ぶのは任せるけども、買うか決めるのは僕だからな!!」

 その辺は(主に財布事情)どうしても譲れないのである。*

 やっぱり押しに弱いのね。もう2,3手手数がいるかもと覚悟はしていたが、あっさり折れてくれたので、では存分に好きにさせて貰おう。

 「もちろん、買うかどうかまでは強要しないわ。言ったでしょう。お互いを知るためのキャンペーンだと」

 店内をうろうろし、ピンときたものを見つけては、彼の身体にあてがった。彼は、キャラの割にはと言ったら怒られるかもしれないけれど、きちんとした格好をしている。好ましい。

 だから、そのままでも良いとは思っているのだけれど……。

 「これなんてどう?学生なんだし、もっと隙があってもいいんじゃないかと、私は思うわ」

 黒いTシャツに、臙脂色のベスト。ネックレスの1つでもつければ、バランスが良いのではなかろうか。*

 「…なかなかいい物選ぶじゃないか。」
凄くかけ離れた物でも選ばれるかと若干警戒していたが、思ったよりも趣味に近かった。悪くない。

 「じゃぁ、僕の番だな。……これなんかどうだ?」

 可愛らしくて涼やかな白のレースのカーディガンと、シンプルなデザインのブレスレット。これから暑くなりそうな時分に使い勝手の良さそうな物を見せてみる。

 「これなら、わりと何にでも合わせやすいと思うぞ。」*

 中々清楚なチョイスですね。手堅い。なんて思案する。

 「お眼鏡にかなって何より。貴方も乗り気じゃなさそうだった割には、良いものを選んでくれるのね」

 「こういう子が好みなの?ちなみに私はそういう基準で選びました!」

 にこやかにそう言った。勿論、相手に似合うものであることは大前提であるけれど。見目は決して悪くない。もう少し辺りが柔らかければ、女子人気なんて簡単に上がりそうだ。

 「貴方そういう話全然しないじゃない?そういう話もこういう話もしないわね……。ペアであるのに由々しき事態。逆に聞きたいことがあったら聞いても良いのよ?私に答えられないことは無いわ」*

 「言っただろ、お前の好きそうなもの置いてそうな店だって。そういう基準だ。文句あるか?」

 恥ずかしかったのか、目線は外して言う。

 「し、仕方ないじゃないか。その、なんだ。こういう機会でも無いとそんな話することも無いし。」

 元より色々違って、出会う事も無かった二人だったかもしれないのだから、なかなか話も出来ない。

 そもそも女子とはあまり話さないし、話そうとも思わない。*

 「誰も文句を言う素振りなんて見せていないじゃない。ふふふっ。"こういう機会"が作れたのなら、作戦成功ね」

 別の階梯から引っ越してきてそれほど経たず、彼と出会ってステラナイツとなった。お相手様の気難しさもあり、日夜うるさいくらい話しかけることを信条としている。

 そして私は次第に慣れた。今度は彼に慣れて貰わなくては。

 「あら、ヒルガオのネクタイピンとヘアピン。可愛いわね」

 そんな中見つけたのは、互いのパーソナルフラワーである、青のヒルガオ。値段もそんなに高すぎず、出来も良いように思った。

 「ではこれを今日のご褒美且つ、今後さらにお近づきになることへの願掛けとして、進呈しましょう」

 服の件は何だったのか……。と自分でも思いつつ、レジへと向かった。*

 「……いいよ、今日は全部僕が持つ。でも、今日だけだからな!」

 横からさっと割り込んで服も纏めて清算を頼む。

 「これとこれは分けて個別で包装お願いします。あ、そっちはプレゼント包装も付けて。」

 アリアドネに渡す分はキチンとラッピングも依頼する。

 「ほら、プレゼント。ちゃんと使えよ。」

 商品を受け取った後、少し乱暴かもしれないが、押し付けるように渡す。*

 いや、この流れで全部買いますか?別に嫌だとかではないのだが、流石に全部は申し訳ないし、何よりも会計と言うショッピングの終盤で、急遽男気を発揮してきたことに驚いた。

