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「はぁー…もうこんな時間か。すっかり遅くなっちゃったな」
雑貨屋には、時間泥棒が居る。
たまたま通り掛かったアンティークショップが、来週会う予定だったネイバーの子への手土産に丁度いいかと立ち寄ったのが午後7時。そんなに広い店でもなかった筈なのに、空はもう、子どもだったらおやすみの時間だ。
「あれこれ見てると気が多くなるもんなんだな。ごめんルカ。こんな時間まで付き合わせちまって」
商品を眺めていると色んな顔が浮かんでくる。これを誰に渡すとどんな反応をしてくれるか、なんて。
とても楽しい一時ではあったけれども、彼は退屈しなかっただろうか? 今度埋め合わせに何か奢ろう。そんなことを思い浮かべながら、隣を歩く友人に苦笑いで詫びるのだった。*


「いいえ、全然」貴方と過ごす時間が何よりも大切ですから、とは続けない。
その代わり、満面の笑顔を添える。
メルに選ばれた品々。それを手にするネイバーの子供たちの笑顔。それは、きっと、今の自分の笑顔と似ているだろう、と想像する。
「ぼくも、『王子』に縫いぐるみもらったことがありますからね。プレゼントは嬉しいものです」
何より、貴方からのが嬉しかった、とはまだいわない
「それに、ここはとても良い雰囲気です。時間は全くきになりませんよ」
「アクセサリーから置物まで、見慣れない古い機械は地球時代のもの?眺めていると、とても不思議で、とても楽しい」
貴方と二人だから、より楽しいのですよ。
「…あ!そういえば、ぼくペーパーウェイト欲しかったんだ。ちょっとそっちのコーナーにいってきます」*

 


「そっか、ルカも楽しめたなら良かったよ」
ルカの笑顔を見ると安心する。仕事柄、色んな人の表情を見てきたけれど、こんなに幸せそうな笑顔を自分に向けてくれる人はきっと、とても貴重な存在なんだと思う。
「あぁ、あのぬいぐるみか。あれ実は両方とも手作りだったんだってさ。将来すごい作家になるよ、あの子」
どうやら自分が商品選びに唸っていた間も色々見て回っていたようで。ルカもこういうの好きなのか、と友人の新しい一面を見たような気がして——数年の付き合いでもまだまだ知らないことはたくさんある。そんな些細な発見がなんとなく、嬉しくなったり。
「お、りょうかーい。俺もいっこ入り用思い付いたからそっち行ってるな」
付き合ってくれたお礼に買ってあげようか迷ったけれども、ひとりで好きなものを見る楽しみもわかるから。それなら別のものを考えた方が良いだろう。
あいつ何だったら喜んでくれるかな。ちょっと前まで隣に居た様子を思い返しながら選ぶちょっとした贈り物は、片手に抱えるプレゼントたちの中でもとびっきり思い悩んだに違いなかった。*

 


「すごいな、手作りでしたか」それがまた自分達二人の髪の色目の色に似ていたなんて、なんという偶然。そういう気持ちも含めて、声には感嘆の響きを載せた。それから、自分の求めるコーナーへ。
店内はさほど広くもない。そして上手にコーナー分けされているのだが、雰囲気を出すためなのか飾り棚や仕切りの配置がちょっとした迷路のように配置されている。
そんな距離感なので、お互いの姿は見えなくても、ルカと店員が話す声はメルにも聞こえるかもしれない。
「綺麗だけど、そんないわくつきなんですか?」
一見ステンドグラスのようにも見える、綺麗なペーパーウェイトが二つ。
「建物の?瓦礫から見つけて、研磨したと?ネイバーの子が?」
ロテアラ、とか、きちんと名称は伝わっていないが、怪物にやられた…その跡地から拾ったものだそうだ。
いわくつきなので、綺麗だが売れ残っているそうだ。そういう曰くは…むしろ自分たちステラナイツは、覚えておかねばならないことなのではないだろうか。
「では、これを二つください」店員にそう言って、一つ一つ個包装してもらう。それから、「メルさん…!」と少し大きめの声を出して呼んでみた。
応えがあって、メルが近くにきてくれたなら
「これ、ネイバーの子が作ったペーパーウィエイトなんですって。もしよかったら、一つは貴方にプレゼントしたいのですが」*

 


悩みに悩んで手にとった品を、未会計のカゴに詰めた頃に声が掛かった。はいよ、と飾り棚を回り込んで歩み寄る。その手に握られていたガラス細工を一瞥し、先程聞こえてきた会話に得心したのだった。
「はは、俺がルカにプレゼントする気満々でいたのに。じゃあ、交換ってことで」
良いよな?そう笑い掛けて先に会計を済ませてしまおう。包装紙を開けるところからがプレゼントだろう、中身はお楽しみだ。
「お待たせいたしました。次のお客様、どうぞ?」*

 


中身はお楽しみといわれて、目を丸くする。
「や、ちょっと待ってください。この間、ぼくがおごってもらったばかりなような…?」
「……あ、でもプレゼント交換嬉しいので…頂きます?」嬉しいという言葉が漏れ出てしまって、ちょっと気恥ずかしかったので、まるで奢ってもらった時のように軽くちゃかした言葉で〆る。
昔絵本でみた、あのタイミングだ『賢者の贈り物』というやつ。以心伝心…?
ステラナイツ、という絆がそうさせるのだろうか?
それでは、決闘を勝ち抜いたら、あるいは負けてしまったら……未来のふたりはどうなるのだろう。
「え、あの、えーと。次の戦いが終わっても…」
ツバメというよりは、ひな鳥のような眼をして
「こんなふうに過ごせますよね?」…と、少し小さな声でメルに問いかけたのだった**

 


「あっはは、何言ってんだよ、食事の奢りは気にすんなって俺のが先輩なんだから」
別だよ、別。逆ならば断固しても譲らないだろうに、こうやって押し通してしまうのは自分の悪い癖だろうか。サクッと会計を済ませ戯けた調子でレジを譲った頃には、店員さんも苦笑いだったに違いない。
小さな声が上がったのは、狭い店内を後にした星の下だっただろうか。陽が落ちて帰る時間の、カラスの啼き音のような感傷を携えたその声に振り向いて、瞬きをひとつ。
「…はいよ。これ、開けてみ」
お楽しみタイムは家で、とも思ったけど、こんな時もあって良いだろう。
手元が空かないなら荷物を持ってやり、笑顔で開封を促す。封蝋を割って見えるのはカラーインクとペン先のセット、それから金細工が細やかに施された羅針盤のペンダントだ。
ほら、こっちも。そう言って自身の胸元にある色違いのペンダントを指差す。燻銀で拵えられたそれは、この夜空では黒く見えたろうか。
「ぬいぐるみよりは持ち歩きやすいかと思ってさ! 逆も良いかなーって思ったんだけど俺どうも金は落ち着かなくってな、勝手にこっち着けちまった」
羅針盤。見失わないように、いつまでも同じものを見て笑えるように、なんて。友に贈るには気障ったらしくなりすぎただろうかと口にはできなかったけれど。これを選んだのも時間まで迷子になったあの空間の所為だということにして、もういちど笑ってみせた。

 


ネイバーの子達へのプレゼントの荷物持ちも手伝っていたので手が空いておいらず、荷物を持ってもらうことになった。それからプレゼントの包みを開く。その心づくしだけでも嬉しいのに、メルの胸元で鈍く光っているのは…
「……お揃いですね」
メルの笑顔が眩しい。──ああ、ぼくは、ぼくは………いつも向こう見ずで傷だらけになるこの人の……笑顔を必ず護りたい…!!!**

 


お揃い、と言葉にされるとやっぱり少し気恥ずかしくなって、なんかちょっとバディらしいだろ?と茶化してしまったり。
それでも問いには答えてやらねばと考えあぐねた結果、荷物いっぱいの腕を華奢な肩に回してこういうのだった。
「——当たり前だろ、そのために戦うんだ。コレが指す未来も、お前が笑ってなきゃ意味ないからな!」**