 「あらあら、付き合ってくれたお礼にするつもりだったのだけれど、貴方の行動力を侮っていました。このご恩には報わなくてはいけないわ。でも有難う。嬉しい」

 にこやかに、綺麗に包装された贈り物を胸に抱く。どうしましょう。嬉しいけれど……私は恩はきちんと返さないと気が済まない性質なのよね。

 「そうだ。戦いが終わったら、また遊びに行きましょう!その時は、私が持つから。異論は認めません」

 よし、抜かりなく次の約束の申し出もしたわ。地道に距離を縮めていきましょうか。きっと私たちの戦いは、短くはないもの……。

 「次は私、映画を見に行きたい!あなたはどんな作品が好き?」

 こうして、あの手この手で情報を引き出すのだ。パートナーを尊重できる相棒でありたいから。*

 「……あのさ、なんかそれ、死亡フラグみたいだから止めろよな。」

 「そんな約束なんかしなくても、またそのうち行けばいいじゃないか。」

 「映画なら、アクションの方が良い。恋愛とかドラマ物はあまり好きじゃない。それでもいいなら付き合ってやるよ。」

 いい加減ウンザリしない事も無い。ただ願いの方向性が一致しただけのペアではある。でもお互いが欠けたら何も意味が無い。

 だから妥協はしているのだが…。そもそもが素直ではないし、女子とはそもそも話もしないで来たツケがが今頃来たのだろうか?

 ともかく、困惑しながらも少しずつは歩み寄れてる……と思いたい。*

 死亡フラグと言う言葉に吹き出した。確かにその通りだ。

 「死亡フラグもそうだけれど、そのうち行くも絶対来ないやつよね?」

 「そういう訳にはいかないから、約束しておくの。大丈夫。私は負けない。貴方も頑張ってくれるのよね?」

 「だから大丈夫。私は何も心配していないわ。所で映画のジャンルですが、私はロマンス物も好きなので、贅沢に2本立てにしましょう!」

 "約束"と強調して、小指を差し出した。ご褒美があるなら尚頑張れる。私はそんな現金な質です。繋がった以上、絶対離さない。だから一緒に頑張りましょう。そう胸の内で呟いたのだった。*

 「むぅ…確かに。わかったよ、約束する。」

 仕方ないので今回は折れてやる。と胸の内で反論は欠かさない。

 「で、でもロマンスものと二本立ては嫌だ!!……寮の部屋でDVDとかなら妥協はするけど。」

 映画館でロマンス物を見るのが嫌なだけなのだが、なんだか別の意味でなんとも言えない事を言ってる事に自覚は無い。

 「あとさ、その……戦わせる側でその、ゴメン。」

 変われるなら変わってやりたいが、それを曲げることは出来ない。何時か変えてやりたいとは思うのだが。*

 さらりと女子を部屋に連れ込むフラグを立てましたね。これは天然?それとも計算?なんて野暮な事を考えていたら、戦わせてごめんなんていうものだから。

 「こちらこそ、いつも私を守ってくれて有難う」

 先ほどまでの茶化した感じは一切捨てて、心からの感謝を伝えたのだった。*

 「いいよ、そういうの。勝ってからでさ。………絶対に勝つからな。ちゃんと守ってやるから。」

 相変わらず目線は外したままだが、少し耳の辺りが赤くなっているのが見えただろうか?**

 

 ― 二幕 ―

 