 二幕


・:゜*゜・*:.。.:*・☆

今日は一人だった。ルカの大学と別口の用があって、俺は久し振りに”王子”じゃない一日を過ごした。…いや、あいつに話したらこれもまた、”らしい”と言ってくれるんだろうか。
「戻ったよルカ。部屋取ってくれてありがとな」
ここは仮眠室。本来は卒論だとか学会の準備だとかで、学生が泊りがけになった時の為の部屋らしい。
前日の夜は二人で——そう決めたのは前回からだったか、どちらが提案したんだっけな。軽く生活できそうなワンルームの中央、テーブルに掛け合い、飲めるようになった酒を注いで乾杯する。あぁ、ルカはまだ飲み慣れてなかったか? 色々買ってきたから好きなのを飲むと良いよ。
「土産話ー…は、あぁ、今日はそっちの用じゃなくてさ。ネイバーの子らには会ってない。そうだなぁ…お前だったら口も固いし、オフレコでならいっか」
聞くか? と、防犯カメラの類がないことを確認したのち、人差し指を口元にあてて訊ねてみた。*

 


「…え?あ、是非!」
否という応えがあるはずもない。メルのいう事なら、何でも聞きたい。知りたい。
ステラナイツ、というものになってからというもの…
いや、その前から勿論そういう傾向にあったのだが。
こうして、二人だけの時間をすごせるのが嬉しい。
窓の外は、空を焦がす夕日。恋人ならば、胸を焦がしている所だろう、なんて考える。
──僕たちに、特別な絆……女神に選ばれるという何か……その理由が例えなんであっても、絆があったことが嬉しい。
「聞かせて下さい、土産話を」そう続けた*

 


「ん、了解」
訊くまでもなかったかな、でも今回に関しては必要なことだったから。即答してくれる相手が微笑ましくて此方まで綻びそうになるのを、一息、飲み込んで背を正した。あくまで笑顔は保ったまま。
「うちの調査団が政府の研究所とも繋がってるのは前話したよな? そん中でマル秘のプロジェクトがあってさ、俺もそこに少し加わってて…ステラナイトになってから詳細を聞いたんだけど」
「俺を元に”戦士”を造ったらしいんだよ。ステラナイトの候補生として。まぁ、そこら中のサンプルを集めたらしいから瓜二つってワケじゃないんだけどな。その”試作”に今日、実際会ってきたんだ」
こくり。そこまで言ったのちにグラスを一口。相手の反応が気になって、言葉はそこで止まった。*

 


「!!!……何ですか?!それは!!!」
グラスを持つ手が震える
「……貴方は唯一無二なのに!!!」
どん、とグラスを置く。見栄をはって飲もうとしたのみなれない酒。強いらしい…その金色の液体がいくらか零れた。
「…取り乱しました」
じわりと広がる液体を眺めながら少し肩を落とす。
まだ、話は終わっていないではないか。胸の中に広がった不快感をそっと押し込めて、話の先を促す。
「…で、何のために……すみません、話の続きは聞かせて頂けるのですよね?」*

 


「…怒った?」
あっちゃぁー…などと内心思いつつ、へらりと眉を下げて笑う。買い物についてきたおしぼりで溢れた酒を拭きながら。
いずれ会うことにもなるかもしれない相手だ。そのうち話す筈だった、それが、今になっただけ。ここまで取り乱されたのは想定外だったわけだけど。
「”足りない”んだってさ。どうも、お偉いさん方の中で女神と繋がってる人が居るのかわからんが、脅威に対抗するステラナイトが自然発生する分だけだと追いつかない…ってことらしい」
「純粋な感情を持った生命体が、誰かと共鳴してブリンガーやシースになる。まぁ理屈は通ってるな。俺も最初聞いただけじゃお前と同じ反応したよ」
「まぁでも、言ってみりゃ俺の手が2本から4本になるような物だろ?って思い直してさ。 それで誰かしらが助かるなら願ってもない…って、」
グラスを回してた手が止まる。カラリ。音を立てて氷だけが回っている。
「…そう思ったんだけどなぁ」*