 日の光が差し込む温室は、気に入っている場所の一つだ。ここには自分のような人間はそうそういない。自身から植物の生えている自分でも、周りの草花と同化して目立たない。

 此方に引越して、SoAに通いだしてからと言うもの、殆ど実家には帰っていない。いつナイトとして招集がかかるか分からないし。

 聞いたことは無いが彼の家は、家族はどんな感じなのだろう。少なくとも、一般的な人間ではあるとは思うのだが。

 「貴方、あまりご実家には帰っていないのかしら?そんな話、聞いたこともないけれど。私はずっと帰っていないのよね。時々電話はするのだけれど」

 時々、こんな人間は自分だけなんじゃないかと、そんな錯覚を覚えるのだけど、それは言わない。自分がおかしいのだと気にしだしたら負けだと思っている。*

 「家……か。そんなの知らない。いや、知った事じゃない。」

 「ただ、今はまだ世話になってるけど、何れは出る所、それだけだ。」

 吐き捨てるように言う。

 あまり良い思いでも記憶もない。それなりの家である為、金銭面で不自由した覚えは無いが、それ以外に良かったことなど

 何一つとして無かった。それだけだ。*

 あんまり良好な関係とはいいがたそうだ。深く突っ込まないであげるのが優しさだろうか。自分たちのような人間に、2級市民と言う言葉があるのは知っているが、そうでない人にも悩みは尽きないらしい。

 「独り立ちする気しかないのね。まぁ、いずれは誰しもそうなるわよね。私はどうかしら……まだ見通しはつかないけれど」

 親の仕事を手伝うあたりが無難な進路だとは思う。ここに残るにしても、やはり隣人の肩身は狭そうだ。

 「お母様は幸せな時に、花を咲かせる人なのよ。結婚式の時には、頭上の花が花冠のようで、とても美しかったと聞いているわ」

 写真も見たことがある。確かに見事だった。自分は何故か、戦う時に眼窩に花が咲く。右目に咲く白い花。

 「私の花。ナイトになった時に咲く右目の白い花は、私の体質によるもの?それともステラドレスのパーツの1つなのかしら?」

 パーツの1つなら、彼はそのことを知っているのではないか、と思って聞いてみる。*

 「悪いか?正直あまり家族というものに理想も希望も持てない。それだけだ。」

 「……無理にすぐ決める必要はないと思う。ステラナイトである限りは卒業しても関係者として働かせてくれるだろうしな。」

 全く将来の事を考えていないわけではないので、多少は知識もあるので、そう付け加える。

 「ふーん。花、か…。正直意識はあるけど、どういう外観になってるのかはわからないな。」

 身体が違うものになっている…という感覚はあるが、詳細は自分でもわからないので、素直にそう伝えた。*

 希望の持てない家族。胸の痛むワードだ。幸い自分は、過程に不満を抱くことは無かった。多分これからもないと言えるくらい円満だ。

 「そうよね。まだ学生だし……」

 ステラナイトである限りと言う言葉が引っかかる。道を違えてしまう者もいると聞く。自分は心配していないが、絶望にかられた挙句、世界から見捨てられてしまうのだろうか。

 それは何とも可哀想だ。だから自分は、過たず戦い続けねばならないと、改めて強く思う。

 「あら、てっきりドレスはシースの趣味が反映されるのだと思っていたわ。貴方の意識が反映されているどころか、どんなものかも知らないのね」

 意外な事実にびっくりした。そうなると、あの花は自分の体質によるものである可能性が高そうだ。

 「それは残念ね!とっても素敵なドレスなのよ?写真か何か撮れたらいいのだけれど」

 そう言って笑った。背中ががら空きのミニスカート、獲物は鞭だと言ったらどんな反応が返ってくるのだろうか。*

 「わからないな。でも意識だけはある。お前がどう戦ってるのかも、見える。」

 少し恥ずかしいのか、視線を逸らしながら言う。

 「う、べ、別にいい……。どんなになってるのかなんて見たくない。」

 更に恥ずかしさが増したのか、背けた顔に熱が集まるのはわかった。*

 所謂FPS的な視点なのだろうか。それも楽しそうとぼんやり考える。

 「仮に貴方がブリンガーだったとしたら、どんなドレスが良いかしら?武器は銃が似合いそうだけれど、遠距離攻撃は出来ないのだったかしら?」

 今まで共闘したナイトはそんなに多くはないものの、皆近距離用の武器だったと思う。

 「スナイパーライフルなんて良いと思うわ!近距離だったらうーん……思いつかないわね」

 あくまで妄想なのだから、何を言おうが勝手だが、あまり接近して戦う姿が想像できなかった。*

 「ドレスじゃなくて、普通の服がいい。動きやすい奴。」

 付き合うギリは別に無い。でも全く考えた事が無いことでも無かったので、そう答える。

 「スナイパーライフル……お前、お嬢様みたいな見た目と言動しておきながら、なんでそんな事知ってるんだ?」

 彼女の知識の出どころの方が気になった。*

 「折角だもの!普段絶対着られないような服にした方が楽しいじゃない。毛皮のマントをかけた騎士服とか」

 貴族の肖像画等を思い浮かべながら、想像上のオスヴァルトに着せてみる。きっと似合うと思う。

 「私の元居た階梯ではそう言った物騒なものは存在しなかったけれど、だからこそ興味がわくのよ。スナイパーライフルは映画で見たわ」

 アクションのスリルと、ロマンスのドキドキを詰め込んだ名作映画を思い出す。言葉にはしていないが、FPSなんて言葉も知っているくらいだ。*

 「嫌だよ、そんな暑苦しいの。寒いなら考えてやらないでもないけどさ。」

 顔を顰めて心底嫌そうに言う。

 「映画、か。こっちに来てから観たのか。」

 正直、彼女の好奇心は偶に底がしれないなと思う。素直に今は感心していた。*

 「それなら心配はいらないわ。暑いとも寒いとも感じたことないもの。多分真冬にあのドレスでガーデンにじっとしていても、寒いとは思わないんじゃないかしら」

 よく分からないのだけれど、あの場所はそう言った概念から隔絶されているのではないだろうか。衣替えの必要はなさそうだと思う。

 「ええ。未知の世界に入るのなら文化を、特に映像作品はとっかかりとして最適だわ。本や絵画では情報量が限られているもの。だから映画を見るのは好き」

 味や匂いは流石に分からないけれど、それならそれで気になった物を実際試す楽しみが生じる。そうやって、自分はこの世界を知った。*

 「そうか。ドレスになってるとその辺はわからないからな。」

 自分の身体感覚自体がほぼ無いから、その辺は本当にわからない。

 「なるほど。そういえばお前、こっちには引っ越してきたんだったか。」

 確か経緯はなんとなく聞いていたはずなので、そう聞き返した。*

 シースには、見ることしか出来ないのだろうか。しかも、視界は割と狭そうだ。自分とは違う者の話は、興味深いものだ。

 「ええ、そうよ。お父様のお仕事の都合で……私も別の階梯に来ることになるとは思わなかったけれど」

 これに関しては少々不思議だ。一生そこに住まうと思ったから、両親は自分に婚約者をあてがったのではないかと思う。引越しの話も急に持ち上がった。

 結果的に、今が楽しいならそれで良いと思っているくらい、あまり物事を深く気にしない性分だ。今は叶えたいこともある。守りたい人もいる。そんな自分は、きっとかつての自分よりも光に近いはずだ。

 「映画を見るって約束したわね。今、一生懸命どれがいいか選定している所なのよ。明日頑張って戦って、祝勝会をしないとね?」

 勝つ気しかない。明日は確か、エクリプスが相手だった筈。自分たちの為にも、絶望に飲まれた相手の為にも、勝たなくてはいけない。そして、眼前にご褒美をぶら下げるのは、とても効果的。*