 


「違いますよ…!!!」
「いや、貴方にとってはそうなのかな?でも」思わず、メルのグラスを持った手をつかむ。上から重ねるように…もしかしたら、また、金色の液体が零れてしまったかもしれない
「少なくともぼくにとっては違う。貴方はそうやってまた、身を削るんだ」
「貴方が提供したのは、爪ですか?髪ですか?血液ですか?皮膚ですか?」
「……たまらない…貴方が身を削るのが、たまらない…」
思わず、涙が一滴零れてしまった。自分は涙もろい、という程ではないと思う。涙が零れてしまったのは、きっとさっき一口だけ流し込んだ金色の液体のせいだ*

 


「ルカ、お前…」
掴まれた手も、滴下するしずくを見たままの目も動かせないまま、思いもよらぬ方向からの言葉に喉を詰まらせて。
何度呼吸したっけか、然程経ってないかもしれない一時停止ののちにそっと、掴まれながらのグラスを置いて、
「——…酔うの早すぎ」
予め注いでいたチェイサーの水を差し向けながら、テーブル越しの頭を抱きかかえる。
「ごめんな、心配掛けてばっかりでさ。バディ失格かなぁ俺」
「身体は、そんな削るようなことはしてない。実際やったのは知覚テストとかそんなもんだけど、ルカが言いたいのはそういうことじゃないよな。ほんと、ごめん」
ルカの柔らかい髪に指先を溶かす。陽はもう落ちきって、その金糸を照らすものは蛍光灯の明かりひとつだったけれど、視界で揺れるそれがどうにも眩しくて、暖かく感じたのだった。*

 


「そう、なんですか?…クローンというより、AIとかそういう?」グラスごと掴んでいたメルの手を離す。
「…ええ、酔いました。酔ってますよ、ぼくは」
激して泣いてしまったのが気恥ずかしいから…酔いのせいにしてくれたメルは、優しいと思う。
離した手には、いつの間にやらチェイサーの水。なんだかたまらなくなって、また泣きそうになったが、そこはぐっとこらえた
「…失格だなんてとんでもない」しかし、その先の言葉が続けられない。頭をかかえられて、髪を梳かされて、気を抜けばまた涙が零れそうになる。
「ぼくは決めたんですからね。貴方の、王子のツバメになること…いや、あの、助手、という意味だけでなくて」
「ぼくは、貴方より力が弱くて…暗闇の中からよみがえったばかりのヒヨッコですけど」
臓器移植だとか、それこそ、人から削ったもので生かされたわけだが。
ルカの爪の先、髪の毛一本損ないたくないのだ。
我儘だと思う。全然論理的じゃない。
「ぼくは、貴方の盾、貴方の剣になりたいんだ」
チェイサーの水をぐいっと一息に飲む
「このくらい一気に飲んでも大丈夫なくらい、酒に強くなれたらいいんですけど」
自分で言ったことについて、今になって照れ臭くなり、後ろ頭をかき、そして、笑顔を浮かべた。*

 


落ち着いてくれたらしい彼の言葉を呑み込む。一口、二口。胸に落ちたそれが熱を帯びて、暫くは自分も飲めないやとチェイサーに手を伸ばした。
「ありがとなぁルカ。でもさぁ、俺も怖い」
笑顔に笑顔で返す。けれど、いつも通りになりやしないや。
「俺も怖いよ。ルカが盾になって傷つくのが、剣になって俺の肩代わりするのが」
「慣れない、な。そう、全然慣れないんだよ。もう初めてでもないのにさ。俺…こんなに怖がりだったかな」
自分以外の誰かが戦うことが——ということなのだろう。さっきの”人工戦士”だって、もっと俺に似てれば、なんて、言ったらまた怒られそうだけれども。
「なぁルカ。そっち行って良い?」
俺もそんなに酒には強くない。こんな日ならもう、水で悪酔いしてしまっても良いだろう?*

 