 「親の都合、か。でも不満はないんだな。」

 ごくわずか、羨みからくる気持ちが少し嫉妬のように刺さる。

 「そういえば、そんな事も言ってたな…。でもロマンス物は嫌だからな、その時は僕は帰る!!」

 断固拒絶という姿勢を見せておいた方がいいだろうと、少し強めの語気で言う。*

 「ちゃんとアクション物も用意するわ。それにあれって映画館で見るのが駄目なんじゃなかったかしら?帰る先で見れば問題ないという事よね」

 最悪、表向き別ジャンルのロマンス控えてる映画を選べばいいだけのこと。ジャケット詐欺など今日日珍しくない。

 「2つ見るのに映画館だと大変じゃない。借りてきて寮で見ましょう。お菓子やお茶も用意して。これなら隣席ガチャで痛い目見ることもないし」

 あとは相手にYesと言わせれば完了だ。*

 「うっ、あ、ああ…うん。そう、言った……な。」

 自分の言ったことには責任を持ちたい。其処を突かれるのは正直痛いのだが。

 「そうだな、それなら良い……とは、言った。その代わり、内容は精査させて貰うからな?」

 最後の防衛ラインでそう付け加えるのが精いっぱいだった。*

 ちょっとあやふやながらも、肯定の意を勝ち取った。内容の精査など、精々ジャケットのあらすじ欄くらいだろう。問題ない。

 「分かりました。そこまでして見たくないのね。内容を精査するからって、ネタバレまでは見ないでね?流石にそれは、どんな名作相手でも楽しくないわ」

 「じゃあ、明日の戦い頑張りましょう。きっと、無事に終わるわ。そしたら祝勝会の折には、私が頑張った後だというのはお忘れなく?」

 念のために文句を言い難い言葉をつけ足して、明日に備えることにしよう。これでまた頑張れる。それを繰り返せばきっと、ゴールに辿り着くだろう。*

 「ううう、わ、わかったよ。お、男に二言は無い!」

 うっかり意地を張ってしまった。これは負けしか見えないのでは?とは思うものの、素直に反応できた事なんて極わずかだった。

 「そうだな、僕たちが負けるはずはない。それだけは約束しよう。」

 「だから、明日も頼む。未来の為に……。」

 最後の言葉だけは、真摯に願う様に言う。*

 「ええ、任せて。私たちは負けないわ」

 花が咲くように笑むと、ガーデンの方向に目をやる。こめかみに差したヘアピンのヒルガオが、きらりと光った。**

 

 ― 幕間 ―

 

 もうすぐ戦いが始まる。その前に、景気づけにハーブティーを1杯。目を覚ますようなペパーミントを、ゆっくりと飲み干した。

 貴方も良かったらどう?と勧めたそれはどうだったか。気合を入れて、茜色をに染まっていく空を見上げた。

 「今日も頑張りましょう。どうぞ宜しくね?」*

 「貰おうか。」

 素直に進められたお茶を受け取り一気に飲み干す。

 「っう、ちょっと一気飲みするような物ではなかったな……うぐぅ……。」

 「ああ。……毎度、まかせっきりで悪いとは思うが。頼む。」*

 「まぁまぁ、時間に限りがあるからって、そのように一息にいくものではないわ」

 最初に言っておくべきだったろうか。今となっては後の祭りでしかない。咽る彼が落ち着くのを待った。

 スッと立ちあがり、ヘアピンのヒルガオに触れた。

 『戴くのは星の冠、そして私たちは光となる―――』*

 同じく、ネクタイピンに触れながら同じであり少し違う言葉を紡ぐ。

 『戴くのは星の冠、そして僕たちは光となる―――』**

 

 ―エピローグ―

 

ステラバトルが終わってから数日経過、何とか許諾を得た映画のディスクと紅茶、お菓子を手にオスヴァルトの部屋を訪ねる。

 控えめにドアを数回ノックして

 「こんにちは!祝勝会開催のお時間です」

 それだけ言ってじっとドアの前に立つ。*

 「え、お、あ……うう、今頃、かよ…っ!い。いいけど、ちょっと待て!!」

 慌てて片付ける。凄く散らかってるというわけでもないが、男としては見られたくないものもあったりする。そういうものだ。

 「い、いいぞ。ただ、その…あんまりあちこと見るなよ?」

 一応予防線を張る*

 「大丈夫。男子部屋のベッドの下は見ないであげるのが、淑女の嗜みよ?」

 意に介せず部屋に侵入した。近場のテーブルに持ってきたものを、並べる。

 「ちゃんと許諾を得た2本を持ってきました。これで良いのよね?」

 アクション物と、そしてパッケージを見る限りではどう考えてもファンタジー映画にしか見えないけれど、実は最終局面で勇者と姫が結ばれる胸熱ラブロマンス映画のディスクを差し出す。