「……怖い?貴方が?」あの、何の危険も顧みず飛び込んでゆく人が。
──ぼくが傷つくのが、怖い、という。
「……え、ええ。いいですよ」……貴方なら、いつでも歓迎です、という言葉は飲み込む。
守るべきものを持った時、人は弱くなるのか、強くなるのか。
メルは自分のために怖さを知った?まさか、そんなばかな。
自分はどうだろう。弱くなるのか、強くなるのか。……後者でありたい、と思う。
できるかどうかはまた別である。──でも、少なくとも、ぼくは
強くありたい、そして貴方の笑顔を守りたい。
──貴方の笑顔より大事なものなんて、ない。
言葉には出せないけれど、そんな思いを込めて、両手を広げる。少しおどけたような仕草で。
「来てください、ここへ」**

 


意外だったか? そうなんだろうな。俺はずっと、そのつもりで生きてきたけど、他者の中でもとびきり近いお前の傷が、今いちばん怖いよ。
——なんて、口にできるほど素直じゃない俺は笑うだけ。
「はは、そういうとこ可愛いよなぁ、お前」
少し意地の悪い笑みになっただろうか。ふと、先程呑み下した熱を呼気にのせて、それから席を立つ。
隣まで向かって、尚も腕を広げてくれてるのだろう彼の隣に掛け、
隙アリ!!と無防備な脇腹を擽ってやった。
「あっははは! ごめんって、悪かったって! よしよし、こんな良い子を騙すなんてほんと悪い奴だなぁー俺ってば」
そう言って今度こそ熱を分け合う。あぁ、もう夜だ——。窓に月が映る。夜空に浮かんで、輪郭を溶かして。
「…そのままでいてくれよ。ずっと」
そんな景色だったものだから。きっとこの呟きも、よいに溶けてしまえば良いなんて、思ったんだ。**


 —— 幕間 ——


三度目に見た窓向こうは青かった。朝日が柔く差し込む。
…柔らかい金糸を透かして、燦めいている。
この仮眠室、本来は一人部屋なのだろう——大学構内だし当たり前か——そんな場所なものだから、寝具は勿論ひとつしかなく。
そして無論自分がソファで寝るからなどと激しい譲り合いになった。どっちも曲げなかった。全部、酔いの所為だ。
セミダブルのベッドで男二人が抱き合ってる暑苦しい絵面も、絶対酒の所為だ。
「……、おはようルカ。酔いは醒めたか?」
照れ隠し。目の前にある頭を撫で付けながら、悪戯半分に笑い掛けた。*

 


「……あ、おはようです。……んん?ん?!」
がばっと、跳ね起きて
「ちょ、待ってください、これは…えーとソファで寝るとか寝ないとか。その後の、記憶がとんでいる…!」
たった一杯の強い酒で???いや、その後寝る前にまた少し飲んだのだったか。ちょっと頭も重いし
「え、えーと念のため伺いますけど」
「ぼく、貴方に何かしました?しませんでした?!」
弱いくせに見栄を張って強い酒を飲んだから。酔ったいきおいで何かやらかしていないか…めるに撫でられた金髪の上から頭を抱えて。それがまた更に何かを想像して。いや、そんなばかな、と、酔いのせいで顔色悪いのが、さらに青くなった*

 


「んー別に? ルカがふにゃふにゃになってて可愛かっただけだけど?」
だよな、そうなるよな。先に起きてて良かった、などと思いつつ、コメントがあらぬ方向になってるのはご愛嬌。
「なんだ、やっぱりお前無茶したろ。 あんな強いのいきなり飲むから…よりによって前日に持ってくるんじゃなかったな」
大丈夫か? 俯きがちになってるだろう相手の顔色を見るべく、片手を頬に添えて覗き込んでみた。*

 