 しかもアクション物の方は実はレビューで評価の高くないものをチョイス。価値観を逆転させる作戦は万端だ。*

 「う、そういう事は言うもんじゃない。淑女の価値がガタ落ちだぞ。」

 思わず注意してしまった。どっちもどっちだとは思うのだが。

 「お前チョイスか…借りる時に声かけてくれればよかっ…あ、いや、何でもない。」

 また意図せずデートみたいなことを言いそうになったので、思わず取り消す。

 「うーん、まぁ、いい…かな。」パッケージをひっくり返してみたりしながら言う。*

 「この程度、価値に傷がつくようなものではないわ。じゃあ、次の鑑賞会は貴方の任せましょうか?その時に同行するわ」

 また祝勝会という事になるのだろうか。名目はまぁ、なんでもいいけれど。

 ディスクをセットして、お菓子を広げる。定番のポップコーンに、マカロン、チョコレートもある。

 「この間の子たち、大丈夫だったかしらね。当たり前だけれど、大分ショックを受けている様子だったわ」

 先日戦ったエクリプスの少女を思い出す。彼女の驚きようを見ていると、それが自分に降りかかってもおかしくないことを嫌でも実感させられる。*

 

 「いや、だからいいって……でもお前のことだから、どうせ強行するんだろうな。……はぁ。」

 多分変わらないであろう結末、あるいはほぼ確定した未来予想図にため息を吐く。

 「知らないな。いずれにせよ、僕たちが関わる事は無いだろうし……それに、多分、だけど……めっちゃ固かったし、多分過保護なシースがついてるんじゃねぇか?」

 「きっとそいつがなんとかするだろうさ。」

 なんとなくの予想を述べる。*

 過保護なシースという言葉に思わず吹き出してしまった。

 「そうね。可愛らしい子だったもの。きっと大事に大事にされているのでしょうね。防御は本当に、中々攻撃通らなかったわね……」

 相手のことは何も知らないが、何となく想像できてしまった。想像というよりは、妄想だろうけれど。

 「私があんなことになったら、貴方も同じようにしてくれる?」

 意地の悪い質問をする。ナイトとしてみれば、自分は機動力の高い方で、防御はそれほど高くはないが、この辺りもナイト個々人の資質が現れるのだろうか。*

 