「え?何ですって?僕がふにゃふにゃ?じゃあ、僕が何かされた方?!」
さらに想像は明後日の方向へ飛んで。
婦女子大学生がいっていたこと──あれ、絶対ルカ先生の方が“受け”よね。
頬にメルの手が添えられた時には、顔色は青から赤に変化していた。リトマス試験紙か。
「さ、酒のせいですね?そうですよね?見栄をはりたかったんです。大人になったって、示したかったんです。強い酒も飲めるんだよって。ん?大人になった…?」
──わぁあああ、どうしよう。何か別な方向で大人になった???…寝起きの、混乱であった*

 


「してないぞ!?」
反射的に出た言葉は若干裏返ったかも。相手の様子を見て、何を思ったのかハッキリ理解してしまったから。
あわあわおろおろしているルカはもはや茹でダコのようだ。おい伝染るじゃないかやめてくれ。
「お、落ち着け、一旦そこから離れろ! ってあああこの手の所為かごめん!?」
最初の誂いモードはなんだったのか。飛び退くようにして起き上がり、そして漸く自分たちを俯瞰して反対側に笑い転げるのだった。*

 


「してないし、されてない……」
確認するように呟いて。それからメルの笑い転げる姿をみる。
「あ、あーーー、ですよねー」
──ああ、でもほんとにドキドキしましたよ。王子パワーすごいな。いや、王子通り越してゴッドハンドだしょ
でもそれから次の瞬間には、メルの笑いが伝染って、同じようにメルの隣で笑い転げた*

 


「っく、…はぁぁーいつまでもこうしてたいけど、そういうワケいかねーな。あーおかしかった」
笑声一頻り。相手も落ち着いたなら、先に降りて手を差し伸べる。
着替えと朝食と片付けと。ふたりの時間が済んだ頃に女神からの報せがあることだろう——
ガーデンに降り立って、陽光の髪と青空の眼を見つめる。
準備は、できたか? そう月の眼に映して。*

 


こうしてガーデンに降り立つのは幾度目か。
そう多くはない、でも、メルの、バディの言いたいこと、心は手に取るようにわかる
メルの手を取る。準備はできたと示すように頷く。メルの胸元のいぶし銀の羅針盤がちらり、と見えたか。その色によく似た髪の色と黒銀の瞳を見つめる*

 


堅い眼差しで頷き返したのち、ふと、微笑んだ。
「俺を生かしてくれルカ。乞われれば両眼すら差し出すだろう俺を止められるのは、きっとお前だけだからさ」
たとえそうなってもお前が代わりに見てくれるなら十分、だけど、それではルカは笑えないのだろう?
生き抜かなければ。唯一無二と言ってくれた俺でいなければ。護るべき笑顔も見えなくなってしまうのだ。今はそれが、絶対に嫌だ。
抉る前に覆い隠してしまおう、願わくば君の手で。目を閉じて、息を吐く。時間が、空気が変わるのを感じる。ひとつの約束と未来を胸に秘めて、空の向こう——そこに座す闇を見据えた。
揺れる未来を握り締めて、あとは、前へ。


『ツバメよツバメ、届けておくれ。この心を、この想いを! 黄昏れの君さえも、絶対に助けると!』**

 


『天使が神に届けた尊きもの二つ。私はツバメになり王子の鉛の心臓、想いを守る。世界を守っても、それを見て笑顔になる王子がいなければ意味がない。ぼくらは、全てを助ける!』**


 —— エピローグ ——


届かなかった。
知らなかったんだ。あんな子まで戦いに身を投じていただなんて。
一般人が紛れ込んでいたわけでもない…同じステラナイトだ。だからこそあの様子が、ただの戦いの疲労によるものだとはとても思えなかった。
攻撃された場所の当たりが悪かったのだろうか、それとも? 嫌な想像が澱のように積もる。言葉を交わした時の、人に頼り慣れてなさそうだったあの目が忘れられない。不安が頭の中で泥濘む。シースは…彼女の相棒は、何を思って——
「…悪い。今日全然集中できてなかったみたいだ。敵(あいつ)の優しさに助けられちまったよ」
情けないな、と、頬を掻きながら苦く笑みを零す。
あぁ、本当に情けない。後手に回るどころか、守るタイミングまで見誤った。気丈に狼に立ち向かっていた剣の嬢ちゃんにも負担を掛けたことだろう。詫びを入れようにも次にいつ会えるかなんてわからなくて、
「ルカは今日3限からだっけか? はは、すぐじゃなくて良かった。ゆっくり休めよ」
それが、とても悔しい。*

 


「あなたは何一つ悪くないです。勝手にぼくが保証します」
「むしろ戦いの最中、他のメンバーを気にしたり」あ、ちょっと嫉妬したなんてことはいいませんよ。
「敵が倒れた時、真っ先にかけよったり」
「そういう、いつも通りのあなたが、素敵でしたよ」
そうして、メルの後ろに回って、両手で目隠しをする
むかし、いないいないばあろいう遊びが、東洋のどこかであったらしい
そんなふうにして、パッと両手を離す
「ぼく的には、これが一番心配でしたね。あなたの瞳が無事かどうか」
「無事でよかった……」そうして、深い安堵の溜息をつく*

 


「っ、はは…ルカは褒め上手だなぁ、ほんと」
眩しい。遮られたあとの世界が眩しい。
思えば、あれはお前の手だったか。薄く包まれた視界を思い出し、そう得心する。俺にばかり過保護を発揮するこいつはまだ背後に居ただろうか? それの肩に寄り掛かるようにして目を合わせる。
「そーかそーか、じゃあよく見てくれよ、ほら。お陰さまでなんともない。…ありがとなぁ」
たいへんよくできました、なんて、今の俺が言えたもんじゃないけれども。頭を撫でて笑い掛けた。その顔はいつも通りにできたに違いない。*

 


合わせた視線はどちらが高かったのか。銀色の月を、じっと見つめる。
この銀色の月が翳ることを、ぼくはいつも心配している。
「あなたのことが心配で、ぼくは30までに魔法使いになっちゃいそうですよ」
頭を撫でられて、笑顔を向けられたから、こちらも笑顔で応える。今朝がたふざけあった、あの時のような口調で、そうんなふうにいう。
健康を取り戻したぼくは、財団の跡継ぎになる将来が約束されているわけだが……
病気になる前に寄ってきた人、病気がわかって離れていった人、そしてまた病気が治れば戻ってきた人…
ぼくはあの頃、何もかもが信じられなかった。
そんな時、この人に出逢った。誰にでもわけへだてなく無償の愛を捧げる…こんな人もいるんだと。
絶望からすくいあげたくれた人。世界をもう一度信じさせてくれた人。
──ぼくというツバメが選んだ、この世に唯一無二の者。気高き王子。
だから未来にお嫁さんをもらっても、僕は心の中で謝らなければいけないことがある。
……未来に他の誰を抱いたとしても、ぼくは宵闇の中で銀色の月を探すだろう。
──空高く輝く銀の月を夢に見ながら眠りに落ちるに違いない。
だけど、そんな言葉は心の中にしまって。
「またがんばりましょう。一緒に。」いつまでも、とは言えなかった*

 


「うぇ、マジか!? じゃあ早く安心させてやらねぇと、それとも一緒に魔法使い目指すか!?」
ルカは人気者のクセしてこういうことを俺に言う。
3年くらいの付き合いか、それくらいにもなれば事情の触りくらいは聞いてるけれども——なんせこいつは遠慮しいなものだから、肝心な部分ばかりしまい込んで話さない。それが、今のこんな風にチラついて、その度に気が紛れるよう配慮してきたつもりだけれども。
「——なぁ、ルカ」
それじゃ良くなかったかな、なんて。
「ちゃんと見て言ってくれよ」
その青に掛かる薄雲、ちゃんと払ってやりたいから。*

 