 「……なんだよ、珍しく嫉妬か?」

 あまり聞かないような事を言うものだから、つい揶揄う様に問い返してしまう。

 「さぁな。頭がおかしくなってたら、どうなるかわからないしな。僕なら、防御よりも攻撃特化にするかもな。」

 と答えた。*

 「焼きもちを焼いてもらえるお立場だと自認されているのね?さてそれはどうかしら」

 「単純に聞いてみたかっただけよ。私たちはまだナイトとしてのキャリアはそこまで……でしょう。そうなるまでには、何とかして貰えるくらいの信頼関係を築きたいものだわ」

 「もちろん、そんなことにならないようにするのは大前提だけれど。まぁ、これからも頑張りましょうという事。パートナーは変わらないのだから」

 攻撃特化……どちらかというと、共闘したステラナイトにそんな印象を抱いた。性別も関係するのだろうか。その辺りはよく分からない。

 「また1歩、光に近づいていると良いわね」

 闇落ちなんてしていられない。私はその対極でなくてはいけないし、世界をそう変えたいと願っているのだから。*

 「な、お立場!!そういうこというのかよ、珍しく可愛いこと言うなとか思ったのに!!」

 「別の女子に対して可愛いとかそういうのお前、あまり言わないだろ?だからだよ。」

 彼女はあまり他人をうらやむような事は言わない。それでついそう言ってしまったのであった。

 「……信頼、か。善処はするさ。」

 「す、少しはその、お前の事、多少なりとも理解は出来てる、と、思うし。」

 パートナーは変わらない。その一言に心底安堵したのは秘密だ。

 「ああ、そうだな。少しずつでもこのロクでもない世界が良い方に変わるなら、僕はお前の盾であり剣となり続けてやるさ。間違えるなよ?」

 何度戦いを経ても、闇に飲まれてしまった敵は恐ろしい。だから、彼女にはなんとしてもそうなって欲しくはない…のだが、それを素直に言う気はまだない。*

 「そんなことは無いつもりだったけれど。綺麗なものは綺麗というし、可愛ければ可愛いというし……好きだと思えば好きだというわ。貴方ほど強情じゃないつもりだったけれど」

 まぁ、他人から見てどう見えるかなんて、その人個人の自由なのだから、そう見えているのならそれも仕方のないことだ。

 「でも確かに、羨むようなことはあまりしないわね。そうさせる何かが自分には欠けているのだから、どうしても欲しければ羨んでないで実行するタイプだし」

 そうして願ったことが、世界が光であることなのだ。

 (貴方はきっと、あまり意識をしていないわ。私はそんな素振りを見せないだけで、本当は少し……孤独だ)

 「ではさらに理解を深めるために、映画を見ましょう。アクションの方はあまり詳しくないから、面白いかどうか保証できないけれど、こっちのファンタジーは知る人ぞ知る名作らしいわ!」

 (貴方というただ1人のパートナーの存在が、私を孤独から遠ざけてくれていることを、きっと貴方は知らない。今はまだ教えてあげるつもりもないけれど)

 「それに、もう私をそこそこ知ったつもりなの?まだまだこんなものではないのよ?深淵を覗くものは深淵に覗かれているのだから」

 先に見るのはアクションにしておこう。ファンタジー(ロマンス)を先にするとクレーム対応で今日が終わりそうだ。

 「間違えてしまわないように、私の手を離さないで頂戴ね?」

 にこりと笑うとディスクを挿入した。*

 「強情、か。お前だってそう変わらないと思うけどもな。」

 良くも悪くも、自分の道を通す、それは言い方を変えてしまえば強情とも取れる。

 「はは、だったら強情同士お似合いってことなのかもな。」

 「う、なんだよそれ、僕の底が浅いとでもいいたいのか?なら受けて立つからな!」

 やっぱりムキになってしまう。大人げないとは思ってる、思ってはいるのだ。

 「ふーん…何か、ありそうな気もするけど……。退屈だったら僕は寝るからな。家主だし。」

 そういうと、ベッドに陣取る。*

 「あら以外と気の合う2人ってこと。それは何よりだわ。じゃあ映画の趣味も合うかしらね?」

 ベッドで寛ぎだす彼を見て、女子を部屋に招いてその態度はどうなのかと思うが、そこは咎めないことにする。そろそろ紅茶も丁度良い感じ。

 ティーカップをコレクションしている自分だが、先日とても良いものを見つけて、2客買った。青い昼顔が描かれた、上品なデザイン。

 「では、戦いの勝利を祝して」

 彼の傍に、紅茶を注いだカップを1客置く。

 「乾杯♪」

 カップでやるのは少し危ないが、零れないように気を付けつつ、勝利を祝った。**

 「だと、いいけどもな。」

 そこは少しばかり不安があったので、そう答える。

 「ああ、僕たちの勝利に。」強くぶつけないようにしてそっとカップを寄せる。

 「ああ、そうだ、言い忘れてたけど。」

 「もし間違えそうになったら、僕が引き戻してやる、覚悟しておけよ?アリアドネ。」

 少しはこれで信頼を示せただろうか?と思いつつ、そう告げた。**

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