女神に願った誰かの笑顔のため──それは、世界の笑顔というよりは彼の笑顔だった。
ちゃんと見て、いうか……何を、どこまで、言えばいいのか…いまはまだわからない。
「そうですね、では、まず、これから先、あなたには隠し事をしません。なんでも相談します」
ちゃんと見ていってくれと言ってくれたから。それは、視線を合わせて言うという意味だけではない気がして。
青い空は銀の月にずっと憧れています、と、そんなふうに言うのはまだ照れ臭いから。
「ぼくは……あなたといつまでも一緒にいれたらいいな、って思うんですよ。ほんと、バトルの時は無茶しないと、今一度約束して下さいよ」
目的と手段が、心の中でごちゃごちゃになっているような気もするけれど。
「……あ!変な意味じゃないですからね!!!」フォローも入れたが、むきになった頬が少し染まった。
けれど、視線は強いままで、願わくば、あなたの笑顔を、いつまでも一番傍でみれますように。心の中ではそんな風に付け加えたのだった*

 


反らしていたままだった背を捻り、向き直る。
真っ直ぐな言葉だ、それにどういう意味が込められて、どんな気持ちで言ってくれたか。下手クソなりに呑み込んで、後から必死に弁解しようとするその顔に笑った。
「変な意味ってどういう意味だよ? あはは、折角言ってくれた本音に茶々入れたら駄目だな」
「…約束するさ。俺みたいな奴に全信頼を預けてくれてるんだ、ちゃんと守んないとな」
指切りでもするか? 右手の小指を差し出しかけて、少し逡巡する。本当はこれからひとりで行くつもりだった、けれど、こういうところがこいつを不安にさせるんだと思い至って。
「——そうだ。ルカ、悪いんだけどさ、ちょっと今日まだ付き合ってくれないか?」
話が飛ぶけれど聞いてほしい、なんて。あくまで今思いついた体で言う俺は、やっぱり悪い奴だ。
「一層(ここ)の病院って何箇所あったっけか? 今朝の子、大学では会ったことないしちょっと遠いかもしれないけど、お見舞いができるなら行きたいんだ」
昼には間に合うだろうか…いや、それじゃあルカが全然休めないな。教授や研究室のみんなには俺から謝っておこう。ちょっとした誘拐計画を企みながら、目の前の相手に是非を問うた。*

 


どこへいくのだろう?メルと二人の時間はきっと講義より楽しいには違いないから。
教授におこられるかな、そんなことは、些事である。
講義におくれるとしたら、だが。
そして先程メルがまるで指切りでもするかのような形に、右手の小指を差し出しかけたのを想い出して。
「じゃあ、お付き合いします、でも、その代わりというか…その前にちょっとやってみたかったことがあるんですよ。すぐ、すみますから。そこにそのまま立っていてください?いいです?」
「無茶しないという約束の記し。そしてぼくからの忠誠の記しに
──マイロード、じゃないな。私の王子様。ツバメのキスを受け取ってください」
そう言って、メルの顔に唇を一度近づけてから……
昔読んだ絵本では、
『死を悟ったツバメは最後の力を振り絞って飛び上がり王子にキスをして彼の足元で力尽きる。その瞬間、王子の鉛の心臓は音を立て二つに割れてしまった。』
ふいっと方向転換。
メルの片手をとる。忠誠と敬愛のキスをその手の甲に落とそうとする。
──二人はまた笑い合っただろうか**

 


「ん、ありがと…ってなんだ? このままで良いのか?」
了承をすっ飛ばした返答はいつものことだったけど、今回ばかりは先に訊いておいた方が良かったのかもしれない。
え、キ——? 言いかけた時にはもう相手の顔が近付いていて。動くなとは言われた、言われたけど。どっちかっていったら、身動きできなかったって方が、正しかったような気も。
「——…お前、まだ酔ってたの?」
びっくりした。びっくりした。
「~~、っこの魔法使い候補生め! 俺なんかにあげちゃ駄目なやつだったろ、このこのー!」
照れ隠しに組み付くのは、熱を触れ合ってる所為にしたくて?
金糸の向こう、自分の手が視界に映る。反射的に顔を背けそうになって、でも。なんだか、なんだか…
「……、お返し、だっ! もうおしまい!」
やられっぱなしなのもなんだか悔しくなったから。熱くて仕方のなかったそれを額に返して、そして今度こそ赤みの退かない顔で笑ってみせたのだった**

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